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国家・大企業主導で作られた原子力神話の国・日本と韓国
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2011年3月15日午後3時30分、あるポータルの「実時間急上昇検索語」10位圏に風の方向、放射能流出被害、チェルノブイリ原子力発電などが入っていた。翌日午後3時30分、「きょうのホット・トピック・キーワード」は「放射能の恐怖拡散」を1位に、「地震のうわさ流布者捜査」「ヨードの問い合わせ急増」が上位10位内で上下した。韓国側のポータルの話だ。
日本では退避の行列が続いていた時だ。「問題ない」との発言だけを繰り返していた日本政府は、事故発生5日目(3月15日)退避令を下さなければならなかった。「福島原発の半径20km内は退避、30km内は屋内退避」。ある日本人記者(東京在住)はその日の夜12時に羽田空港に到着し、夜を明かした。翌朝8時、韓国人の妻と4カ月になった赤ん坊を韓国行きの飛行機に乗せた。気持ちを整理したのだろうか、1人で寂しかっただろうか。彼は「恐ろしくて(家族だけでも)東京脱出を決心することになった」と語った。航空料は11万円(約157万ウォン)。通常の3倍は軽く超える。
韓国は福島原発と1300kmほど離れている。政府機関の分析通りに偏西風が放射能の脅威を阻んでくれるかは分からないとしても、韓国もまた既に被曝したも同然だ。日本を覆った「恐怖」に、濾過されることなく汚染される。何よりも韓国の原発政策は日本のものにそつくりそのままだ。いわゆる「原発安全神話」にしてからが堅固に共有してきた。日本の「きょう」が韓国の「あした」となっているわけだ。
核技術商業化の必然的結果
1953年、アイゼンハワー米国大統領は「平和のための原子力」を宣言して新たな方向に踏み出す。膨大な国家費用をかけた核技術を商業化しようとする政治的意図が盛りこまれた。「核兵器―核商業施設」の連携だ。実際のところ産業界は原発の「商業性」に懐疑的だった。米政府が持ち出した2つの「ニンジン」が、これを傍証する。商業用原発を建設する各企業に建設費用の25%を支援する。保険会社が原発事故の補償を拒否すると、プライス・アンダースン法を制定する。被害者たちに支払わなければならない補償額の1割だけを原発の事業者に負わせた。
神話の心髄である経済性と安全が事実上、政府・事業者の経済性と安全から始まったわけだ。第2次大戦の敗戦後、米国の絶対的影響力の下にあった日本が1954年に原子力産業支援予算案を通過させたのは極めて自然な流れだ。核開発競争の構図において日本の役割も必要だった。世界的反核科学者・高木仁三郎は「自然な技術の導入ではないので、様々な神話が必要だった」のだと自身の著書で回顧したことがある。
国のカネが集まるのだから大企業・学界が群がり列をなした。価格の安いエネルギー、安全なエネルギー、無限のエネルギー神話が一層強化される。イム・ソンジン全州大教授(環境エネルギー政策学)は「このようにうち固められたインナーサークルを『核権力集団』と呼ぶ」。供給によって需要を創出し、利権を分かち持つ「核マフィア」だ。イム教授は「地球上のどの国も、民間資本が原発を始めたことはない」し「国家が公共の資金によって事業性を補ってやりつつ、原発の経済性を作ってやったのだ」と語る。
1973年のオイルショックは原発産業にとって好材料となったが、電力需要が予想されたほどには増えなかった。1970年中盤、国際原子力機構(IAEA)は全世界の原子力発電の供給容量を1980年225ギガワット(GW)と予測したが、実際には135GWだった。
米国スリーマイル島の原発事故(1979年)が起こる。3月だった。旧ソ連のチェルノブイリ事故(1986年)が起こる。4月だった。
IAEAが1150GWだろうと予測した1990年の発電容量は329GW、2000年の2300GW予測は352GW(全体で439基)で推移した。
東北地方の貧しい農漁村地域
1975年、地震への安全についての心配から原発事業を「用度廃棄」したギリシャを皮切りに、オーストリア(1978年)、スウェーデン(1980年)、スイス(1990年)、オランダ(1994年)、アイルランド(1999年)などが一時的または永久的に原発建設の禁止、稼働中原発の段階的閉鎖などを法制化したり、政府の政策として取った。
スウェーデンはその年、歴史的に類例のない、原発放棄についての賛成・反対を問う国民投票まで実施した。米国でも、スリーマイルの事故以降2000年まで、原発の追加発注は「ゼロ」だった。1973年以降120件の原発建設についての契約も取り消されてきたはずだ。現在104基の原発を稼動し、第1の原発大国を自任していた国家(全体量に対する原発の占有率は19%)の過去だ。
ソ・ジェチォル緑の連合局長は「日本と韓国だけが唯一(原発を)むやみやたらに信じてきた」と語る。全電力量に対する原発の占有率は両国が、それぞれ25%、35%を占めており、フランス(76%)の後を追っている。ソ局長は「日本においての原発建設は反対の声が特に弱かったが、高度成長期にも恵沢を受けられなかった日本国内の最も貧しい農漁村を、補償をエサにして攻略した理由も大きい」と語る。東北地方からしてが、そうだ。他の国家とは違って、チェルノブイリ事故以降も2カ所の新規原発の設置が許容されえた背景だろう。
原発が輸出における優等生的種目として飾り立てられる形も、両国は似たもの同士だ。時あたかも2000年代中盤に入った気候変化の時代、オルタナティブ・エネルギーという神話まで加わった。「原発ルネッサンス」だ。
日本政府は昨年6月、今後10年の新成長戦略として「原発の輸出」を掲げた。9月、菅直人総理は原発大企業・日立出身の大畑あきひろを新経済産業相に就任させた。そして10月末、ベトナムの原発2基を日本が受注したと発表した。正式の契約ではなかった。ベトナム総理と日本総理間の共同声明を通じてパートナーシップを公表したのだ。
福島原発の事故は、安全・技術などの内実よりも誇大包装と実績にのみ重きをおかせる「神話」の限界を改めて証明している。今回の原発事故は、まさに地震ではなく、対応の不在、優柔不断な政策・技術的判断のせいだという分析が支配的だ。
3月11日、福島原発1号機の事故は発生後5時間ぶりに公開された。枝野幸男官房長官は「(だが)現在のところは放射能が流出する可能性は全くない」と語った。事故発生30時間後、海水の投入を決定する。3月15日、官房長官は「1、2、3号機には安定的に水を注入している」し「第1原発周辺の放射能測定値は下がってきている」と語った。翌日、政府はヘリを利用した海水投下を指示しなければならなかった。
菅直人総理は2号機爆発の事実をTVで知った。1時間後、正式報告を受けた。東京電力側に直接、怒りをぶつけた、という。東京電力は3月15日未明、第1原発の正門で高いレベルの放射線量を測定したが、それに逆立って2分前に測定された相当に低い数値を公開したことがバレてしまった。
菅直人総理は昨年10月、「原発輸出」戦略のために「国際原子力開発株式会社」も発足させた。東京電力、日立、東芝、三菱重工業などが共同出資した。
安全神話と経済神話は崩壊せざるをえない。スリーマイルの事故当時、10〜20万人が強制または自発的に退避した。汚染地域の復旧作業、訴訟と補償などによって支出された費用は12億ドルに達した。原発建設費用は7億ドルだ。チェルノブイリ事故の被害内訳、復旧費用を今さらながら言及する必要があるだろうか。反永久的に要求される事後処理費用も問題だ。韓国も核廃棄物の選定で想像もできないほどの社会的費用が投入される。これもまた大概は国民の負担だ。
チェルノブイリ事故以後、ドイツは新規の原発建設中断、既存原発の閉鎖を決定した。原発に投入する力量を新再生エネルギーの方に回した。2010年まで全電力供給の12・5%を新再生エネルギーで充当し、その比重を2020年20%、2050年まで50%に高めると発表した。反面、原発59基によって、全体エネルギーの76%を頼っているフランスはエネルギー輸入国に転落した。供給が需要を生み、需要がさらに大きな需要を招いた結果だ。
イ・ミョンバク政府は2030年の原発比重を全エネルギーの59%に高めると2008年に発表した。現在、7基の原発建設工事が進行中であり、10基の原発を追加する計画だ。
切迫する「脱核」の運動と闘い
昨年には、2030年までに全世界で430個の新規原発が建設されるという予測と、その中の20%を韓国が受注するという計画も発表した。イ・ホンソク・エネルギー正義行動代表は「このような需要予測はIAEAや経済開発協力機構(OECD)、原子力機構(NEA)のような国際機構が予測している数値よりも並外れて多い」と指摘する。アラブ首長国連邦(UAE)の原発建設を受注した時、イ大統領は緊急生放送を行ったりもした。
日本と韓国は、かくのごとく似ている。イム・ソンジン教授は「予算分配を妨害するために、原子力と新再生エネルギー政策が両立するのは困難だ」し「先進国では中央統制式の巨大システムではなく、地域別の自立によって持続の可能性を高める方式が新成長の動力として位置づいている」と語る。
事実上、2000年代中盤の気候変動を迎え「オルタナティブ・エネルギー」という神話が付け加えられるとともに、原発が再び力を得る勢いだった。ハン・ジェガク・エネルギー気候政策研究所副所長は「気候変動の問題によってスウェーデンのような国も保守勢力によって(「脱核」という)政策の基調が揺らごうとしていたのは事実」だと語る。けれども再び冷却するきざしだ。ドイツ、中国、インド、ブラジルなど幾つかの原発国家で安全性の点検、原発計画の再検討などによってブレーキをかけている。イ・ホンソク代表は「日本でもタブー視されていた核の恐怖が市民社会に共有されるとともに、脱核の方向へと変わる動きへとなり得る」と慎重に見通した。
韓国だけが、「地震のマグニチュード6・5に耐えられる原発の設計ができている」だとか「日本より2倍も安全だ」として「安全神話」を強化するのに忙しい形局だ。1995年の阪神淡路大地震の後、日本政府は原発の耐震設計を再検討するように指示する。結果報告書は「どの原発も、いかなる地震にも大丈夫だ」というものだった。原発はそのままだが、地震はマグニチュード9・0まで跳ね上がった。ホン・テギョン延世大教授(地球システム科学)は「韓国で歴史的にマグニチュード6・5以上の大地震が発生した事例があり、未来にも発生の可能性はある」と語る。
環境運動連合ヤン・イウォンギョン局長は「原発1基を作るのに必要な3兆ウォン分をエネルギー節約に使うことが、費用対効果の側面からも、はるかに良いだろう」し「エネルギーの供給拡大の代わりにエネルギーの効率的使用と使用量の削減へと方向をとらえなければならない」と語る。
日本の今日が韓国の明日?
ソク・クワンウン緑の連合政策委員は「西欧の主要諸国がスリーマイル、チェルノブイリの事故を契機に国民的合意を経て脱核の道へと踏みこんだが、同じ時期に韓国は相次いだ独裁政権などによってそのような国民的合意の機会を奪われてきたのだ」と語る。チェルノブイリ以降、チョン・ドゥファン政権だけが米国ジェネラル・エクトリック(GE)社に霊光原発の3・4号機を発注した。
3月15日、福島。ある村の住民たちは行方不明となった家族を探す作業も延ばしたまま退避命令に従った。これらの人々を引率した桜井・南相馬市長はカメラの前で声を張りあげた。「最高の津波被害に遭い、政府の指示でここに来た。食べるものもなく、逆に我々は『汚染地域人』としての取り扱いを受けた。食糧確保のための移動も制限された。そもそも国家の方針なるものは何なのか」。
日本の今日は韓国の明日となるのか。「人類が初めてひとつの場所で2基以上の商業用発電所が危険に陥った事例」(イ・ホンソク代表)が与える教訓は痛いほどに痛く、深いほどに深いだろう。(「ハンギョレ21」第853号、11年3月28日付、東京=ファン・ジャヘ通信員、イム・インテク記者)
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