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    かけはし2011.4.4号

無責任経営の横行に反撃を

日本労働弁護団 労働者性の否定を許さない集会
平等のためにはまず団結
する権利の保障が必要だ

垣根を越え
闘いを結集
 三月四日午後六時から、「そんなあなたは『労働者』」との標題の下に、労働者性の否定を許さない集会が総評会館で開催された。主催は日本労働弁護団。
 ここで言う労働者性とは、実体は限りなく雇用契約であるにもかかわらず、形式的に個人請負契約、あるいは個人業務委託契約を偽装し雇用責任を免れた契約の下に置かれている労働者に、実体通り労働者であると認めさせることを指す。このような名ばかり個人事業主、しかし実体は労働者は、九〇年代半ば以降激増した。後述する基調報告の中では、二〇〇八年には一一〇万人に達したという厚労省の報告が紹介された。そして深刻な問題が次々と発生している。
 二〇〇七年以降の世界的な経済危機は特にその状況に拍車をかけた。底に隠されていた不公正がごまかしきれなくなったのだ。そして闘いも広がり始めた。まさにそれを反映するようにこの日、二五〇を超す椅子が用意された会場は、多くの労働組合、労働者、市民の参加であらかた埋められた。個人事業主の名の下に優位な力関係を利用し一方的に非人間的な境遇を押しつける悪辣な経営者に対して労働組合を結成して立ち上がった当事者も、具体的な闘いを背に数多く結集した。
 集会では、連合、全労連、全労協の垣根を越えて持ち寄られた現場の驚くような実態が、またそれに対する闘いの現状が次々に報告された。そしてそれらを共有した上で、共通する怒りを基礎に、団結する権利の確立を基礎に経営者との平等性を作りだし、不公正で非人間的な現実を覆す闘いを共同して推し進めることを確認した。
 なおこの三月には、労働者性を否定した二件の不当な東京高裁判決に対して、最高裁の口頭弁論が二つ予定されている(三月十五日――新国立劇場運営財団事件、三月二十九日――INAXメンテナンス事件)。これは高裁の不当判決が少なくともすんなりとは認められないことを意味している。今回の集会はこの最高裁の決定が判明する以前に準備されたが、集会では、この口頭弁論を運動の成果として攻勢的に活用しようとの意気込みも多数表明された。

団結して行動す
る権利が出発点
 集会は水口日本労働弁護団幹事長の開会あいさつで始まった。水口さんはまず、深刻さを増す非正規化をも加えた、さまざまな働き方という美名に隠れて雇用責任から免れようとする経営側の全般的な動きを厳しく指弾した。またその立場から、個別紛争処理という行政手続きに流れる傾向にあえて異を唱え、権利救済を追求する重要性を強調した。そしてその観点から、当事者の闘いの報告を数多く盛り込んだ今回の集会の意義を訴えた。
 基調報告は、同じく日本労働弁護団から宮里邦雄会長が行った。まず、なぜ今労働者性が重要な問題なのかから説き起こし、労働基準法、労働契約法、労働組合法各々の法の目的に応じた労働者概念規定の違いと特色、そこにおける労働組合法の規定の重要性が解説された。労働組合法の労働者とは、使用者との間で実体的に対等な関係を追求し、その中で処遇改善を求める存在である。そしてそのために団結し団体交渉や団体行動を行うことが予定されている存在としての労働者であり、それが対象とする範囲は最も広い。したがって、この規定を適用させることが必要だと提起された。
 ただそうであっても規定自体は抽象的であるため、判断をめぐる争いが生じているという。そしてこの例として、労働者性の認められた最高裁判例、そして問題の、労働者性を否認した三件の東京高裁判決(内二件は前掲、もう一つは、ビクターサービスエンジニアリング事件)が紹介され、後者の著しい形式性が批判された。ここで批判の対象とされた形式性とは、契約書に書かれている文言をもっぱら重視し判断の基礎とする立場だ。
 そのようなことの空疎さは現場にいる者にとっては苦もなく分かる話だが、判事にはそうではないらしい。もっとも百も分かった上で理屈をこねていると言う方がおそらくは正しいのだろう。しかしだからこそ、そのような姿勢は労働者の決然とした闘いをてこに何としても覆さなければならない。宮里さんは、労働者性の問題が問題として顕在化したのは当事者が立ち上がったが故の可視化だと特に力説した上で、元々権利や法律が最初にあったわけではない、事実と闘争が法を生み出したのだと強調し、あえて「労働者権」という言葉を使い、労働者として処遇されるべき人をもれなく労働者として認めさせる闘いを呼びかけ、自らも先頭に立つと結んだ。


究極の雇用責任
逃れを許さない
 現場からの闘いの報告は八件が続いた。まず、問題の東京高裁不当判決の対象となった三つの闘いが、当事者である音楽家ユニオン、建交労・INAXメンテナンス分会、JMIU・ビクターサービス支部分会から報告された。いずれも一方的な契約変更によって生活が大きく脅かされたことが背景にあった。そのような不平等な関係を少しでも埋めるために労働組合を結成し団結を力として交渉しようとしたという。ところが経営側は共通に、労働者ではないとして団交を拒否、当然処遇改善も進まない。労働者は事実上、契約を取りやめる、つまりは仕事を失うという選択しか与えられていないと同じなのだ。実に不平等、不公正な話だ。にもかかわらず、裁判所は、労働者性を否定することで会社の団交拒否を容認、したがって不当な契約条件の一方的押しつけに対しても保護を与えてしまった。同じ境遇の人たちのためにも団結する権利を何としても獲得したい、それなくして平等はない、この強い思いがこもごも訴えられた。
 ソクハイユニオン、連合東京、東部労組、フリーター全般労組、ピアノ講師が結集するYMS・すがなみユニオンと、同じ思いの訴えが続いた。この中で東部労組の報告は驚くべきものであり、業務委託契約を通して借金漬けにし辞めることもできなくするという、江戸時代を思わせる債務奴隷の現代版での再現が明らかにされた。しかもこのような非道は、名だたる大企業、ニチガスの協力事業者の事例なのだ。労働者性をめぐる問題はまさに、単にあくどい一部の経営者の問題ではない。
 これらの報告を受ける形で日本経団連豊川副会長からは、労働コストを総体的に切り下げる手段として名ばかり個人事業主が意識的に使われている現実、さらにそれに対する闘いの広がりを確認しつつ、この集会を契機に、大資本を先頭に広がる雇用責任逃れを労働者の団結権確立をバネに跳ね返す闘いをさらに進めようとのまとめが提起された。その上で集会は、「労働者」としての権利の保障を求める集会アピールを採択、雇用責任逃れへの反撃を共同して展開することを確認した。    (神谷)
 

空港はいらない静岡県民の会第16回総会
際限のない血税投入を県民の
力で阻止する闘いの継続確認


 【静岡】三月六日、空港はいらない静岡県民の会(県民の会)第一六回総会が開かれた。
 開港から一年九カ月が経ち、県民の会の予測そして県民多数が予想した通りの結果であるが、二年目全体では一年目を下回り年間利用者は六〇万人に届かないことが明らかとなった(県の需要見込みは年間一三六万人である)。
 このような事態に、県民の会は昨年一二月、県に公開質問状(一)を提出した。しかしその回答がきわめて不十分な内容であったため、その(二)を一月二八日に出し、二月二一日指定の県の回答は、質問状に挙げた事実をほぼ認めたものの、空港利用促進の新たな支出や諸施設――ターミナル拡張や駐機場設置、補助金増額、着陸料減免など――の費用支出を打ち出し、また空港運営に直接かかわる部局の人件費は「他の業務も行っている」として必要経費から除外した上で、手前勝手な努力目標(一三年度の利用者七〇万人)とか希望的観測(経済波及効果二四〇億円余)を並べ空港にしがみついて今後も際限ない血税投入を続けるというもので、とうてい納得できるものではない。

今なお幻影にす
がる県に痛打を
 総会は一〇年度の活動報告につづいて、一一年度活動方針提案に基づいて活発、盛んな論議を行った。その中心は先にふれた公開質問状(二)に対する県の回答への批判を具体的に行うこと、県財政の危機的現状(県の債務残高は二兆五〇〇〇億円を超え、年予算の二倍以上にふくれ上がっている)をふまえ空港赤字の実態(空港収入一億五〇〇〇万円余に減少はあっても伸びる要素はなく、逆に一一年度の支出推計は七〇億円に達するのに加えて、空港の借金残高が七〇〇億円以上もあるのだ)を分かりやすく事実を挙げて、いかに県民に知らせていくかということ、であった。
 また、県が夢に描く「新幹線新駅」設置はどれほど現実性を欠き、実現不可能であるかを、繰り返し批判し、巨大な赤字タレ流し構造を徹底的に明らかにしていくこと、そしてさらに、FDA――フジ・ドリーム・エアライン――という民間弱小航空会社(五機の小型機で国内線に乗り入れているがいずれも不振にあえぎ既に小松・長野から撤退し、次に熊本、鹿児島からも撤退予定という現状だ)が静岡空港を拠点とする限り会社そのものの存続さえ怪しくなる中で、この二年が廃港への展望を切り開く、大転換することを確認した。
 この後、空港裁判――現在、高裁で事業認定取消し、地裁で収用裁決取消及び損害賠償請求住民訴訟の三つを争っている――について、空港訴訟弁護団長の渡辺弁護士から経過を含めて報告を受けた。その中で渡辺団長は「一般市民の認識と裁判所の判断が大きく、いかにかけ離れているか」を指摘し、しかし「自信を持って闘う」ことの重要性を訴えた。
 総会には約六〇人の会員が出席して熱心に議論を交わし、どれほど無駄であっても止まったことのない「大型公益事業」を、市民・県民の手で止めるために闘いを継続していくことを確認し、終了した。  (S)
 ▼なお『空港反対運動誌(史)』という二〇年に及ぶ闘いの軌跡をまとめた冊子が三月中の刊行予定。申し込みは県民の会までお願いします。A5判260ページ。頒価一〇〇〇円送料会負担。〒420―0839 静岡市葵区鷹匠2―12―10 ことぶきビル1階 TEL/FAX054―653―2791


コラム「ガソリンラプソディー」

 ガソリンパニックは、東日本を蹂躙した大地震の翌日から始まった。一世帯あたりの車保有台数が全国有数といわれるボクの県では、まさに死活問題(被災地の状況に比べれば笑止千万の出来事。買いだめは合法的な略奪行為という考えに納得)。群集心理も働いて、車がガソリンスタンドに殺到し、「売れ切れ」「入荷未定」が続出した。いつもはエンプティランプ直前にならないと給油しないボクも、ガソリンを求めて市街地から二〇キロほど離れた郡部のスタンドで給油。そこでもすでにレギュラーはなく、ハイオクのみの販売だった。
 満タンにしてヤレヤレと思ったが、ガソリン不足はこれからが本番だった。日を追うごとに営業しているスタンドは皆無となり、まれにタンクローリーが入ったスタンドは販売を始めるや否や長蛇の車列が続き、道路は大渋滞に陥った。
 地方では車がなければ仕事も生活もままならない。そのため不要不急な運転を極力抑えても、満タンにしたガソリンは日に日に減っていく。燃料計の目盛りが半分以下になったころは、給油に二時間、三時間待ちは当たり前になっていた。中には朝一番に入れようと早朝五時前から並ぶ車も。まさしく「ガソリン狂想曲」である。
 それでもガソリンを給油しておかなければ仕事にならないと、取引先の営業マンにどこか販売しているスタンドはないかと電話。すると事務所近くのモービルに、先ほど一〇キロ(一万リットル)入ったとの情報を得た。時は昼すぎの一二時五〇分。今から行けば、さほど並ばなくても大丈夫だろうと車を飛ばしたが、最後尾はスタンドから一キロあまりも後ろという有様。覚悟を決めるしかあるまいと自分に言い聞かせ、車列の人になったのは言うまでもない。
 その間、一時間半あまり。車中で地震について考えさせられることがたくさんあった。毎日、新聞やテレビで刻々と報道される被災地の悲惨な状況。福島原発の放射能漏れ。そして、到底許すことができない石原都知事の「津波天罰発言」。また、よく利用する代行車の運転手が陸前高田の出身で、お姉さんが津波にさらわれたらしいという話や、「家族は難を逃れたが、弟の車が流された」という仙台に実家がある娘の連れ合いのことなどなど、枚挙に暇がなかった。
 この日は午後三時二〇分から計画停電が予定されていた。そのため給油は二時五〇分がラストであると、スタンドの従業員が車列をふれ回っていた。亀のようにノロノロと進み、ようやく給油できたのがラスト一〇分前。ボクの後ろに並んでいたライター氏は、残念ながらスタンドを目の前に打ち切られたと悔しがった。
 この地震による被害は、決して天災で片付けられるものではない。被害のすべてが、今までの政治が引き起こした人災そのものである。買いだめによる物不足もまたしかり。地震から二週間が経った今、どうやらガソリン不足も被災地を除いて解消に向かっている。東北道も全線開通した。今こそガソリンと心を満タンにして、被災地救援と復興に立ち上がろう。(雨)

 


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