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    かけはし2011.2.14号

新成長戦略を突き崩す社会的闘争をめざそう


11けんり春闘の課題
賃上げ・派遣法改正・雇用
破壊阻止・反戦を闘いの軸に

 

春闘を前にした昨年暮れ、連合が定昇プラス一%の処遇改善を要求する、とメディアが報じた。賃金問題を社会的に浮上させるかと思われたこの動きは、しかし早々と尻すぼみになる気配だ。春闘は今、どのように闘われるべきかあらためて問われている。

今も続く賃金抑制の枠組み

最初に日本経団連と連合の姿勢について確認しておきたい。まず日本経団連は、支払い能力に即して判断し業績反映は賞与で、との姿勢に変わりはない。その一方、定昇制度の全面見直し、あるいは定昇の実施は困難、と打ち出した去年と比べると、今年は多くの企業が定昇維持ということになるだろう、としている。社会的な困窮を尻目にした大企業業績だけの急回復が反映されていると思われる。ただ、定昇のあり方については長期的視点で見直すべきだという形で、定昇制撤廃への布石は残されている。その上で、先の連合の一%処遇改善「要求」については、処遇改善は雇用重視で臨むとして、拒否の姿勢をはっきり示している。しかしこれに対して、連合が特に反発を示すというわけでもない。こうして連合と日本経団連との関係で見る限り、賃金については結局定昇だけとなりかねない流れになっている。
そこには、連合自身まともに、つまり統一的に賃金要求を出しているわけではないという問題がある。そもそも連合は基本方針を変えていない。つまり依然として、統一ベア要求はしない、むしろ賃金カーブの維持、定昇制の維持、が方針だ。
 ところが賃金のピークが一九九七年、そこから年間総賃金がずっと下がり続け、そのトータルが六〇万円を超えるという事態が突き付けられた。勤労者数が六〇〇〇万人とすれば、消費に回るべき金額が三六兆円削られたことになる。一方で需給ギャップが二五、六兆円とか言われ、日本のデフレの要因は賃金が上がらないこと、というような議論が内外の研究者・調査機関や経済評論家からも出るようになった。この専門家にも広がる、賃金ダウンとそれによる需給ギャップは世界にないものでありそれがデフレの原因という議論、そこから浮上する賃金の底上げが必要、失ったものを取り返すべきという圧力に対して、連合も黙っていることができなくなったというのが、今回の一%云々の背景にある。こうして何でもいいから一%相当、という打ち出しが出てきた。
 しかし方針自体は、ベア要求はしない、しかしそうは言っても非正規の時給要求は正社員との格差を埋めるため去年より高い時間四〇円アップ、というものだ。だから一%相当というものは統一要求ではない。横並びに要求して、実現する手段はいろいろあってもとにかく交渉して取れというのであれば、ある種の攻防を社会的なものとして焦点化させる可能性がまだあるが、そうではない。現実には相変わらず全部産別自決となっている。つまり一%云々という話も結局外向けの談話の域を出ず、アクセサリーと変わらないのだ。その意味で、前述した流れは連合の腰砕けというよりも、むしろ最初からの想定内という方が近い。
一方非正規労働者の処遇については、労使通じて無視はできないという状況は定着していると言っていい。それが本当に現実に反映し、非正規労働者の均等待遇につながるかと言えば、まだまだそこまで行っているわけではない。しかし非正規労働者が全体の三分の一を超えている状況の中で、それを度外視していいというような姿勢は労使通じて大体なくなっている。その点では、日本経団連も確かに一定のことが必要であるとしている。しかし総合的に見るべき、全体のバランスで考えるという言い方であり、それが現実にどういう形で現れるかが問題となる。いずれにしろ最後はもちろん労働者運動の闘争態勢が鍵であり、その点でも、ベア要求すらしない連合を当てにするわけにはいかない。

日本経団連の新しい踏み出し

 ところで今年の経労委(経営労働政策委員会)報告の基調には、日本資本の海外シフトの常態化を前提に、総体で問題を立てなければならないという観点を押し出している特徴がある。グローバル経済の中での国際競争を強調し、たとえば韓国や中国との賃金コスト比較で国内賃金をどうするか、というこれまでの立て方はストレートには出ていない。そうではなく、日本の労使関係というよりは企業活動の国際的広がり総体を対象に、採用や人事管理、教育訓練、工場立地、賃金コストひっくるめて、現地でどう学ばせ働かせるか、というような議論になっている。その中では、ある種の差別感をにじませたひどい表現だが、高度な外国人労働者というような表現も使われている。だから、日本経団連の姿勢が国際展開に向けてもう一段変化したという印象を受ける。
そういう意味で、企業の賃金決定に向けた彼らの議論は、定期昇給に生活向上分をプラスして、というものにはますますならない。九七年以降に失ったものを回復するための一歩としての一%という考え方は当たらないとの明確な切り返しは、このような論理の中に位置づけられている。現在の賃金は失ったものではなく、競争の中で必然的につくられた当然の水準、国際基準に接近したものという考え方だ。事実として、規制緩和と自由貿易の結果として、人の移動も資本の移動も製品の移動も現在のように日常的になれば、確かに平準化圧力、賃金の引き下げ圧力は強烈だ。
そして一方で、そのように資本総掛かりで賃金抑制を合理化し進めたことが現実には出口のないデフレをつくり出しているという分析はまったく無視されている。デフレに対してはただ危機感が表明されるだけであり、その要因の大きな要素としての賃金抑制策の果たした役割、影響は完全に無視だ。その無視の上に描かれる危機脱却の展望はしたがってただひたすら、菅政権の出している成長戦略、強い経済と強い財政と強い社会保障に沿った成長だ。
 そして消費税引き上げを直ちに行えと書いているわけではないが、法人税引き下げが五%実現したことは結構、ただし国際的にはもっと低いと言いつつ、その片方で財政の収支バランスを明確に主張しているのだから、言わんとしていることは自ずから明らかだ。このような日本経団連の構えに対して、連合の賃金に対する構え方では明らかに攻防にもならなくなっている。

賃金闘争を今こそ社会的闘争へ

結論的に日本支配層の展望は、日本の労働者民衆の購買力を体系的に削り落とした上での、つまり日本以外の市場拡大を当てにした、しかもその拡大が確実であろうとの今ではますます根拠の乏しくなった見込みに基づく、いわば主観的願望にしかなっていない。労働者民衆はこの不毛な道行きにしたがうことを明確に拒否し、まったく別の社会再建をめざすものとして、要求を突き出しその実現に向け闘いを進めることを求められている。春闘の第一の課題である賃金闘争がその不可欠の一つとならなければならないことは言うまでもない。
そのような社会的な攻防としての賃金闘争、自分だけではなく社会を支えるものとしての、社会的再生産循環を持続可能にするものとしての賃金闘争、その意味での攻勢的賃金闘争に真剣に挑む必要がある。賃金下落がデフレの要因となっているということを裏返せば、そのような下落を許してきた労働者にもまた、社会の悪循環的な貧困化に対する一抹の責任があるということになる。社会的貧困化を覆すための攻勢的賃金闘争とは、その意味で社会的責任としての賃上げ闘争という意味も伴っている。このような賃金闘争の追求こそ、連合ではなくけんり春闘を中心に結集するわれわれが今意識的に率先しなければならない課題だ。
内需ということがよく言われる。日本経団連も、観光で、などと言う。しかし、農林水産業とか、医療介護とか、そこを活用する利用者の購買力そのものがすさまじく圧縮されてきた現実がある以上、それを放置する内需の持ち上げには何の現実味もない。たとえば介護保険には確かにいろいろなサービスがある。しかし一方で自己負担部分がどんどん増やされる中で、現実には、その負担ができないために必要なサービスを利用できない高齢者が増えている。
しかもこの購買力圧縮には前段として金融資産の移転があった。本来は人びとのものであった貯金利息はかつて数%、それが今では事実上ゼロ%だ。かつては高齢者の支出を支える一部となっていたものがこうして奪われた。その一方でそのことで救出された銀行は税金さえ払っていない。これがまず第一弾として強行されて、次に第二弾が先に述べた賃金総額のダウンだ。内需を語るのであればまずこの二つをきちんと取り戻すことが前提だ。
しかし先に見たように資本は、そういう必要性を完全否定する立場をはっきりさせている。むしろ所得の低下はもっと進む、それが必然と言い立てる。これで国内に仕事がつくられるわけがない。
 確かに主流派経済学の「定説」では、賃金が下がれば失業は改善に向かうことになっている。しかしそれは本質的に、理論を形式的破綻なく構築するための、確かな根拠など何もない仮説にすぎない。そして実際われわれはすでに、長期の一貫した賃金下落と、失業の増大あるいは非正規雇用という名の半失業の急拡大、この平行的進行をいやと言うほど経験してきた。産業予備軍、つまりは大量の失業の存在が果たす古くから知られている効果を指摘するまでもなく、失業と賃金破壊の相互促進的つながりこそが、歴史的真実と言うべきなのだ。「定説」が虚構であることはもはや隠しようもないのであり、彼らが新成長戦略、その中での内需をいくら語ってもそれはまさに、結局絵に描いた餅、絵空事でしかない。
今年の賃金闘争では、それをはっきりさせ、そのような発想とは異なる、社会を持続可能にするための賃金の社会的確立に向けた闘争として強く押し出し、労働者が固まって、賃金闘争を社会的攻防へと転化させることに挑戦することが、特に重要な課題となっている。まさにそのような闘いとして、時給一二〇〇円の全国一律最低賃金、そしてだれでもどこでもとして掲げた全労協の賃上げ要求の実現に迫ろう。

派遣法改正を必ず形にしよう

 春闘の二番目の課題が派遣法改正実現だ。この点でも経労委報告は露骨であり、製造業原則禁止は見直せ、みなし雇用規定はとんでもない、専門二六業務に対する行政指導の厳格化が混乱を起こしているからこれを見直せ等々、言ってみれば現行派遣法をさらに緩和しろという主張だ。まさにそうであるからこそ、これを絶対認めず、彼らの手を縛る突破口として、何がなんでも今国会で改正案を通すことが必要だ。今春闘の柱として明確に立てて、審議が始まる前から、審議をきっちりやれ、現場の声を聞け、足らざる所を補え、そしてともかく通せと、圧力をかけ続けなければならない。その観点からけんり春闘は、一月二四日の国会開会日から国会行動を行っている。全労連も当日国会請願行動を行い、両行動のエール交換も行われた。労働者派遣法の抜本改正をめざす共同行動が機動的に動くことがもっとも望ましいとしても、今やそれを待つことなく春闘行動として率先して行動に組み込み、どの場でも場に応じてどん欲に共闘を重ね広げる姿勢が必要になっている。
 有期規制問題、労働者性問題に対する闘いは、あくまでその上に立って進めるべきだ。有期規制については、労政審で昨年一二月までに二回の審議が行われたが、今年の六月までに中間とりまとめというスケジュールの下に今年から本格審議に入る。しかし日本経団連はすでに拙速に審議を進めるなと抵抗を明らかにし、締結事由の規制だとか契約更新回数や利用期間の規制などは「自発的に働く」契約労働者の雇用機会減少につながる、などと牽制している。有期契約規制は、派遣法対象労働者数をはるかに超える彼らを包み込んだ広がりがあり、それだけに資本の関心も抵抗も大きい。逆に言えば、派遣法で一矢を報いておかなければその闘いはもっと厳しくなると言わざるを得ない。
 一方でいずれにしろ厳しい労働者の現場の状況が突き付けられ、派遣村など非正規のいろいろな問題が明るみに出される中で、資本のもう一つの逃げ道としての労働者性問題が焦点化する。資本にとっては、実際は労働者として働かせている者を、労働者ではない、つまり労働法の保護の外にある、とすればこんないいことはない。規制緩和の転換が曲がりなりにも進むとすれば、次の準備として彼らはそちらに移る。だからまさにその一環として、彼らは厚労省に請負と偽装請負の区別に対する基準を見直させ、垣根を低くさせた。そしてその過程には、経営法曹の弁護士の露骨な介在があった。この逃げ道をふさがなければならず、労働者性問題への反撃も次の課題として準備が始まっている。
 まさに現実はこのような形でさまざまなせめぎ合いの渦中にある。そしてこのせめぎ合いの中だからこそ、労働者の闘いが一歩も築けないなどという状況をつくり出してはならない。運動が一定の裂け目を作り出したところでは確実にくさびを打ち込んでおかなければならない。つまり、乗り移り的な姿勢は厳禁ということであり、その点で、派遣法改正を果たし切ることの重要性は何度でも確認する必要がある。

政府の責任による雇用確保へ

 三番目として、雇用破壊がもう一つ質的な変化を伴って始まっていることに対する闘いが必要となっていることを強調したい。その新たな雇用破壊の一つが日本航空の整理解雇だ。企業再建という名分があれば何をやってもいい、と言わんばかりの雇用破壊が強行された。この問題に関しては、社保庁移管に際した雇用引き継ぎの拒否にも同じ論理が働いていることを指摘しておく必要がある。もう一つの問題は国鉄であり、その闘争解決の約束である雇用について、政府はまったく知らんふりを決め込んでいる。そして、ペリカン便との統合で大損失を出し新規採用停止などという、日本郵政の雇用破壊がさらに加わった。これは、卒業予定の若者が職探しに苦しんでいる中で三〇万人を雇用する大企業があえて踏み込んだ新規採用停止であり、大問題と言わなければならない。しかもこれを見過ごせば、亀井が打ち上げた非正規の正規化にも大ブレーキがかかる危険がある。採用試験に臨んだ六万人の内八〇〇〇人強しか採用されていない実態がそのまま固定されてしまう危険性だ。
そしてこれらのいずれもがある種の国策会社における雇用破壊、つまり政府が関与する雇用破壊だということを特に強調する必要がある。菅は法人税を五%引き下げその分雇用ないしは賃金に回してくれなどと言って、それは資本主義ではない、とにべもなく断られた。しかし本来は、法人税減税などという贈り物まで付けて財界に要請する前に、まず政府自身が自らの部署で率先して雇用の責任を果たすことが本筋だ。しかし菅政権はそれをやろうとしない。むしろ事実上は全体を先導するかのように雇用破壊に手を貸している。
このようないわば政府主導の雇用破壊を許してはならない。それは、雇用という彼ら自らが掲げた旗を裏ではたたむ詐欺的行為であり、客観的には資本が次に準備する新たな雇用破壊に事実上ゴーサインを出すことと同じだ。特に現局面では、この間雇用確保に真剣に取り組んでいるのは中小企業経営者の方に多い、という事実に及ぼす深刻な意味を指摘しなければならない。雇用を旗印にする政権であるならば、本来はこのような中小企業経営者を支え力づけることが任務となるはずだ。しかし菅政権が今やっていることはそれとまったく逆だ。それは、取引先大資本や銀行の圧力に耐えながら雇用確保に歯を食いしばって力を振り絞っている中小企業経営者の足下をさらうものであり、後ろから撃つような行為となることは間違いないのだ。まさにその意味で菅政権の罪は重い。それは社会的糾弾に値する行為であり、そのような真実を社会的に浮き彫りにするような闘争の実現が求められている。
今春闘では、日航、社保庁、国鉄、郵政ひっくるめて、雇用破壊への反撃として、とりわけ政府への要求として社会的普遍性を体現する大衆闘争を追求することが課題となる。まさにその観点から、日航の整理解雇を跳ね返す闘いは、整理解雇四要件という法的問題にとどめず、先に見た社会的意味を加えて、その具体的柱、闘いの拠点として共同で押し上げなければならない。あるいはそのような闘いへの発展に向け、われわれも進んで力を注がなければならない。

軍事的踏み出しにノーを

 四番目の課題として、今年は何といっても反戦平和の闘いをいつにも増して押し出す必要がある。北朝鮮に対する敵意の扇動や尖閣諸島などの領土主張に乗じて、防衛大綱見直し、日米、日韓という形の軍事的再編が急ピッチで進められている。しかもそれを主要メディアが何の批判もなしに垂れ流すという状況がある。防衛大綱見直しに対して主要紙は、東京新聞一紙が辛うじて、民主党内でも国会でも何の議論もなしにこのような大転換が進むことに警鐘を鳴らす特集を組んだにとどまる惨状だ。
この危険な一国主義、排外主義の無批判的な風潮にきっちりした対抗をつくらなければならない。残念ながらこの点で、沖縄民衆の闘いを除けば十分対抗できていない現実がある。その克服が急務であり、今春闘の中でもその課題に意識的に挑戦する必要がある。その点では領土主張を民族主義的に組み立てている日本共産党の姿勢は大きなブレーキになっていると言わざるを得ない。
 それだけに全労協に求められる役割は極めて大きい。日本共産党の先の立場を批判しつつ、民衆の共同に立つ東アジアを基本的展望として具体的な対抗をどう突き出すか、大事な課題が提起されている。その確認の上で、まず第一歩として、要求を揺らぐことなく堅持して日米支配層の圧力を跳ね返し続けている沖縄民衆の闘いを受け止め共にどれだけ闘いを進めるか、共に進む隊列をどれだけ広げ強めるか、今春闘の大きな挑戦課題にしなければならない。
この四つの柱を中心とした闘いは、春闘が客観的に体現してきた社会的機能、労働者が社会的にかたまりとして登場し、社会を方向付けるその力を具体的要求を通して発揮する場としてきたことへの、あらためての挑戦でもある。日本支配層が社会を維持する能力の弱体化をあらわにし、そこへの焦りも含めて日本経団連と菅政権がまさに不毛な成長戦略にひたすらしがみついている今だからこそ、この挑戦がことに必要となっている。それは今の時代を貫く課題であり、倦くことなく挑み続けなければならないものとして提起されている。けんり春闘をそのような大衆的社会闘争として発展させることをめざし、全力を挙げ闘おう。
       (坂本二郎)


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