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寄稿                         かけはし2010.7.5号

現地報告「ワールドカップの喧騒と南ア」

社会的矛盾の顕在化と煽られるナショナリズム
福島康真(在ケープタウン)

 あらゆるメディアがサッカー・ワールドカップで持ちきりだ。アパルトヘイト体制を脱した南アで、アフリカ初のワールドカップが行われたことも大きな注目を集めている。南ア・ケープタウン在住の福島康真さんに世界規模のスポーツイベントにわく南ア社会の現実を報告してもらった。(編集部)

ギリギリで開催
にこぎつけた

 果たして間に合って準備できるのか……多くの人々の予想をくつがえし、南アフリカでは六月十一日にサッカーのワールドカップが始まった。ケープタウンでは一週間前まではいたる所で道路工事が続けられ、開催日前日にも中心部の道路脇で芝生を張り付ける作業が行われていたし、ジョハネスバーグ(ヨハネスブルク)では空港から中心部に向かう高速道路の整備工事も完成せずに作業が中断され、アフリカの金融の中心街サントン地区と空港を結ぶ新たに作られた高速鉄道ハウトレインは、かろうじて開催二日前に運行を開始したものの、サントン駅は未だに完成せずにトタンで覆われたまま。
 ぎりぎりセーフで始まったスポーツの大イベントだが、「お祭り」の雰囲気が出てきたのは、開催一週間前くらいからだろうか。サイドミラーに南ア国旗がデザインされたカバーをつけ、応援する国の国旗をウインドウに取り付けた車が町を走り始め、空港やショッピングモールではサッカーの応援グッズのブブゼラが鳴り響き始め、自分の応援する国の国旗を窓に飾る家が出始めたのも、この頃からだ。
 南アフリカでもサッカー人気は高いが、サポーターの多くは黒人だと言われている。白人の多くはサッカーよりもラグビーやクリケットに夢中で、日頃からスポーツショップではラグビーチームやクリケットチームのユニフォームが一番目立つところで売られている。黒人は人口の八割を占めており、数の上ではサッカーファンの方が圧倒的に多いにもかかわらず、購買力を持つ白人(人口の1割弱)が支持するスポーツの方が商業的にも旨味があるのだろう。
 この一大イベントに対して政府、政権与党のANC(アフリカ民族会議)はもちろんのこと、COSATU(南ア労働組合会議)や南ア共産党までもが開催を祝う声明を出し、南アのナショナルチームを応援しようと呼びかけている。新聞やテレビは言うまでもない。
 いたる所で目にする国旗はこうして、日頃サッカーにはあまり関心を示さない層を取り込む形で、ナショナリズムを作り出している。

自然発生的な
ストライキの波

 ワールドカップが始まって、この南アフリカの抱える矛盾が、いろんなところで現れている。
 まずチケットに関して。開会一カ月前にFIFAは、チケットが五十万枚売れ残っているとして店頭対面販売を開始した。それまでの販売方法は、インターネットで予約して銀行に代金を振り込み、開催直前になって指定場所でチケットを発行してもらうというものだった。ところが、予想以上にチケットが売れ残ったのだ。
 その原因は、サッカーファンの多くがインターネットへのアクセス手段を持っていなかったこと、しかもチケットが高額のために購入できないことだった。店頭販売を開始して売れ残りの半分近くをさばいたが、それでも完売していないという。人口の六割が貧困層、人口の三割が一日二ドル以下での生活を強いられているこの国で、これらの人々が一枚が一週間分の、場合によっては一カ月分の生活費に相当するチケットを買う余裕などない。だからファンの多くは、各地に設置されたファンパークに行くか、テレビで観戦しているという。そのために空席の目立つ試合が続いている。
 そして競技場警備員たちのストライキ。開会して数日後に、ダーバンの競技場で働いていた警備員が賃金に対する不満から職場放棄を始めた。FIFAから警備会社には一人当たり千五百ランド(約1万8千円)出ているにもかかわらず、十二時間勤務のシフトで百九十ランド(2千280円)しか支払われていないとして、自然発生的なストライキが始まった。それはダーバンからケープタウン、ジョハネスバーグへと広がっていった。
 開会してから一週間後にこの警備会社はFIFAから契約を打ち切られ、警備員たちは解雇され、その代わりに警察が警備を担当することになった。この直後にダーバンで行われた日本とオランダの試合では、濃いブルーの制服を着た警察官が試合中にフェンス沿いにずらりと並んで座り、スタンドを凝視していた。ちなみに、この警備担当の警官にはシフトごとに七百ランド(8千400円)の手当が払われることになっており、そのために政府は一億ランド(12億円)の超過支出を強いられることになるという。

FIFAは
やりたい放題

 その一方でFIFAはやりたい放題だ。オランダとデンマークの試合の際に、三十数人のオランダのサポーターグループが着ていたドレスが、FIFAのスポンサーではないオランダのビール会社から提供されたものだとして、法に基づいて全員が拘束され、そのうちの二人が逮捕された。新聞は一面トップでこの事件を取り上げ、政府を巻き込んだ政治的な事件になったためか、検察庁はこの二人を起訴せずに釈放せざるをなかった。
 また、ポートエリザベスの小さなレストランが、店の窓ガラスに手書きの二〇一〇の文字の入ったサッカーボールの絵を掲示していたところ、市当局と警察から違反行為なので消さなければ逮捕すると言われたという。昨年十月から書かれていたにもかかわらず、開催後に突然通告されたという。
 報道によると、今回のワールドカップでFIFAは二百四十億ランド(約2千880億円)の利益を上げるという。FIFAによると、この利益の七五%はサッカー競技の発展のために使うという。その一方で、南アフリカはこのイベントのために六百三十億ランド(約7千560億円)支出しているという。また南ア政府はFIFAに対して、代表団やスポンサー、放送権保持者、マスコミ、観戦者に対し、関税や税金の免除、外貨の持ち込み持ち出し制限の解除などを行っており、その結果、本来あるべき数千〜一億ランド(数億〜12億円)の歳入を失っているという。

「今度はオリ
ンピックだ」

 南アのナショナルチーム、バファナバファナ(ズール語で少年たちの意)は六月二十二日の試合を最後に、姿を消した。フランスに勝ったものの次のラウンドに進むことができず、翌日のケープタウンの新聞は「終わったが、倒れたわけじゃない」(Out, but not down)の見出しを掲げ、最後にようやく試合に勝ったチームと、それを一丸となって応援した人々を持ち上げた。そしてその翌日には「今度はオリンピックだ」(Now for the Olympics)の見出しを掲げ、それまでに作られてきたナショナリズムの雰囲気がなくならないうちに、次のイベントに向けて動き始めている。
 ワールドカップは七月十一日に予定されている決勝戦まで続けられることになっているが、南アが敗退しアフリカのチームも不振の中で、南アの人にとって「目標」のなくなったイベントは、これからどう進んでいくのだろう。そんな中で、政府が学校の冬休みを延長したために期間中休みになった子どもたちや、海外からやってきたサポーターで、街やショッピングモールだけは大賑わいだ。(6月24日)


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