チュニジアでは、民主革命の勝利を社会革命として確固としたものとするための闘いが続いている。以下に紹介するチュニジアのATTACの声明はその一端を示すものだ。六面の記事を補足するものとして掲載する。(「かけはし」編集部)
チュニジアは、極度の貧困、失業者に対する福祉、労働者の物質的条件の改善、その他を含む即時の必要を満たすために、その財政資源の整理を必要としている。一方でわれわれは今、チュニジアに対する緊急「援助」パッケージを組み上げるために国外主導で行われている計画についての報告を受け取ろうとしている。そこには、EU委員会による一七〇〇万ユーロ、フランス国家による三五万ユーロが含まれている。ヨーロッパ投資銀行とアフリカ開発銀行もまた、数百万ユーロのチュニジアに対する貸し付けを準備している。
しかしわれわれは、債務の積み上げを必要とはしていない。なぜならば、チュニジアはすでに、現在の社会的緊急事項に取り組むための十分な財政資源をもっているからだ。それは、以下のようなムスタファ・ナブリの声明によって証明されている。元世界銀行上級理事であり、ベンアリ政権の前財政相であり、そして二〇一一年一月一五日以降はチュニジア中央銀行頭取であるこの人物は、二〇一〇年の対外債務に対する利払いのために、国の予算から五億七七〇〇万ユーロを充当するつもりだ、と公表したのだ!
わが国が置かれている例外的な状況と巨大な社会的必要を考えるならば、ガンヌーシ政府はこの債務支払いを凍結すべきだ、とわれわれは要求する。この要求の基礎には、必要性にとらえられた国家に関わる法的正当性をもつ主張がある。その論理は、財政的困難にある国家が一方的に債務支払いを凍結し、住民の必要に優先権を与えることを容認している。
ましてこの債務支払い凍結は、チュニジアの対外債務の重要な部分が実際はベンアリの私的な債務であり、チュニジアの民衆に利益をもたらさなかった債務であるいうことを前提としたとき、まさに必要以上のものがある。支払い凍結期間には、どの部分が不法なものであったかを確定するために、チュニジアの全債務(対外、対内)の監査が執行されなければならない。
Raid・Attac/Cadtm(第三世界債務取消し委員会)チュニジアは、政治、社会、労働、青年運動と革命防衛委員会のすべてに、債務支払いの即時凍結のために統一するよう訴えている。ガンヌーシ政権は、この支払いの大きな部分――四億一〇〇〇万ユーロ――を二〇一一年四月までに引き渡すことを計画している。それゆえ先の訴えはことのほか緊急性がある。
Raid・Attac/Cadtmチュニジアは、この目標を達成するためにとられるべき集団行動を決めることとなる一つの調整委員会の結成を提起している。五億七七〇〇万ユーロの支払い凍結は、チュニジアの債務をより深刻にすることにしかならない新しい借り入れに入り込むよりも好ましい! 五億七七〇〇万ユーロの支払い凍結は、チュニジアの債権者には痛みとならないだろうが、しかし債務支払いの実行は、チュニジア民衆のすでに悲惨な状況をよりひどくするだろう! (チュニス、二〇一一年二月二二日)(『インターナショナルビューポイント』二〇一一年四月号)
仏鉄道労働者から日本への連帯メッセージ
原子力の脅威からの解放
と生活状態の回復を願う
親愛なる仲間たちへ、
鉄道労働者の労働組合連盟、SUD―Rail(連帯・統一・民主 鉄道労組)、Solidaires(ソリデール・SUD系連帯労組)の組合員は、フランスの鉄道員を代表して、二〇一一年三月一一日に襲った地震と津波で被災された日本の鉄道労働者とその御家族、近親者の方々に心よりお悔やみ申し上げ、連帯を表明します。
相次いで報告される死者・行方不明者数は膨大です。そして刻一刻と変化する福島原子力発電所の状況は予断を許さない状態ですが、すでに放出されている放射線が、原発労働者とその地域住民に爆発と事故の深刻な影響をもたらすのは確実です。
この災害は、近親者の消息がつかめないまま、空腹と寒さを耐え忍び、避難所にいる大勢の被災者生活をとても不安定にしてしまっています。
私たちは東北地方の鉄道状況の情報をあまり得ていませんが、鉄道員と乗客も被害を免れることができなかったと聞いています。私たちが知る限りでは、宮城と岩手で四本の旅客列車が津波に流されたとのことです。
原子力の脅威から解放されて、みなさんの生活状態、労働状況が一刻も早く回復されることを心から願ってやみません。
強い連帯を送ります。
SUD―Rail本部
Emmanuelle BIGOT (エマニュエル ビゴ)
Michel DESMARS (ミッシェル デマル)
コラム
浜岡原発はいま
二〇一一年三・一一は歴史に残る日として長く記憶されるだろう。福島原発震災はこの日を境として日本人の価値観を変えつつある。
私の故郷は浜岡原発から、一〇kmしか離れていない隣町だ。三月一一日の東日本大地震の日はたまたま実家に帰っていて車の運転をしていたので、地震の発生には気づかなかった。家に帰ると「今まで経験がないぐらいの揺れで恐かった」と母が言った。父は砂丘から五〇〇mぐらいの特養ホームに入っているので、津波警報によって急きょ、山側の高天神城址の近くに避難した。
政府は一九七〇年代の早い時期に浜岡原発の直下を震源とするマグニチュード8クラスの東海大地震が起こると想定し全国一の地震対策を県とともに行ってきた。一九七六年、浜岡原発は漁協や住民たちの反対を押しつぶして運転を開始した。その後、様々な事故を起こし、全国の原発の中でも事故率は一、二を争うものとなり、廃炉訴訟などの運動もあり、ついに二〇〇九年一月三〇日に運転を終了し、1・2号機は廃炉を決めた。浜岡原発は5号機まで稼動し、強力な放射線を保有するプルトニウムを混ぜたMOX燃料を使うプルサーマルの実施を決め、6号機の増設を計画している。
今回の福島原発事故を受けて、中部電力は八mの防波堤を三年かけて一二mにかさ上げる工事を施すから、「安全」だと言う。テレビ局が浜岡住民へのインタビューを報じた。住民は「原発のすぐ近くに住んでいるが今まではあまり気にもしていなかったが、福島原発事故を見ると浜岡も同じことが起きるかもしれないので不安でたまらない」と答えていた。
私の母も「原発事故が起きたら、ここから避難しなければならない。長年住み慣れたここを離れたくない。避難所では生活できない」としきりに原発事故への不安を口にした。さらにラジオである評論家が「原発建設の最初から、原発は安くて安全だと政府や多くの学者は推進したがそれは間違いで事故が起きたら、その対処や補償でばく大なカネがかかり、安くなんかつかない。原発建設はやめるべきだと私は反対したと言っていた。この人の言うとおりになった。原発はすぐに止めてほしい」と母は語る。
浜岡原発の隣に浜岡原子力館があり、この間通常より三割ぐらい見学者が増えているということで私も行ってみた。あいにく強めの雨の日だったので、あまり見学者はいなかった。この原子力館の売りは3号機の実物大原子炉の模型を配置して、原子炉の内部の様子が手に取るように分かることだ。そして、原子炉内部を見ながらエレベーターで海抜六二mの展望台まで上り、原発、遠州灘が一望できることだ。毎日のように福島原発の事故の様子が伝えられているが、実物大の模型の前に立ってみると、福島原発ではこの目の前の原子炉が破壊し、放射能が漏れ出ていると思うとゾッとする。
原子力館では限られたエネルギーしかない地球で原子力が持っている役割は大きい、原発がいかに安全かとアピールしていた。そのウソ寒さがむなしく響く。
中部電力と静岡県、政府はこれからも「安全神話」をあおり、原発の延命をはかるだろう。人々の思っている「原発は危ないものだ」という感覚を確かな「脱原発社会の実現へ」と価値観、社会・生活スタイルの転換へと進めていかなければならない。 (滝)
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