自由化のさらなる進行と攻撃
から公共部門を守る闘いへ |
公務部門労組で反対派が勝利
ロト・ファン・バーレン/ロブ・ルッベルセン |
労働者グループ
「橋を架ける者」
アブヴァカボFNV―オランダの公務部門において三十五万人以上を組織する最大の労組―は、五月十九日と二十日に四年に一回開かれる大会を開催した。アブヴァカボの組合員は、地方、州、全国の公務員としての他に、主に現在では全体としてあるいは部分的に私有化されている部門で働いている。それらは、健康管理、公共運輸、郵便、エネルギー、電話などの部門だ。おおざっぱに言って、この国の二百万人の公共部門被雇用者のうち、一五%が組織化されている。
大会に先立つ討論は刷新という論議で支配された。現指導部は近年、`顧客サービスaと市場適応を基礎とした組織に向けて転換を図ってきた。組合活動の指揮はますます、頂点に座る指揮管理者と消費者運動的方向にさらに這うように進む政策を手段として、ある種会社のようになされつつあった。活動的組合員にとっては、組合の路線について語るべきことはどんどん少なくなった。この状況に対して活動的組合員の中核グループは、「クローフディッチャーズ」(「橋を架ける者」、より正確には「溝を埋める者」)という名の下に自分たちを組織し、民主的で戦闘的な組合を求める綱領を起草した。この考えを実践に移すため彼らは、組合指導部立候補者名簿を提出した。
対案の提出と
大会での緊張
大会での緊張ははっきり見えた。力関係がどのようなものか、誰にも分からなかった。最初は課題ごとの分科会討論が行われ、そして、組合の路線とそれに必要とされる組織に関する投票が行われた。「クローフディッチャーズ」の提案の多くが、しばしば現指導部の公然たる反対に打ち勝って採択された。いくつかの点で、提案はもっと急進的にされた。
例えば一つの決議は、公共部門における最高給与―最低賃金の二十倍―に対して組合との協約における最低水準の十倍で置き換えるとする、「バルケネンデ基準」(オランダの現首相の名前を取って名付けられた)を求めた。それは、所得の平等性という要求をより一層具体的にするためだった。そして、一般組合員の活動の重要性には、強調が加えられた。組合員の民主的統制が強化され、委員長の権限は削り落とされた。
新指導部の半分
が急進派活動家
しかし依然として、大会を閉じる指導部選挙の時がやってきた時、多くの代議員は息を凝らしていた。「クローフディッチャーズ」は実際に指導部選挙を勝ち抜けるのだろうか。
指導部は、無給の活動家からなる十一のポストの他に日常活動に当てられた有給の四ポストを含む、全部で十五人からなっている。有給の四ポストに対しては、四人の指導部提案の候補者に対して、「クローフディッチャーズ」に近い三人が対立候補となった。十一のポストに対しては、十一人の「クローフディッチャーズ」リストを含む二十七人が立候補した。
結果は以下のようになった。まず組合委員長、エディス・スネイは辛うじて多数を獲得、再選された。しかし二人の反対派も有給ポストに選出された。十一の無給ポストに対しては、何と七人の「クローフディッチャーズ」が選出された。これは、十五人の新指導部メンバーのうち最低九人が急進的な刷新に関わっているという形で、現指導部があっさりと捨てられたことを意味している。
抵抗を組織し
闘いの準備
新指導部は今や、社会的計画、賃金、労働条件、年金に関する大規模な攻撃に向け組合を準備するという任務に直面している。これらの攻撃ははっきりと待ち受けているのだ。彼らは、自由化のさらなる進行から公共部門を守らなければならない。これは、公共部門におけるアブヴァカボの組織率を上昇させること、そして、反攻が必要とされる時自分たちの利益を守るために自ら立ち向かうよう、組合員を活性化することを意味する。
いずれにしろ、指導部の多数が戦闘性を重んじ対決に怖じ気づかない活動家から構成されている今、抵抗を組織し、攻撃に移る組合の能力はより大きくなるだろう。ひょっとすると彼らは、オランダの労働組合に一つの模範を示すことになるかもしれない。
▼二人の筆者は、第四インターナショナルオランダ支部・SAPのメンバーであり、労働組合活動家。
投書
映画「BOX袴田事件 命とは」
エキストラ初体験
KT
昨年十一月I市で行われた高橋伴明監督作品「BOX袴田事件命とは」のロケに参加しました。
これは一九六六年六月三十日未明、静岡県清水市で味噌製造会社専務の自宅が放火され、一家四人が殺害された事件を扱っています。
八月十八日、従業員で工場の寮に住んでいた元プロボクサー袴田厳が逮捕されます。彼は無実を主張しますが平均十二時間、最高十六時間という取り調べに意識はもうろうとし、九月六日犯行を自白させられます。
当然にも一審静岡地裁では無実を主張しますが、一九六八年九月十一日、死刑判決。
映画の中では一九三六年生まれの二人の運命がクローズアップされます。
一人は死刑囚「袴田厳」(新井浩文)もう一人は一審の死刑判決を主任判事として意に反し書いた熊本典道(萩原聖人)。後、熊本は裁判官を辞職し二〇〇七年二月「有罪を立証できるまともな証拠がほとんどなく、強引な取り調べの結果作成された自白調書があるのみだった。私は無罪を主張したが、合議の結果多数決で有罪と決まり、主任裁判官であったため意に反する死刑判決文を書かざるを得なかった」。
「〈主文、被告人を死刑に処す〉と裁判長が宣告した時、袴田くんの肩がガクンと落ち、呆然とする彼の表情を忘れることができません」。「袴田くんに申し訳なく悔やみ続けてきた」と涙の告白をするにいたる。
監督は、「裁判員制度が始まって、まず思ったのは人を裁くことの重さということです。もし間違いが冤罪につながり、ひとりの人生を奪ったとしたら、それはとりかえしのつかない罪であり、科した刑以上の量刑をその人は負うべきでしょう。そんな思いを〈袴田事件〉を借りて映画にしたいのです」と語っている。その意図は成功しているように思う。
渋谷ユーロスペース。銀座シネパトス公開中。順次全国公開。
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