| 12・5三里塚東峰現地行動 かけはし2010.11.1号 |
| 航空機騒音拡大・環境破壊を許さない!東峰住民の追い出しやめろ!一坪共有地・団結小屋強奪裁判の勝利を! |
成田国際空港株式会社は昨年十月、平行(B)滑走路の二千五百メートル化を完成させ、供用を開始した。平行滑走路でもジャンボ機の使用が可能となり、年間発着回数は二十万回から二十二万回に増加した。これにより東峰、天神峰地区はこれまでにも増して騒音、排気ガスが激しくなり、住民の生活は苛酷な状況下に置かれることになった。空港会社は、さらに年間三十万回にまで発着数を増やすことを目論んでいる。かかる農民追い出し攻撃を断じて許してはならない。
羽田空港では新滑走路の完成により、十月三十一日以降、国際定期便が就航し、フランス、カナダ、アメリカ、中国をはじめアジア諸国など十六地点を結ぶ国際定期便の路線が開設され、海外の航空会社十社(全日空、日航との共同運行が多い)が就航する。これで羽田は国際ハブ空港への道を大きく踏み出すことになった。
成田空港会社はこのことに危機感を募らせ、何としてでも年間三十万回を実現しようとしている。平行滑走路の発着回数を増やすためには「く」の字型に曲がった誘導路を直線化する必要がある。さらに新たな誘導路も設置しようとしている。そこで支障となっている団結街道(市道)を成田市と図って廃道にし、封鎖してしまった(6月28日)。また団結街道に沿った反対派農民が耕作している農地や天神峰現闘本部を撤去するために裁判に訴え、司法権力を使って奪取しようとしている。
一坪共有地強
奪策動粉砕!
空港会社は昨年七月、一坪共有地六カ所(木の根1、横堀現闘本部を含む4、東峰1・共有者約70人)に対して金銭での売却を迫る裁判を起こした。シンポ・円卓会議の結果、事業認定を取り下げ強制代執行という手段を取れなくなった空港会社は裁判により土地を強奪しようとしているのだ。また、八月には共有運動の拠点となっている横堀の団結小屋(反対同盟大地共有委員会〈U〉連絡先)に対しても、小屋の撤去と土地の明け渡しを求める訴訟を土地の地権者を原告に立てて起こさせた(被告は建物の所有者となっている反対同盟)。
空港会社は、横堀の横風滑走路予定地域については誘導路やエプロンの整備をするという計画を国交省に提出している。横風予定地は木の根ペンション・一坪共有地、横堀鉄塔、団結小屋という反対拠点の存在により滑走路として使用することは一切不可能である。そこで点在する一坪共有地を取り上げてできる施設を建設しようとしているのだ。
一坪共有地裁判は、「反対同盟・大地共有委員会(U)」として横堀、木の根、東峰地区の一坪共有地、さらに個人(横堀地区)が空港会社を相手にして闘われている。裁判闘争を闘い抜き空港会社の一坪共有地強奪策動を粉砕しよう。
空港会社の暴挙
を阻止しよう
国土交通省、千葉県知事、空港周辺自治体首長、空港会社による「4者協議会」は、十月十三日、年間発着三十万回を合意した。一・五倍の発着枠増加で最も騒音の被害を受ける成田、芝山の住民からは対策の不充分性、性急な合意への不安、不満が多く出されているが、それらをないがしろにして合意決定は強行されたのだ。
利潤のみをひたすら追い求め、用地内農民追い出しや周辺住民に被害を押し付けながら空港機能拡大を目論む空港会社を断じて許すことはできない。
三里塚・用地内農民と連帯して闘おう! 空港の軍事使用を許すな! 12・5東峰現地行動に結集しよう!(2010・10)
b日時 12月5日(日)
b集会/午後1時30分、東峰共同出荷場 デモは開拓道路のコース(京成東成田駅地上午後12:40〜12:50に迎えの車が待機)
b主催 三里塚空港に反対する連絡会 〒289―1601 千葉県山武郡芝山町香山新田131―4 電話&FAX0479―78―0039
b集会場への行き方 京成線上野発(特急)〜成田駅乗り換え東成田駅への時刻表/上野発11:23 成田駅12:30着 12:35発の芝山千代田駅行に乗り換え 東成田駅12:40着/京成東成田駅地上に12:40〜12:50に迎えの車が待機しています。
落海英二さんを送る会
山を愛し山で亡くなった闘う郵政労働者を偲んで
十月十七日、東京・吉祥寺で一九七〇年代の三里塚闘争以来ともに闘ってきた「落海英二さんを送る会」が開かれた。落海さんは八月初旬、北アルプスの白馬三山と唐松岳を結ぶ急峻な尾根・不帰ノ嶮と呼ばれる場所で滑落し亡くなった。「送る会」の会場は花だけではなく、彼が長い間かかって撮り貯めた山や花の美しい写真が並べられていた。
落海さんは一人暮らしであったが、一カ月余も連絡がないことを不信に思ったお兄さんが九月四日に三鷹の住まいを訪ねた。当初は新しく購入した車で北海道旅行にでも出掛けたのだろうと考えていたが、車は駐車場に置かれており、その後部屋の中で八月二日夜の白馬行きの切符購入証を発見し、すぐに長野県の大町署に捜索願いを出した。何回かのヘリコプターによる捜索の結果、九月十日に彼の遺体が発見された(享年60歳)。
落海さんは一九六七年に友人と北アルプス白馬岳に登って以来、約三十年間をかけ、一九九八年には「日本三百名山」の登頂を果たした「山登り」のベテランであり、今回の白馬―唐松―五竜―鹿島槍の縦走ルートもすでに二度も経験していた。しかし昨年の健康診断でガンが発見され、それもあり今年三月に退職した。五月にガンの手術で胃を半分摘出し、六月にはソケイヘルニアの手術を受けたばかりで、今回の山行はある意味で山へ復帰するための大事な第一歩であった。無責任に第三者が勝手に事故の原因を推測したり詮索することは許されないんが、問題はこの辺にあったのかもしれない。それにつけてもともに闘ってきた仲間が相次いで山で命を落とすことが続き全く慚愧に堪えない。
36年間社会変革の
道を歩み続けた
送る会は第一部が告別式、第二部が「迎え送る会」として行われ、百人を超す人が参加した。参加者の顔ぶれは彼の闘いの人生を物語るように郵政労働者ユニオンの仲間と住んでいた三鷹を中心とする多摩地区の闘う仲間であった。多くの人が弔辞や別れのあいさつの中で述べた言葉は「寡黙」と「頑固」だということでした。彼の実直さと誠実さをもっとも良く表現していると思う。
落海さんは一九七四年に武蔵野郵便局に入局し、同時に青年部員として労働組合運動を開始し、また多摩地区の地域活動にも積極的に加わり、七五年の共青同結成時からメンバーとして参加した。その後三里塚闘争、三鷹市議選、さらに郵政反マル生闘争を闘い抜き一九九〇年の郵政労働者ユニオンの結成に名を連ね、三十六年間郵政労働者として社会変革の道を歩み続けてきた。
『伝送便』には彼の感性の豊かさを垣間見せる数多くの「映評」が掲載されており、時には「国鉄闘争によせて」やともに闘っている郵政労働者と「民営化問題」をめぐって論争や鋭い意見を述べている。「頑固」の裏に隠されている「激しさ」が見えるような気がする。「送る会」の最後は参加者全員が「いつかある日」「インターナショナル」を合唱して彼を送った。
これから第二の人生が始まろうとする矢先の逝去に対し心から哀悼の意を送ります。なお会場に張り出された山や花の写真は後日有志の手で写真集として出されるそうです。
追記:本紙八月二日号の「読者からの通信」の欄にある「『日本の鯨文化』についての幾つかの質問」という投稿は落海さんのもので、亡くなる直前に書かれたものです。これは七月十九日号のコラム「架橋」についての彼の意見・質問ですが、これ以降本紙に対していくつかの「鯨食文化」についての意見が寄せられています。その点で彼の投稿は討論・論争の出発点となりました。またこの投稿の中で映画「橋のない川」の評価・上映阻止闘争についても映画「コーブ」との関係で言及しています。映画「橋のない川」については現在編集部で見解を検討している最中です。(松原雄二)
反貧困世直し大集会・奨学金問題分科会
非正規労働者にのしかかる返済の重圧を解決するために
「奨学金返還延滞者がブラックリストに?!」というサブタイトルを掲げたこの分科会では、私たちがこれまで抱いていた「奨学金」のイメージを根底から覆す実態が報告された。ここ十数年の間に、公的奨学金制度とその在り方が、貧困の主要因のひとつになってきているというものだ。
まず学費高騰と小泉・竹中路線の規制緩和を背景として、以下のような変化が起きた。@大学の場合三人に一人が制度を利用しているが、有利子貸与奨学金だけが拡大(奨学金のうち1998年の有利子貸与が24%だったが、2010年には75%を占める)。A奨学金の原資を「財政投融資」でまかない、B「日本育英会」を独立法人化(日本学生支援機構)したことで、奨学金制度が「教育ローン」へと変質し、ローン市場拡大を推し進めた。
そもそも奨学生のモデルを「大卒→正社員→年功序列」の型に押し込んだ制度設計では、今日の不安定雇用と不況下にあって、返済計画の破たんは目に見えている。例えば月額十二万円を四年間借り受けると返済総額が七百七十五万円(金利3%)となるが、卒業後に昇給や福利厚生も満足に受けられない非正規労働者となった場合には、卒業と同時に重い足かせをはめられることになる。
一方で文科省は、奨学金返還について「回収強化、法的措置の徹底、債権回収業務の民間委託」を行っており、個人信用情報機関への通報(ブラックリスト化)を今年の十月から始め、学校ごとの延滞率の公表も検討している。また猶予制度があるにもかかわらず、相談者へ「そんな制度はない」「やっても無駄」だとして窓際阻止を行い、回収委託業者が延滞者へ一括返還を要求。延滞金充当順位の適用により一向に元金が減らず利息だけを返していくなど、もはや学生支援とは呼べない代物となっている。
奨学金を考える連絡会(首都圏なかまユニオン、各専労協、学生支援機構労組)からは、「大学を卒業しても職がなく、親がかりで返済するなど世代を超えた問題となっている。しかしその親ですら乏しい年金受給者だったりリストラを受けたりと、もはや労働問題としてとらえ直さなければならない」と呼びかけた。また司法修習生への給付制存続を求める当事者からの発言もあり、教育機会の「格差」をなくす運動を広げていく必要性を明らかにする分科会となった。(大望)
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