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3・21〜22おおさか社会フォーラムを成功させよう     かけはし2010.3.8号

オルタグローバリゼーション運動の経験と成果を結集しよう

 二〇一〇年の世界社会フォーラム(WSF)は、世界の四十一の都市で分散開催される。日本では、一月二十四日に東京で開催されたフォーラムに続いて、三月二十一〜二十二日に「おおさか社会フォーラム」が開催される。
 WSFは、一九九〇年代後半以降ヨーロッパと南米を中心としてダイナミックに発展したいわゆる反グローバリゼーション運動(正確には「新自由主義グローバリゼーションに反対する運動」あるいは「オルタグローバリゼーション運動」)を基盤として、左派の活動家や労働組合だけでなく環境運動、人権運動、農民運動、平和運動、フェミニズム運動、宗教家の運動などを代表する広範な人々を結集し、二一世紀の最初の十年間、新自由主義に抵抗する運動の側からの対案(オルタナティブ)と世界的ネットワークの発展に大きく寄与してきた。
 二〇〇一年にブラジル・ポルトアレグレで開催された第一回WSFから十年目に入った今、WSFの現状に対する評価と目指すべき方向について、活発な議論が始まっている。その内容に立ち入る前に、まず、二〇一〇年から二〇一〇年代初頭にかけてのWSFが、世界史の非常に重要な転換点に対応していることを確認しておこう。

ダボス会議の凋落

 WSFの最初の発起人の一人で、WSFの国際評議会(IC)の中心メンバーであるシコ・ウィテーカー(敬称略、以下同様)は、昨年十一月の来日講演の中で次のように述べている。
「(WSFの最初の発起人の一人は)、一九七一年以降毎年、スイス・ダボスで開かれている経済フォーラムの中で発展してきた『市場が第一』という考え方に対抗する結集軸を作り出す必要があると考えました。……この世界フォーラムは、現在の支配的な社会経済モデルを受け入れず、連帯を基礎とするオルタナティブ(対案)を求めているすべての人々を結集するものです」。
 世界の資本主義の司令塔として市場原理主義を推進してきた世界経済フォーラム(ダボス会議)は、〇八年に始まった資本主義の世界的危機の中で凋落してしまった。今年のダボス会議について、一月三十日付の「ワシントンポスト」紙(ウェブ版)は、「ダボスでグローバリゼーションは過去のものとなった」という見出しの論評を掲げ、会議での主要な議論が経済への国家の関与をめぐるものであり、経済危機に対する危機感は去ったが、同時に、統一性も去ったと指摘している。一部にはポピュリズムや保護主義の台頭に対する危機感も示された。
 一方、WSF2010の一環として一月二十五〜二十九日にブラジル・ポルトアレグレで開催されたフォーラムには、世界の三十九カ国から三万五千人が参加し、この十年間のブラジルをはじめとする世界の社会運動が実際に世界を変えつつあることを印象付けた。
 「ニューヨークタイムズ」一月二十七日付によると、フォーラムの二日目に登壇したブラジルのルラ大統領は「会場のスポーツ競技場に集まった活動家たちからロック歌手のような喝さいを受けた」。彼は次のように発言した。彼は「世界経済フォーラムはもはや私が〇三年に初めて出席した当時ほどの注目を集めておらず、最近まで二流国として見られていたブラジルのような国が、今では新しい世界経済秩序の形成に大きな影響力を持つようになっている」と述べた。
 ルラ政権の八年間については、左派の間でも評価が分かれているが、この八年間にブラジルや南米の多くの国が、地域の経済統合、地域間協力を通じて自立的発展を進めてきたことは歴史的なことであり、WSFがこの過程の中で、地域的な、参加型のイニシアチブの源泉として大きな役割を果たしてきたことは間違いない。
 ヨーロッパでは、新自由主義に対する広範な抵抗だけでなく、イラク反戦の運動やパレスチナ連帯の闘いにおいても、ヨーロッパ社会フォーラムは重要な役割を果たしてきた。
さらに、WSFは南アジアやアフリカにおけるラディカルな運動の発展との結合を意識的に追求してきた。地域フォーラムや各国フォーラム、テーマ別フォーラムの形で運動は広がりつつあり、運動の広がりに応じて、期待も高まっている。

WSFの役割をめぐる論争

 WSFの国際評議会においては、当初からWSFは「開かれたスペースであるべき」という主張と、「政治的動員を呼びかけるべき」という主張が傾向的な違いとしてあり、論争が続けられてきた。前者の主張は、シコ・ウィテーカーをはじめとするブラジルの発起人グループの中に強く、後者の主張は左派系の社会運動団体の間で比較的強い。
 後者の立場の「急先鋒」である第三世界債務帳消委員会(CADTM)代表のエリック・トゥーサンは、ブラジルの週刊新聞「ブラジル・デ・ファト」のインタビューに答えて次のように述べている。質問者「世界社会フォーラム(WSF)のオープニングの討論(「十年後-もうひとつの可能な世界のための課題と提案」と題する国際セミナー)で紹介された二種類の意見についてどう思いますか?ひとつは『WSFはアクションや政治的影響力をもっと拡大するための政治的プラットフォームとして〈利用〉されるべきだ』という意見、もうひとつは『WSFはアイディアを交換する場という、その元々の目的やあり方を保つべきだ』という意見です」。
 エリック「私たちには、主張や目標の優先順位を決定する国際的な仕組みが必要だ。この仕組みによってアクションの日程が共有され、共同の戦略を立てることができる。もしWSFがこのような仕組みとして機能できないなら、私たちは別の仕組みを作るべきで、これは別にWSFを去る、あるいはWSFをつぶすという意味にはならない。・・・
 WSFがそのような動員のための仕組みになるのを求めないグループがある以上、そのような仕組みの必要性を認める組織や個人によって別の仕組みを作る方がいいだろう。だからといって、私たちがもはやWSFの中心的役割を担えなくなるわけではない。私の提案は、私たちが分裂してしまったり、延々議論の泥沼にはまり込むのを避けるためだ」。(債務帳消し運動のブログ「カネなら返さん」に掲載されている「世界社会フォーラムを超えて―第五インターナショナルへ」より引用)。

新自由主義終焉後の展望

 この論争は、ベネズエラのチャベス大統領が提唱している「第五インターナショナル」とも深く関連する。チャベスの「第五インターナショナル」は、「今や議論の時ではなく、行動の時である」という観点から、帝国主義に対抗する急進的左派勢力の国際的結集を目指しており、四月に結成のための会議が開かれる。昨年、ブラジル・ベレンで開催されたWSFでは最も大きな注目を集めたチャベスが、今年のWSFポルトアレグレには参加しなかった。一方、ブラジルのルラ大統領は、チャベスの第五インターナショナル構想に反対している。ルラは、昨年のWSFでは新自由主義への迎合と土地改革への消極性に対して大きなブーイングを受けたが、今年ブラジル各地で開催されている一連のフォーラムでは、政府と社会運動との対話を意識的に追求している。
 WSFの役割をめぐる論争は、必ずしも「穏健派」と「急進派」、「反帝国主義」と「資本主義との協調」という傾向的な分岐と対応しているわけではない。たとえば、WSFポルトアレグレでのセミナーで、ウルグアイのフェミニスト・グループの活動家であるリリアン・セリベルティは次のように述べている。「第一回のWSFでは、古い文化と新しい文化の衝突に驚かされた。驚くほどの多様性。闘争課題に優先順序が付けられることがあるが(例、帝国主義に反対する課題を優先する)、性差別や人種差別や家父長制に反対する闘争などの課題もある。共通の課題についての合意を形成するというのは、多様性を排除することになる。しかしWSFは、一緒に集まって、希望を再構築する場だ」(「インタープレスサービス」一月二十五日付)。
 社会運動のダイナミズム、あるいは階級闘争の発展段階には地域ごと、国ごとに大きな差があることから、この種の論争が起こることは必然であり、日本、あるいは東アジアの社会運動が、論争のいずれかの側を支持しなければならない理由はない。
 むしろわれわれが注目すべき点は、WSFの十年間の発展をベースとして、世界の変革の主体をどのように確立していくべきかをめぐる議論のための共通の基盤が形成されてきたことである。
 新自由主義に対する抵抗の世界的な結合を表現してきたオルタグローバリゼーション運動は今や、新自由主義の終焉の後に現出するべき新たな世界的なシステムの構想を公然と議論することを避けられない。WSFの中に新たな世界的なシステムの萌芽と、さまざまなヒントが含まれている。それをどの方向へ発展させるのかが問われている。
 「二一世紀の社会主義」、「エコロジー社会主義」、「参加型社会主義」が語られ、社会主義が少なくとも一つのオプションとして真剣に検討される状況が復活しつつある。米国でラスムッセン(世論調査会社)が昨年四月に実施した調査で、米国の三十歳以下の成人の中で、「資本主義よりも社会主義のほうがよい」という回答が三三%だった(「資本主義の方がよい」は三七%、「わからない」が三〇%)。もちろん、オバマ政権が掲げた改革が「社会主義的」として攻撃されていることによる誤解も含まれるだろう。しかし、社会主義が若者の間で、一定のポジティブなメッセージとして受け入れられてはじめていることは重要である。
 〇八年以降の経済危機の中で、多くの進歩的な人々の間で新自由主義の破綻、新ケインズ主義、「グリーン・ニューディール」が語られてきたが、その後一年余の間の各国政府の政策は、資本主義がそう簡単には新自由主義から転換できないことを示唆している。むしろCOP15の破滅的な結末が示すように、彼らは人類全体を破滅へ追いやる選択を繰り返している。
 社会主義を掲げる左翼は、大きな可能性を前にしている。その一方で、各国では労働運動をはじめとする社会運動がいまだに攻勢に転じることができていない。このギャップを克服していく上で、WSFは重要な役割を担い続けるだろうし、現在の論争はそのような文脈の中で理解されるべきだろう。

おおさか社会フォーラムの獲得目標

 WSF2010の一環として開催される「おおさか社会フォーラム」は、WSFの役割をめぐる論争の脈絡においては、「開かれたスペース」に強調を置いている。この側面こそ、日本の社会運動において、今、最も必要とされている。政党や政治的主張の違い、運動の分野・課題の違いを超えてさまざまな社会運動が交流し、連携していくことは、それぞれの運動の問題意識を広げ、より多くの人々に運動を広げていく重要な契機となる。それは運動の分断や運動間の利害衝突を克服していく最も確実な手段ともなる。
 おおさか社会フォーラムは、これまでWSFに参加してきたATTAC関西、ATTAC京都、「WSFおおさか連絡会」の呼びかけによって昨年七月に実行委員会が結成され、二回のプレフォーラムと、学習会を兼ねた七回の実行委員会が開催されてきた。
 メインテーマは次の四つである。「もうひとつの世界 ―もうひとつの大阪は可能だ!」、「グローバル金融危機、カジノ資本主義と貧困、格差、非正規雇用」、「環境問題、気候変動、生物多様性」、「アジアの平和、核兵器廃絶」
 一日目(二十一日)は全体会で、歌と音楽、エクアドル、フィリピン、韓国からのゲストのスピーチ、十のテーマ(核兵器廃絶、若者の雇用、ジェンダー、農業と食べ物など)のリレートーク、会場からの自由発言によって構成される。終了後に有志の呼びかけによるデモも予定されている。
 二日目(二十二日)は、二十五のワークショップ(さまざまな団体が独自に企画するテーマ別の分科会)と十のフリースペース(食べ物やパンフレットの販売、展示など)、DVD上映など多彩なイベントが同時開催される。
 大阪社会フォーラムの獲得目標は、当然にも、参加する各団体によってさまざまである。準備の過程で、当初想定していなかった新しい要素が加わってくることもWSFの重要な特徴である。その中で、次の点が特に注目に値するだろう。
 第一に、テーマと参加団体の多様性である。もちろんヨーロッパや南米で開催されるフォーラムを比較すれば規模が一桁ないし二桁小さい。しかし、この枠組みは、経験を重ねるにつれてさらに広がっていく予感に満ちている。
 第二に、WSFと直接に連動していることである。エクアドルのゲストは、不正な債務の帳消し、化石燃料の採掘停止、外国軍基地の禁止など、南米における社会運動の発展の最前線について語ってくれるだろう。韓国のゲストを迎えたシンポジウムは、東アジアの平和、非核化に向けた東アジア規模での連携を強める重要な一歩となるだろう。このほか、フィリピン、タイ、アフリカ各国からも参加希望が寄せられ、インターネット中継も計画されている。
 第三に、日本における労働問題や貧困問題が積極的に取り上げられていることである。日本における国際連帯あるいは国際協力の運動の中では、日本社会におけるそのような問題を避ける傾向が強い。そのことはWSFを日本の中で定着させていく上で克服すべき重要な弱点である。とくに、若者の雇用をテーマとするワークショップが、ナショナルセンターの違いを超えて準備されていることは、これからの運動にとっての重要な経験となるだろう。
 東京・大阪につづいて、全国に社会フォーラムを広げよう。東アジア社会フォーラムの実現を目指そう。「おおさか社会フォーラム」の成功は、そのような展望を切り開くだろう (小林)


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