民衆は経済危機対処と称する
階級的憎悪の政策に直面する
アラン・ソーネット |
福祉の時代を終わらせたい政権
イギリスは、この七十五年間の中で初めての連立政権を見ることとなった。それは、政権付託という点で結論が出なかった六月の総選挙の後で、保守党(イギリス資本主義の主要政党)と自由民主党(第二の資本主義政党)間の合意によって形成された。自由民主党について言えばこの党は、前身である自由党時代も含めて、二〇世紀初頭以降政権に席を占めたことはなかった。
その自由民主党は、連立不可避が明確となるや否や、右へと急速に舵を切った。彼らは労働党との連立を拒否し、デイビッド・キャメロンの保守党との連立―彼らはそれが五年の任期続くよう期待している―を形成した。
しかしながらこの政権は名前だけの連立だ。デイビッド・キャメロンは、現代ではもっとも思想を支えとしている保守党指導者だ。この党はそれゆえ新自由主義の党として、事実上、マーガレット・サッチャーの時代よりも思想的により首尾一貫している。今実際にイギリスにあるものは、右翼サッチャー主義の、小さな政府の、緊縮一辺倒かつペテン的な保守党政権であり、そしてそれは、この政策に全面降伏した自由民主党によって支えられているのだ。
この政権は、危機とイギリスの債務への対処並びに諸々の削減という課題設定によって完全に任務を定められた政権であり、貧しい者たちに対する攻撃を今まさに加えつつある百万長者の政権だ。そしてその攻撃は、サッチャーが夢見たに違いないものの決して完遂できようもなかった、そのような攻撃なのだ。
彼らは、今生きている人が記憶する限りではイギリスで最大の包括的緊縮政策に着手した―八百十億ポンド(現在の為替レートでは、およそ十兆五千億円―訳者)の予算削減、公共部門労働者の少なくとも五十万人の首切り、そしてそこには結果として、私企業部門における追加的な五十万の職の喪失が付随し、さらに、保健衛生、教育、交通、住宅、福祉、地方自治体、芸術、環境に対する大規模な攻撃が加わる―。そしてこの政策は、大規模な規制緩和とサービスの私有化と共に進行する。
彼らの構想は福祉の時代に終止符を打つことだ。この時代は、第二次世界大戦が終わりを迎えた時に、社会保険と完全雇用に関するベバリッジ報告をもって幕を開けた。一九四〇年代に設立された「国民健康サービス」(NHS)は破壊され私有化される運命にある。
特に地方自治体支出を二五%切り刻むという決定による打撃の下にもっとも苦しむこととなる人びとは、都市の貧困層、特に都市中心部に住む人びとだろう。住宅費給付の削減並びに社会住宅に対する家計調査を経た借用期間の導入は、何十万人という貧困な家族をより富裕な街区の外へと追い立て、それは社会的浄化の大規模な実行という様相を取るだろう。地方自治体予算に対する支出削減はさらに、共同体における介護や病院のベッドの不足がたとえ食い止められるとしても、だからといって病院が課された任務を果たすことができない以上、NHSにも急速に影響を及ぼすだろう。
むき出しの階級的敵意
その上さらに、この猛攻に対しては、保守党も自由民主党も選挙でいかなる種類の付託も得たわけではない。キャメロンはまさに冷笑的に、社会を気づかうイメージを自身のものとして磨き上げ、NHSにどれだけ愛着が深いかをふれ回った。しかしまさにその同じ時に彼は、NHSの破壊を計画していたのだ。
この連立の真の階級的本性は、この反動的な一連なりの政策―五十万の職の喪失を含む―が議会で明らかにされた時にあらわとなった。それは保守党と自民党の下院議員たちによって、長く続く拍手喝采や足の踏み鳴らし、そして議事日程表を波のように振りかざす歓呼を伴って迎えられたのだ。この反応は、この政権の操る用語―彼らがこれをやらざるを得ないのは負債のためであり、経済救出を目的に「困難な選択」が必要となったのだ、という―の中に潜むもっとも腹黒い呪いをあらわにした。
上記のような言い草はまったくのたわごとだ。彼らは、政策に書き込まれたものすべてにぞっこんなのだ。彼らが行った決定はまさに、彼らが長い間やりたかったことであり、それらを徹底的に強要するための破城ハンマーとして、今は危機が使われているにすぎない。そして彼らは、経済に何が起ころうとも、先の政策のいかなるものであれ逆転させる意志など毛頭ない。それは絶対的だ。危機を好機を逸する理由に転じさせてはならない、保守党のある者はこう公然と語った。
保守党は政権に就く前に、このために何年も計画を練ってきた。そして彼らが使う言葉はますます残忍になってきた。彼らは、「援助に値する」貧しい者と「援助に値しない」貧しい者というような観念―ビクトリア女王時代のイングランドから掘り起こしてきた―を、再びでっち上げた。メディアには、「懸命に働く納税者」にたかる「福祉へのたかり屋」や、社会の残りが負担する費用でぜいたくな住居施設に大家族とともに生活する「住宅詐欺師」、などという際限のない話が送り込まれてきた。
労働能力喪失手当の請求者は、仕事を探す気などまったくない「仕事嫌いのたかり屋」と描かれている。公共部門の労働者は、「金張りの」年金を待ちながら人余りの職場にただ座っている役立たずの役人と悪鬼化されている。彼らは可能な限り早期に「そぎ落とす」べき「ゴミ」である。これこそまさにむき出しの階級的憎悪の用語に他ならない。
このあらゆる反動的なでっち上げと並んで、債務は返済されるべきであり、「代わり得る策はまったくない」との愚かしい呪文がまかり通ってきた。それは混乱でわけが分からなくなった世界で論じられている経済学であり、おそらく生産の落ち込みが倍加する不況へと、経済をさらに落とし込み、より多くの人々を失業へと投げ込むことになるだろう。
既成勢力は批判能力を失った
驚くべきことだが連立政権は、この大規模な攻撃を始めながら、「代わり得る策はまったくない」という、また連立は「それをほぼ正しく理解してきた」という、そのような主張に住民多数の支持を依然得ている。もちろんこれは今や十分な根拠をもって変わり始める可能性がある。しかし多数の支持というこの段階まで彼らが到達したことは、ともかく彼らが確保した成果として着目する必要のあることだ。それが意味することは、彼らが過去五カ月にわたって、理念的な論争に決定的な勝利を収めた、ということなのだ。
連立政権のこの戦術は、何人かの活動家が「衝撃と畏怖」(ブッシュ政権が強行したイラク侵略の作戦名―訳者)と呼んでいるもののように見える。つまり、イラク侵攻のもの真似だ。そこに含まれるものは、大量の扇情的宣伝を背景とした、毎日毎日の攻撃並びに仕掛けの、ある種の津波の発動だ―それらは人びとに抵抗が無益だと感じさせるように設計されている―。
そして不幸なことだが、連立のこの情け容赦のない猛攻に対決する代わりとなる声は、いわゆる知識人筋にはまったくない。
メディアは選挙翌日から、連立政権の政策に十把一絡げに屈服した。それらは今、「代わり得る策はまったくない」論を、争う余地のない真実として押し出している。メディアは右翼へと移行してきたが、連立政権が始まって以降、その批判能力を失った。
エドワード・ミリバンド(前気候変動相。労働党党首選で、有力視されていた兄のビッド・ミリバンド前外相を僅差で破った。党内では左派とされている―訳者)の労働党新指導部は、もうすでに完全にしくじっている。彼らは連立政権に、彼らが最悪のことをやるほどにまで野放しに戦場を明け渡しただけではない。その上彼らは、四年間で借り方を半減するというブラウン/ダーリングが敷いた路線―たとえ連立政権よりもほんの少しばかり少ないとはいえ、それ自身、大規模な緊縮を意味していた―に囚われたまま身を任せてもいるのだ。
このすべてのものの中で最大の打撃となっていることは、大労組指導部から、あるいはTUC(労働組合会議、イギリスの労組ナショナルセンター―訳者)から何の対抗方針も出ていないことだ。彼らはこの九月に緊縮政策を討論したが、何とはるか先の来年三月にデモを呼びかけることを決定したのだ。彼らのほとんどは緊縮政策に語るべきことを何ももたず、それらに対決する行動を全く組織していない。
より小さな組合のいくつかはもっと戦闘的な指導部をもっているが、大労組は下部労組員レベルにあっても抵抗は極めて不十分だ。そしてほとんどの産業では、すでに大規模な攻撃が抵抗もなく行われてきた。賃金は切り下げられ、職は奪われ、年金の権利が攻撃されてきた。これらの極めて不十分な条件の下では、諸々の削減に対決する行動は簡単には現れない。
突破口への予想を超えた回路
ここ数週間にわれわれが出会った学生デモがまったくすばらしいものとなった理由こそここにある。もちろん大学教育に対する攻撃は極端ではある。授業料は年三千ポンドから九千ポンドへと引き上げられようとしている。同時に、大学への資金供給では巨額の削減があり、こうして借り方は学生のポケットへ移されようとしている。芸術と人文科学の学科は、もし予算が付いているとすれば、一〇〇%の削減をこうむろうとしている。
連立政権によるこの極端な挑発にもかかわらず、大衆的デモ、占拠、そして抗議という形をとった学生からの反応は、あらゆる予想を超えていた。保守党本部の占拠は、さまざまなデモと同じく世界的な広がりをもつ世間的注目を集めることとなった。それほど広く理解されていないことは、この運動がどれほど素早く急進化したかであり、また連立政権に与えた衝撃だ。彼らは、これは孤立した一回限りの抗議というよりもこれからやってくる物事の兆候、というかなりの根拠を基に気がかりになっている。
その上新しいことがあり、それは、学校の生徒たちのデモへの幅広い参加だ。特に、削減が在学学生には効果を及ぼさないとしても、これから学校を卒業する新入学生にはそうではないがゆえに、いくつかの場合にはすべての学校が参加した。
この運動が緊縮政策に対決する幅広い運動を生み出す上で、あるいは労働組合の状況に影響を及ぼす上でどれほど助けとなるか、それは厳密に言ってまだはっきりしない。しかし一定の波及力をもつことは確実だ。
これは、「抵抗の連合」―緊縮政策に反対する可能な限り幅広い運動を生み出すことを追求する広範な連合体―が呼びかけた緊縮政策への対決を組織するための最初の大きな会合で十一月二十七日に鮮明となった。この会合は千三百人の活動家を集めたが、学生と学校生徒は双方とも、もっとも活力があり人を元気づける参加者グループの中に数えることができた。イギリスにおける反緊縮運動は現在まで分裂してきた。これまで三つの運動があった。SWP(社会主義労働者党―訳者)が組織したものが一つ、社会主義者党(ミリタント)によるものがもう一つ、そしてはるかに広範で多元的な「抵抗の連合」があった。うまくいけば先の会合の成功が、将来に向けて希望を開く統一を助ける可能性がある。そしてその統一は、運動全体にとっての突破口をつくるかもしれない。
▼筆者は第四インターナショナル(FI)執行ビューローメンバーであると共に、FIイギリス支部、ソーシャリスト・レジスタンスを長期に率いてきた指導的メンバー。また、レスペクト党の全国評議会メンバーでもある。(インターナショナル・ビューポイント10年12月号)
ポルトガル
戦争反対! NATO反対!
軍事支配維持ねらったNATO
首脳会合拒絶し大衆的対抗行動
ゼカ・ラブレス
異常な治安弾圧
体制がしかれた
十一月十九日と二十日、戦争屋たちがリスボンにやってきた。NATO(北大西洋条約機構)に加盟する二十八カ国の首脳たちが、軍事同盟の新戦略概念に調印するために集まったのだ。
ポルトガル政府はこれまでで最も費用のかかる治安作戦を準備した。いかなる公的審議にかけることもなく、催涙ガス、装甲車両、盾、ヘルメットなどの治安弾圧装備のために五百万ユーロ以上が出費された。
シェンゲン協定(欧州内で検査なしで国境を越えることを承認する協定)は六日間にわたって停止され、国境は閉鎖された。数百人もの人びとが国境のチェックポイントを通過できなかった。たとえばバスで来たフィンランドの平和活動家たちは、NATOに反対するリーフレットや横断幕を所持しているという理由で入国を阻止された。リスボン空港では別の活動家たちが入国を阻止され、そして「国内治安への脅威」となるという公式書類付きでかれらの国に送り返された。
弾圧はねのけ大
衆行動を組織化
そうした中、リスボン市の中心でNATO首脳会談に反対して数千人もの活動家を動員した幾つかの活動が行われた。十一月十八日に左翼ブロック(訳注)は「ポルトガルはNATOを脱退せよ、NATOはポルトガルから出ていけ」というスローガンで、大衆的なコンサートを組織した。市の中心にある広場は、首脳会談と戦争の残虐さにはっきりと抗議する若者たちによって埋め尽くされた。
十一月十九日の金曜日から二十一日の日曜日まで、「戦争反対、NATO反対」国際ネットワークは高校と市の中心で「対抗サミット」を組織した。二十一カ国からやってきた活動家たちは、産軍複合体、フェミニズムと軍事化、核兵器、オルタナティブな安全保障システム、非暴力抵抗活動、アフガニスタンの戦争、ロシアとNATOの関係、欧州でのミサイル防衛システムなどのテーマについての、数十もの討論会や分科会に参加した。
もっとも目立ったイベントは二万人が参加して土曜日(11月20日)の午後に行われたデモだった。警察によるあらゆる弾圧的姿勢や装備にもかかわらず、デモはいかなる暴力もなく平穏になされた。
「新戦略概念」は
新たな支配手段
こうしたイベントは、NATOサミットに結集した国家の首脳たちがリスボンで歓迎されていないことを示すものとなった。かれらは、NATOの将来について決定し、戦争をしかける新たな方法を再建するために集まったのだ。アフガニスタンはノーベル平和賞を受賞したバラク・オバマにとって重大な政治・軍事的問題となっており、首脳会談において紛争の解決が不可能であることが浮かび上がった。世界で最も腐敗した政権の一つを代表したカルザイはNATO諸国の代表と同席し、軍事占領をもっと続けるよう懇願したのである。
リスボンで合意された新戦略概念は、ワシントンの戦争屋が地球の帝国的・軍事的支配を維持するために発明した手段である。この文書は、今日の経済危機のシナリオにもかかわらず、リスボン条約の法的支援のもとに軍事予算を増額するEU諸国との新パートナーシップを保障し、中欧にいわゆるミサイル「防衛」システムを打ち立てることを確認したのである。それはまた、非核化プロセスの放棄をも確認したのである。
(訳注)左翼ブロックは、第四インターナショナル・ポルトガル支部(革命的社会主義政治協会)や旧毛沢東派の組織などが結成した恒常的選挙連合組織。この間、国会議員選挙、欧州議会選挙などで一〇%近くを獲得して議席を増大させ(昨年9月の国会議員選挙では9・85%の得票で16議席獲得)、欧州反資本主義左翼会議の重要な構成要素となっている。
▼ゼカ・ラブレスは左翼ブロックの指導部メンバー。彼は対抗サミット委員会の組織化のために活動してきた。
(「インターナショナルビューポイント」10年12月号)
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