人びとは自分たちで委員会を作り、
瓦礫を片づけ仮設住宅を建てている |
一月十二日にハイチを襲った大地震は、新自由主義グローバリゼーションに伴う極限的な社会矛盾によって増幅され、空前の犠牲をもたらした。米国は、この災禍さえ利用して、ハイチへの支配を強化しようとしている。世界の社会運動団体は、ハイチのすべての対外債務(その大部分は独裁政権との癒着による不正なものである)の帳消しと、ハイチの人々自身による復興を支援することを要求している。以下は「ハイチ・アナリシス」のウェブに掲載されたピーター・ホールワード・ミドルセックス大学教授(近代ヨーロッパ哲学)の一月二十一日付の報告の抄訳である。(小林)
米国主導の救
援活動の特徴
一月十二日の大地震から九日が過ぎて、米国が主導する救援作戦の最初の段階の三つの特徴が明らかになっている。軍事戦略を優先し、ハイチのリーダーや政府を無視し、大多数の人々のニーズを無視していることである。この傾向は、それと対決する政治的行動がない限り、緊急の復興活動をも支配することになるだろう。
ハイチは世界で最も貧しい国の一つであるだけでなく、富や政治的権力の集中と格差・不平等がもっとも顕著な国の一つでもある。この数十年の間に貧困は一段と深刻になってきた。一九七〇年代以降、国際機関によって押しつけられた新自由主義的「構造調整」と緊縮政策を通じて、一八〇四年の独立以来のどの政権もできなかったことが実現された。「経済発展」を軌道に乗せるために、多くの小農を土地から追い出し、人口が密集する都市のスラムへ追いやったのである。こうして生まれた「国内難民」のごく一部だけが都市での仕事に就くことができたが、賃金は一日二ドルから三ドルの間である。
ごく少数のエリートは排除、搾取、暴力によって特権的な地位を築いてきた。しかし、一九八〇年代以降、民衆の大衆的で果敢な闘いが高揚し、一九九〇年十二月の大統領選挙で「解放の神学」の司祭アリスティドが圧勝した(就任は91年2月)。アリスティド大統領の下で民衆の政治参加が始まったが、危機感を持った軍が九一年九月にクーデターを起こし、その後の三年間にアリスティドの支持者約四千人が殺害された。アリスティドは九四年一〇月に米国の承認の下で大統領に復帰し(96年2月まで)、その後二〇〇〇年の選挙で再び大統領に選出され、彼の「ラヴァラの家族」党は九〇%以上の議席を獲得した。
一九九〇年以降にハイチで起こってきたことは、大衆参加の民主主義と軍との対立が徐々に明確になる過程として理解する必要がある。二〇〇〇年の選挙で「ラヴァラの家族」が圧勝したことは、真の政治的変革の可能性を提起した。ハイチの支配階級は、これを防止するために、政治的問題を「安定」と「安全」、特に財産と投資の安全の観点から再定義した。アリスティドの再選の直後から、政権を不安定化させ、破綻させるための系統的な国際的動きが組織され、反乱と再度のクーデターを準備した。〇四年には数千人の米軍が再びハイチを侵略した(米軍は1915年にも侵略している)。「安定と安全を回復するため」という名目によってである。その後、国連「安定化派遣団」(MINUSTAH)の九千人の兵士が派遣され、抵抗闘争を抑圧してきた。〇六年末までに、アリスティドの支持者数千人が殺害された。
〇九年に、ハイチ政府は残されていた国有資産を私有化することに同意し、最低賃金を一日五ドルに引き上げるという要求を拒否し、「ラヴァラの家族」党が次の国会選挙に参加することを禁止した。
安定を維持するという点で、現在の国連軍は以前のハイチ軍と比べれば大きな改善であるが、ひとたび安定が脅かされたとき、米軍の力には太刀打ちできない。
救援物資搬入を
妨害する米空軍
一月十二日の大地震の直後には、巨大な兵站能力を持つ米軍が救援活動を実質的に支配することを支持する議論に反論することは困難だったかも知れない。イラクとアフガニスタンでの悪い評判にうんざりしていた米軍の司令官たちにとっては、面目一新の絶好の機会だったかも知れない。ハイチ政府はいかなる支援も感謝するように言いくるめられていた。しかし、それは米国の司令官たちが、地震の翌日に、救援物資の被災地域への搬入を妨害しはじめるまでのことだった。
米空軍は、一月十三日にハイチの制空権を確保するや否や、人道援助のための航空機よりも軍用機を優先させる措置をとった。現地からの報道によると、住民たちは驚くほどの忍耐と互いの連帯を示していたが、米軍の司令官たちは住民の騒乱と治安悪化を最大の関心事とした。彼らの関心は、米空軍特別部隊のタイ・フォスター広報官が言うように、「ソマリアの再現」、つまり米軍が「人道支援」活動における軍事的主導権を失う危険を避けることだった。
米空軍は十分な数の兵士と装備を運ぶのを優先して、緊急の救援物資を積んだ民間機を次々とポルトープランスから追い払った。「ニューヨークタイムズ」によると、一月十四日と十五日には世界食糧計画の救援物資を乗せた便が、進路変更を命じられた。週末まで、そのような状態が続いた。国境なき医師団の医薬品も五回以上にわたって着陸を拒否され、ドミニカのサマナへ着陸することを余儀なくされた。そのため、到着がさらに二十四時間遅れた。この時点では国境なき医師団のあるグループは、「負傷者の生命に関わる切断手術のために、市場へのこぎりを買いに行かなければならない」ような状態だったにもかかわらずである。
米軍の司令官たちが一万五千人の海兵隊によって治安を回復しようとしていたとき、ポルトープランスの一部の地区では住民たちの食糧や水が底をつき始めていた。一月二十日にインターネット上で伝えられた情報によると、最大規模の緊急避難所で生活している人々が「救援物資が届かない。全部アメリカ大使館が町の反対側へ運んでいる」と訴えている。テレスールやBBCによると、ポルトープランス郊外の震源地に近い郊外地区では、市内と同程度の被害が出ているにもかかわらず、食糧も医薬品も全く届いていない。政府の職員や外国の援助団体から一人もやってこない。
一週間後にようやく、厳重警備の空港から市内一四カ所に設けられた重警備の救援物資配給所へ、緊急用の食料が徐々に運搬されるようになった。この段階で、ポルトープランスの多くの住民は、救援物資の配給をあきらめて、故郷の村へ帰りはじめていた。
一月十七日の「アルジャジーラ」によると、「ハイチの大部分の人々は、人道援助をほとんど目にしていない。目にするのは銃や戦車ばかりだ。……厳重警備の空港周辺は、救援物資の配給センターというよりは、バグダッドのグリーンゾーンだ」。一月十八日には、フランス政府やベネズエラ政府が米国による「実質的占領」を非難した。
「略奪・暴行の横
行」は本当か?
世界の多くの国で、ハイチでの地震発生から十二時間以内に、捜索・救援チームがハイチに向かう準備をしていた。しかし、遅れることなく入国できたのはごく一部だった。その多くは、まだハイチ人職員が空港を管理している間に着陸できたベネズエラ、アイスランド、中国のチームだった。その後に到着したチームは、着陸を妨害された。一月十八日付の「ワシントンポスト」によると、捜索・救援チームは、国連軍の本部や国際的な支援団体が使っていた建物や、大きなホテルに重点的に配備された。国連軍や米軍の司令官たちは、自分たちの身の安全を確認できるまで、被災地域に立ち入るのをためらった。
病院でも医薬品が届かないため、犠牲者がさらに増えた。医療チームも「より安全な」病院へ配置され、そうでない地区の病院は見捨てられた。
「安全地域」の外で時々起きる略奪にかこつけて、ある「治安問題専門家」はBBCのインタビューに答えて「ハイチでこの数年間行われてきた治安改善が振り出しに戻ってしまうかもしれない。総勢三千人の犯罪集団が現在の危機を最大限に利用しようとしている」と語っている。また、一月十八日にBBC記者は「今や略奪が唯一の産業になっている。なんでも武器になる。すべてが互いに抗争する暴力団の支配下にある。無政府状態を避けるためには、全面的な軍事占領が必要だ」と語っている。
しかし、シネ・インスティテュート(映画を通じてハイチの若者に教育の機会を提供している団体)の所長のデービッド・ベル氏は、過剰な略奪報道に対して次のように反論している。「そのような報道は事実とかけ離れている。私はここに到着した日から毎日、市内をくまなく回っているが、略奪や暴力行為を見かけたことは一度もない。二百万人が暮らす無力な市が、援助、医薬品、食糧、水を待っている。ほとんどの人は何ももらっていない。ハイチは生き残った人たちを誇りとすることができるだろう。この悲劇にもかかわらず、尊厳と節度を守っていることだけでも、驚くべきことだ」。
もちろん、ごく少数の金持ちにとっては、どれだけ武器があっても安心はできない。しかし、一般の人々にとっては安全は問題ではないと、「ハイチ・リベルテ」のキム・アイブス氏は言う。「人々は自分たちで委員会を作って、瓦礫を片づけたり、遺体を運び出したり、避難用のキャンプを建てている。ハイチの人々は長年にわたって、自分たちだけでやっていく経験を重ねてきた。しかし……軍のやり方は、カトリーナ(ハリケーン)のときのニューオーリンズと全く同じだ」。
米国空軍は地震発生直後に、ラジオ設備を搭載した飛行機を飛ばして、ワシントン駐在のハイチ大使のメッセージを全国に伝えた。それは「あわてて国外へ脱出してはいけない。アメリカに行けば何とかなると思ったら間違いだ。海上でつかまって、送還されるだろう」という内容である。米国は緊急の手術が必要な重症患者にすらビザ発給を拒否している。一月十九日現在で、米国国務省は例外的な措置として二十三人にだけ入国を認めた。
外国の治安部隊がさらに数千人、ハイチに向かっている。今後数カ月の間にハイチのわずかに残された主権さえも奪い尽くそうする外国の復興コンサルタントや民営化コンサルタントを保護するためにである。
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