グローバル資本主義システムの危機
の中でアジア民衆運動の連携めざし
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七月から八月にかけて三回目となるアジア・グローバル・ジャスティス学校がフィリピンのマニラで開催された。世界資本主義、とりわけ米・欧・日本など従来の帝国主義的中枢の危機は、アジアの革命運動にとってどのような可能性を切り開きうるのか。今年も様々な国々の経験をベースにした学習と討論が交わされた。日本からも主体的な交流・連帯の深化を!
若い活動家を中心に
二〇〇九年の開設以来三回目となるIIRE(International Institute for Research and
Education)―マニラ主催の、アジア・グローバル・ジャスティス学校が、七月一七日から八月七日まで三週間の日程で、フィリピン・マニラで開催された。今年も報告者の一人となった私以外、今回の学校には残念ながら日本から参加者を送ることはできなかった。さまざまのスケジュールの合間を縫った参加のため、私のマニラ滞在は実質四日間にとどまったのは残念だが、遅ればせながら簡単に概要を記すことにする。
アジア・太平洋地域からの参加者は、開催地のフィリピンの他に日本(私)、インドネシア、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ、そしてニュージーランドの七カ国。ニュージーランドは初参加である。参加したのはラディカル左派組織「社会主義オルタナティブ」に属する建設労働組合のメンバー。インドネシアからは民衆解放党(民主人民党―貧困者政治委員会が最近の全国会議で改称)と民衆連帯ネットワークから四人が参加した。四人とも二〇代の女性である。インドネシアの民衆解放党(PLP)は、今年第四インターナショナルの常任オブザーバー組織として確認された。民衆連帯ネットワークから参加した二〇歳のメンバーは、古都ジョクジャカルタで活動する学生グループSEKBERに属している。
フィリピンからはミンダナオを拠点とするRPM―M(革命的労働者党―ミンダナオ、第四インターナショナル・フィリピン支部)以外にもマニラやルソン島を中心とする複数の左翼組織(フィリピン労働者党など)が、積極的に参加した。
アジアからの参加者以外にIIREアムステルダムのスタッフやIIREマニラの設立に大きな役割を果たしたフランスNPA(反資本主義新党)のピエール・ルッセなどが報告者に加わった。
総合的なカリキュラム
以下、学校のカリキュラムを紹介する。
第一部 アジアと世界という文脈の中で
?世界経済危機の中でのアジア
?帝国主義とグローバリゼーション、その影響の過去と現在
?国際的な移住労働とエスニシティー
?性とジェンダーのアイデンティティー
?宗教と宗教運動
第二部 諸運動
?アジアにおける階級構成
?アジアにおける労働組合の闘争
?農村問題と農民の役割
?民族主義と民族解放
?第三世界における社会組織の諸形態:NGO、民衆諸組織、政党(選挙と議会闘争をふくむ)
?マルクス主義とエコロジー
第三部 変革のための組織化
?革命的戦略
?フェミニズム(階級と女性の抑圧)
?国際主義とグローバル・ジャスティス運動
?諸運動と政党の関係
?二一世紀の社会主義:改良と革命
?特別報告:危機の下での「コモンズ」の復権要求――必需品ならびに生活にとって死活的なサービスの脱商品化と脱私有化
その構成は昨年の第二回学校とほぼ同じだ。しかしその内容はかなり刷新・補充されている。以上の一つひとつのテーマごとに一日をかけて報告・討論が行われた。課題は非常に多岐にわたっており、相互に関連した充実したものである。テーマに関連して参加した各国のメンバーからも短い報告が行われる。われわれとしても実践に即したこうした連続講座の日本版を行えるようになればとつくづく感じる。
世界経済危機とアジア
最初の報告「世界経済危機の中のアジア」は、IIREマニラのリチャード・ソリスが行った。彼は、二〇〇八年のリーマン・ショックで顕著に示された包括的かつ複合的(経済・社会・食糧・エコロジー等々)な位層を持つ危機が、資本主義世界を根底的に揺るがしている、と強調し、「不況局面からの脱出」という一部の言説が排除している、大規模な失業、貧困の拡大(一〇億人以上が限界的貧困ライン以下の生活にあえいでいる)、環境災害の危機を取り上げた。
彼は、米国と欧州での不況からのきわめて緩やかな「回復」が、投機的バブルの再来を伴う国際金融システムを再浮上させた大規模な国家的介入によるものであること、さらに西欧における「社会的安定装置」(社会保障)の存在が、グローバルな経済破局をスローダウンさせる上で大きく貢献していることについて語った。この点は、「一九三〇年代と今日との一つの違い」である。
しかし「緩やかな回復過程」自身が、その後八月になって再度爆発した米国のデフォルト危機とドル安、それと連動した欧州諸国の債務危機・ユーロ安、世界的な株安によって一挙的破綻を見せ、それとともに大幅な社会支出の削減が「社会的安定装置」自体を失わせる圧力になっていることは現にわれわれが目撃していることである。ソリスの報告は七月一八日に行われたものだったが、米国の債務上限引き上げをめぐるオバマと共和党との攻防や、危機の震源である米国やギリシャ、ポルトガルの債務危機の爆発、緊縮政策による労働者民衆への負担の押しつけについて的確に指摘していた。
他方米国や西欧と対比してアジアはどうなのか。「危機脱出」過程における米国やユーロ圏の極度の低成長と比べればアジアの成長率は七%という高い数値を記録した。世界資本主義システムの危機の中でアジアへの危機の影響が相対的に限定されたものであった一つの理由は、韓国を除くアジアの銀行が、欧州や米国の銀行ほどサブプライムローンや「有毒」金融商品にコミットしていなかったためである。アジア諸国は短期ローンに依存する度合いが少なく、東欧諸国やギリシャのような債務のワナに引っかかることはなかった。アジア諸国、とりわけ中国は巨額の外貨保有を蓄積した。
同時にアジア諸国は、北米や欧州の需要の縮小による輸出の低落に見舞われた。それはとりわけ米国が主要な輸入先になっている工業製品の輸出国で、最も市場開放が進んでいる国に顕著である。工業製品のうち輸出に回される比率は、マレーシアが七〇%、タイとカンボジアが四〇%、中国、韓国、フィリピン、ベトナムが三〇%、インドとパキスタンが一〇%である。アジアで最も人口が多い三つの国(中国、インド、インドネシア)は二〇〇八年と二〇〇九年のどの四半期をとっても景気後退を経験しなかった。
牽引車・中国の抱える矛盾
ソリスは地政学と世界経済の観点から中国の役割に言及する。中国は多くのアジア諸国にとって最大の貿易パートナーであり、国際的・地域的生産ネットワークの中軸である。中国は均衡のとれた成長が何にもまして重要な国であり、きわめてあからさまな不均衡の目立つ国である。外貨保有高は最高、貯蓄のGDP比は最高で、家計消費のGDP比は最低。一例を取れば、二〇〇七年において家計消費の対GDP比は三五%という歴史的な最低値に達した。投資額はGDP比四〇%ときわめて高く、国際経常収支黒字はGDPの一〇%という記録的レベルとなった。
中国は二〇〇八年の国際的危機を巨額の公共投資、低金利、消費補助を組み合わせたプランによって乗り切った。中国の成長率は二〇〇九年には九%、翌年は一〇・三%となり、失業率も持続可能なレベルを維持した。さらにGDPにおいて二〇一〇年には日本を追い越し、米国との差を縮めた。
ソリスは同時に中国が抱える矛盾についても指摘する。
第一は不動産・住宅価格のバブル的高騰である。
第二はそれによる大規模な不良債権の形成である。
第三は公的債務の肥大化である。債務のGDP比は二〇〇九年には七一%に達した。ひとたび投機的バブルが起これば、その抑制はきわめて困難になる。
第四は労働者階級の闘いの拡大である。二〇一〇年夏に、これ以上の搾取を拒否する中国労働者のストライキ闘争が広がった。労働者たちは賃上げ、労働条件の改善を求め、組織化と団体交渉の権利のために闘った。政府は、労働者の不満に対して注意深く対処した。不満の波が広がればそれを統制することは困難だからである。そうなればチュニジアやエジプトで起こったような事態になるかもしれない。
こうした中でソリスは、新自由主義的な国家と支配階級の戦略的攻撃に対し、アジア諸国における集中的な賃上げと社会保障システムの確立によって、「成長」の均衡を取ることを提起する。こうした措置は、輸出に依存する度合いを低め、地域的レベルでより自足的な経済への道を切り開くべきだということを意味する。輸出競争と資本家の利益のために数十年にわたり低賃金と不衛生で危険な職場に苦しめられてきた中国そしてアジア全体の労働者に社会的公正を! これがソリスの結論だった。
福島原発事故と天災・人災
私が二〇〇九年一一月の第一回マニラ学校で報告したテーマは「アジア太平洋における新興超大国の台頭と力関係の変化、ならびに社会運動にとっての影響」(本紙〇九年一月一八日号、二五日号)であり、昨年七月の第二回学校で報告したのは「帝国主義とグローバリゼーション・その過去と現在」である。(本紙一〇年九月二〇日号)である。
今回も私が担当したのは前回と同じ「帝国主義とグローバリゼーション」だった。しかし「植民地主義の時代から帝国主義にいたるグローバルな南と北の関係。現在における反植民地主義解放運動と社会主義運動との関係は? 第三世界の搾取はどのように行われているのか、現地ブルジョアジーの役割は? 帝国主義的搾取から利益を得ているのは誰か? 帝国主義と資本主義はどのような相互関係にあるのか?」という、参加者のためにIIREマニラ事務局が作成した「暫定的ガイドポイント」の諸点に沿って、解放運動の主体の歴史的変化と理論的論争に重点を置く形で、昨年の報告にかなり大幅な変更を加えた。
私は報告の冒頭に、三月一一日の東日本大震災と福島原発事故、そして日本における脱原発運動の現状について特別の時間をとって説明した。まずわれわれが呼びかけた大震災と原発事故への国際的救援カンパのアピールに応じて、台湾、香港、フィリピン、パキスタン、スリランカなどの仲間から連帯カンパが寄せられたことに感謝しなければならなかった。さらにアジア諸国の活動家たちは、「自然災害の規模」を増幅させるのは、資本主義支配システムの超過搾取・差別の構造、すなわち「人災」であることを身近な問題として実感している。かれらは二〇〇四年のインド洋・スマトラ沖大津波、昨年から今年にかけてパキスタンを襲った大洪水によって、そうした理解を自らのうちに刻み込んでいる。ナオミ・クラインは『ショック・ドクトリン』(最近、岩波書店から邦訳が出版された)で、災害を通じた新自由主義プロジェクトの強制について分析している。
「帝国主義とグローバリゼーション」というテーマと災害による民衆生活の破壊を結び付ける切り口は、今回の私の報告にとって避けて通れないことだった。そしてアジア諸国の参加者はビビッドに反応してくれた。
21世紀社会主義への道
私の主報告は以下のように章建てされている。
1 植民地主義と資本主義――一六世紀から二〇世紀へ
2 ロシア革命と第一次大戦後の民族独立闘争、そしてアジア諸国の共産党
3 第二次大戦とアジア諸国の独立
4 新自由主義とその影響
5 グローバル資本主義の危機と二一世紀の社会主義革命戦略
資本の原始的蓄積がたんに封建社会の内的分解・農民の土地からの分離のみによってではなく、決定的に「外部」からの暴力的収奪、殺戮・絶滅、奴隷労働の搾取を条件としていたことの強調については前回と同じである。今年の報告では一六世紀の重商主義に対応した交易、搾取の形態から、産業革命を経た資本主義時代の一九世紀における直接的政治・経済・軍事的支配への転換、帝国主義時代における植民地再分割の時代をアジア諸国の個別的例に即して提起した。
さらに一九二〇年代を中心としたアジアにおける共産党の成立、民族ブルジョアジーとの関係における労働者階級の独立性をめぐる諸問題、一九三〇年代の大不況がアジアにもたらした影響、コミンテルンの極左主義と人民戦線戦術がアジアにおいてどのような表現を取ったのか、についてもふれた。
第二次大戦後のアジアに関しては中国革命とベトナム革命のインパクト、権威主義的独裁と経済開発路線、ODAと腐敗した統治システムの関係について一通り概説的に提起したが、やはり最も時間を割いたのは、一九九〇年代以後の新自由主義的グローバル化がもたらした変貌、都市と農村の関係、伝統的左翼の危機、貧困・人権破壊・農業主権・民主主義と民衆的尊厳・環境・フェミニズムなど新しい社会的抵抗運動の多元的発展、とりわけ新興工業発展諸国における都市を中心とする新しい中間層の役割などについてであった。
新自由主義グローバル経済の危機はアジア諸国においてきわめて先鋭な形をとっている。中国を牽引車とする「成長センター」としてのアジアは、資本主義システムへの統合を支える中間層を膨大に生み出しているが、支配体制の強権化、新しい植民地主義的差別構造の深まり、排外主義的エスニック紛争の暴力的爆発による社会的分裂を拡大する。
この危機を新しい民衆的オルタナティブに向けて切り開く政治的主体は、依然として脆弱である。その政治的主体形成は、国際主義的展望の下でのみ形成される。われわれの役割は、労働者運動、農民運動、貧しい女性・青年たちの権利と自由のための抵抗をつなぎ、主導する政治的勢力を持続的かつ緊密に結びつける国際的共同闘争である。それは「二一世紀の社会主義」のための意識的努力によって確実なものとなるだろう。
午前中いっぱいを取った私の今回の報告は、きわめて駆け足的なものとなった。午後の討論は各国からの報告をふくめて、多方面にわたるものとなったが、ここではその一つひとつを紹介することはできない。
グローバリゼーションとアジア、そして左翼が何に挑戦すべきかという討論は、翌日のピエト・エンゲルシュマン(第四インターナショナル・オランダ支部)が報告した「国際的な移住労働、エスニシティー」の論議に引き継がれたが、ここでもアジア各国からの報告はまさに当事者としての切実さに満ちた熱のこもった意見が交わされた。
最初に述べたように、私のマニラ学校滞在は四日間だけだったが、三回目を数えるアジア・グローバル・ジャスティス学校の教育機能は、かなり軌道に乗ったものと感じられた。われわれがこの学校の発展に持続的に貢献し、自分たちの財産として活用することが将来に向かってますます重要となるに違いない。
(国富建治)
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