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イギリス                      かけはし2009.12.14号

政府のタミール民族大虐殺と
それを支援し続けるイギリス

来年の総選挙で政権交代が必至
主要三党が労働者攻撃へ
アラン・ソーネット

 イギリスでは来年総選挙での政権交代が必至と見られている。経済危機、イラク・アフガニスタンのアメリカの戦争への率先協力、加えて議員スキャンダル。労働党はそのすべての責任を問われている。しかし他の二党に別の政策はない。政治総体が危機にあり、その間隙に極右が登場している。以下はその詳細を伝えている。(本紙編集部)


労働者に犠牲を押しつけ

 イギリスにおける今年の党大会シーズンは、一種異様な「不思議の国のアリス」的雰囲気に染まった。すべての主要三党は、選挙に勝利したとしてその時われわれのためにすることに関し、あるいは彼らの下に物事がいかに良好となるかについて、普通ではなかった。それは完全に逆を向いていた。そこにあったものは、われわれから取り上げるものであり、まさに、それがいかに苦痛に満ちたものとなるか、だった。
 以下の中心点に関し、三党間には完全な統一があった。すなわち、労働者階級が危機の代価を払うべきだ、ということだ。危機は銀行家によって引き起こされ、債務はおおかたが銀行家のせいだという明白な事実があるにもかかわらずだ。
 ニック・クレッグは語った、自由民主党(イギリスの第三党―訳者)に投票せよ、そうすればわれわれは、公共支出を厳しく削減するだろう、と。
 労働党も語った、われわれに投票せよ、そうすればわれわれは、負債返済のために四年間の緊縮政策を強いるだろう、ただし二〇一一年まで始めるつもりはないが、と。
 ジョージ・オズボーンも語った、保守党に投票せよ、そうすればわれわれは、われわれが官邸に入った瞬間から君たち(つまり労働者階級)への大々的猛攻を始めるだろう、と。オズボーンはさらに進んで、彼らが機会をつかんだならばすぐさま行う最初の七十億ポンドの支出削減についてはっきり説明した。それは、彼らが勝利した場合に必要となると語っている削減額千億ポンドの一部だ。われわれに投票せよ、そうすればわれわれは、賃金を凍結し、公共部門の労働者の職を削減し、年金支給をもっと先延ばしするだろう、彼はこう語ったのだ。君に仕事がないならばわれわれに投票せよ、そうすればわれわれは失業手当を削減するだろう―全部を停止するわけではないとしても―、と言うのだ。
 それはまるで、七面鳥がクリスマスへの賛成投票を頼まれているようなものだった。

労働組合の政治・組織的後退

 保守党大会においてこれは、インチキな「人間の顔をした保守主義」の数年間を経た後の、広範な右への移行の一部だった。党首キャメロンの演説は、サッチャーとレーガンの伝統に従った、規制と集団的解決に対する途切れることのない攻撃だった―危機を引き起こしたものが何よりも彼らによって擁護された市場の規制解体だったということ、それがまったく明瞭なその時に―。この演説は、「政府は解決ではない、むしろ問題の根源だ」というレーガンの呪文をオウム返しに繰り返した。
 これは、EU議会の中で彼らが選んだ右翼ポピュリストと反ユダヤ主義の同盟者にピッタリ適合する。彼らは、EU議会の中の主要な中道右翼は穏健すぎると判断したのだ。この種の刺激的な言明をそれほどに公然と行ったことには、また、労働者運動からの危機に対する反応に関する、支配階級がもつ高度の確信が反映されてもいる。そのような確信が正しいとされるかどうかは、時間だけが回答を与えるだろう。
 しかしながら真の問題は、大きすぎる政府の問題では決してない。むしろ、小さすぎる政府という問題なのだ―次々と登場した政府が一貫して遂行することを選んだ破綻した諸政策と並んで―。危機への取り組みを可能とするものは唯一政府であり、彼らが支配する諸資源だ。事実においてこれは極めてはっきりしている。
 危機に対して労働者階級に犠牲を払わせることに関してすべての党が統一しているとはいえ、労働党と保守党の間には今重要な違いがある。保守党の政策は、「新」労働党が創立されて以降で初めて、二党の間に思想的切れ目を入れた。労働党は、世界中ほとんどの政府が競い合っている経済の底上げのために、通貨と財政による刺激というネオケインズ的政策を採用した。他方で保守党は、アメリカの共和党右派と共に、すべてを市場の力に任せるとの論陣を張っている。
 もし今保守党が政権にあり、この政策を適用したとすれば、結果は金融システムの崩壊、より深い景気後退、そして現在の失業率の二ないし三倍の失業となっていただろう。
 労働党の政策が十分だったわけではない、むしろはるかに不十分だった。しかし彼らの失策は、経済刺激のために支出が多すぎたということではなく、十分支出することに失敗したことにある。その上彼らは、支出先にも失敗した。彼らに必要だったことは、再生可能エネルギーに向けて完全に経済を変革し、気候変動に取り組み、職を創出するための、全力を挙げた計画だった。しかしそれらこそ、彼らが一貫して抵抗してきた何ものかだった。
 正しくも彼らは多くの銀行を国有化したが、しかしそれらは実際的な必要から出たものであり、政治的信念に根があるわけではない。結果として、それらに金を注ぎ込みながらも彼らは、銀行に対する政府による最低限の権限行使すら拒絶した(民衆統制や労働者管理は言うまでもなく)。そして、それらを可能な限り迅速に私有部門に戻すつもりでいる。
 保守党と巨額かつ即時の支出削減という彼らの政策に関して注目すべきことは、それらが、世論調査上の大きなリードがそこなわれていない大会シーズンから現れ、そして、来年の総選挙ではずば抜けて最もありそうな勝者だと、今も見られていることだ。
 彼らは明らかに、彼らの真の意図を公表できると計算した。なぜならば、国会議員による経費スキャンダル(国会議員がさまざまな私的な費用を議員手当として支出させていたことが発覚、大問題になっている―訳者)の後では、一連のきわめて不人気な諸方策を約束する方が彼らを正直かつ真剣な党に見せ、彼らに票をもたらす、と思われるからだ。
 しかしそのような主張が熟考の対象となり得たということは、政治が惨状とも言い得るほどにどうでもいいことになったことの証明だ。しかもそれは、「新」労働党の下で起きたことだった。われわれはこの間ずっと、主要三党すべてが保守的な同じ政治的土俵を占めるように動くこととして、思想的分割線の取り去りを見てきた。その結果は、個人のキャラクターに支配される政治並びに二十四時間メディアを支配する右翼的な政治主張、それらの成長だった。
 これは、産業並びに政治両面における労働組合の後退によって、そして、危機の波及が家庭を打ちのめしているそのときに重要な要因として登場することに労働組合が失敗したことよって、一層ひどいものとなった。
 これらすべてが意味したことは次のことだった。つまり、危機に対する労働党の対応が保守党のそれよりもましだったにもかかわらず、保守党のずるがしこいメディア作戦、草の根メディアの偏見、さらに、彼らの事件を分からせる点でのブラウンと「新」労働党閣僚の驚くべき無能力によって、先の事実が目隠しされたということだ。結果として、新たな思想的分割線の浮上は、ほとんどの有権者には理解されないままにある。
 とは言え「新」労働党によるネオケインズ的諸方策の採用は、彼らが過去十五年の社会自由主義から撤退したということを意味してはいない。われわれが目撃したことは、実際上の必要から出た、新自由主義の党によるまた新自由主義政治家による、ケインズ的金融諸方策の適用だった。それは、左翼への移行を意味していない。

メディアに支持される保守党

 これこそ、生き返った保守党に対してブラウンがまったく応じることのできない理由だ。彼らは、いわば第一原則として、彼らの基盤に精気を与えると思われる急進的な政策すべてを除外している。職の防衛のための今よりはるかに高い水準の支出や富裕者に対するはるかに高い水準の課税、グリーンエネルギー革命、銀行家や富裕者に危機に対する支払いを行わせること、銀行経営者の巨額ボーナスの禁止、あるいは民主的な管理に基づき永久的な基礎に立つ破綻産業の国有化、このような政策によって、支持者の大きな部門は電気をかけられたように刺激を受けるはずだ。
 しかし事実は、大会以降に彼らが見つけ出した政策は唯一、競馬の掛け率表示器からダルトフォードの渡し場まで、より多くの公共資産の売り切り、ということだ。
 ブラウンの大会演説は、国政選挙に関する大きな改革を避けたものだった。しかしその改革は、それだけで大量の票を勝ち取ることにつながるかもしれないのだ。彼が見つけ出した最大限は、いわゆる「オルタナティブ国政投票システム」だったが、決定的なことにそれは、比例選出議会を生み出さず、破綻した二党制をそのまま残すだろう。
 しかしブラウンの最大の問題は危機だ。彼の政策の基礎は、選挙の時点までには経済は上昇に向かい、財政刺激は停止でき、金融への貸し金の取り戻しは始まっている、と根拠もなく決めてかかっていることにある。もしこのようなことが起きないならば、そしてすべての兆候はそのようなことがまったく起きそうにないということなのだが、彼の政策は振り出しに戻るしかない。
 キャメロンの利点は、メディアが何としても保守党を望んでいること、そしてその狙いの実現に情け容赦なくなって取りかかっていることにある。大衆紙のサンは保守党に乗り換えたことを明らかにしているが、彼らはここ何年も急速に親保守党になっていた。BBCも今や、保守党に対して益々より同調的になっている。
 しかし、「新」労働党は何を期待しているのだろうか。彼らの大きな間違いは、何をさておいてもメディアへの依存を、原則の一点としたことだ。選挙に勝つために必要なことは活動的な党員ではなくメディアの支持であり、メディアに基礎を置いたキャンペーンだ、彼らはこのように決めた。今彼らはその代価を支払いつつある。
 このことは、国会議員経費スキャンダルを通してはっきりした。そしてこのスキャンダルは、既に病に冒されていた政治システムに深刻な打撃を与えた。主要三党すべてで国会議員がこのスキャンダルと腐敗に関わっていたが、メディアは、労働党が最も大きな犠牲を払うことを確実にするように動いた。それは、彼らが政権党であったから、ではまったくない。そうではなくその理由は、メディアがそうする計画をもっていたからだ。
 このことは、レッグ報告をめぐる最近の展開の中で明白だった。そしてこの報告は、その最初の日から議会を背後から圧倒した。もちろん国会議員たちは、このスキャンダルからこうむったものすべてに値する。しかしこの論争に反映されているものは、議会の機能と政治システムにおける説明責任と民主主義という、もっとはるかに深い問題なのだ。主要な目標をクリーニング代や庭造り経費にする―さかのぼって上限を設けることで―、というトーマス・レッグ卿の決定はまったく理解不能だ。
 しかしそれは、ブラウンに脚光を当てるという点で、メディアにとっては利点となった。というのも、彼に関して話題に上った一つの問題が、クリーニング代と庭造り経費だったからだ。鴨猟の宿舎や堀、住宅転がし、インチキな抵当請求、さらに資本利得の脱税―はるかに深刻だがキャメロンやオズボーンに効果を及ぼす問題―は、レーダーから消えた。
 これらすべては、ただでさえ弱々しかった労働党大会の効果を一撃の下に消し去って余りあるものだった。
 ブラウンはなぜ彼のクリーニング代を特別勘定で請求しなければならなかったのか、それらを彼の通常の歳費から支払わなかったのはなぜか、もちろん正しくもこのように問うことはできる。しかし、クリーニング代請求を、公費で支払われたあるいはリフォームされた住宅から上がる利益に対する資本利得課税逃れと同じものと評価する考えは、ひどくおかしい。
 これらすべてが、信じがたいほどに不安定な選挙運動局面とほとんど何でも起こり得る選挙を生み出している。それは確かに、獲得されるはずの票が主要政党から大量に離れる、ある種開かれた総選挙を生み出している。これこそ、左翼の統一した挑戦がそれにふさわしい重要さを帯びる情勢だ。しかし、左翼が固まってこの機に臨んでなすべき事をなす、と楽観的になることは難しい。

極右政党の脅威と左派の課題

 左翼がこの空間を埋めなければ、BNP(英国国民党)やUKIP(英国独立党)という形態の下に極右勢力が存在している以上、上述の状況は危険な情勢だ。しかも彼らはこの空間を埋めるつもりでいる。
 ニック・グリフィンは党首討論でまずい振る舞いをしたのかも知れない。また、実際そうなのだが、ルンペンファシストのように見えたかも知れない。しかしそれは、彼の登場が結論的に極右を利さない、ということを意味するわけではない。彼はそれでも、人種主義の傷跡に信号を送り込むことができた。そして演壇の他の党は、そのような彼に何の応答もしなかった。実際にはむしろ彼らの唯一の回答は、外国からの移住者をいかに多く閉め出したかを、また、いかに多く送り帰したかを、自慢することだった。
 グリフィンの登場は、BNPに高い知名度と一定の社会的地位を与えた。それを基礎にこの党は建設可能となるのだ。近頃ハローとブリンガムにおける反イギリス防衛同盟行動で展開された戦術の線に沿って、行動的に反ファシズムの歩調を変える時だ。われわれは、国家を使った禁令ではなく反ファシズムの大衆動員を支持すべきであり、メディアに宣伝の場を一切もたせないことを支持すべきだ。われわれは、人種主義とファシズムに反対して街頭における決起を追求するすべての人びとと連帯して立ち上がらなければならない。
▼「ソーシャリスト・レジスタンス」紙十一月号からの転載
▼筆者は、第四インターナショナル(FI)執行ビューローメンバーであると共に、FIイギリス支部のソーシャリスト・レジスタンスで長期に指導部メンバーを務めている。彼はまた、レスペクト党では全国評議会メンバー。
(『インターナショナル・ビューポイント』09年11月号)


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