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読書案内 『原爆の記憶―ヒロシマ/ナガサキの思想』奥田博子著/慶応義塾大学出版会刊/3800円+税              かけはし2010.11.15号

一坪共有地強奪を許すな

「ナショナルなまなざし」を超えて
「唯一の被爆国」神話を撃つ


 「唯一の被爆国」または「唯一の被爆国民」という言説については、以前から批判されてきた。だが、あい変らずである。政府の公的な発言だけではなく、一般的にも使用されることが今なお多い。

原爆と「聖断」に
よる終戦の物語

 「本書は戦後日本の『平和と経済成長』神話と表裏一体にある『唯一の被爆国/被爆国民』神話の解体をめざすものである」と著者自信が語っているように、この本のねらいは明確である。後でも触れるが、「唯一の被爆国/被爆国民」神話が定着していくのに新聞(全国紙)等のはたした役割を、著者は詳しく検証している。読みながら、沖縄に関する最近のワシントン・東京発のメディア報道も同じだと思った。「米国・海兵隊=抑止力」神話である。
 よく知られているように、トルーマンの原爆と天皇のポツダム宣言受諾の聖断はともに、戦争を終わらせ、多くの人々の命を救ったという神話をつくり出した。原爆投下はソ連抑止と人体実験が主目的だったことは明らかであり、しかしながら米国内では「正しかった」とする原爆神話が今なお信じられている。
 一方、敗戦間際の日本では、「聖断」(軍部もこれで責任のがれができた)は、しかしそれによって戦後の戦争責任が天皇にまで及ぶことを恐れ、受諾の際の国体護持にこだわったのだ。そして、天皇は戦争責任(軍部のせいにして)も問われることなく、聖断神話に支えられ、解体された日本帝国の軍隊の代わりにアメリカ帝国の軍隊に国体護持を託し、まさに米国の「属国」として歩み始めた。

受難者・被害者
意識の作られ方

 著者は一九四五年にこだわる。敗戦と同時に始まった政府(世論指導)と新聞報道機関とが一体となったレトリック戦略で、それをまとめると@「聖断」にもとづき、「敗戦」を「終戦」と言い換えたA未曾有の国難等の言い方で、「自然の災害のように印象づけたBこのような言い換えによって、加害責任や戦争責任という意識とは反対の、受難者被害者意識が刷り込まれていった、と捉える。一九四五年とは「(他のアジア諸国にとっては)戦争の終焉であり、独立をめぐる闘争の始まりを意味する」が、「(日本にとっては)『廃墟からの復興』という『大きな物語』のなかで、戦争の歴史の消失点であり続けているのである」。戦後の経済成長と共に創られていく、この「ナショナルな集団的記憶(大きな物語)」の中に組み込まれていると、広島・長崎の体験も被害・受難と復興・平和の象徴でしかない。毎年八月六→九→十五日をセットにして政府の代表は、米国と同じような「上からのまなざし」、あるいは「ナショナルなまなざし」で「唯一の被爆国・被爆国民」を語り続けている。この時、彼らの意識からは朝鮮人・中国人をはじめとした多くの外国人被爆者の存在はすっぽりと抜け落ちている。
 著者は、被爆都市広島・長崎市のとりくみ、広島平和記念資料館や長崎原爆資料館、マスメディア、平和教育等の検証をし、課題も指摘しながら、「唯一の被爆国・被爆国民」の「脱構築」の可能性を探る。ここでは、広島・長崎市のとりくみとマスメディア(新聞)を取り上げてみる。
 キノコ雲の上からと下からでは、原爆の捉え方の違いは決定的である。両被爆都市とも、被爆者たちの運動(下からのまなざし)を通じて、医療・援護と核廃絶を訴えてきた。観光都市化したとはいえ、「インターナショナルな平和発信基地」としての存在感は決して失ってはいない。
 しかし、広島市は非核宣言(全国の439の自治体が行っている)ではなく、核廃絶宣言をしている。それは「非核は原子力の平和利用を否定することになるといった懸念」が市議会で示されたからであった。広島が地元の中国電力の原発があり、岩国には米国や自衛隊の基地がある。
 長崎市も同じである。イージス艦を建造しているのは三菱重工長崎造船所である。「兵器生産が常態化している長崎市の現実は、被爆地ナガサキの訴える平和とは何か、とあらためて私たちに問いかける」。そして、佐世保には日米の軍事基地がある。両都市とも、核抑止力には反対・日米安保には賛成と、これからもずっと言い続けることはできないだろう。核抑止論に対して、「それに抗するヒロシマとナガサキの論理は、過去の原爆被害に対する『補償』、現在なお苦しんでいる時空間を越えたヒバクシャに対する『保障』、そして核抑止論に依拠する世界のあり方を拒否する未来に対する『保証』という三つの`ほしょうaを礎とすべきだろう」と指摘する。

全国紙の果した
役割を問い直す

 新聞の原爆報道についても、丁寧に検証されている。結論的にいえば、朝日・毎日・読売等の全国紙は「広島の『被爆』と長崎の『受難』を日本史上、ひいては人類史上の『悲劇』として表象することによって、日本特有の戦争『被爆者史観』を強化する内向きのの媒体として機能しているのである」と指摘している。「唯一の被爆国・被爆国民」神話を定着させてきた、ということだ。一方「ローカルなまなざし」で報道してきた地方紙(中国新聞長崎新聞)は、被爆者そして空襲被害者を愚弄し続けている「戦争被害受忍論に対峙する批判的な姿勢が見受けられる」とし、「広島と長崎の原爆体験を〈基点〉に原子爆弾/核兵器の非人道性とその使用の違法性、原爆体験と被爆の記憶を国内外に向けて発信している」と評価している。ついでに、平和教育についていえば、義務教育は検定「歴史教科書」とセットになっており「そのナショナルな枠組みのなかでは、原子爆弾が投下された広島と長崎の『悲劇』ばかりが前景化され、そして『戦争被害受忍論』を受け容れる基盤が創られてきた」と指摘している。
 教科書もまた、「唯一の被爆国・被爆国民」の神話を支えてきたということだ。平和教育を通し、それらを克服すべく様々な実践も取組まれてきたが、広島・長崎市だけではなく、全国的に低迷しているのも事実だ。教組運動の活性化が鍵を握っていると思う。
 「ビキニ死の灰 世界に」と朝日新聞(9・19)はビキニ環礁での米国による水爆実験(1945年)で、放射線降下物(死の灰)は太平洋を越えて拡がり、日本や米国だけではなくアフリカ大陸等世界中に降下していた事実が、米公文書で明らかになったと伝えた。他の国々も、同じように核実験を繰り返した。
 それだけではない、チェルノブイリの原発もあちこちに死の灰をばらまいた。また、マスメディアもほとんど取り上げることのない原発労働者やウラン採掘現場での先住民たちの被曝も明らかにされていった。
 「結論」で「私たち一人ひとりがヒバクシャであることを自覚する時、ローカルな問題として昔話にされつつある広島と長崎の原爆体験は、`ヒロシマ/ナガサキaとして、人類という連帯の輪を拡げる原点になるだろう」と語る著者の思いには熱いものを感じた。ただし、著者は「核兵器のない世界」をアピールした米国オバマと広島市が計画しているオリンピック大会に期待しているようだが、私はどちらに対しても疑問に思っている。多くのアフガニスタンの市民たちを毎日のように殺しながらの大統領のメッセージにどんな説得力があるのだろうか。「がんばれ日本」の絶叫と「日の丸」グッズが溢れる広島から、世界に向けて、どんな発信ができるというのだろうか。   (努)


読書案内
『「被爆二世」を生きる』
中村尚樹著/中央公論新社/760円+税

被爆二世の生き方
と闘い方を紹介

 この本の著者もまた、原爆体験のない戦後生まれの世代であるが、何を課題にして、いかに未来へ継承(ヒロシマ・ナガサキの普遍化)していくかを真摯に問い続けている一人である。では、「唯一の被爆国・被爆国民」神話については……。
 著者は、最初に、現在歌手やビデオジャーナリスト、あるいは産婦人科医等となって活躍している「被爆二世」たちの闘っている姿を紹介する。ところで、現在の被爆者援護法には、1号(直接被爆者)から4号(胎内被爆者)の規定がある。しかし、被爆二世そして三世の規定はない。配慮・理解云々の衆議院付帯決議があるだけだという。
 では「被爆二世」とはどのような存在であり、どのような問題をかかえているのか。全国二世協は、「被爆二世は原爆の放射線による遺伝的な影響を受けている可能性を否定できず」、自分たちを「第五の被爆者」と位置づけているという。そして自分たちのかかえている問題を@健康不安A遺伝的影響への恐怖B貧困の影響C偏見や差別と集約する。「Aは肯定もできないし、否定もできない。その中途半端な不安を抱いて生きていかざるを得ない」のが被爆二世でたちだ。「原爆は投下から半世紀以上たっても、人々の身体と心に深い傷を残しているのである」。全国二世協は被爆者援護法の改正等を求め、厚労省と闘い続けている。

海外の被爆者
と思いを一つ

 著者はさらに、長崎で、韓国の被爆者や被爆二世の支援活動そして高校生平和大使の活動を支えている二世教職員の会の平野伸人さんの姿を紹介する。そして、「唯一の被爆国」について「実はうそがある」。日本政府はなぜ、この言葉を繰り返してきたか「私たちは『唯一の被爆国』というと、核兵器廃絶を求める日本の願いを象徴するものだと受け取ってしまう。しかしそれだけではない。その裏には、韓国や北朝鮮を中心に、海外に在住する被爆者を切り捨てようとする強い意志があったと考えざるを得ないのだ」と鋭く指摘する。そして、ソ連が核実験を行ったセミパラチンスク実験場(カザフスタン)の周辺では、多くの住民が被害を受け、今なお苦しんでおり、そのような人々の支援と交流を続けている広島のNGO「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」だ。
 「ここでもやはり、『日本は唯一の被爆国』という認識は間違っていることが裏づけられた。私たちの住む地球は、哀しいまでに核によって痛めつけられている。そんな地球を救うのもまた、私たちなのである」と結ぶ。
 長崎の「証言運動」を始め、率先して韓国・北朝鮮の被爆者たちの支援運動をし、自らを「こころのヒバクシャ」とよんだ長崎の鎌田定夫さんを紹介しながら、「権力者のつくうそを見抜けるのは、そんな小さな物語の積み重ねでしかない」と著者はいう。「大きな物語」がつくり出した「唯一の被爆国・被爆国民」神話は、「下からのまなざし」の積み重ねによって打ち砕かれる、とも言えるだろう。分かりやすい言葉で、しかし鋭く「神話」を撃つ本である。    (努)



コラム
文字・活字文化を大切に

 十月三十一日の日曜日、神田神保町で開催されたブックフェスティバルに行ってきた。「行ってきた」と言っても、お客としてではなく、売り子として、である。今年で二十回を数えるこのイベントは、「本好き」にとってはお宝の山。特にすずらん通りで行われる「得々市」では、参加版元の汚れ本が定価の半額以下で売られるのだ。毎年、二日間に渡って行われるが、初日の三十日は台風十四号接近のため中止。得々市は一日限りの開催となった。そのためか人出は朝から夕方まで途切れることなく満員御礼の状態。売上げもさることながら、休むことのない九時間の立ちっぱなしには、ほとほと疲れたしだいである。活字・読書離れが語られる昨今であるが、ここは別世界だった。
 今年は国民読書年である。このブックフェスティバルに先駆け十月二十三日、これを記念して上野公園の旧東京音楽学校奏楽堂で(財)文字・活字文化推進機構主催による式典が行われた。ホームページによれば、「朗読やコンサートを通し、日本語の美しさ、読書の大切さをあらためて呼びかけた」とある。さらに十二月六日には、「デジタル時代の文字・活字文化」と題されたシンポジウムが企画されているという。また、十月二十七日は、知る人ぞ知る「文字・活字文化の日」だった。
 聞き慣れない「文字・活字文化の日」であるが、これは二○○五年に制定された「文字・活字文化振興法」に始まる。超党派の国会議員二百八十六人からなる活字文化議員連盟によってまとめられたもので、その目的は「知的で心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与する」こと。具体的には、「文字・活字にかかわる著作物再販制度の維持」「著作者および出版者の権利保護の充実」が前述の議員連盟から挙げられている。
 つまりある側面から言えば、良い意味での国家統制。書籍や新聞定価の値引き禁止であり、知的財産の保護と言ってよい。おまけに法律では、「等しく豊かな文字・活字文化の恵沢を享受できる環境を整備することを旨」という基本理念の下、国、地方公共団体の責務を条文に盛り込んでいるのだ。
 たぶんこの法律も、「文字・活字文化の日」も一般的にはあまり知られていまい。しかし、活用して「ナンボ」のものである。出版不況、活字離れが声高に叫ばれる中、これをうまく利用しない手はないだろう。
 さて、活字離れであるが日本新聞協会の調査によると、国内の新聞発行部数は九○年代をピークに漸減。書籍・雑誌も同年代から販売部数、販売額の減少が続いているという。この統計をどう見るかであるが、部数減を活字離れと断定するのは早急すぎる。それは情報の入手手段が紙媒体からネット、携帯電話など電子媒体に移行しているからだ。電子媒体の急激な普及により、新たな環境の中で活字に接している人口は大幅に増えていると思われる。ブログへの書き込みもまた然りだ。
 紙媒体か電子媒体か、意見は分かれるところだが、その原点である文字・活字文化を大切にしなければ何も始まらない。       (雨)


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