かけはし重要記事

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                          かけはし2002.9.30号より

日銀が銀行保有株購入を決定ついにここまできた金融危機


 九月十八日、日銀は政策委員会を開き、株価下落にともなう金融危機がとめどなく深刻化することを回避するため、銀行が保有する株を直接買い取ることを決定した。日銀資金という公的資金を投入し、中央銀行の財務の健全性を損なうことによって「円」という通貨の国際的信任を低下させる危険まで犯して、株式市場の買い支えを行なうというのである。
 中央銀行が株式市場を操作しようというこの世界にも例のない政策は、金融危機の爆発を回避するどころか、株安、債券安(金利急騰)、円安のトリプル安を招き、逆に危機の爆発を招き寄せる可能性がある。まさにそれは、出口のない危機に直面した資本家政府の絶望的な政策的行き詰まりを表現しているのである。

 九月に入って世界同時株安が進行し、日経平均株価は一時八〇〇〇円台にまで低落して二十年前の水準に落ち込んだ。大手銀行が抱える株の含み損は四兆円を超え、「万一、八〇〇〇円台前半になれば決算ができない」という悲鳴が上がっていた。
 しかもBIS(国際決算銀行)の新基準に合わせるため、銀行は二〇〇四年九月末までに保有株式を資本金や剰余金などの「中核的な自己資本」の総額以下に減らすことを義務づけられている。大企業との「持ち合い」を中心にした銀行の保有株大量放出による売り圧力は、株価の一層の低落をもたらす。
 今年三月末の大手十二行(現在は十一行)の保有株式は二十五・六兆円で、「中核的な自己資本」は十七・三兆円。したがって超過分八・三兆円を売却しなければならない。しかし、破綻寸前の熊谷組など大手ゼネコンやダイエーなど大手流通の株の買い手はなく、売ろうとすればするほど株価は低落し、含み損はふくれ上がり、銀行の株価もさらに低下する悪循環となって、大手破綻寸前企業が破綻してそれが大手銀行の破綻に連動し、九七年を上回る金融危機が爆発するという最悪のシナリオが現実化しようとしていた。
 この銀行の放出株の受け皿として今年一月、「銀行等保有株式取得機構」が作られ、株買い取り原資として四兆円の政府保障枠が準備され、二月から購入が始まっていた。しかし購入後に株がさらに値下がりして機構に損失が発生した場合の公的な負担をできる限り少なくするということで、銀行は売却時に時価の八%の拠出金を支払う必要があることになっていた。この負担のため、買い取りはほとんど進んでいなかった。
 これに対して今回の日銀による株購入では、銀行は拠出金を支払う必要がなく、損失が発生すれば日銀の資金で穴埋めすることになっており、銀行の負担は大幅に軽減される。しかも購入した株は、日銀によれば十年も市場に出さずに塩漬けにされる。まさに「究極の株価維持策(PKO)」という触れ込みである。しかしそれは、日銀や政府、財界の思惑とは異なって、金融危機を沈静化させるどころか、構造的にさらに悪化させかねない「劇薬」なのである。
 「危機感募り『禁じ手』、市場ゆがめる懸念、株下落なら国民負担増に」(毎日新聞9月19日)、「株安止まらず『禁じ手』、『効果一時的』の声も」(朝日新聞9月19日)。ほとんどのメディアが「禁じ手」という言葉を使って報じている。
 その通り、まさに「禁じ手」である。日銀法は原則として日銀に株の売買を認めておらず、これまで日銀は自民党からの「ETF(株価指数に連動する投資信託)を買って株価を支えてほしい」という要求に対して、「日銀法の規定があり、日銀の財務の健全性を損なって通貨価値の低下につながりかねないから、株の購入はできない」という態度をとってきたからである。速水総裁自身、この株買い取り策発表後の会見で「世界の中央銀行で民間の株を持っているところはない」と答えている。
 イギリスの経済紙「フィナンシャル・タイムズ」(9月19日)は「九月期末を前に株価を押し上げてバランスシートをてこ入れし、銀行が現実から目をそむける時間を稼ぐ政策」「銀行への簿外補助金も同然」と評した。米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(9月20日)は「自暴自棄以外の行為とみなすのは困難だ」とこれも極めて厳しい評価を加えている。
 所管大臣である塩川財務相は、「絶対的な協力をしたい。できるだけ広く大量購入してくれるのを望む」と大歓迎し、政府・金融庁や財界も「銀行の自己資本が低下するリスクを大幅に下げるだろう」とおしなべて歓迎の意向を表明した。
 日銀の銀行保有株買い上げ発表を受けて、低迷していた平均株価は一時三〇〇円以上も急騰したが、「効果は短期的」という見方通り、上げはわずか一日しか持たず、九月二十日には一八八円も急落した。そもそも、銀行が現在の株価水準で日銀に売っても、巨額の含み損が現実化するだけであり、損失に変わりはないのである。
 また、どの銀行から買うか、どの銘柄を買うかの判断も簡単ではない。特定の銀行だけから買えば、その銀行の危機の深さを印象づけることになり、むしろ破綻を促進しかねない。また株の購入対象となった企業も、銀行に最終的に見離されたと市場から判断されることになる。しかも破綻寸前の企業の株を大量購入することは、言うまでもなく日銀の財務状況を傷つけ、日銀の信頼性と「円」という通貨の信頼性低下をもたらすだろう。
 九月二十日に財務省が実施した十年満期国債の入札で、入札予定額に金融機関などの応募額が達しないという、価格競争入札制度が導入された八九年度以降初めての事態が発生した。
 すでにG7で群を抜いて最悪となった財政危機のなかで、日本の国債の格付けはアメリカの格付け会社によって日本が大量のODAを供与しているボツワナより下に引き下げられるという事態になっている。不況が深刻化し続けているため銀行は投資先がなく、国債を買い続けるしかなくなって国債価格が上昇し(金利は低下)、「国債バブル」「国債価格の高所恐怖症」といわれる状態が続いていた。
 九月二十日の国債応募額が入札予定額に満たない「未達」になったことによって、売り注文が殺到して債券価格が一気に値崩れし、金利も前日より〇・一二%高い一・三%に急騰した。今後「未達」が恒常化し、国債価格が暴落、長期金利が暴騰する可能性はだれも否定できない。もしそうなれば、「ウォールストリート・ジャーナル」の言うように、日銀の銀行株購入による「金融システム安定化策」が、「自暴自棄の行為」であることがはっきりしてしまうのである。
 「禁じ手」に踏み込んだ日銀は、すでにゼロ金利、毎月一兆円の国債購入、超超量的緩和と、世界の中央銀行に例のない「何でもあり」の状態になっている。株価がさらに低下すれば、政府与党が要求するETF(株価指数連動型投信)の購入に踏み切り、野放図な株買い上げに追い込まれる可能性がある。
 そうなれば、円の信認が低下して円安となり、海外への資金流出が急速に進行し始めるだろう。より一層深刻な景気後退のなかで税収がさらに減少し、政府公約の「国債発行枠三十兆円」が維持できなくなり、さらに大量の国債発行に追い込まれれば、「未達」が恒常化し、国債価格は暴落し、金利は暴騰するだろう。
 国債価格が暴落すれば、大量の国債を抱え込んだ銀行に巨額の含み損が発生する。それは金融危機の爆発に結びつかざるをえない。金利の暴騰は景気後退に拍車をかけ、債務に押しつぶされそうになりながら超低金利で辛うじて息をついている破綻寸前企業への「最後のワラの一本」になるだろう。
 すでに四兆円を超えた保有株の含み損の圧力のなかで、各行は自己資本比率を高めるために猛烈な資産の圧縮、すなわち貸し出しの圧縮を行っている。大手十二行は昨年三十兆円もの貸し出し圧縮を行った。今年も二十兆円を圧縮する計画である。九六年に五百三十七兆円あった銀行の貸し出しは、今年六月には四百二十三兆円へと百十四兆円も圧縮されている。このすさまじい「貸しはがし」は、いうまでもなく企業の資金繰りの悪化による倒産と失業の激増をもたらしている。
 金融庁は八月二日、二〇〇二年三月期の民間金融機関の不良債権総額が前前期比九兆四千億円増加し五十二兆四千億円に達したと発表した。大手各行は不良債権の処理を進める原資を得るために、一斉に貸し出し金利の引き上げに動いている。強引な金利引き上げもまた、不況にあえぐ企業の倒産と失業に直結している。
 「禁じ手」に踏み込んだ日銀の意図は、「デフレ対策」として政府に不良債権処理政策を推し進めさせる後押しをするというものである。小泉政権が九月十九日に発表する予定だった不良債権処理策は、「大手銀行は百億円以上の破綻懸念先債権を来年三月までに最終処理する。処理額は十兆円以上」というものだった。
 「最終処理」とは、全額引き当て金を積んでバランスシートから債権を消すことである。当然にも新たな融資はできない。すなわち、最終処理された企業は倒産する。大手各行は百億円以上の破綻懸念先債権をそれぞれ数十ずつ抱えている。これらの大企業が、「最終処理」の断行によって次々に倒産していくことになる。傘下の中小企業や取引企業にも連鎖倒産の波は波及する。
 これが、日銀の銀行株購入による「金融安定化策」の意味である。すなわちそれは、もはや労働者人民に生活の向上も安定ももたらすことができなくなった現代資本主義の政策的袋小路を象徴するものである。
 ニューヨーク株式市場も八〇〇〇ドルの大台をあっさり割り込んで、9・11テロ後の最安値に迫っている。二〇〇〇年三月のピーク時と比べるとアメリカの株価は七兆七千億ドル(約八百兆円)も吹き飛んだ。ヨーロッパでもドイツのDAX指数が9・11テロ後の最安値を割り込み九七年十二月以来の水準に下落、下落幅は四〇%となった。イギリスのFT一〇〇指数も九六年十二月以来の最安値を更新した。
 資本家政府の政策で景気が回復し、労働者人民が失業や生活不安から解放されることはありえない。日銀や小泉政権がどのような整合性のある政策も打ち出し得なくなり、むしろ金融破綻と経済崩壊に結びつくような場当たり的で思いつき的な「自暴自棄の政策」しかとれなくなっていることが、なによりもそれを証明している。
 世界経済を支配する多国籍資本は、生き残りをかけて利潤率を回復させようとし、そのために労働者人民に「底辺への競争」を強制しようとしている。社会保障の切り捨てや労働条件の切り下げや失業に反対して、ヨーロッパやラテンアメリカの労働者は巨大なゼネストや何百万人もの街頭デモで闘い、資本の攻撃を押し返している。
 そして第四インターナショナルは、このような闘いのなかから大衆的オルタナティブ勢力として反資本主義左翼を登場させるために奮闘している。団結したこのような大衆闘争を作り出すことだけが唯一の展望である。そのような闘いを作り出すために全力を上げなければならない。 (9月23日 高島義一)


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