かけはし重要記事

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読書案内 ソン・ヘラン著/萩原遼訳――文芸春秋社、上下各1714円                         かけはし2002.10.14号より

『北朝鮮はるかなり』

金正日官邸で暮らした20年


金正日の義姉が綴る独裁支配の現実

 『北朝鮮はるかなり』は、金正日の元妻(ソン・ヘリム)の姉ソン・ヘランが、南朝鮮出身の革命家であった両親や祖父母の歴史と、教育係として金正日の官邸で暮らした二十年を綴ったものである。妹ソン・ヘリムは金正日の長男でもある正男の母親である。
 戦前から戦後を通じたソン家族を通した朝鮮革命の壮大な歴史を明らかにした画期的な著作である。本書が貴重な価値を持つのはいままでの多くの亡命者の証言が韓国情報部の監視下に置かれて書かれたものであったが、ヘランさんはそうした立場ではなく、自分の意志のままに書いていることである。
 本書の特徴は、@一九四五年の解放後、南朝鮮での革命運動と社会主義革命に憧れて、北朝鮮に大量に移った南朝鮮革命家が金日成らによる苛酷な粛清の犠牲となった歴史を明らかにしたものであるA金日成唯一思想体系が確立していくことによって、現在につながる経済の総破綻が起こっていったことや北朝鮮の人々の姿が浮かびあがるB素顔の金正日と息子正男の情報はほとんどないが、身近にいて知った金正日親子の性格などを伝えている。
 以下、本書の一部を紹介しよう。
 一九六七年、金日成は朝鮮労働党中央委第四期第十五回全員会議の秘密会議によって、副委員長であったパク・クムチョルら国内に留まって抗日闘争を闘ったグループを一掃し、金日成の唯一思想体系と一人独裁を確立した。そしてこれを具体化したのが五・二五教示であった。この五・二五教示によって、今日の北朝鮮金日成・金正日官僚専制支配体制の腐敗と堕落が完成した。著者はそれを以下のように言う。
 「外国技術の導入は修正主義とされ、先進科学技術にたいする関心すら批判を受けるにいたった。…科学技術の分野におけるこうした鎖国政策が経済発展のブレーキとなった」。
 そして、これは文化面にまで貫徹された。
 「外国音楽は消され、ソ連の歌まで一掃され、古典楽譜はすべて焼き払われた。過去の石膏彫刻品は、ヴィーナスであれベートーベンであれすべて棍棒で打ち壊された。西洋画はいっさい引き裂かれた。…以降、北朝鮮では油絵が跡形もなく姿を消した」。
 ほとんどの良書が焼きつくされ、「残ったのは体制と首領称揚の政治書籍、首領様の労作と教示書だけであった」。「中国の文化大革命をほうふつとさせる反文化革命の結果、ついに北朝鮮は`無知の王国a、`この世でもっとも住みやすい社会主義の楽園aとなった」。
 そして、それは労働者の職場にまで及び、自立的人格を崩壊させていった。
 「毎朝仕事の始まる前に十大原則を暗誦し奉るのである。あらゆる会議において、討論や自己批判はこの十六原則のどれかの条項を暗記し、それを物差しにすることによって討論を展開し、自己批判するのが原則となっていた」。
 「忠孝、君臣、義理といった単語が党的な用語として使われるようになり、封建君主制をほうふつさせる国となった」。
 さらに、この金日成親子の唯一体制は北朝鮮経済を崩壊に導くことになっていく。
 「トウモロコシごはんに塩水のスープを飲み、灰汁(あく)で洗濯をする彼らの姿を見た。石けんがないので、髪は米のとぎ汁で洗ったり、豆腐を作る水で洗うというのだが、今風にいえば最高のバイオシャンプーというわけである。一九七五年のその当時、すでに農村では物資が枯渇し着るものもなかった」。
 日朝会談の評価をめぐって、「拉致の遠因は日本政府の北朝鮮への敵対政策にあった。植民地支配を自己批判し、戦後補償を日本政府がしていないことこそが問題だ」と主張し、北朝鮮の拉致事件と日本の植民地支配の責任を対置することによって、北朝鮮金正日軍事独裁体制の拉致責任を相対化しようとする意見が存在する。
 こうした意見は、北朝鮮二千二百万民衆が、日本人拉致事件と同じようなひどい支配を受けていることに思いをいたさないことから出てくるのである。飢えや銃殺の危険、極端な人権侵害におかれている北朝鮮民衆を救うこと。このことを回避して、日本民衆に排外主義をけしかける勢力と闘うことはできない。こうした点からも本書をぜひ、読んでいただきたい。(滝山五郎)

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