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    かけはし2011.3.28号

原発延命のための強権発動だ

東電の「計画停電」反対



疑惑・ウソだらけの説明

 三月一三日夜、東京電力は三月一一日に発生した東北・関東大震災の災害と福島第一原発の事故を理由に、「社会への電気の安定供給が危ぶまれる事態」として一四日朝から「輪番制計画停電」を行うと発表した。
 最初に結論を言おう。東電の言う「社会への電気の安定供給が危ぶまれる事態」という説明自体が疑惑とウソとインチキにまみれている。今回の「計画停電」は、福島第一原発の大事故によって「他の原発も今すぐ止めろ」という世論と当然今後に巻き起こるであろう原発政策の根本的変更を求める世論の高まりに対して機先を制し、「原発がなくなったら大変なことになるぞ」という恫喝である。福島第一原発以外の原子力施設を一度止めてしまったら世論によって二度と稼働できなくなるという危機感から稼働し続けることを正当化するための電力資本・政府が一体となったパフォーマンスとキャンペーンであることを疑わせるものだ。そして、「災害時の秩序平定」を目的とした「準戒厳令」状態を作り出す先制的強権発動だ。
 二〇〇三年には東京電力の一七基すべての原子炉が停止されている。その際にも東電は「電力危機キャンペーン」をデッチ上げたが、逆に真夏の電力消費量が多い季節においても、原発なしでも社会がやっていけることが証明される結果となったのだ。
 「計画停電」のウソを徹底的に暴こう!
 東電・政府は「計画停電」を今すぐ中止しろ!
 すべての原発をいますぐ停止しろ!

社会的混乱と地域差別

 東電は三月一三日夜、直前の菅首相による「計画停電を了承した」という記者会見を受けて二〇時過ぎに「計画停電」の概要を発表した。それによると、首都圏と山梨・静岡を含む東電の営業エリア一都七県を七グループに分けて、それぞれ三時間程度、強制的に停電させるものだ。
 まず、その発表時間が停電を実施する前夜であること、そしてその七グループの地域割は、憤激を巻き起こすものだった。
 こんな生活に関わる重大な事柄を前夜に発表されても、勤務などで詳細をつかめないままに停電の朝を迎える労働者たちも少なくなかっただろう。あるいは、早くに床につくお年寄りやインターネットを使わないお年寄り(しかも電話のカスタマーセンターは一三日夜から現在もほとんど電話が通じない状態が続いている)に自分がどこのグループで何時から停電するのかをまったく把握できなかった人々が出るであろうことくらいは、東電と停電を了承した菅の頭をかすめるくらいはしただろう。しかし、東電と菅は「原発政策の危機に庶民の生活など些細なこと」とばかりに、「計画停電」という強権を発動したのだ。
 また、当初の発表では東京二三区では荒川区から停電を実施する、という発表も「地域差別」の批判を呼び起こした。そして、舌の根も乾かぬうちに追加されたり、変更される「計画」の次の発表では、荒川区の他に板橋、練馬、足立、葛飾など一三区が追加された。しかし、そのなかには首都中枢の霞が関がある千代田区はおろか、新宿区や渋谷区、豊島区、港区などの電力消費量が格段に高いところほど除外されている。ここでも、東電・政府は、「資本の論理」を優先して、庶民の生活エリアや中小零細企業の密集地に犠牲を押しつけているのである。
 そして、さらに一四日の停電当日は、都内や各県の市街地の電気を止めることは回避して、電気消費量の低い千葉・茨城・静岡の一部エリアにとどめたのだ。すなわち、東電は「やるぞやるぞ」と脅かしながら、地方から徐々に停電状態に人々と社会を慣れさせようとしているのだと見なければならない。この「計画停電は無計画停電だ」などとする批判も多く見受けられるが、これは極めて計画的な「計略停電」だ。

庶民生活の破綻とどう喝

 しかも東電は、一四日そして一五日の電気供給を停止したエリアでは、地域での周知のための広報活動を一切行うこともしなかった。その結果、電車を利用する通勤客の混乱はおろか、人の生命に直結する医療現場などでも対応に追われた。在宅治療をしている病者の人々にとっては、恐怖の日々が続くことだろう。
 そして、考えられないことに、都心や政令指定都市を外して行った停電は、茨城や千葉の被災地の電気をも止める結果となり、東電は世論の大きな非難を浴びることになった。東京から離れた地方に原発を押しつけ「電気植民地」にしてきた東電は、この災害と原発事故に際してもまだ、地方に犠牲を押しつけているのである。
 東電は、一一日の震災で福島原発だけでなく、火力や水力などの計二二カ所の発電所も破損したことを同日発表した。しかしその後、それらの発電所の破損状況や復旧の見込みなどについて、ほとんど発表がない状態が続いている(火力分四〇〇万キロワットは一、二週間程度で復旧する見込みという一部報道があるのみ)。このことは、原発事故に際しての秘密主義・隠ぺい体質同様に、原発政策延命のために情報を開示することを拒んでいるのではないか、と疑わせるに十分なのである。
 そして、この「計画停電」は、反原発の世論の高まりを前に「一度、原発を止めてしまったら二度と動かせなくなる」という危機感と、稼動させ続けることを正当化するためのパフォーマンスとデモンストレーションなのではないかと強く疑わせるものだ。そして、反原発の世論が決定的に高まる前に「原発がなくなったら大変なことになる」という恫喝、あるいは「東電を批判しても社会のライフラインと決定権はわれわれが握っているのだ」というデモンストレーションとしてテキトウとしか言いようがない地域グループ割を行い、いつ実施するか東電の胸先三寸で決める一方で、地域での停電の周知のサボタージュを意識的に行っているのだ。
 私たちは以下のように要求しなければならない。
?東電・各電力資本は活断層の上に立つ浜岡原発をはじめ、すべての原発を直ちに停止しろ。
?「計画停電」反対! どうしても実施が必要なら火力発電所の破損状況を詳細に発表しろ。それらの施設にメディア記者や専門家を立ち入らせろ。
?「計画停電」は電力消費量も高く、内部留保で体力もある大企業施設から実施しろ。街灯や高速道路の灯りを必要最小限にするなど行政や電力会社の努力で節電できる箇所から徹底的に行え。
?これ以上、地方を「電気植民地」にするな。「計画停電」は原発を地方に押しつけながら「利便性」を享受してきた東京都心とりわけ二三区中心地から行え。
 歴史的な原発政策は、電気インフラという社会的公共性が極めて高い産業分野が利潤を貪るための独占的営利企業であることが根底にあり、言うまでもなく国内五四カ所にものぼる原発の建設と今回の大事故もその延長にある。そして今後、私たちの要求と闘いは、営利企業として利益をむさぼる東京電力などの独占電力企業の国有化と労働者管理、地域市民との提携による電力消費量の抑制とコントロールも含めた「社会的管理」のプロジェクトの具体化へと向かわなければならない。

管理停電は「準戒厳令」だ

 最後に、今回の「計画停電」は、大災害と原発の大事故に際して、労働者民衆が政府の無策や怠慢・原子力政策に対して大きな抗議行動が起こる前に、あるいは「国家への信頼感」が揺らぐなかで秩序が保てなくなる、という危機感を前に先制的に民衆の移動手段を奪い、制限し、不安定にして、生活リズムを破壊することであらかじめ抑え込もうという強権発動である側面も指摘しなければならない。
 そして、「停電エリア」では、警察官が増員され不審者と見なしたものを徹底的に職務質問し、停電の闇夜に乗じて現場警官の恣意的な判断で拘留されるという事態に直結するであろうことは想像に難くない。もし警官の数が足りなければ、警察が地域で組織してきた自警団が前面に登場することになるだろう。
 そうなると、どうしても想起されるのは一九二三年に発生した関東大震災直後の在日外国人や社会主義者・無政府主義者に対して起こった集団テロと虐殺である。
 この二一世紀の日本で、あの残虐行為が繰り返されないという保障などあるだろうか。すでにスポーツ紙やインターネット上では「公衆電話が無料なのをいいことに長話して談笑する外国人」あるいは「震災に乗じた外国人の犯罪の危険」などの排外主義的な扇動が始っている。これはいまは目立たなくとも、何かの事件などをきっかけにデマが一気に拡散され、少なくない人々に恐怖と憎悪を植え付けるということも想定する必要があるだろう。日本人の根深い差別意識を軽視するわけにはいかない!
 「計画停電」とそれに伴う準戒厳令状態は、在日外国人への迫害や集団テロを引き起こしかねないものだ、と強く警告する。そしてその「マイノリティ炙り出し」は、右翼暴力と連動して左派勢力にも向けられうるものだ。この「災害危機」のような情勢に備えて存在する公安警察組織が手をこまねいていると考えるわけにはいかない。APEC過剰警備などは、こういうときのための「予行演習」なのだ。私たちは、公安組織の動向に注意と警戒を促すものである。
 「計画停電」と市街地・地域の準戒厳令化に反対しよう!       (F)

コラム
「三つの傘」の中と外

 先日、「反貧困ネットワーク」の湯浅誠さんの講演を聴く機会があった。そのなかで、湯浅さんは「三つの傘がしぼむと、雨に濡れる人が増える」と語っていた。
 つまり、日本社会には「国の傘、企業の傘、正社員の傘」という三つの傘があって、正社員とその家族はこの傘の中で生活し、定年になってはじめて年金という社会保障を経験する。他方、たとえば母子家庭や非正規雇用労働者とその家族などは、もともと傘の外にいてほとんどセイフティネットもなかったが、今では傘がしぼんできたため、濡れる人たちが増えてきたのだ、という。
 それでも、傘のどこかが破れているわけではないので、中にいて濡れたことのない人は、外の人のことを想像することさえできない、ともいう。外にパンがないと言っても、中からは「じゃあ、お菓子を食べればいいのに」という声が返ってくるようなものだ。実際、私も、たくさんの失業者がいると聞いて、「だけど、街に失業者は歩いていないじゃないか」と、真顔で反論する人に出会ったことがある。
 この講演を聴いて、ふと自分自身のことを思い起こしてしまった。私は五歳のときに両親をなくした。私を引き取って女手ひとつで育ててくれたお袋は、いつも口癖のように言っていた。「お前はちゃんとした親がいないから、まともな会社には入れないよ。だから、医者とか弁護士とか、そういうものにならないと、生きていけないよ」。私は、お袋がなぜそんなことを言うのか、ずっとわからないでいた。傘の外にいることが直観的にわかっていて、傘の中に入る方法を伝えたかったのかもしれない。
 仕送りなど望むべくもなかったが、私は大学に入った。国立大学であれば、寮に住み、奨学金を受け、アルバイトで稼げば、学費も生活費も自前で賄える、と思ったからである。私は、やっと「国の傘」に引っかかった。だが、いつの間にか、アルバイトに精を出してもビラを印刷する紙とインク代に消えるようになり、学費を払うことができなくなった。結局のところ、私は大学を除籍になった。以来、傘の中とは無縁である。
 話を湯浅さんの講演に戻そう。湯浅さんは、日本の社会保障は、この傘の存在を前提にしていて、多くの人が、社会保障といえば定年後の年金しか思いつかないほど、傘の外は極端に手薄になっていることも指摘していた。よく「会社あって社会なし」という言い方がされる。これは、住宅手当・生活給・企業年金等々、会社が社会の機能の一部を肩代りしてきた現実を示している面では的を射ている。反面、そのような傘の外にも社会があることを忘れがちである。
 今回の大災害で被災した人たちは、とにかく今を生きぬくために必死になっているし、多くの善意がそれを取り囲んでいる。だが、いずれ復興が始まると、傘の中と外をもった社会がむき出しになって襲ってくる。傘の外にいる被災者のための闘いを、多くの人たちとともに準備しはじめなくてはならない。  (岩)

 


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