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警視庁公安部外事3課のデータ流出問題について           かけはし2010.12.13号

流出データは百%公安が作成
ムスリム=テロリストの偏見

警察は「調査中」
といい謝罪せず

 対テロ戦争型弾圧機関である警視庁公安部外事3課の人権侵害に満ちたデッチ上げ「書類」「報告書」等が何者かによってインターネット上に流出(10月28日)されてから一カ月以上たった。流出データは、二〇〇七年〜〇九年にかけて作成された報告書など百十四点にも及んでいる。十一カ国からアクセスがあり、毎日データが拡散し続 けている。
 横浜APECを前に警察庁、公安警察は、二〇〇二年に外事三課を設置して以降、オウム危機に次いで上から下への大混乱に陥っている。流出犯捜しは、青木五郎公安部長も含めて外事第三課第1係(課内庶務)、第2係(国際テロ情報)第3・4係(外国人テロ情報)の百五十人の構成員をかたっぱしから取り調べるまでに至っている。だが超機密データにタッチできるのは、警察庁幹部、公安幹部に限られる性格のものだ。幹部間の不信は増幅され、所轄の公安警察官も含めて個人所有のコンピュータの捜査へと拡大していったが未だに流出犯を摘発できずにいる。
 安藤隆春警察庁長官は、十一月二十四日、全国警察本部・警備・公安会議で「情報管理に万全を期す」ように指示しているにもかかわらず、流出データは「警察で作成・保管されたものかを含め現在調査中」などと繰り返すのみだ。こんなドタバタを演じつつ時間稼ぎをしているうちに第三書館が『流出「公安テロ情報」全データ イスラム教徒=「テロリスト」なのか? 』と題して、流出データを無修正で完全収 録した本を出版してしまった。流出本の初版二千部は、ほぼ完売したが、個人情報を掲載されたイスラム教徒数人が出版・販売の差し止めを求める仮処分を東京地裁に提訴し認められた(11月29日)。第三書館は、申し立人の個人情報を削除して再出版するという。
 公安は、流出データによって被害者が発生しているにもかかわらず公式な謝罪、安全のための財政措置、でっち上げ書類データの完全消去さえもまともに行っていない。朝日新聞でさえ「警視庁はなぜ謝らない」(12・1)と批判するほどだ。社会的な公安批判が高まっているにもかかわらず、沈黙を貫き通す公安を許してはならない。膨大な流出データの分析と批判は、民衆運動に敵対する公安の立ち振る舞いを許さないために重要な取り組みであり、共有化していく必要がある。

流出本の概要と
公安警察の実体

 流出本の概要は、こうだ。「第1章 国際テロ対策の陣容」では「テロ対策142名の氏名・任務」「テロ対策員リストに人質交渉官5名の名前」「テロ対策刑事の素顔」が写真付きで流出されている。
 「第2章 事情聴取されたイスラム関係者たち」では、イスラム教徒をテロ犯予備軍として捜査、訊問を繰り返していることがわかる。国籍、氏名、電話番号、旅券番号、職業、家族構成、交友関係などを一人一人調べ上げ、人権侵害、差別・排外主義丸出しの報告書だ。同時に「協力者」「情報線」の獲得工作の報告書も流出し、その実態が明らかとなっている。トータルで六百人以上にも膨れ上がった。「モロッコ大使館コックから情報収集」「ハマスに好意をもつパレスチナ人の事情聴取」「テロリストへ流出可能性ある資金の情報持っている可能性あり」などと断定するのだ。この延長でイラク大使館関係者、モスクの監視と捜査。「元アルジェリア人の妻」であることが理由で日本女性が「要監視対象」になっていた。
 「要警戒対象の視察行確」作業は、イスラム教徒が集うモスクを監視するために拠点としてマンションを借り上げ、二百十八人の公安を二十四時間ローテーション配置、十四台の車両配備するほどの無駄遣いを繰り返している実態も明らかになっている。しかし、どこにもテロ犯人などは潜んでおらず、テロ情報のほとんどがニセ、インチキなものであることが結果報告で書いているのが大半だ。要するに公安の延命のために「仕事」を作り出すという単純な取り組みとなっている。
 第3章は、「国内のイスラム・コミュニティを監視せよ」は、モスクだけではなく各団体、食料店等の個別調査まで広げている。「特異動向」などと位置づけて出入り総数、リスト、追跡調査までやり、事後報告リストを積み上げているのだ。予断と偏見に満ちた公安の手口は、例えば、イスラム、アフリカ料理店をピックアップし、テロ犯の「集合場所」「インフラ機能を果たすおそれがあり」などと決め付け監視を続けている。
 第4章は、在日イラン人を中心にした監視、尾行、調査報告書だ。とりわけ「イラン大使館の給料支払いを東京三菱銀行の協力で調査」「イラン大使館員50名の全給料明細」「イラン大使館からの振込口座・金額明細」まで報告書作りをやってのけている。当然、銀行側は、公安の資料提出要求に対して無条件に提出してきた。さらにレンタカー会社、ホテル業、化学・薬品会社なども顧客リスト、利用者情報を公安に言われるままにホイホイと提供している始末だ。
 さらに「第5章 テロ対策の全体像」、「第6章 FBI等への情報交換データ」も流出した。在日米軍の爆発物処理研修、米空軍特別捜査局の機密情報まで流出してしまったために警察庁幹部が、横浜APECで来日していたオバマ大統領に極秘で面会し謝罪していたことが複数のメディアに流れている。

逃げ切りを図る
みえみえの魂胆


 このような流出データだけでも総括的に見ると、かつて警察庁公安課長だった松本光弘(現在、福島県警本部長)がまとめた『グローバル・ジハード』(講談社、2008年)で対テロ陣形についての骨格を明らかにしていたが、同書の第三部で「テロ・グループの組織形態/テロを防ぐための手法/グローバル・ジハードと闘うために」の実践結果として一致する点が多々存在していることがわかる。つまり公安流出データは、対テロ陣形作りの中味を「見事」に提供してしまったのである。
 とりわけ流出データの「平成21 年1 月14 日  国際テロリズム対策課 関東地域国テロ担当補佐等会議概要」では、「インターネット上の不審情報の収集では、インターネットが過激化対策上、必要不可欠なツールとなっている現状に鑑み、限定的なチャットルームに対する情報収集」を強調している。その手法は、「対象者特定の経緯は情報線を当該チャットルームに参加させ、半年以上の期間をかけて対象者と信頼関係を構築の上、対象者の自宅や携帯電話番号等を把握し、特定しました」とスパイ運営の手引きさえも披露している。
 「コミュニティ対策」では、差別主義に貫かれた主張が繰り返されている。ムスリム・コミュニティは、「日本人が入り込む 余地のない外国人だけで生活できる日本の中の外国のような地域が犯罪の温床になったり、テロリストの隠匿場所になったりするおそれが大きいため、共生による取組みで地域にとけ込ませるようにすることでその動きを把握しようとするものである」などと潜入捜査、スパイ獲得のための手法を具体化している。
 さらに「ムスリム第2世代の把握」を行えと言っている。その理由として「15歳以上のムスリムについては就職適齢年齢であり、ホームグローンテロリストの脅威になりうる存在であります」と断定する。その把握方策として、「b子供のためのコーラン教室参加者から把握 b自転車の防犯登録のデータベースにより把握 bスクールサポーター等を通じた把握(イスラム教を起因とする学校における相談事案等の取扱い)」などをあげている。
 第二世代は、「ムスリム特有の行動や外見上の違い等に起因するいじめや差別」「イスラムの教えを実践させようとする親の意向とそれを望まない本人との対立」があるから、「 これらの問題は将来、日本社会に対する不満へと発展し、その不満が第二世代の過激化の要因となる可能性もあります」などと手前勝手な解釈でテロリスト予備軍だと断定し、不審情報の収集を行えと号令をかけている。こんな調子で差別・排外主義、人権侵害のオンパレードで国際テロリズム対策課の会議が行われているのである。
 このような公安の捜査姿勢は、戦前の特高警察の腐敗・堕落・反動化体質を継承したものだ。最近の事案でも国松孝次警察庁長官銃撃事件時効に対する態度は、典型的な居直りだった。デタラメ捜査を直視することもなく、「警察庁長官狙撃事件 捜査結果概要」を公表しオウムの組織的犯行だと決めつける公安部長の「恥の上塗り」会見を行った。
 公安にとって流出データは、公安が作成したものであり、流出犯とその共犯者が公安警察官であることだけは絶対に避けなければならないのだ。たとえ犯人を特定していても公安幹部、構成員であれば公安政治警察の崩壊へと直結してしまうからなんとしてでももみ消しで逃げ切ろうとする魂胆がみえみえだ。警察庁、公安政治警察は、自らの犯罪を棚上げし、自己保身にひた走ることで必死なだけなのだ。公安警察のすべての犯罪を暴き出し、解体していかなければならない。(遠山裕樹)


内橋克人さん講演会
TPPは形を変えた多国間投資協定だ


 十一月十三日、十四日と横浜で、APEC対抗行動に参加しました。十三日の始発電車に駆け乗って、なんとか九時三十分からの民衆フォーラム全体会に間に合うことができました。十三日の全体会、午後からの桜木町駅前の街頭宣伝と五キロ近いデモ、そして十四日の民衆フォーラム分科会については、別途詳しい報告記事が「かけはし」紙上にも掲載されていると思います。私は、十四日の午後、民衆フォーラムの会場をちょっと抜け出して、別の集会会場に向かいました。ちょうど午前中の分科会で、食と農の分科会に出ていたこともあって、講演者の内橋克人さんの話をぜひ聞きたいと思ったからです。それで、この集会の様子やら、内橋さんの話で印象に残ったことやらを、ここでは書いてみたいと思います。
 この集会は、全国食健連(国民の食糧と健康を守る運動全国連絡会)、農民連(農民運動全国連絡会)など四団体の主催で、参加者は二百人とのことでした。参加者の半数くらいは、全国から集まった農民の方々のようでした。収穫したみかんも受付で振る舞われていました。いただいたビラには、「コメを作ってメシが食えない」と書かれ、農民の怒りを感じました。
 主催者あいさつに立った食健連の坂口さんは、香港のWTO対抗行動や札幌でのG8対抗アクションでもお顔を拝見した方で、APECの問題点を要領よくまとめた発言でした。発言の中で、民衆フォーラムに参加しようとした海外代表が空港で長時間足止めを食ったことへの抗議の意思も表明されていました。
 内橋さんのお話は、菅首相が「第二の開国」「平成の開国」と言っていることについて、歴史から何も学んでいない、と厳しく指弾することから始まりました。内橋さんは、江戸時代の「開国」が実は、アメリカから無理矢理押し付けられた不平等条約であったこと、特に関税自主権を奪われたこと、それと同じことを百六十年後の同じ横浜でやろうとしていることを指摘しました。そして、TPPが形を変えた多国間投資協定であり、アメリカの覇権をねらうものだが、その中で日本の市場をこじ開けようとしているとして、最後にエリーヒ・ケスタナーの言葉、「賢さを伴わない勇気は乱暴なだけであり、勇気のない賢さは糞にもならない。」を読み上げて、消費者として、生産者として、勇気と賢さを持って行動することを呼びかけていました。
 その後に発言された宮城県農民連の方の発言もぜひ紹介したいと思います。「四ヘクタール強の稲作をやっていて、今年で二十五回目の稲作りをしたが、これまで十五勝十敗だった。今年も高温障害があり、百六十万円の減収で、これから支払いをどうするか、頭が痛い。コメを作ってメシが食えない状況が、米作り農家の実情で、米が買いたたかれる中でも、やむなく安い値で売らざるを得ない。毎年赤字を出しているのは事業とは言えない。米の自由化によって、事業のための米作りは終焉する。米を輸出しても、生産者の手取りは一緒。公正な貿易ルールをつくる必要がある。米を作ることが闘いとなっているような国は日本だけではないか」と述べ、「TPPは百害あって一利なし」と締めくくられていました。
 この集会に先立って、横浜駅前で街頭署名活動を展開されていたようで、若い人たちが真剣に聞き入ってくれていたとの報告も心に残りました。
 十三日のデモには、食健連と農民連ののぼりも出ていたり、分科会で農民連の代表が発言したりと、この集会と民衆フォーラムとは辛うじてつながっていたのですが、やはり日常的には異なった運動圏にいても、重要な局面には社会運動のさまざまな流れが一堂に会するような集会なり、行動ができないものか、私たちにとっても課題だなと感じたことです。   (O)


コラム
出版祈念会


 三〜四十階建ての高層マンションが林立する殺風景な豊洲埋立地の一角に、芝浦工大豊洲キャンパスがある。正面奥には、パリの凱旋門を連想させる二層からなる二十階建てほどの研究棟が建ち、その横にはエスカレーター完備の教室棟、生協などが入る棟と続く。一階はコンビニである。
 その風景はまさに「学生収奪の賜物」である。「学生運動」と言えるものが成立しなくなってから三十年近くになるが、大学経営陣は学生の抵抗をまったく受けることなく、私学資本を着実に拡大してきたということだ。
 その豊洲校舎で先日、芝工大闘争史を綴った『もうひとつの全共闘〜芝浦工大全学闘一九六八―一九七二』の出版記念会が開かれた。全学闘の闘士をはじめ、元教員、大学生協の元職員、教職組、芝工大闘争にかかわった他大学生らも含め総勢六十人ほどが参加した。発言台には全学闘の赤ヘルが置かれ、後ろの壁には全学闘の赤旗が掲げられている。
 十年前にも百二十人を集めた「全学闘集会」が行われていたがそれから十年、全学闘の闘士たちのほとんどが六十の峠を超えヨロヨロ、トボトボと歩行する者も目立ち始めている。病気やケガで参加できない者もいる。この十年間で、約二百人の全学闘―自治会名簿のなかの二十人ほどが亡くなったという報告もあった。
 この規模での集まりは今回が最後になるのだろうと察してか、多くの人がマイクを求めてしゃべりたがる。「あの時の真相は実はこうだった」とか、「いまの時代のなかでわれわれにもやれることはある」とか、様々な思いが飛び交うなか、あっと言う間の三時間であった。シュプレヒコールとインターナショナルの大合唱で幕を閉じたが、予定していたスクラムデモは肉体的に「危険」だということで中止になった。
 全学闘の本、一般書店での売れ具合がどうなのか知る由もないが、直売分はまずまずということのようだ。気掛かりなのは、芝工大生協で「売れてない」ということだ。十一月の大学祭で千枚以上のチラシを配布しているが、その効果はほとんどなかったことになる。自分の大学のことだとはいえ、何世代もの断絶はわれわれの想像以上のものだと言うことか。
 確かに全学闘の闘いは四十年も前のことである。ちなみに私は七〇年代中頃の入学で、その四十年前となると一九三〇年代の中頃だ。そのころの歴史的なできごとは、日本では「二・二六事件」、日中戦争開戦であり、アメリカではニューディール政策、フランス人民戦線、スペイン内戦、日独伊防共協定、スターリン憲法制定ということになる。
 四十年前というのはそうとう昔だということだ。入学三年目から厳しい就活に駆り立てられる今の学生たちには、歴史勉強の余裕などないのかもしれない。   (星) 


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