かけはし重要記事

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読書案内豊田直巳著、出版文化社、1800円
『難民の世紀〜流浪する民』            
かけはし2002.10.28号より

難民を通して宗教と民族、戦争と平和を問う

現場の空気を伝えるフォトルポルタージュ

 米本土への「同時多発テロ」からちょうど一年目にあたる九月十一日、フォトジャーナリストの豊田直巳さんが本を出した。
 私と豊田さんが知り合ったのは今から五年前、北朝鮮の「食糧危機」が大きく報じられた頃だ。この問題で学習会の講師を探していた私は、北朝鮮から帰国したばかりの彼を紹介されたのだ(本書第七章に取材報告)。現在週刊誌やテレビで現地レポートをこなすほか、労組や各種平和イベントでの講演、巡回写真展など、多忙な日々を送っている。
 本書は彼が力を入れてきた「難民問題」がテーマである。取材したアジア・中東・ヨーロッパの七つの国と地域の難民の現状を、それぞれ章単位で語る構成だ。章の冒頭でまず難民が発生した歴史的経過を説明し、その後現地レポートを展開していく。本人の口からはなかなか聞き出せなかったエピソードも、随所に盛り込まれている。
 現在でも熱い視線を注ぐパレスチナの地を、初めて訪れたのは十二年前。ガザ取材中の彼は、イスラエル軍によって突然逮捕される。
 軍の戦車に投石を始めた子どもたちに向けて、彼はシャッターを切っていた。後で確認すると「4カットあった」という。その十五分後、完全武装の軍兵士が彼を取り囲み、連行を告げる。すでにここでは、ドイツ人のカメラマンが軍に集団暴行を受けたあげく、パスポートまで取り上げられていた。
 彼は必死で抗議するが、やがて最悪の事態が起こる。彼を取り囲む兵士に向けて、周囲から投石が始まったのである。「緊張の糸が切れる」。自分の撮影行為がきっかけでケガ人や死者が出たら、それこそ取り返しがつかない。そう判断すると彼は、自ら進んで軍用車に乗ったという。
 軍と警察の間をたらい回しにされたあげく、「無罪放免」となった。にもかかわらずその直後、今度は通訳の若い兵士に「フィルムを出せ」と脅される。「フィルムが欲しいと言ったな、ほらフィルムだ」。彼はパトローネからフィルムを引き抜くと、蛍光灯にかざして露光し、兵士に投げつけた。
 「もちろん、その兵隊一人が悪いわけではない。彼は英語を話せるばかりに、いやな役回りをさせられたに過ぎない。しかし私は許せなかった。彼がではない。イスラエル政府の占領政策がである」(P32)。怒りを込めてふり返る。悔しさと無念さがひしひしと伝わってくる。
 それから十二年目の二〇〇一年、彼は再びガザの入り口エレツに立っていた。この時のレポートは、アジ連の公開講座でも披露された。
 イスラエルで「出国手続き」をした後に、「入国する国」は存在しなかった。そこには占領されたも同然の「パレスチナ自治区」が横たわっていた。「ガザ地区全体が『大きな監獄』と化していた。……私は勘違いしていたのだ。『パレスチナ自治区』とは、結局のところメディアの世界に言葉として存在していただけなのだ」(P33)。
 「自爆テロ」は、イスラエルにパレスチナ攻撃の口実を与えてしまった。「オスロ合意」以降、平和が続くと期待していた人々は落胆し、二度目三度目の難民生活を余儀なくされる。絶望と希望を繰り返しながら、その先に待っているものは何か。豊田さんは慎重に言葉を選びながら、ペンを進める。
 コソボ、ボスニア、アフガンと取材は続く。私がより興味を引かれたのは、アジア地域―インドネシアや北朝鮮、そして第八章で報告されている日本の「難民政策」についての記述である。
 マルク諸島で繰り返される「宗教戦争」。国軍による武装ゲリラ(GAM)掃討戦に巻き込まれ、虐殺されるアチェの村民。国王の民族排外主義で、難民にすら認められないブータン国民。地雷の犠牲になりながらも、明るい笑顔を見せるカンボジアの人々。飢餓に苦しむ北朝鮮の難民。他の誰よりも「日本人」になったが故に、祖国に見捨てられ、そして日本にも切り捨てられようとしている朝鮮人元日本兵……。こうした人々に、何ら恩恵をもたらさない日本のODA。
 「そこで何が起きているのか、この目で確かめたい」。豊田さんは何度も現地に飛び、支配者が宣伝する「宗教戦争」「民族紛争」の裏側を次々と暴いていく。かつてはいくつもの多様な民族や宗教が、互いに異なる文化を認め合いながら共存してきたのだ。しかし、支配者たちはそこに楔を打ち込み、デマを流し、敵意を煽り、紛争へと駆り立てていった。
 民衆のあいだに暴力が拡がれば拡がるほど、その「調停役」を演じる強大な武装勢力としての国軍の存在が正当化された。「民族」や「宗教」は、権力者の支配に徹底的に利用されるのだ。このカラクリを商業新聞はほとんど報道しない。  
 本書の各章で語られる「民族」と「宗教」という概念は、豊田さんが常々力説する重要なキーワード。文体は彼独特の抑制の効いた、婉曲な言い回しではあるが、豊かな風景描写とともに現場の空気を精密に伝えている。
 高級紙に印刷された写真の数々は、週刊誌などに発表された後、運動に関わる人々の間で何度も展示された馴染みの深いものばかり。そこには、「戦場カメラマン」にありがちな血なまぐさく残虐なものはない。彼がこうした被写体にレンズを向けないのではない。そうではなくて、そこに生きる、いや生き長らえる人々の表情が、「平和な」日本に住む私たちに突きつけるもの。それを感じ取って欲しい。そんなメッセージが込められているのではないだろうか。
 髪を照らす逆光と、キャッチライトでとらえられた子どもたちの涙、笑顔。その純真な瞳の中に、被写体と撮影者の「希望」が宿っている。心に残る写真は、何よりも雄弁だ。
 「カッコつけてると思われたくないんですよ」。グラスを傾けながら、戦地に立ち続ける心理の一端を漏らし、「本当はもっと写真で勝負したいんですけどね」と苦笑した。彼はあくまで「写真」にこだわり、プロとしてのプライドを強く持ち続けているのだ。
 いま改めて本書を、すなわち二十年をかけて彼が切り取ってきた世界を開くとき、私はやはり感慨を新たにする。それは、彼の誠実な人柄と、戦禍に翻弄された難民たちのリアリティを十分に反映して、私たちに問いかけている。世界の難民キャンプを覆う雲、砂を巻き上げる風が、私たちの眼前に広がってくる。
 本稿を書いているこの瞬間にも、全国各地で戦争に反対し、平和を願う写真展が開かれている。彼の作品もどこかで飾られている。それは、孤独で地味な作業の連続である。商業的な対価がもたらされるわけでもない。閑古鳥が鳴くかもしれない。だが、志を同じくする人々の運動と、たゆまない地道な営為のなかには、私たちの求めるネットワークや、連帯や、共通する成果への歓びが息づいている。豊田さんのさらなる活躍を期待したい。
(佐藤 隆)

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