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「どっちが深刻?日本の貧困 世界の貧困」集会     かけはし2010.10.4号

「犠牲の累進性」をどう越えるか

地縁、血縁に代わる新しい
つながりを持つ社会の構築を


「貧困解消目標」
の試案を報告

 九月十九日午後、「どっちが深刻?!日本の貧困 世界の貧困〜犠牲の累進性を越えられるか〜」と題した催しが東京の築地本願寺「蓮華堂」で開催された。反貧困ネットワークと「動く→動かす」が共催し、世界に広がる貧困が私たちに問いかけるもの、そしてそれに共に立ち向かうために何が必要か、を考えるために、国連ミレニアム開発目標(MDGs)(注)の達成と貧困削減に向けた取り組みを訴える国際行動、スタンドアップ・テイク・アクションの一環として企画された。なおこの国際行動は、九月二十日から開催された、MDGs達成状況の中間評価のための国連首脳会合(菅首相も出席した)をターゲットにしたもの。
 後述するようにともかくまず大声を上げようとの趣旨を込め、アフリカ・ナイジェリアの伝統的ドラムの演奏で幕を開け、日本の和太鼓で閉じたこの企画には、若者から高齢層まで二百人以上が参加、最後に同寺境内でスタンドアップパフォーマンスを行った。
 前述したドラム演奏に続く最初のプログラムは、貧困削減目標についての問題提起。まず「動く→動かす」の稲場雅紀さんが、MDGs全般について解説、特に保健医療部門の問題点を映像を使いながら説明した。強調点は、極度の貧困と飢餓は人災だ、ということ。特に九〇年代に進められた構造調整政策が問題を深刻化した。債務返済と民営化による経済成長を強要するその政策が公的医療を崩壊させ、保健医療目標の達成に大きな障害を作り出している。
 次いで反貧困ネットワークの湯浅誠さんが、日本版貧困削減目標試案を素材に問題提起。反貧困運動の盛り上がりに押されて、政府は昨年秋、日本の相対的貧困率を初めて公式に発表した。その高さは各方面に衝撃を与えたが、しかしそれでも政府は、貧困削減目標を策定するところまでは踏み込んでいない。
 そのため反貧困ネットワークは国連MDGsを参考にしつつ、十カ月検討を重ね日本版貧困削減目標を試案として練り上げたのだという。この目標は、「ディーセントワークの確保」から始まり「貧困解消のための社会連帯の推進」で終わる十大目標と、各目標に対する数項目の具体的ターゲットで構成されている。湯浅さんは、あくまで試案だと断り、当日の参加者にもさらに検討を加えて欲しいと呼びかけた。
 この中で湯浅さんが特に強調した点は二点。一点目は、日本政府の施策の基礎となってきた夫婦と子ども二人という標準世帯モデルが、今や全世帯の三〇%を切り、しかもその世帯でも子どもが大人(当然夫婦は高齢化している)という世帯が急速に増えているという事実。つまり、成人男性の所得で世帯家計を支える、という社会政策の従来モデルは完全に破綻している。したがって、だれに対してもディーセントワークを確保すること、並びに社会保障制度利用の普遍的な保障が、現実の問題として必要不可欠となっている。
 二点目は、そのための財源として、所得再配分機能強化の必要性。湯浅さんは、議論は色々あると前置きしつつ、現在の日本では税による再配分機能がほぼゼロだと、核心となる問題をえぐり出した。

支援の在り方と
自立ルールの模索

 以上の問題提起を受け、プログラムは次に、当日の目玉企画、雨宮処凛さん(作家・活動家)、稲場雅紀さん(「動く→動かす」事務局長)、村田俊一(国連開発計画駐日代表)さん、湯浅誠さん(反貧困ネットワーク事務局長)さん、吉岡逸夫さん(ジャーナリスト)によるシンポジウムに移った。雨宮さんが司会し一時間半弱続いたこのシンポジウムは、重要な議論がいくつか交わされ会場を引きつけた。以下に筆者の印象に残った議論をいくつか紹介する。
 議論の入り口は、本企画の副題にもある「犠牲の累進性」。貧困を訴えるとすぐ、たとえばアフリカをダシに、もっとひどい人がいるなどと議論に蓋をする論理だ。雨宮さんも石原都知事にそれをやられたという。全体は、そのような論理を持ち出す者に限って何もしていない、単に黙れということでしかないと一致、ともかく大いに騒ぎ立てようと呼びかけられた。
 同時に稲場さんからは次の点に注意が喚起された。貧困には多様性があるにもかかわらずイメージが画一化されていることであり、その点に警戒が必要だ、と訴えられた。特に中国はもちろんとして、世界最大の貧困人口を抱えるインド、さらにアフリカまで、新興市場国として成長率の高さにもっぱら光が当てられ、成長が貧困を解消するかのようなイメージが一人歩きする危険は現実の問題だと力説された。本紙で連載されたアフリカについての報告と重なる印象深い問題提起だった。
 次に一つの論点となった問題は、支援の在り方として、「魚の釣り方を教える」という問題。いわゆる「エンパワーメント」論と重なる問題だと思われる。この催しの最初に、さまざまな人に対するインタビュー映像が流されたのだが、その中に、「魚をくれなくてもいいから、魚の釣り方を教えてくれ」と語ったアフリカ人の映像があったことに関わる議論だ。自立支援として多くの場で語られる、それ自体としては正当な問題設定だ。
 しかし稲場さんは、ここにも一つの落とし穴があると注意を喚起した。実は、釣る場所を決めるルールがすでに決められている(先進国によって)という問題だ。いくら釣り方を覚えても、魚のいないところでしか釣ることができないのであれば、魚を手に入れることはできない。自立のためにはそのようなルールを変えることも同時に必要なのだ。ところが日本では往々にして、「釣り方を教える」という所で思考が止まっているきらいがある、稲場さんはこのように重要な指摘を行った。湯浅さんも自助努力できる条件を整える必要という観点からこの問題を取り上げた。
 筆者は前から、「エンパワーメント」論に同じ性格の問題を感じていたので、この議論を興味深く聞いた。

先進国の開発目標
その矛盾と欺まん

 この議論の延長で、何もしないという考え方についても吉岡さんから問題提起された。この点については湯浅さんが即座に、現在問題となっている貧困に私たちが、つまり先進国が深く関与していることの責任を不問にすべきでない、と強調し、稲場さんは特に、六〇年代から九〇年代にかけたフランスのアフリカ「援助」の実態を具体的に取り上げ、これまでは先進国に都合のよい政治・経済関係形成が追求されたと指摘した。そしてその過去との関係で現在のMDGsを見ることの必要性が、また社会開発に直接資金を投入する形へと変わっていることの重要性が語られた。
 いずれにしても貧困の問題は社会の連帯を問いかける。この点で湯浅さんからは、特に無縁社会が言われている現在の日本においては、社会をつくれるのかどうかが問われている、との強調があった。つまり、無縁社会とは地縁、血縁の衰弱を意味するが、それは近代社会が本来内包しているものであり、したがってそれらとは異なる、それらに代わるつながり方の問題が日本で本格的に課題となっていること、犠牲の累進性に向かわせない社会の構築を課題としなければならない、との提起だ。
 それはいかにして可能か。そこに踏み込む議論の時間はなかったが、われわれ民衆が自らの要求を声に出し大いに騒ぎ立て運動化することがなければ、少なくともそれは不可能だと思われる。シンポジウムもまたそのことを最後の確認とした。     (神谷)

注:二〇〇〇年国連ミレニアム総会宣言を受け、同年末に制定された世界の貧困削減目標。二〇一五年を達成目標としている。一九九〇年を基準年として、たとえば、一日一ドル未満で暮らす貧困層、飢餓人口の半減など、八分野、二十一項目について、具体的な数値指標を定めている。ただ、先進国も合意したこの目標のための支援拠出金額は、G8などで繰り返し約束されたにもかかわらず、目標額を大きく下回っている。




特養エルピス不当解雇第1回口頭弁論
「効率化」を前面に出し解雇攻撃
裁判の隠れたテーマ「介護問題」


 【福島】須賀川市の特別養護老人ホームエルピスに対し解雇撤回を求めて提訴した関根たつ子さんの第一回口頭弁論が九月十四日福島地裁郡山支部で行われた。四十人もの支援者が集まり傍聴席は満席となった。
 裁判は原告の意見陳述(別掲)が行われ、介護の仕事に愛情を持ち、人に寄り添う介護を実践してきた関根さんの切々たる訴えは、傍聴者の胸を強く打つものであった。被告エルピス側答弁書はあくまで解雇ではなく、有期の雇い止めで解雇権の濫用にはあたらないとし解雇の正当性を主張するものであった。
 終了後「第一回口頭弁論報告集会」が五十人の参加で開かれた。齊藤正俊弁護士は、「この裁判のポイントは関根さんの職場復帰を求めることはもちろんだが、今後誰もが関わりを持たねばならない〈介護問題〉が隠れたテーマだ。介護を受ける側も提供する側もどんな介護をめざさなければならないか考えねばならない」と述べた。原告の関根さんからは、支援への御礼と闘う決意が表明された。最後に九月二十五日の支援集会への参加が呼びかけられ集会は終了した。次回裁判は十月六日に弁論準備が行われる。(N)

意見陳述
介護は利用者の人生を理解し
心身の健康を支える仕事


1 私は介護の仕事は好きで生きがいを感じていました。これからもエルピスで働き続けたいと思い介護福祉士の勉強をし今年三月に国家試験を取得しました。介護にも慣れ利用者との信頼関係もでき、職場の人間関係も良く楽しく働いていました。ふれあい委員会に入り、歌や演芸やレクリェーション活動も積極的に行いました。そして、利用者は、歌を楽しみ、野菜や花の成長を見て「トマトがなっているよ。」「花がきれいだね」と喜んでいました。
 利用者は、楽しさの中にも不安や寂しさなどを感じながら日々過ごされています。私は、この三年間以上に渡って、利用者と心を通わせ笑顔が見られるように優しい介護を心がけてきました。
 ところが、昨年九月十八日、突然施設長から「次回の契約更新はしません」と言われました。頭が真っ白になりました。介護の仕事は大変ですがいつも利用者の立場に立ち、誠実に働いてきました。そして、正規職員と同じ仕事をしてきました。なぜ解雇なのでしょうか。
2 施設にいる利用者のほとんどは常にオムツを利用しているので交換の仕方が重要です。オムツをしていると蒸れや汚れ、体力の衰えに伴い皮膚が弱くなり、ただれて赤くなり湿疹ができ痛みが伴うことがあります。そして汚れが尿道に入り血尿が出て痛みのある尿路感染になっている利用者もいます。
 私はオムツ交換の時は、清拭タオルを軽く押し当てるようにして痛くないように気をつけてきれいに拭き取ってきました。利用者からは「他の人はゴシゴシと拭くので痛いけれど、関根さんはいつも優しく言い、ほんとだよ」「ありがとう」「また来てね」などと言われることが多かったです。
 言葉を話せない利用者は、うなずいたり、まばたきをして意志を伝えてきました。私は笑顔で「どういたしまして」「遠慮しないで何でも言ってくださいね」と言うと、気持ちが通じて安心されて利用者に笑顔があふれていました。この笑顔は私にとって大きな励みになり介護の仕事を続けることができました。
3 しかし、施設側は、おむつ交換は一人平均三分と「効率」を前面に打ち出してきました。利用者が安心したできる清潔なおむつ交換をやっている私を「遅い」といって解雇の理由の一つにしてきました。
 介護の仕事は利用者の歩んできた人生を理解して心身の健康を支えていくことが大切です。その基本は「安全、安楽、自立、尊厳」です。私は、人生の大事な時を心穏やかに過ごしていただきたいと願いながら、介護の仕事を続けたいのです。私は利用者の笑顔を見るために一日も早い職場復帰を切望します。裁判所におかれましては、是非、公正な審理のもとで、職場に戻していただきますようご尽力下さることを宜しくお願いいたします。
2010年9月14日
  原 告 関根 たつ子

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