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韓国はいま                      かけはし2010.11.8号

民労党「北韓が決定する問題」京郷新聞「追従勢力」と批判

3代世襲が南側進歩に及ぼした陰


 北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)の3代後継世襲が韓国進歩陣営の分裂を深めるだろうとの憂慮が現実化している。キム・ジョンイル国防委員長の3男キム・ジョンウンが人民軍大将と労働党中央軍事委員会副委員長の座に上ってから10日余りの10月8日になっても「北韓の後継世襲をどう見るべきか」についての進歩陣営内部の論難は収まってはいない。特に〈京郷新聞〉と民主労働党の紙上論争が尋常ではない。

世襲批判はオリエンタリズム?

 発端は北韓の3代世襲に対する民労党の公式論評から始まった。北韓の9・28党代表者会が終わった翌日、ウ・ウィヨン民労党代弁人は「北韓の後継構図に関して国民の目線からして理解しがたい点があったとしても、北韓の問題は北韓が決定する問題だと見るのが南北関係のためにも望ましい」と発表した。
 ハンナラ党や民主党はもちろん、同じ進歩政党である進歩新党と比較して見ても相当に慎重な方だった。民労党の内部的には、これまでも重荷ぎみの意見が提起された。南北は既に6・15共同宣言や10・4宣言などを通じて相互の体制を理解し尊重することにしたという事実や、北韓の社会民主党と交流しているという現実などを考慮する時、世襲自体に対する批判や対応は望ましくない、との見解だった。
 反面、北韓の3代世襲に対する批判的見方を意識しないわけにはいかない、との主張も出てきた。党ホームページの党員掲示板や自由掲示板には党の明確な意見表明を要求する掲示物が上った。ウ代弁人の9月29日の論評に「国民の目線からして理解しがたい点があったとしても」という文言が含まれた背景だ。
 本格的な論争は、その翌日から始まった。10月1日付〈京郷新聞〉が「民労党は3代世襲を認めるということなのか」という見出しの社説を通じて、3代世襲に対する民労党の積極的でない態度を強く問題視して乗り出した。〈京郷新聞〉は民労党の論評の中で「北韓の問題は北韓が決める問題」だという部分に注目した。この部分が、3代世襲を批判する必要がない、との主張に聞こえるという批判だった。社説は、さらに踏み込んで「北韓は無条件に庇護してやらなければならないとの考えならば、それこそ冷戦的思考の残滓」であり「民労党が立場を変え、進歩の本物の姿を示してくれることを望みたい」と訴えた。
 民労党では同日、付設研究機関であるセセサン(新しい世)研究所が論争を続けていった。セセサン研究所は「我々内部のオリエンタリズムを警戒しつつ」という文を通じて、北韓の3代世襲は北韓の内政だという立場から、いささかも引き下がらなかった。「3代世襲を見る南側社会の心もまた穏やかではない。だがそのことが間違ったものへと直結されては難儀だ。我々にとって穏やかではないと認識されることが、別の人々にとっては問題なことではなく、ともすれば当然のごとく受け入れられる得るという点を認めなければならない。キム・ジョンウン後継構築作業が極めて穏やかならざるを得ないことだとは思うけれども、キム・ジョンウン後継構築作業は認めなければならない北側の内政なのだ」。

蔚山市党、京郷新聞不買通知

 セセサン研究所は「我々にとって穏やかではないと認識されることが、別の人々にとって問題なことではなく、ともすれば当然のごとく受け入れられ得る」との主張まで行った。「北韓の問題は北韓が決定する問題」とする主張の上を行くものだった。民主的正統性が全くない世襲に正当性を付与する発言として受け入れられ得るからだ。
 さらにパク・キョンスン・セセサン研究所副所長は10月7日、研究所が開催した「党代表者会議以降の北韓、どこに向かうのか」をテーマとする討論会で、「キム・ジョンイル委員長は26歳の時、甲山派(注、後期抗日武装闘争出身グループ)の事件で猛活躍して以降、党内において政治組織活動も展開していた点から推して、現在(28歳で後継者として登場したキム・ジョンウンが)極めて若すぎると考えることはできない」し「本物の進歩(勢力)は受け入れることのできないイデオロギーまでを包容できるトレランス(寛容)を持たなければならない」と主張した。
 そうは言うものの民労党は、いざ政治的見解が異なった〈京郷新聞〉に「トレランス」を示さなかった。10月4日、民労党蔚山市党(支部)は〈京郷新聞〉嶺南本部長宛に送った「購買停止通知文」の一部だ。
 「北韓の3代世襲を批判しないとして『北韓追従勢力』と断定づけ、自身の物差しに合わないからと『従北』だの『冷戦の残滓』だとのレッテルを貼り、言論社の公式論評として掲載した〈京郷新聞〉に対して強力に問題提起をする」。
 同時に民労党は「適切な措置が取られなければ全党的に(〈京郷新聞〉)不買運動を進める予定」だと明らかにした。もちろん民労党蔚山市党の〈京郷新聞〉不買の警告が実行されるものと見るのは難しい。具体的計画が準備されたわけでもなく、中央党との協議がされたわけでもないからだ。
 民労党の攻勢が強まると、〈京郷新聞〉イ・デグン論説委員は10月7日、再び京郷ドットコム「オピニオンX」に長文の反論を載せた。イ委員は「平素、北韓に対してだけは、それほどに精通し分かっているかのように語ってきていても、北韓に関する否定的ニュースが出てくると突然、分かりようがないと不可知論を繰り広げる理由が理解できない」「北韓の支配勢力は、それほどまでに保護されなければならない特別な存在なのか。資質があろうがなかろうが、首領が次期首領を自分の息子に指名することで後継者が決定されることを、どうして世襲ではない他の言い方をすることができるのか」と問いただした。
 事態がここまでくると、民労党中央党のうろたえぶりはありありだ。〈京郷新聞〉と葛藤が幾つかのインターネット言論などを通じて表面化すると、中央党はむしろ沈黙を選択した。誤解から生じた偶発的事件ならば積極的に解明して乗り出すだろうが、ウ・ウィヨン代弁人ら核心的党職者の携帯電話は10月8日の午後、一斉に消されるか不通となった。
 それに代わって、これまで北韓の3代世襲について長い沈黙を守ってきたイ・ジョンヒ代表が初めて自らの意見をブログで明らかにした。イ代表は自らの文章で、「語らないことが私と民主労働党の判断であり、選択」だと主張した。北韓の3代世襲に対する賛否は明らかにしないと明確にしたのだ。イ代表は「(北韓の後継問題について)進歩(勢力)がなぜ批判しないのかというのが〈京郷新聞〉の論理」だと指摘した後、「私の考えている進歩は、進歩であることを認められようとの考えから、時流に合わせて言葉を加減するというよりも、自らの行動の一貫性を守ることが進歩」だと語った。
 民労党の核心関係者が10月6日、〈ハンギョレ21〉に「相当数の進歩・左派知識人が北の世襲を批判するのは、韓国社会が彼らにそのような態度を要求しているからだ。そのような面から(北韓を批判する)機会主義的進歩・左派知識陣は反省しなければならない」と指摘した内容と、ほぼ同じだ。

沈黙の末に出てきた党代表の文

 「進歩であることを認められるために一言だけ言ってみよ、と」という表題のイ・ジョンヒ代表の文章の最後の段落は、こう結ばれている。「国家保安法の法廷内の論理が一部変形されて、進歩の言論内にもしみ込んできたのが残念だ。語らないことが私と民主労働党の判断であり、選択だ。このために非難されなければならないのならば、それを受けるであろう。今は進歩であることを認められるために北の権力承継を非難していて、後にその後継者と対話の相手として向かい合うことになれば、「能力のある人物」だとして以前の非難の矛を収めることをしなければならない、そのような窮迫した立場に自らはまりゆく考えは、私には全くない」。
 参考までに〈ハンギョレ21〉830号の特集「満場一致、3代世襲批判」の記事でチョン・ウクシク平和ネットワーク代表は「進歩陣営は民主主義の原則に立脚して強力に批判するが、対北政策は3代世襲の可否とは関係なしに和解協力・平和体制構築のために継続されなければならない」と語った。進歩陣営と政府の「戦略的分業」が必要だ、という注文だった。(「ハンギョレ21」第831号、10年10月18日付、チェ・ソンジン記者)



コラム

企業献金の受け入れ再開


 民主党が政権党になって一年が過ぎた。だが、段々自民党との政治的垣根が判然としなくなってきた。「保守二大政党」といってしまえばそれまでだが、マニフェストも票が目当ての口約束に過ぎないということか。鳩山が首相の座を去る契機となった普天間基地の県外移設に始まり、高速道路の無料化、ガソリンの暫定税率の廃止、そして子ども手当や戸別補償制度の後退と際限がない。この中にはわれわれから見るとやめて当然というのもかなりあるが。
 だが最もびっくりしたのは小沢の政治倫理審査会への出席をめぐって攻防が続いているただ中、民主党が企業献金の受け入れ再開を発表したことである。さらにこれに応え、日本経団連の米倉会長は「政治献金は個人や企業にとって社会的責任だ。ルールに沿って行うのはやぶさかでない」とコメントした。デキレースというか民主党もまた財界に買収されたとみるのが妥当だろう。菅政権の「新成長戦略」に対する財界からの褒美である。この点を記者に質問された菅首相は「あのマニフェストでは法改正から三年後となっている。マニフェストに反したということではありません」と居直っている。
 菅首相は六月の所信表明で自分は草の根運動の出身であり、かつ三十年前に経団連に対して企業献金の禁止を約束させた市川房枝さんの秘書であったことを得意気に強調し、小沢一郎と争った九月の代表選では「カネのかからない政治の実現に向け、企業・団体献金禁止について議論し、年内に党方針をまとめる」とまで言い切っていた。「舌の根のかわかぬうち」とはこういうことを言うのであろう。
 マスコミによると来年の統一地方選の準備にカネがかかるとか、代表選を通じて旧来のグループという緩いつながりではこれからは何もできない、自民党のような「派閥」が必要だ、そのためにはカネがかかるとかもっともらしい理由があげられている。また、有名な話ではあるが、二〇〇七年度に経団連が行った政治献金二十九億九千万円のうち二十九億一千万円が自民党に渡り、民主党には八千万円。今度は民主党が九割を取り、自民党を締め上げるのがねらいだとも書かれている。
 いずれも眉唾物。民主党自身が政権党の「うま味」に群れ始めたというのが真実だろう。歴史は繰り返すというが、政党交付金は企業献金を廃止するという前提で一九九三年の細川内閣で実現した。その時中心的役割を果たしたのが新生党代表の小沢一郎である。だが、企業献金は廃止されず政党交付金法だけが成立したのである。今や民主党の誰一人も二重取りとは言わず、あたり前とさえ思っている。こうしてみると「カネと政治」の問題は根が深いことを実感する。
 去年の総選挙の際に駅前の居酒屋で出会った、鉄鋼労連で活動し、定年退職した共産党員の労働者の「赤旗の配布・集金に献身性を振りかざすより共産党も政党交付金をもらえばいいのに、それで票が減るなら仕方ないと思うよ」という言葉を思い出してしまった。     
(武)


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