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5・16普天間基地包囲行動に参加して          かけはし2010.5.31号

侵略の拠点を即時撤去せよ

1万7千人で完全包囲に成功
豪雨をついて日米政府に抗議


平和行進参加者
と共に県民大会

 五月十五日、沖縄に大雨警報が出される中、会場の宜野湾海浜公園屋外劇場の中さえ見渡せないような中で、「復帰後38年5・15平和とくらしを守る県民大会」(5・15平和行進実行委員会、沖縄平和運動センター主催)に平和行進参加者はじめ県内外から三千八百人が集まった。豪雨のため平和行進の会場への到着が遅れ、開会は一時間三十分遅れた。
 実行委員長の崎山嗣幸さん(沖縄平和センター議長)は「三十八年前のこの日も雨だった」と切り出し、「しかし今日の雨は悲しみの雨ではない。沖縄県民の怒りと決意の雨だ。政府が民意を踏みにじり、軽んじるなら県民の怒りは頂点に達する」とのべ「明日の普天間基地包囲行動も成功させよう」と開会の挨拶を行った。地元宜野湾市の伊波洋一市長は「復帰後も県内の基地が強化されたのは政府が歯止めをかけなかったからだ。県内に新たな基地をつくらせないことを確認しよう」と訴えた。集会では参加している各政党の国会議員が紹介され、糸数慶子さん(社大党)、山内徳信さん、照屋寛徳さん(社民党)が発言した。
 移設先とされる名護市の安次冨浩さん(ヘリ基地反対協代表)は、「政府の移設案はそれこそ自然への冒涜であるとともに沖縄県民への冒涜である」と怒りの訴えをした。高江から参加した伊佐真次さん(ヘリパッドいらない住民の会代表)は「危険な基地はどこにもいらない。憲法九条を持った国に軍隊はいらない」と述べた。
 藤本泰成さん(フォーラム平和・人権・環境事務局長)は「ハーグ条約、ジュネーブ条約に違反する普天間基地をなくすのはアメリカの責任だ」とし、平和行進を担った堂山元気さん(自治労鹿児島県本部青年部長)は「徳之島と辺野古への移設に反対しアメリカの基地はアメリカに持っていくよう声をあげよう」と呼びかけた。韓国から駆けつけたムン・ジョンヒョン(文正鉉)神父は「沖縄から基地を撤退させなければ沖縄にとって勝利とはいえないし、沖縄から米軍撤退が実現すれば韓国でも勝利が期待される。力を合わせて、世界から基地をなくしていこう」と民衆の闘いの連帯を訴えた。
 集会決議は、読み上げることも困難な豪雨の中、@鳩山内閣は選挙公約、政権公約を順守し、普天間基地の県内たらい回しを断念せよ。A鳩山政権はまやかしの基地探しを中止し、普天間基地閉鎖のための対米交渉を開始せよ。との二点の要求など要点を確認した。
 集会の最後に参加者全員で、集会の決意を込めたシュプレヒコールをし、翌日(16日)の普天間基地包囲行動の成功のために頑張ろうと確認しあった。

韓国・フィリピン
グアムの仲間も

 集会終了後、屋外劇場のすぐそばの宜野湾市民会館で「5・15アジアから基地をなくそう!取り戻そう普天間 国際連帯の集い」が三百人の参加で開かれた。この集会には先の県民大会で発言した韓国のムン・ジョンヒョン神父やフィリピンで米軍基地にからむ環境汚染や人権問題に取り組んできた弁護士のコラソン・ファブロスさんと一緒に、沖縄の海兵隊八千人とその家族ら四万人の移転が決まり、社民党などから普天間基地の移転要求が出されているグアムの先住民団体チャモロネーションのテリリン・フランシスコさんが参加した。また辺野古や高江の住民たちも参加した。
 この集会でフランシスコさんは、米軍基地を抱え、沖縄と同じように米兵の犯罪や基地からの環境汚染などで苦しんでいるグアム先住民の状況を報告し、「これ以上基地の島にしたくない」「基地はアメリカ本国に持ち帰って」と訴えた。自らも厳しい状況のなか、グアム先住民の訴えに耳を傾ける沖縄の人々、集会を準備した人々の試みに心が打たれた。

「人間の鎖」が
つながった!

 前日に続き、五月十六日も観測史上記録が書き換えられるほどの豪雨だったが、普天間基地包囲行動には県内外から一万七千人が集まり、周囲十三キロの普天間基地は人間の鎖で完全に包囲された。五月末、再来沖をもくろむ鳩山首相への拒否の意志が改めて示された。
 集会実行委員会は平和運動団体が中心になり、伊波洋一・宜野湾市長、東門美津子・沖縄市長、野国昌春・北谷町長、石嶺伝実・読谷村長、新垣邦男・北谷村長、浜田京介・中城村長、上間明・西原町長の普天間基地周辺の本島中部七市町村長らが共同代表として名を連ね、民主党、社民党、共産党、社大党など政党も参加したが、自民党、公明党の旧与党には参加を働きかけず、自主参加だった。行動には、訓練移転候補地としてあげられている徳之島からの参加もあった。
 包囲行動を前に平和行進に県外から参加した人たちの集会が海浜公園で行われ、参加者はデモで市役所前まで移動した。午後一時三十分、宜野湾市役所前で、包囲行動に先立ち前段集会がもたれ、伊波宜野湾市長が「県内に基地をつくらせないことを日米両政府に突きつけよう」と発言した。
 午後二時には第一回目の包囲行動の開始が告げられ、参加者は基地の方向に向かって手をつないだが、県外参加者に割り当てられた宜野湾市役所前から宜野湾小学校の前などでは、ぎりぎりに手を広げて苦しがる人も出るくらいだった。やはりその直後に二カ所でつながらなかったことが実行委員会から知らされた。その後、実行委員会から参加者に移動の要請ががあり、新しい参加者も加わり、二時三十分に、基地に背を向けての二回目の包囲行動が告げられたが、その直後に人間の鎖がつながったことが知らされ、皆で拍手しあった。このころからさすがの雨も少し小振りになってきた。第三回目の包囲行動は再び基地に向かって行われた。このころは参加者に余裕も見られた。関西からの参加者がいた中原では、前の喫茶店から暖かいコーヒーの差し入れもあり心温まる場面もあった。

宜野湾市と名
護市の共同声明

 包囲行動には、鳩山政権から再び「移設先」とされようとしている辺野古を抱える名護市の稲嶺進市長も駆けつけ、包囲行動終了後、伊波宜野湾市長との間で「普天間飛行場の県内移設に反対する宜野湾市・名護市共同声明」を発表した。
 声明では、一九九六年のSACO合意が「五年ないし七年以内に普天間基地を全面返還する」としながら沖縄本島東海岸に代替え施設を建設するとしたことを強く批判し、九七年十二月の市民投票での移設反対の民意を無視した前自公政権を批判した。また、辺野古での「オジーやオバー」たちの十四年間に渡る座り込み闘争を高く評価した。声明は「ジュゴンがすむ美ら海を破壊し、住民に被害を与え続ける普天間飛行場の代替え施設の県内移設を断念すべきである」と宣言した。(しかし、この声明では「県内移設によらず、米国が進める沖縄からグアムやテニアンへの海兵隊移転計画を政府として検証し対米交渉に強く望むべきである」とも述べている)。(大阪、H)




普天間基地閉鎖・県内移設反対
地域・職場からの取り組み
を基礎に沖縄連帯反戦集会


 【東京東部】五月十九日、墨田区錦糸公園で「普天間基地即時閉鎖!県内移設反対! 東京東部5・19反戦集会」が沖縄の闘いと連帯する東京東部集会実行委員会の主催で開かれ、あいにくの雨天であったが二百七十五人が参加した。
 中村雅子江東区議が司会を行い、実行委の仲間が基調を提起した。
 「東部実行委は発足以降、二度の辺野古現地への支援行動、三度の現地阻止行動への参加、今年に入って『普天間基地の即時閉鎖!辺野古基地・高江ヘリパット建設を許さない2・10東京東部集会』、四月十四日北千住駅と錦糸町駅での抗議の『駅頭情宣』を取り組んできた。この闘いを引き継ぎ、政府の裏切りとも言える県内移設=辺野古沖新基地建設と一部基地機能の奄美・徳之島移転の動きに対して、東京東部と沖縄・奄美の気持ちを一つに反対の声を大きく上げよう」。

安次富浩さんが
熱烈にアピール

 次に沖縄から駆けつけた安次富浩さん(海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会)が現地状況を報告し、政府による辺野古への新基地建設の舞い戻りを体を張って絶対に阻止するという熱烈なアピールを行った。
 「五月四日に鳩山が来沖し、県外移設が困難であり、辺野古杭打ち案を出してきた。この発言は沖縄の思いをさかなでするものだ。腹が立ってたまらない。民主党は自民党以上に沖縄を足蹴にしている。岡田外相は雑誌『世界』で編集長と対談し、その中で『県外・国外』と言っていたのに、その後キャンベル、ゲーツと会談し態度を豹変した。アメリカにどう喝され嘉手納統合案を出してきた。十二月、現行案(辺野古への新基地建設)でいくと決めかけたが社民党の抵抗で、鳩山は五月末決着、腹案があると言い出した」。
 「鳩山は一月の名護市長選の結果を考慮すると言っていたので、市民は候補を統一してがんばり勝利した。その結果に対して、平野官房長官は『斟酌しない』と発言した。自公が初めて県内移設ノーという態度に変わり、県議会は全会一致で県内移設反対の決議をした。そして四月二十五日、県民大会が開かれた。参加者は九万人と発表されているがそうではない。集会が終わっても続々と集まってきた。集会に参加できない人でも黄色いリボン、シャツなどで反対の意志を表現した」。
 「翌日、上京し北澤、岡田、平野などの閣僚に会った。普天間の移設と負担の軽減は言うが、県内移設について追及すると黙ってしまった。五月四日、鳩山が来沖した。鳩山の最低でも県外、国外移設という選挙での発言は民主党党首としての発言であり、マニフェストではないと言った。これはペテンであり詐欺師だ。沖縄はがまんできない怒りでいっぱいだ」。
 「五月二十三日、鳩山が再び来沖するという。どんな案を提案するのか。結果的に私たちに押しつけるだろう。三党の合意もなしに実務者協議をやっている。アメリカは地元の合意がなければならないと言っているが、辺野古は拒否している。誘致派からも埋め立て、杭打ちもダメだ、いっしょに闘うとエールを送られている。われわれは絶望しない。十三年間闘ってきて一歩も手をつけさせていない」。
 「今年九月、名護市議選がある。そして秋には県知事選だ。辺野古への基地建設を進めてきた仲井真ではなく、自分たちの知事を当選させる。鳩山に挑戦状をたたきつける。五月二十三日には、県庁前に千人以上の動員で闘う。名護でも押しかけて抗議する。毎週金曜日午前七時半から八時半までキャンプシュワブ前で抗議行動を続けている。ヘリ基地反対協は今後も継続していくことを決めた」。
 「原点に戻り、米軍基地を撤去させたフィリピン、エクアドルのように、普天間基地を返してもらう。人殺しの基地はいらない。あきらめたら終わり、基地は作られる。絶対に負けません」。
 次に、全国一般全国協東京労組、東京東部実行委、東京東部労組、NO!有事法制足立の会の仲間たちが、5・16普天間包囲行動への参加の報告と闘う決意表明を行った。集会アピールを採択し、JR亀戸駅までデモ行進を行い、普天間基地撤去・沖縄連帯を訴えた。       (M)




辺野古実の毎週首相官邸行動
クリントンに抗議の訴え
米国は基地を持って帰れ!


 五月二十一日午後六時半から、辺野古実による「普天間基地撤去、辺野古へ基地はつくらせない首相官邸前連続行動」が行われ、百八人が参加した。米国務長官クリントンが来日し、鳩山首相と目の前の官邸で会談を行っていた。参加者はまず官邸に向かって、「クリントンは世界一危険な普天間基地を米国に持ち帰れ」とシュプレヒコールを行った。英語での呼びかけも行われた。

「移設」ではなく
撤去が必要だ

 司会の木村さん(反安保実)が「普天間包囲行動に参加した。ものすごい豪雨だった。あれは怒りの雨だった。翌日辺野古に行った。人が余りいないだろうと思ったら、観光バスが何台も止まっていた。安次富さんなどが案内していた。辺野古のテント村は平和運動の発信地になっている」と報告した。
 次に参加者の発言だ。ヘリパッドはいらない高江住民の会の比嘉さんが「建設に反対している二人の仲間に対して、防衛施設庁は裁判にかけ行動を妨害している。この提訴をとりやめるように要請行動にきた。七月から工事を再開しようとしている」と支援を訴えた。日本山妙法寺の発言の後、ピースニュースからは「普天間包囲行動に参加した。普天間基地の中に亀甲墓があるのを知った。基地によって生活が奪われていった歴史を知った。一刻も早く基地をなくさなければならない」と訴えた。
 別の参加者が、普天間基地包囲行動には、韓国、フィリピン、グアムのチャモロネーションの基地反対運動をしている人たちが参加して、すべての米軍基地撤去を訴えたことを報告した。許すな!憲法改悪・市民連絡会の高田健さんは「クリントンは裏から出て行った。これはわれわれの意志が伝わったからだ。辺野古から出て辺野古に戻る逆走ではなく、今こそ移設から撤去へ」と語った。
 安次富浩さん(ヘリ基地反対協)が携帯電話を通じてメッセージを寄こした。「クリントンが来日した。まさか辺野古に回帰するとは思ってもいなかった。裏切りに対して怒りがふつふつと湧いている。五月二十三日、鳩山来沖に対して県庁前抗議行動を行う。誤った政策を変えさせる。絶対に負けられない。闘うところに勝利あり」。

市民を虐殺する
アメリカ海兵隊

 続いて、米海兵隊の映画を撮った藤本さんは「海兵隊は抑止力だと鳩山さんは言ったが本当か。私は海兵隊の新兵教育を映画化した。実態をよく勉強してほしい。最初にやるのは殴り殺せ!。次にライフルの先に刃渡り三十センチのナイフをつけ、刺し殺せ!。次にライフルで、撃ち殺せ!。五百メートル先の標的に十発撃って八発命中させなければ合格ではない。それから、沖縄のキャンプハンセンにやってきて、顔の見える所の位置で、どう人を殺すか、この訓練をしている。イラク戦争の時、二千人の海兵隊がファルージャに行き、八千人の市民を殺した。これが米海兵隊の実態だ」と抑止力のウソをあばいた。
 こうした発言の後、アジア共同行動、四つの市の市民、ノーレイプ・ノーベース女たちの会など四つの申し入れを読み上げ、首相に申し入れた。来週の五月二十八日は、普天間問題の最終案を発表するとされている。この日も申し入れ・抗議行動首相官邸前で、午後六時半から行う。多くの仲間の参加を。    (M)


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