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    かけはし2011.10.3号

義人を処罰し犯罪者を褒賞
して「絶対服従」を煽る国家

ロボットが統治する国

 「被告(アイヒマン)が存在していた当時のナチの法律の下では、いかなる間違いも犯してはならず、犯罪ではなく国家の公式の行為なので…服従することが彼の義務でした」(ユダヤ人虐殺の戦犯として起訴されて裁判を受けていたカルル・アドルフ・アイヒマンの弁護人)。
 「自ら他人を傷つける言い分だけれども、私は徹底して『上命下服』の原則を守ったのであり、組織のために『十字架』を背負った」(拷問技術者、イ・グナン)。
 「大隊長は銃殺を執行する権限はなく、連隊長も軍法の権限としては銃殺の執行を指揮する権限がないことを承知していたけれども…上部指揮官の命令に服従したにすぎず、本人としては他の考えをする余地がありませんでした」(韓国=朝鮮戦争の際、慶尚南道・居昌での民間人虐殺事件加害部隊大隊長ハン・ドンソク)。
 「本人も合法的だと考えはしませんでしたが、上官の命令なので、命令に服従しただけです」(韓国=朝鮮戦争の際の居昌民間人虐殺事件加害部隊小隊長イ・ジョンテ)。
 

惨酷行為の重要な源泉


 「服従は善だ」「集団からはみ出しては絶対にダメだ」。これは軍国主義日本、ファシズムのドイツにおいて戦争を遂行している軍人たちに強要された論理だ。ナチの大量虐殺、日本軍の惨酷行為は、すべて権威に対する絶対的服従を讃揚していた軍隊文化の産物だ。拷問や虐殺をほしいままにした者たちが全く罪の意識を持たない理由は、命令に服従することによって任務をやり遂げたと考えたり、その命令自体が国家や組織のためのものだと正当化するためだ。
 ケルマンやヘミルトンは人権侵害や虐殺などの大犯罪が服従の名によってほしいままになされたという点から、それを「服従犯罪」と呼んだ。権威に対する絶対服従こそが惨酷行為の最も重要な源泉であり、慶南・居昌での民間人虐殺事件での指揮官たちのように、そうしてはならないということを知りながらも「命令に服従したもの」だと正当化した時、それは犯罪となる。「上官の命令は天皇の命令だ」という公式を金科玉条と考えて中国人や連合軍に惨酷をしでかすように命令した日本軍の指揮官は明らかに戦争犯罪者として起訴されるほかはなかった。軍事組織において攻撃的な業績主義や極端な位階秩序の強調は、いつでも同時に存在しているが、日本の野田正彰教授は、それがまさに軍国主義日本を動かしている基本的論理だったと主張する。
 ところで、国家あるいは国家の権力者たちが惨酷行為を起こしても、上部の命令だったとして一切を正当化する論理は、確かにチャールス・ティリが語ったように、組織暴力グループのそれと違いはない。組織暴力グループは犯罪をしでかす時、命令を拒否する部下たちには苛酷な処罰を加え、自身に忠誠を捧げて犯罪を遂行する〈仲間〉たちには手厚い褒賞を与える。隠さなければならないことの多い組織にあって犯罪は許容されるが、令名拒否は絶対に許されはしない。民主主義国家と言えども、ある国家が他の国家と戦争状態にある時、上官は指揮下の兵士たちが、敵として疑いをもたれる民間人に犯罪的な惨酷行為をしでかすことを知りながらも、戦争勝利の名分の下にそれを黙認するというケースは多い。
 世の中のすべての構成員が1つになって動かなければならないという全体主義や、軍人や警察はロボットのように動くべきで、官僚には服従と集団追従が最高の美徳だと考えている軍事独裁政権下でも、体制維持のための服従の強要や行政命令履行の圧力は国民の生命や財産の保護という民主主義の本来の価値を嘲笑する。

命令不服従者を次々と処罰


 MB(イ・ミョンバク)政府の下で手続き的違法や人権侵害の要素がある行政執行であっても、それを拒否したり批判する公職者には「罷免(解雇)」という最高の処罰方法を容赦なく用いる。チョ・ヒョノ・ソウル地方警察署長は自身が推進した過度な実績主義を批判し辞職を要求したとして、チェ・スチャン前・江北警察署長を罷免した。ずばり、攻撃的業績主義や上官を批判した罪だった。一方、キャンドルデモの際、「目に見える一切を検挙せよ」という鎮圧方針を拒否した戦警(戦闘警察、機動隊)隊員は懲役1年6カ月の実刑を宣告され、高等法院(高裁)では刑量が2年へと、むしろ増えた。
 ソウル市教育庁は一斉考試(全国一斉テスト)を拒否して野外体験学習する生徒を許容した教師7人のうち4人を解任し、3人を罷免する措置をとった。国税庁は、不正の容疑で逃避したハン・サンニュル前・国税署長を批判した職員に罷免措置を行い、それでも飽き足らず名誉棄損の容疑で検察に告訴した。国防部は前代未聞の禁書措置に対して違憲を訴えた軍法務官2人を罷免し、軍への名誉棄損などをその理由として掲げた。かつてのように、犯罪をやらかせという命令ではなかったとはいうものの、国民の人権に深刻な被害を与えかねない、論難となる政策や命令に一方的に服従しなかった、との理由だった。
 特に罷免された軍法務官は5年間、弁護士開業をすることができないなどの致命的処罰を受けた。これらの公務員らに対する罷免の事由は命令不服従、すなわち「職務遂行時の公務員は所属上官の職務上の命令に服従しなければならない」という義務に反した、というものだ。軍法務官を罷免した国防部は、「軍人は、上官が職務上の指示や命令を下した場合、内部建議の手続きを踏んで、必ず指揮系統に従って単独で建議すること」を強調しており、「軍法務官たちに対する懲戒は、そのような過程を無視したことに対する懲戒だ」と説明した。
 他の組織と違って、軍にあっては命令がそのぐらい重要なことはそうだけれども、彼らもまた国民の一員であるがゆえに、基本権である裁判請求権さえも制限され得るということは憲法の精神とかけ離れたものであり、あまりにも度の過ぎたものだったとの批判が起こった。わが国の裁判所も以前に、中央情報部(KCIA)の職員の場合、特定の候補に反対する世論を作りあげる目的で虚偽の事実を盛り込んだパンフレットを配布したり、参考人として出席した人に過酷行為をせよ、などという不法な命令に対しては服従の義務がないと判示していたし、その場合、服従して命令を執行したならばその人も処罰を免れることはできないとの判決を下したことがある。
 イ・ミョンバク政府下での軍人、国税庁職員、教師など命令に不服だったり、それを批判した人々に対する罷免措置を見ると、幾つかの特徴がある。特に教育界を見ると不正、汚職、セクハラの容疑のあった校長や管理者よりも、命令不服従、民主労働党後援金納付などをしたヒラ教員たちを厳しく処罰した。
 国税署長をはじめ不正を行った高位公職者たちを厳しく処罰した例はなかった。それは不正腐敗などの反社会的行動よりも、自身たちに対する命令服従の有無を最上の原則と考えている、ということだ。そうは言うものの、クーデターをひき起した5共(第5共和国、チョン・ドゥファン政府)の新軍部勢力こそが組織の綱紀を最もひどくかく乱した人々だが、彼らが罷免されたという話はついぞ聞いたためしがない。

果敢に命令を拒否した人々

 反人権的行為、はなはだしくは拷問、虐殺、不法処刑まで正当化した公権力の服従至上主義は、まさに韓国の歴代大統領が実践したことの数々だった。イ・スンマンが戦時に釜山で閣議を通じて非常戒厳を宣布し、イ・ジョンチャン陸軍参謀総長に戒厳軍の派兵を要請した。だがイ・ジョンチャンは軍の政治的中立を理由として派兵を拒否した。するとイ・スンマンは「貴官は、どうして国に反逆し私に反逆するのか」と問いつめ、「大統領は国軍の最高司令官にして大元帥だ。参謀総長と言えども大元帥に抗命すれば極刑に値する。断固銃殺し全軍の範とせよ」と命令を下した。だが軍内部の反発が極めて大きく、その命令は引っ込められた。
 ユ・ビョンジン判事はチョ・ボンアム(注1)ら進歩党事件に対して1審でチョ・ボンアム被告人を懲役5年に処すると判決した。だが2審では1審の判決を破棄し、結局チョ・ボンアムは死刑を宣告されて処刑された。2審判事が不当な命令を拒否したならば、チョ・ボンアムは死刑にされなかっただろう。だがこの事件によってユ・ビョン判事は自由党政権によって判事としての再任を拒否され、裁判官生活にピリオドを打たざるをえなかった。「真実・和解のための過去史整理委員会」はチョ・ボンアムへの2審判決と死刑は誤りだったと決定した。結局、ユ・ビョンジン判事の判断が正しかったことが立証された訳だ。
 維新治下の緊急措置9号(注2)にかかわる判決で無罪判決を下したイ・ヨング判事は所信通りに判決した対価として法服を脱いだ。だが当時の大法院長(最高裁長官)、大法院判事、ソウル刑事地裁首席部長判事など、要職を占めていた人々は、すべてパク・チョヒの意中によく従い、学生らに苛酷な判決を下した、仲間うちでは「中央情報部要員」と呼ばれた人々だった。服従の対価は昇進であり、拒否の対価は昇進からの脱落、さらには弁護士開業への妨害にまで至った。
 かつての独裁政権や軍事政権の時代には、ほとんどすべての軍部、警察や判事、検事たちがこのような服従犯罪をやらかしながら出世街道を駆けて行き、人権や国民の側に立った人々は服従を拒否した対価として苛酷な処罰を受けた。その最大の被害者は、ほかならぬ国民だった。内部の不当命令拒否者を処罰することによって、国家や権力者らが起こした犯罪や過った公権力の行使はしばし隠ぺいすることはできただろうが、拷問、スパイでっちあげなど深刻な人権侵害や不正・腐敗は続いた。
 イ・ミョンバク政府になって強調された警察の実績主義は、無差別的検挙の事態やソウル・陽川警察署の拷問事件などと無関係ではなく、教育科学技術部の一斉考試の強要は学生たちをより一層、競争へと駆り立てるか、はなはだしきに至っては「試験マシーン」に仕立てるとの批判を受けるに至っており、国防部の禁書措置は民主国家の物笑いの種となった。公職者が国家犯罪あるいは不当命令の道具となれば、国家や社会の危機状況にあって正論を語ったり、身を投じる公職者は消え去り、先に引用したアイヒマンやイ・グナン、軍の虐殺者たちのように、どんなことにも責任をとらず、すべての責めを上部に委ねる人々だけが生き残るだろう。そして国民も、ただただ言われるがままのことだけをするロボットになるだろう。ロボットが統治する国で、ロボットになった国民の尊厳がよって立つ位置はなくなることになる。
 ハン・サンニュル前・国税署長を批判して罷免され、告発までされた国税庁職員は「どうしてこれほどに浅ましくなり得るのか、なんでこれほど残忍でいられるのか」と語り、公務員にとって命とも言える職場を奪ったならよかったのか、これ以上、何を望むというのか、と抗弁した。逃避の思惑で出国した前・国税署長に対しては取り調べをしているのだかどうだかなのに、彼を批判した職員には厳しい処罰を下している国家をどう説明すべきなのだろうか。彼らは「綱紀」を振りかざすけれども、そのようにあこぎなまでの取り締まりをしないならば、内部の不正を知っている職員たちが我も我もと告発しはしないかと恐れているのではないだろうか。

社会や組織と「希望」の関係


 もちろんステンリー・ミルグレムの実験のように、人々は暴力によって強制されなかったとしても、他の人に深刻な苦痛を与えるようにする命令に服従する傾向がある。そうであってみれば、軍人、警察、検事など上命下服の原則が強調される組織において上部の命に異見を示すというのは容易なことではないだろう。だが明白な国家犯罪や内部不正、権力者の不当な命令を拒否する公職者が1人もいなければ、その組織や社会は希望がないだろう。たとい少数でも不当な命令を拒否する公務員が存在していたり、さらに1歩進んで告発し批判する公務員がいるならば、その社会には希望があり、大多数の国民の人権は保護され得る。歴代の韓国政府は真の義人たちを処罰し、犯罪を起こした人々を自分の側だという理由で褒賞してきた。(「ハンギョレ21」第877号、11年9月19日付、キム・ドンチュン/聖公会大・社会科学部教授)
 注1 ゙奉岩(チョ・ボンアム)1898―1959、3・1運動に参加し1年間服役後、日本留学。1925年朝鮮共産党創立の中心人物の1人。30年検挙で7年間服役。45年の解放後、朝鮮共産党を再建した朴憲永の路線を批判して党と決別。56年大統領選挙で、革新政治を掲げて結成された進歩党から出馬し、216万票を獲得したが落選。進歩党の発展を恐れた李承晩政権により北朝鮮のスパイとしてでっちあげられ、翌59年死刑執行された。
 注2 朴正熙政権は権力維持のために戒厳令を発布して維新憲法を公布。これに対し大学、メディア、政界などから民主回復、改憲および反体制人士の釈放を求める声が高まるや、74年1月から改憲論議を禁止するなどの緊急措置を相次いで発布。朴正熙被殺される79年まで続いた。

 


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