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            かけはし2011.1.24号

「見えない存在」とされる野宿者

2010〜11 山谷越年越冬闘争報告
団結を強め社会的仕組み
そのものを変える闘いへ





手際よく作業
が進められる
 一二月二九日から一月四日の早朝まで今年も山谷越年越冬闘争が闘われた。
 二九日山谷労働者福祉会館に集まった労働者や支援者は簡単な意思一致をすませると早速、城北労働福祉センターに移動し、設営を開始する。三里塚から切り出してきた竹竿とブルーシートで屋根を作り、大テントが完成、昨年の改修工事で寝床を設置するスペースが大きく削られてしまったため、小さなテントも設置、みんな手際が良く、こういう「仕事」をしていると生き生きしている。
 設営が終わると夕食の準備、こちらは毎週の共同炊事で手慣れたもの、三里塚などから届いたカンパの野菜や、屠場労組からいただいた肉などで手際よく作られていく。
 夕食後には一日の反省を行い、休憩の後、上野へのパトロールへ。このパターンが越年中ほぼ繰り返された。そして隅田川、上野、なぎさ寮、竪川での餅つき、恒例となった「さすらい姉妹」の路上芝居など様々な活動を行い、四日の朝の撤収後は生活保護の集団申請を行った。

山谷を訪れる
支援の若者たち
 昨年は都内全域で排除の嵐が吹き荒れた一年だった。西では渋谷・宮下公園のナイキ公園化による排除と封鎖、東ではスカイツリー再開発による排除としての墨田区アルミ缶・古紙持ち去り禁止条例の改悪や、江東区、竪川河川敷公園における改修工事に伴う排除などである。今、都内の公園では新たにテントを作って野宿することはおろか、ベンチなどでも寝ることが困難である。
 その一方で低額無料宿泊所(野宿者を収容し、生活保護をとらせ、ピンハネする)などの貧困ビジネスや、賃金不払いの飯場などが以前にも増して暗躍し、新自由主義の矛盾の象徴ともいうべき野宿者がますます「見えない存在」へと追いやられている。
 もちろん貧困ビジネスだけではなく、ホームレス総合相談ネットワークの法律家たちや、舫(もやい)の活動、山谷労働者福祉会館の毎月行っている生活保護の集団申請などで、悪質な施設ではなく、居宅での生活保護を勝ち取った仲間もかなり増えているのも事実である。そしてそれは不安定な労働から路上に放り出された労働者にとって絶対に必要なことであり、正当な権利である。しかし、それも含めて野宿者の存在や矛盾を見えにくくしているという事実にわれわれは自覚的でなければならないだろう。
 飯場で賃金不払いの案件を抱えた仲間が、ひとまず生活保護で落ち着いてしまうと賃金を取り戻す闘いを放棄してしまうということもあるのだ。賃金を取り戻してもその分保護費から引かれてしまうからだ。

「排除の嵐」と
貧困ビジネス
 民主党政権は年末になって急遽一二月二九日、三〇日の二日間、全国一九カ所のハローワークで年末年始に職も住居も失った人の相談を受け付けた。都内でも飯田橋、品川、新宿、木場、府中、の五カ所で対応したが昨年よりも少なかったとのこと、これは直前の一二月二五日に突然発表するなど周知されなかったことも大きいが、すでに上記のような理由で路上にいなかったということではないか?
 東京都の山谷対策である「なぎさ寮」も昨年に比べて大幅に入寮者が減ったとのことである。
 越年闘争中の食数は昨年と変わらなかったが、宿泊者は減った。毎週の隅田川での共同炊事は一二月に入ると食数が減り、年末まで減り続けた。冬場にテントもなしに野宿するのはつらい。施設に入った仲間も多いのではないだろうか。
 反対に越年闘争の間は多くの支援者が山谷を訪れた。一二月三〇日に山谷労働者福祉会館で行った「はじめての山谷講座」には若者を中心に約八〇人の人々が訪れ二階ホールに入りきれないほどであった。
 年末には毛布が不足していたが、朝日新聞にそのことが紹介されると一転、山谷労働者福祉会館には全国から毛布のカンパが届き、置き場に困るほどになってしまった。
 「伊達直人」現象もそうだが、この時代に「困った人のために何かをしたい」という人々が多数いるということは希望である。そういった支援なしにはわれわれの活動は一歩も進まない。しかし、そこから野宿者を生み出す仕組みそのものとの闘いへと越年に集まった労働者や若者たちと共にスクラムを組んで前へ踏み出すことが、今求められているだろう。

救急搬送された
仲間が亡くなった
 一二月二九日の夜の上野パトロールで出会って救急搬送した仲間が翌日、搬送先の病院で亡くなった。車いすに乗って上野駅にいたところで出会ったのだが、肝臓が悪く自分で排尿ができないためにバルーンをつけている状態であった。そんな状態で人通りもある駅で何日も放置されていたのだ。
 越冬実では春までの間、上野周辺を中心にパトロールを強化していくことを決めている。     (板)


 

呼びかけ
「領土ナショナリズム」をはねかえせ!
2.11反「紀元節」行動へ

 昨年、「尖閣諸島」海域での衝突事件を契機とした「領土ナショナリズム」の噴出は、いま表面上沈静化したかのように見える。しかし、マスメディアによる中国叩きは続いている。この事件は、「北方領土」問題、朝鮮半島での砲撃事件などとあいまって、東アジア地域における「ポスト冷戦」なるものの現実を明るみに出した。これらが日本の軍事力や、沖縄における米軍基地の強化をはかる議論に力を与えていることは、年末に閣議決定された「新防衛大綱」が、中国や北朝鮮への「懸念」を打ち出し、沖縄・南西諸島などの「島嶼防衛」を明確に位置づけたことからも明らかだ。
 東アジアにおいて、戦後日本は日米安保体制のもと、アメリカの支配戦略に積極的に加担=従属することで現在の地位を占めてきた。そしてそれは同時にこの地域における植民地主義の歴史を忘却させつつ、その再生産をなし続けてきた。さらにいわゆる「G2」状況、すなわちアメリカと中国の間の、相互依存をはらんだ相互対立状況の進展の中で、日米安保体制は今の民主党政権のもとであらためて再編・強化されているのだ。
 「領土ナショナリズム」に支えられた日本の国家主義と植民地主義、安保・沖縄「問題」、歴史認識をめぐる論争、「下から」のナショナリズムと暴力を伴う差別・排外主義の蠢動。われわれの目の前に広がる、植民地主義の継続と構築された日米安保体制の風景は、戦前と戦後の天皇制国家の「断絶と連続」をも象徴している。そういった日本の「国体」と、その個々の表われに対して、粘り強く抗していく言説を、運動的に対置していくことがめざされなければならない。
 私たちは、2・11「紀元節」にたいして、天皇制と、現実に進む「ナショナリズム」の拡大に反対するという課題を結合して、集会とデモに取り組む。ともに、この行動を作り出していくことをよびかける。

お話 太田昌国さん(編集者、民族問題研究)
日時 2月11日(金・休)13時15分開場(13時半開始)
場所 千駄ヶ谷区民会館(JR原宿駅徒歩10分)
資料代 500円
主催 2・11反「紀元節」行動実行委員会
東京都千代田区神田淡路町1―21―7静和ビル2A
TEL:090-3438-0263

呼びかけ団体 アジア連帯講座/アンポをつぶせ!ちょうちんデモの会/国連憲法問題研究会//立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/連帯社/労働運動活動家評議会


 


読書案内『超マクロ展望 世界経済の真実』
水野和夫・萱野稔人/集英社現代新書/756円

資本主義の歴史的危機えぐる

 昨年末に旧友のTさんか
ら電話があった。「ぜひ、君にこの本を読んでもらいたい」というのだ。そんな
電話はめったにあるものではない。早速、買って読ん
だ。確かに面白かった。二
〇〇八年のリーマンショックから一挙に露呈した世界的な金融危機の構造を長期的歴史的射程でえぐり出した「対話本」だ。
 水野和夫は昨年まで三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフエコノミスト。証券会社の調査業務を三〇年以上務め、昨年九月からは菅内閣の官房審議官(経済財政分析担当)に転じた。萱野稔人は一九七〇年生まれの政治哲学者で、私も彼の論文を幾つか読んでいた。
 毎日新聞に至っては本書に言及した記事を今年になって半月も経たないうちに三度も掲載した(一月四日社説。一月一〇日の「風知草」欄。一月一三日の中谷巌「経済への視点」欄)。この思い入れは半端ではない。

利潤率の傾向的
低下法則が貫徹
 水野は、二〇〇八年で露呈した金融危機を、中世封建制の中から近代資本主義が形成された一六世紀に匹敵する「大きな転換期」だと指摘する。その転換はアメリカの覇権的システムがほころび、ドルショック・オイルショックで戦後の高度成長経済に終止符が打たれた一九七〇年代に胚胎している。植民地世界の資源(とりわけ石油)の帝国主義的収奪に対する「南」の世界の抵抗を通じて、もはや先進資本主義国は「安価な資源」による大量生産で利益を上げることができなくなった。マルクス主義的に言えば「利潤率の傾向的低下」が貫徹することになった。
 水野は「南北」世界の力関係の変化の中で「モノ作り」による成長と利潤蓄積が不可能になった結果、米国主導による金融資本主義化が進み、その極点で「金融バブル」の崩壊に帰結した、と指摘する。水野と萱野は、一六世紀以来の資本主義の覇権システムの変遷、国家・軍事と世界市場のルールづくり、米国にとってのイラク戦争がドル決済の国際石油市場ルール防衛を目的としたものであったことなどを縦横無尽に論じる。
 水野はまた、世界資本主義の拡大が巨大な「外部」の存在を前提とするものだったにもかかわらず、今日のグローバル化がその「外部」「辺境」を極小化してしまうことで「資本主義の前提条件に抵触してしまう」と述べる。中国やインドの成長が一巡し高い利潤率でリターンをもたらしてくれる場所がなくなると「資本主義の根本的危機が訪れる」という萱野の指摘に水野は同意している。水野は、それでも資本の論理は利潤の極大化にあるのだから、「バブルの形成と崩壊」が繰り返され、そのたびに疲弊して「資本主義に賛同が得られなくなる」とも語っている。

低成長システムと
反資本主義構想
 資本主義の「成長」の時代は終わったと断言する水野は「低成長を前提とした脱近代的社会システムをつくらないかぎり、財政赤字などの問題はおそらく根本的には解決されない」と主張する。水野の提言はトービン税の導入による金融投機の国際的規制や、環境規制などの国家的「規制」による新たな市場の創出、というところにある。つまり「低成長時代」においては「規制撤廃」ではなく、「規制」こそが新しい利益の領域を作り出す、という主張だ。
 この論理は、水野が審議官となっている菅内閣、そして財界の、あいも変わらぬ「規制緩和」一辺倒の「新成長戦略」と対立せざるをえない。しかし水野の「低成長・脱近代社会システム」を資本に強制する力はどこから生み出されるのか。その点にこそ「反資本主義的オルタナティブ」をめざす闘いの挑戦テーマがあるのだ。         (K)



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