福島第一原発災害
放射能被害補償を すべての原発を停止せよ
情報操作・隠蔽で事態が悪化した
脱原発前提に被曝回避と「復旧」を
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ゆっくりとしたチェルノブィリ
福島第一原発の事故は「ゆっくりとしたチェルノブイリ」と評される状況が続いている。
国際事故尺度レベル五のスリーマイル島原発事故では、トラブルから約一時間四〇分後に燃料棒が露出、冷却機能が回復した十数時間後までに五二%も炉心が溶融した。水素爆発を起こしたが、近くにハリスバーグ国際空港があり、航空機事故対策として原子炉建屋が堅牢に造られていたため、放射性物質は「限られた外部放出」にとどまった。
レベル七の「深刻な事故」と評価されたチェルノブイリ事故では、「核暴走」により炉心と建屋が破壊、黒鉛火災による高熱によって大量の放射性物質が空高く舞い上げられ、国境を超え、およそ一〇日間にわたって広範囲の地域に降り注いだ。風向きや地形、降雨などの影響で、高レベルに汚染されたホットスポットができていった。
四機の原発から放射能を空に放出し、海に漏えいし続ける福島第一は、三月一五日早朝に起こった3号機での水素爆発と放射性物質の大量放出直後から海外政府機関などはレベル六の「大事故」と評価しているが、日本政府は犯罪的な初動の立ち遅れを隠蔽するかのように、いまだレベル五の評価のままだ。初動の立ち遅ればかりでなく、官僚的な情報操作や隠蔽によって汚染と被曝が広がっている。また、大気圏内核実験により、大量の死の灰をばらまき、実験場周辺の住民や漁民、そして兵士らを被曝させた米仏が改めて原発の推進を宣言し、復旧や汚染除去に参加している。
初動立ち遅れで深刻化
「原子力安全・保安院は震災当日から炉心溶融という最悪のシナリオ≠予測していながら、菅直人首相が強く望んだ現地視察で、即座に取るべき一連の措置に遅れが生じた可能性が出てきた」と、三月二八日に「福島民報」が報じている。また三一日発売の「週刊文春」は、「班目(春樹原子力安全委員長)さんは十二日朝、菅首相と一緒に福島原発の視察に行っている。そのヘリの中で、首相に対して『大丈夫、大丈夫だ。水素爆発は起きない』と説明しているのです。しかし、その八時間後に一号機で水素爆発が起きた。翌十三日に、福島瑞穂党首らと官邸を訪ねた際、首相は『班目さんがそう言い続けていたんだ』とボヤいていました」と、社民党の服部良一衆院議員の話を紹介している。
斑目は〇七年、浜岡原発裁判で被告の中電側証人として「非常用電源が喪失することはない」と証言していた。昨年三月、斑目の原子力安全委員長就任案に対し、社民党の福島党首による閣内での抵抗が記憶に新しいだろう。
民主党政権は、原子力安全保安院の経産省からの分離などの安全側への政策を盛り込んだマニフェストを棚上げにし、日立出身の大畠衆議院議員など次々と経産大臣にすえ、国内での新増設と海外への輸出にまい進してきた。福島第一事故への対応が後手後手になった原因は、原発推進派によるサボタージュによると言っていいだろう。
「誤解を生むから公表しない」
オーストリアやドイツ、スウェーデンなど、チェルノブイリの影響を大きく受けた国の機関は、福島第一原発からの放射性物質の拡散予測をネット上で動画を使って早々と公開した。日本でもネット上で事態を把握しようという人びとによってこれら海外の拡散予測の存在が広められた。
原子力安全委員会は二三日になってはじめて文部科学省が管理する拡散予測「SPEEDI(スピーディー)」の試算結果を発表し、飯館村など屋内退避の半径三〇キロ以遠でも毎時一〇ミリシーベルトを超えるホットスポットがあることが明らかとなった。しかし、一五日の午前〇時から二四時間の放射性物質の放出量を推定し、すでに一六日に予測を行っていたが、これを隠蔽し続けている。SPEEDIは試算だが、四月四日、実測値によって屋内退避の目安とされる一〇ミリシーベルトを積算で超える地域が、現在の屋内退避区域の半径三〇キロ以遠の浪江町で観測され、「数週間で退避基準になる」と原子力委員会が定例会見で明らかにした。
日本気象学会は一八日、研究者らが放射性物質の拡散予測を公表することを自粛するように求めていた。また、気象庁が地震発生の一一日以降、放射性物質の拡散を予測し、国際原子力機関(IAEA)に提供していたことが明らかとなった。気象庁は、放射性物質の実測値を基にしていないため「誤解を生みかねないため、公表しなかった」と弁解した。
すべてを被災者支援のために
ドイツの脱原発デモの映像をみると「ノーモア・チェルノブイリ、ノーモア・フクシマ」というコールが叫ばれている。地震と津波が「フクシマ」のきっかけとなったが、高温・高圧下で核分裂を複雑で巨大な機器とシステムで動かし、電力生産とともにばく大な放射性物質と廃熱を伴う原子力発電を運転する困難性と危険性が明らかとなったからだ。立地地点、地域を選ばない危険性だ。
本紙二一六六号で「八六
九年発生の被害地震」について言及し、その検証の必要性を訴えた。この地震は「貞観(じょうがん)地震」と呼ばれる地震だ。耐震基準の見直しによる再チェック作業で、東電は貞観地震規模の発生確率は一万年から一〇〇万年に一回と過小評価し、これを国は追認していた。
「週刊金曜日」八四一号のあとがきに、貞観地震の「一年前には播磨・山城(八六八年)、六年前には越中・越後(八六三年)」「九年後には相模・武蔵(八七八年)、その九年後に南海(八八七年)と、ざっと二五年の間に大地震が数回起こっている。いまと似ている」とし、「まずはいまある五四基全部を止め、数世紀後に放射性物質を安全に扱えるようになるまで再開を延ばすべきではないか」と結んでいる。基本的にこれを支持するが、現在避難している住民や強い放射線にさらされている住民はこれでは納得しないのではないか。
まず、国と東電が福島第一の廃炉を宣言し、福島第二の半永久的な停止と柏崎刈羽原発の停止を宣言し、東電と関連メーカーなどが福島第一の「復旧」(冷却機能回復)に最大限の資源を投じなければ住民の「安心」につながらないだろう。それは他の電力会社も同じである。福島第一の「復旧」のため、すべての原発を止め、可能な限りの資源を投入しなければならない。
柏崎刈羽原発を止めると、中断されている「計画停電」が再開するだろう。東電や東北電力などの大型火力発電所が地震被害から復旧できていないからだ。発電所が止まっているならば、他業種の生産現場も同様の被害を受け、操業できない状態だ。首都を中心に、差別的な「計画停電」をやめ、首都のオフィスは最低限の機能だけを期間的に残し、被災者の支援と震災の復旧に可能な限りの資源を向けるべきである。
(四月四日 斉藤浩二)
三里塚・一坪共有地裁判
土地強奪許すな空港
会社のウソ八百を暴く
山崎宏さんの
証人尋問実現
三月一一日、千葉地裁民事第二部(白石史子裁判長、合田智子裁判官、酒井直樹裁判官) で「第2801号共有物分割請求事件」が行われ、地権者を代表して山崎宏さんの反論に向けた証人尋問が行われた。現地から柳川秀夫さん(反対同盟世話人)加瀬勉さん(共有委員会<U>代表)。支援が駆けつけた。
「第2801号 共有物分割請求事件」裁判とは、空港会社が成田空港C滑走路の完成を断固として阻んでいる旧熱田派現闘本部(芝山町香山新田字新山106─4)の共有地をなにがなんでも強奪するために提訴したのである。旧現闘本部は、一坪共有地運動の一環として用地内拠点強化めざし一九八八年八月、熱田一さんの持ち分を当時の横堀地区の現闘(インター・戦旗共産同・プロ青同・労闘-労活評・労農合宿所)で再共有した。現在、持ち分374分の1(1人分)で旧現闘一七人が被告となって裁判闘争を闘っている。
今回の被告側証人尋問に対しても空港会社は、一九九一年から反対同盟と国・運輸省―空港公団(当時)の間で始まったシンポ・円卓会議で事業認定を取り下げ、「強権的な手段を用いない」と約束したことを投げ出したことを図々しくも居直った。羽田空港の国際化に対抗していくために空港の拡張と三〇万回発着回数で地位向上の挽回のために旧現闘本部の歴史的経緯、一坪共有地運動の正当性が明らかになることに対して、ほとんどイヤガラセのレベルで山崎宏さんの証人尋問を「必要性がない」と言い出してきた。柳川さんが地権者である横堀地区の山林と木の根の宅地を強奪するためにも同様の主張で「民法上の共有分割の方法として全面的価格賠償による分割を求めているに過ぎない」と繰り返した。
さらに、空港会社が一方的に旧現闘本部の四方を鉄板で囲んだことを「平成10年以降は使用されておらず、屋根と壁の一部が損壊しているなど廃屋同然」であり、「建物付近の誘導路を走行する航空機のジェットブラストによって同建物が損壊し、その一部が周囲に飛散する等、航空機の航行の安全に支障が生ずるおそれがあることから、原告が平成20年9月に設置した」などと居直り、「本件土地は空港建設に必要不可欠な土地であるところ、反対運動の目的以外に何ら経済的な利用に供された事実はない」から強奪する権利があるのだというのだ。
共有地の所有権
は反対同盟に
こんな根拠薄弱なデッチ上げストーリーを許さず清井礼司弁護士と被告団は、空港会社のウソと不当性を暴き出し反撃していった。地裁民事第二部は、民事第五部と同じように対応せざるをえないところまで追い込まれ、山崎さんの証人尋問を認めた。
山崎さんは、三里塚闘争の大義、旧現闘本部の歴史的経緯、空港会社の提訴をしないと言ってきたウソ、一坪共有地運動の正当性を力強く発言した。
とりわけ空港会社の地権者との合意もなく一方的に金銭補償することをもって土地強奪ができる全面的価格賠償方式成立論のデッチ上げに対して次のように反論した。
「反対同盟による一坪共有地の再共有化運動は、反対運動が弾圧され、切り崩されていくなかで、一九八三年から始まったが、それまでの一坪共有地の共有名義をさらに全国支援者に広く持って貰うことを主眼とし、一口一万円のカンパとともに、登記委任状の外、受贈者は、土地の権利は取得するが、転売、贈与、担保の設定等、権利の移転及び共有地の分割は一切しない。但し、死亡の際は、受贈者の意志をひきつぐ一人に相続するか、反対同盟の指定する者に共有持分を移転する、という趣旨の『三里塚大地共有契約書』を取り交わしています。権利証の原本は、大地共有委員会の事務局メンバーが一括して保管しています」と述べ、一坪共有地の所有権は反対同盟にあり、一坪共有者は名義のみだから共有物分割請求自身が破綻していると主張した。
裁判後、清井弁護士から「山崎君から一坪共有地運動の経緯、空港会社の権利乱用を具体的に取り上げた。柳川さんの証人尋問も含めて大きな踏み込みを行った。勝利判決をかちとっていきたい」と訴えた。
裁判は、今後、最終準備書面の提出、結審、判決を迎える(未定)。勝利判決をかちとるために支援カンパを訴える。 (Y)
?カンパ送り先
三里塚芝山連合空港反対同盟大地共有委員会(U)/〒289─1601 千葉県山武郡芝山町香山新田131─4/ 電話&FAX0479─78─0039
?振替口座 00290─1─100426 大地共有委員会(U)
?大地共有委員会ブログ http://blog.livedoor.jp/kyouyutisanri/archives/86672.html
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