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第四インターナショナル第16回大会 世界情勢決議討論冒頭報告(下)
                            
かけはし2010.5.3号

今回の危機は「資本主義的
システムの歴史的限界」だ

ローレン・カラッソ

Z)ヨーロッパは最も弱い環

総合的社会的闘争
が求められている

 危機がEUを弱体化しつつある。今回の危機はヨーロッパの「統治」にはらまれた構造的不安定性を示している。すなわち、EU予算の極度の弱体性―一%以下―、EU産業政策の不在、貸し付け供与機関の不在、EU社会政策の不在などだ。世界経済の中における、また分業における各国の位置にしたがう形で、「分散化力学」が十分に明白となっている。金融力を備えたイギリス、工業設備商品を基礎としたドイツ、原子力、兵器、航空機そして運輸のような国家産業に基礎を置く特殊性をもつフランス。結果として、「ヨーロッパ資本主義のための大ヨーロッパグループの創出」とはかけ離れて、大企業は彼らの資本と技術を、他の世界的グループと組み合わせ、諸国間の競争が悪化している。ギリシャ危機やスペインやポルトガルの弱さが示すように、ヨーロッパは債務爆発によって特に打撃を受けている。東欧諸国もまた今回の危機によってむしばまれ、発展における不平等性、赤字と特にドイツに対する依存性を深刻化している。
 ますます強まる世界的競争という背景の中でこの弱体性を解消するために、ヨーロッパブルジョアジーは、「ヨーロッパ社会モデルの中で残っているものを壊す」ことを迫られている。こうして彼らは、民主的自由を、特に移民の権利を攻撃している。しかしこれらの攻撃が自動的に、あるいは機械的な連関で社会的抵抗の発展や労働者運動、反資本主義運動の成長に導くわけではない。
 社会的抵抗はある。しかし攻撃の水準に間に合ってはいない。一九三〇年代、危機と社会的かつ政治的応答の間には、一定の時間的なずれがあった。われわれは次のように言うことができる。ほんのこの段階だけだが、“待てよ”、総体的広がりをもつ社会的闘争はまだ登場していないと。

支配の弱さが
生み出した空間

 しかし右翼の側では、経済危機は支配階級の代表問題を提起している。この危機は、ファシスト政党やポピュリスト政党を利する形で、古典的なブルジョア政党の社会基盤を掘り崩し、内部的緊張と諸矛盾をかき立ててもいるのだ。つまり危機は伝統的右翼を弱体化した。
 しかし危機は、危機への対応の点で右翼と異なる政策を基本的にはまったくもっていない伝統的な左翼をも弱めた。この危機は、社会民主主義政党による一定の左転回にも帰結しなかった。危機は彼らの社会―自由主義的適応過程を深めた。社会民主主義は、労働者運動の現実と歴史との社会的、政治的関係をまだ保っている。しかし社会民主主義は、資本主義と国家の最高位に、かつてよりもっと統合されている。あれやこれやの部分的な戦術的位置取り、あるいは「左翼的」変調はあり得る。しかし社会民主主義はかつてよりももっと、資本主義に奉仕する形での危機の管理という土台に位置を定めているのだ。この進展は、ETUC(ヨーロッパ労組連合)の枠組み内部を含んで、労働組合運動にも刻まれている。これは社会民主主義の弱体化に導き、二〇〇九年のEU議会選に際してドイツ、ポルトガル、フランスで確かめられた。この勢力が選挙上の新たな大揺れから利益を得ることはおそらくこれからもあるだろう。しかしこの勢力は現在、ある種の有機的弱体化と危機が加速する社会的転換の進行過程にあるのだ。東欧においては、労働者運動は、スターリニズムの破壊からまだ回復していない。これら諸国の資本主義復古は、何百万人もの人びとの生活条件を悪化させてきた。生産の入り口部分を下請け契約に出すという、ヨーロッパの主要企業連合が果たした役割は二〇〇八年に頭を打ちつけた。そこここで、スターリニズム起源の旧機構から独立した労働者運動組織の新しい形態が頭をもたげている。しかしそれらは今最初の数歩を歩んでいる最中だ。これはまた、小さな反資本主義グループや組織についても言えることだ。
 こうして、支配階級にとっての策謀の余地は、右翼諸党の強さにあるのではなく、むしろ左翼の弱さと資本主義体制を支えるその政策にある。
 情勢についてのこの像はまた、労働者運動の再組織化において進行中の歩みに関する冷静な評価にわれわれを導く。指導部分があらわにしているこの二重の危機―右翼と伝統的左翼―が新たな急進的左翼勢力に空間を開いている。しかしこれらの空間は、階級闘争の新たな高揚の産物というよりも、むしろ左翼の古い伝統的政治勢力の中で進んだ右向きの進化の産物だ。この事情は機会をつかむよう必ずわれわれを導かなければならないが、しかしまた、以下のことを理解することにも導かなければならない。つまり、この空間の中では、反資本主義左翼と、左翼改良主義、ポスト・スターリニスト、左派エコロジストなどの間での政治闘争の必要性がある、ということだ。それ故、われわれ自身の関与とわれわれの政治的応答の重要性についても理解しなければならない。

[)エコ社会主義的対応が必要

(a)直接的かつ反資本主義的要求からなる緊急綱領の回路―人員整理の拒否、労働時間の削減、賃上げ、公共サービス並びに社会的保護と教育のシステムの防衛、拡張、あるいは創出―。
 世界では、勤労階級が現代ほど大きかったことは決してなかった。しかしこの階級は今、社会的かつ政治的に断片化し、分断されている。基本的な要求を中心に、危機に対決する社会的な闘争を、労働組合運動、社会運動を、特に行動の統一と統一戦線政策によって再組織することが必要だ。
(b)利潤の論理に挑戦する富の再分配を強要することが必要だ。その手段は、この何十年かに被雇用者から資本が取り上げた付加価値の取り分を取り戻すことであり、社会的雇用の要求、保健衛生、教育、見苦しくない所得、自由時間を優先することであり、そして資本家の財産権に進入すること、などだ。こうして、社会的必要に対して資金を供与する予算は、帝国主義が押しつけた構造調整政策に根本的な疑問を突き付けるに違いない。そしてそれは、資本に課税すること、さらに労働者管理の下に銀行部門を公的に専有することを意味する。危機に冒された一連の部門ではこれまで、アルゼンチンやベネズエラでのように、統制、生産再開、企業の管理という経験があった。これらの経験が広められるべきだ。天然資源の集団的所有権は、アジア、ラテンアメリカ、アフリカでは基本的要求だ。
 この反資本主義綱領はまたエコ社会主義的でもある。それは特に気候変動を前にした時、新たな都市計画、運輸政策、再生可能エネルギーを有利にするエネルギー部門の再組織、経済の全拠点の再組織を軸とする、新たな政策を意味する。中期並びに長期にわたるこれらの選択は、利潤動機と資本主義的競争とは両立できない。それらには、労働者と民衆の管理の下に置かれた計画的な共同経済という大枠の中での民主的な討論と決定が含まれる。先の管理は、公的かつ社会的使用という問題、当該地域住民の必要に対応した生産の選択という問題を提起するのだ。
 これは、先住民の動員の中で現に作動している推進力だ。この全体関係においては、人びとによる管理と民主主義の問題が中心問題だ。
(c)危機を前に、またこの危機が経済と環境双方の危機が結合したものであるからにはなおのこと、われわれの対応は、需要の回復や金融市場の機能の改革に、つまりケインズ主義の綱領に切り縮められることなど不可能だ。このことにわれわれは十分に自覚的だ。型の全面的な再形成が必要なのだ。
(d)最後にこれらの綱領的な基軸は、労働者政府の任務としても考えられなければならない。すべての国でわれわれがこの問題に直面しているわけではない。しかしそれが問題となっているところでは、この綱領の防衛は、資本主義経済とその諸制度を管理する政府を支持したりその政権に参加することとは両立しない。これは鍵となる問題だ。従属的諸国では、民族と民衆の主権の問題、及び憲法制定会議のための闘いは、民衆的反資本主義政府の要求と結び付けられなければならない。

新たな社会的―環境
的システムの構築

 結論的に、今回の危機は「システムの歴史的限界」という観念を呼び戻している。むしろ、諸闘争のサイクルを超えたところで、反資本主義勢力建設にあたっては、システムの政治的、思想的危機の重大性を広めることが必要だ。しかしこのことは、宿命論に陥ることを意味するのではない。資本主義にとって出口のない情勢というものなど決してない。システムは生き残ることが可能であり、危機を伴って作動できる。しかしその場合は、環境が、社会が、人間が犠牲となり、それは酷いものとなるだろう。弾劾されるべきことはそのことであり、社会的必要に合わせることのシステムの構造的な無能性、また社会的―環境的システムという変革並びに資本主義との別離の必要性をこのシステムが日程に載せることができないことなのだ。
 社会主義的展望に関して浮上する論争は第一義的重要性がある。搾取と抑圧の資本主義システムを打倒することなく、生産手段の集団的所有なくして、出口などない。しかしこの運動は、システムの諸矛盾から単純に帰結することはないだろう。システムを打倒するためには、国民的、地域的、国際的規模における例外的かつ革命的な決起を、そして何よりも意識、組織、そして指導性という領域において信頼に耐える代替勢力をわれわれは必要としている。それこそが満たされるべき歴史的かつ実践的な必要であり、われわれが自身の役割として全面的に果たそうとしているものである。
▼筆者は、労働組合活動家であり、またNPAの全国指導部メンバー。さらに第四インターナショナルのビューローメンバーでもある。以前はフランスLCR政治局メンバー。
(「インターナショナル・ビューポイント」2010年3月号)



食糧主権こそ世界の飢餓を終焉
させる最善のオルタナティブ

エステル・ヴィヴァス


小農による農業の
再組織化が必要だ

 われわれは、複合的なシステム危機、すなわち経済、エコロジー、食物栄養、ケア、エネルギーなどの危機という状況の中で生きている。そして資本主義システムは、自らもたらした危機への解決策を提供するどころか、まったく同じやり方に賭けているだけだ。すなわち公共サービスの大規模な民営化、天然資源の略奪、気候変動への技術的回答、民間企業や金融機関への補助金と財政支援である。
 世界で十億人もの人々、すなわち人口の六人に一人、とりわけ南半球の諸国の人々が飢餓に苦しんでいる食糧危機は、現在の資本主義システムの最も劇的な一面を示している。逆説的なことに、この二十年間で年間の人口増加率が一・一四%であったのに対して食糧生産は年間二%以上増加した。したがってこのデータを評価するならば、現在われわれは全世界の人口を十分に食べさせるだけの食糧を生産していると結論づけることができる。それならば問題はどこにあるのか。そう、食糧価格を支払うことができる所得がなければ、人々は食べることができないのだ。
 この三十年間で農業に適用された新自由主義政策(緑の革命、地域の破壊、自由貿易、小農民が営む農業の衰退……)は、食糧と栄養摂取の危険を増大させた。食糧はビジネスとなり、政府や国際機関からの支援を受けた少数の農産物企業が握る、私有化された製品となった。
 こうした状況に直面して、相次いで行われたサミット、国連食糧・農業機構(FAO)、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、G20は、農業部門の大企業とともに、この新型の危機を克服するためには、いっそうの遺伝子組み換え、自由貿易とともに緑の革命が必要だ、とわれわれに告げた。この現状をもたらした政策は、こうした政策自体が引き起こした問題を克服するのに役立つだろうと、彼らはわれわれに信じ込ませようとした。
きわめてフェミ
ニズム的な課題

 しかしオルタナティブは存在する。小農による農業の再地域化は、食糧への普遍的アクセスを可能にするだろう。そしてそれは、気候変動に関する政府間パネルやミレニアム・エコシステム評価をモデルとして、世界銀行がFAO、UNDP(国連開発計画)、UNESCO(国連教育科学文化機関)、政府代表、民間の科学・社会研究機関と協力して支援した評価プロジェクトである「開発のための農業知識・科学・技術の国際調査」(IAASTD)が遂行し、この四年間にわたって四百人以上の科学者が参加した拡大国際調査が示す結果によって立証されている。
 この報告はこうした諸機関が後援しているにもかかわらず、エコロジカル農業の生産物が、恵まれない最も貧しい人々に金銭と食物による所得を提供し、同時に市場向けの余剰を提供して、遺伝子組み換え生産物よりも食糧と食物栄養の安全にとってよりよい保障となっていると結論づけている。IAASTDが発行したこの報告は、地域的で小農民によって行われる普通の農業生産や、農村コミュニティーによる土地の再分配を支持している。この報告は、米国、カナダ、オーストラリアなどを除く六十一カ国の政府が控えめに支持したにもかかわらず、アグリビジネスは拒否し、世界銀行は削除してしまった。
 ミシガン大学の調査・研究(2007年)は、産業的農産物や自由貿易とは違ってエコロジカルな農業は生産性が高く、食糧と食物栄養の安全を保障することができると結論づけ、同じ路線を採用している。これらの結論は、極めて保守的な予測を参照しているにも関わらず、有機農業は少なくとも現在行われているものと同量の生産物を供給することができると指摘している。にもかかわらず、同大学の調査員たちは、より現実的な予測ではエコロジカルな農業によって地球全体の食糧生産は五〇%の増加が可能だと考えているのである。
 商業化の領域の中で主要な流通経路の独占を打ち破るために最も基本となるのは、中間取次や仲買業者を避け、農村と都市の連帯の広がりをもたらすような信頼と相互理解に基づいた生産者と消費者のより密接な関係を打ち立て、商業化の身近な回路(地域市場、直売、エコ農業生産物消費協同組合など)を支援することであることが明らかになってきた。現在、大規模流通(スーパーマーケット、安売りチェーン、ハイパーマーケットなど)が食糧商業化のチェーンを独占し、労働者、農民、環境の搾取を代償に最大限の利潤を獲得している。
 世界の飢餓を終わらせる最善のオルタナティブは食糧主権であることが立証されている。それは農業・食糧政策を民衆(農民、労働者、消費者、女性……)の統制に戻すという問題であり、土地ならびに共有物(水、種子など)へのアクセスを取り戻すという問題でもある。食糧主権は、グローバルなレベルで食糧を保障する女性の役割りを認識し、資本主義システムだけではなく、家父長制システムに対しても闘うという意味で、きわめてフェミニスト的な課題でなければならないだろう。
(2010年3月26日から29日までバルセロナで開催された「エコロジー的持続可能性と社会的平等のための脱経済成長」第2回会議の、エコロジー的農業・食糧主権・脱成長ワーキンググループでの発言)

▼エステル・ヴィヴァスはバルセロナのポンペウ・ファブラ大学社会運動研究センター(CEMS)のメンバー。彼女は『対外債務に反対して立ち上がろう』(スペイン語)の著者で、『スーパーマーケットはごめんだ』、『フェアトレードはどこに向かうのか』(いずれもスペイン語)の共編者。彼女は、『ヴィエント・スル』(「インプレコール」のスペイン語版姉妹誌)の編集部員でもある。
(「インターナショナルビューポイント」10年4月号)


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