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韓国はいま、アフガン再派兵、だがそこは依然として修羅場 
                           
かけはし2009.11.30号

形を変えた軍=地方再建チーム
民間活動家・国連派遣団も撤収

 「朝日新聞」(11月18日付)によれば、韓国ユ・ミョンファン外交通商相は17日の記者会見で、アフガニスタン支援のために新たに派遣する「地域復興チーム」(PRT)の要員130〜150人と、警護のための韓国軍約400人について、中央部のパルワン州とバーミヤン州が有力候補地、派遣時期は「早くても4〜5カ月後」と発表した。以下はPRT活動の実態とその「役割」について分析したものである。(「かけはし」編集部)

「本命」は米軍活動再建チーム

 アフガニスタンに韓国軍を再派兵すると発表するとともに、政府は「民間主導の再建事業のためのもの」という点を強調した。「戦闘兵派兵」に関心をおいていることに対しても「地方再建チーム(PRT)の概念に習熟していないため」だと、また「軍は民間要員たちの安全な活動を保障するための警備兵力にすぎない」とわざわざ説明した。そうなのか?
 PRTは基本的に「軍」が主導する組織だ。ムン・テヨン外交通商部代弁人も10月30日の特別ブリーフィングで「わがPRTはNATOが運営している国際安保支援軍(ISAF)の一員」だという点を明らかにした。米国務省に属する国際開発処(USAID)の資料を見ると、2008年末現在、アフガンで運営されているPRTは米国が運営している11カ所を含め、全部で26カ所だ。USAIDは「各地域のPRTは通常60〜250人の軍兵力と再建作業を担う民間人力、国務省政務官僚などによって構成される」のであり「PRT兵力が戦闘作戦に加担しはしないが、民間人力の活動を『推進』するために強力な防御能力を備えている」と紹介した。「防御能力」とは厳然たる「戦闘能力」だ。
 米平和研究所(USIP)が05年10月に刊行した関連報告書を見ると、PRTの軍事的側面は、その起源からも求めることができる。「恒久的自由」作戦を主導した米軍は首都カブールからタリバンを追い出した後の02年初め、「連合軍活動の民事作戦タスクフォース」(CJCMOTF)を構成した。その下にアフガン各州の州都に派遣した「人道支援担当連絡将校組織」(CHLCs)を編成した。PRTの母体だ。
 その年の11月21日、最初のPRTが東部パティカ州のカズデルに作られた。当初の公式名称は民間と軍が共に参加するという意味の「合同再建チーム」(JRT)だったが、アフガン政府の要請によって「軍」の色彩をはずした「地方再建チーム」へと名前を変えた。翌年、中部のバーミヤンを皮切りにクンドゥジュ、マジャリシャリフ、カンダハル、ヘラートなどにもPRTが相次いで発足した。この地域はbタリバンの強勢地域bパシュトゥン、タジクなど主要種族の居住地域b米軍を支援した軍閥が強勢な各地域だった。

困難な軍と民間要員の区別

 いずれにしてもアフガンで人道支援活動をしてきた国際非政府機構(NGO)などは当初からPRTに対して批判的だった。やはりPRTをめぐる、「軍隊」のかわいい弟分ということの故だった。PRTが再建復旧に投入されれば、現場では軍と民間要員の区別があいまいになるとともに、人道支援の活動家たちの安全が脅かされるという恐れが高まった。
 軍が主導しているPRTは、いわゆる「民事作戦」の一環として再建作業を想定する。民事作戦の目標は「民心を獲得するもの」だ。軍閥や部族指導者などの宿願を聞き入れるほうが、可視的成果を出すのに有利だ。反面、人道支援団体は住民たちが実際に必要とすることや要求に敏感にならざるをえない。仲良くやっていくにはしんどい構造なのだ。
 早くからPRTの設立目的についての疑問が引きも切らなかったのも、このためだ。アフガンで活動している民間団体と国連、アフガン政府と支援国間の政策調整機構である「アフガン救護調整局」(ACBAR)のバロラ・ステイフルトン政策幹事が03年5月に書いた報告書を見ると、当時の雰囲気を読み取ることができる。最初にPRTが編成された頃の02年末、米国の関心は既にイラクに移っていた。PRTは、イラクに政策の重心が移動することに伴ったアフガン政府の不満をなだめるための「面目立て」とのうわさが出回ったのも、このためだ。
 このころ、米軍やNATO軍の指導部はアフガンで「第4段階(安定化および再建)作戦」に突入する態勢だった。タリバンの追放と共にアフガンは事実上「平定」したと判断したからだ。「テロとの戦争」に集中していた財源を再建支援の側に移動させるという意志を明らかにしたのも、このためだ。
 「地方再建」を通じて中央政府の影響力を拡大し、これを通じて再び治安を強化できるだろうという発想だった。けれども専門家たちの指摘は正反対だった。PRT活動の成功によって治安が強化されるのではなく、安全な治安の維持がPRTの成功の前提条件だというのだ。「ニワトリ」が先か、「タマゴ」が先かは、それ以降の歴史が物語っている。
 PRTの発足初期に、アフガンの治安の不安要素として大きく4つほどが論じられた。第1に、強力な中央政府の不在の中で各種の犯罪や部族・種族間の葛藤が火をふいた。第2に、相違なる利害関係を持った政治勢力間のあつれきも甚だしいものがあった。援助金やアヘンの収益など、利権にかかわる争いが絶えなかった。第3に、勢力は弱かったもののタリバンやアルカイダなど「イデオロギー」に基づいた武装勢力のばっこも問題だった。第4に、このすべての状況に、火に油を注いでいるアヘン生産用のケシの栽培が増えていた。最初のPRT発足以後、7年余りが流れた今、状況はどのように変わったのだろうか?

全世界のアヘン生産量の92%

 国連麻薬犯罪局(UNODC)は10月21日、「中毒、犯罪、そして抵抗勢力―アフガン・アヘンの世界的脅威」という題名の報告書を発表した。152ページほどの分量の報告書の内容は極めて衝撃的だ。UNODCは報告書で「アフガンはヘロインの原料となるアヘン生産を事実上、独占している」「全世界のアヘン生産量の92%の原産地がアフガン」だと伝えた。アフガンで毎年、生産された約900トンと、これを通じて作られた375トンのヘロインは全世界1500万中毒者に供給される。「650億ドル規模の市場」だ。これによって世界的に1年に10万人が命を失っているという。
 アフガンで生産されるアヘンの主要「輸出のルート」は断然、パキスタン国境だ。全生産量の40%以上がここを通じて「消費者」と出会うこととなる。そこでアヘンは現金や武器に変身する。アントニオ・マリア・コスタUNODC事務総長は報告書で「アフガン・パキスタン国境は麻薬や武器など、あらゆる不法が幅を利かせている世界最大規模の自由貿易地帯(FTA)となった」と皮肉っている。
 1990年代中盤、軍閥を退けてカブールに入城したタリバンはアヘン用のケシ栽培農家に直接税金を課すやり方で栽培面積を統制した。当時、タリバンはこれを通じて「1年に7500万ドルから1億ドルほどを手にした」というのがUNODCの分析だ。タリバンの指導者モルラ・オマルは2000年夏、はなからケシの栽培を禁止する勅令を出すことまでした。
 けれども権座から追われたタリバンは突然、態度を変えた。「軍資金」準備のためにアヘンの生産に積極的に乗り出したのだ。UNODCは報告書で「去る05〜08年、タリバンがアヘンの生産と流通を通じて手にした資金は少なくとも4億5千万ドルから、多く見積もって6億ドルに達するだろう」と推定した。
タリバンの「変身」に便乗して浮かれたのはアフガン軍閥と公務員たちだった。これらの人々もまたアヘンの生産や流通によって「結構あがり」を手にしていたのだ。中南米の麻薬生産・流通の拠点であるコロンビア国境で物流の35%が摘発されるのに反して、アフガンでの摘発率はわずか2%にとどまっているのも、このためだ。
 再建事業進展の目安として、よく「道路」が挙げられる。物資や人力の移動が円滑になってこそ再建復旧の事業も弾みがつくからだ。国際安保開発委員会(ICOS、旧センリス委員会)が今年初めに出した報告書を見ると、アフガンの首都カブールに通じる道は東西南北に全部で4つだ。西側の関門はアルダークとカンダハルに延びている。けれどもカブールから車で30分の距離にあるワルダーク州の入り口から「危険地域」だ。それ以上、進んだら身の安全は危機にさらされる。

「再建復旧体系の全般が崩壊」

 ロガル州に連結する南側の道も旅行者の安全を保障することはできない。外国人だけではなくアフガン住民も通行が自由にはできない。東側のジャララバードに向かう要所も同様だ。カブールから車で1時間ほどのサロビ交差路から「危険」は始まる。北側に行く道は2つに分かれる。パンジュシル渓谷やマジャルに向かう要所は、比較的に安全だとの評価を受けている唯一の通路だ。反面、バグラム空軍基地に向かう要所は米軍の輸送・補給路として活用されるものだから頻繁な攻勢によって相当に痛んでいる。カブールは、いわば「架け橋」が1つだけの「内陸の島」となった。
 このような状況でPRTが主導する再建復旧事業がキチンとできるわけがない。01年10月の侵攻以来、米国がアフガンの民間部門に投入した資金は少なくとも130億ドルに達する。けれどもこれを管理・監督すべきアフガン財政部は米国を含む国際援助金の総額がどれぐらいになるのかさえ把握できていない。〈ニューヨーク・タイムス〉は10月12日付で行政府高位当局者たちの発言を借りて「アフガンで米国が推進してきた民間部門の戦略目標は事実上、何ひとつ実現されたものがない」と伝えた。
 「現在、アフガンに派遣された民間要員の絶対多数は首都カブールにとどまっている。大方は宿舎の外への出入りもできていないのが実情だ」。中央情報部(CIA)出身でスタンリー・メクリスタル・アフガン駐屯米軍司令官の諮問委員として活動しているヘンリー・クランプトンは新聞とのインタビューで、「再建復旧体系全般が崩壊していて、ごく少量の救護品だけがアフガン住民に伝達されている」と語った。
 アフガンで活動している国際救護団体に身辺の安全とかかわる情報を提供している「アフガン非政府機構安全局」(ANSO)が10月初めに刊行した最新の報告書を見ると、第3四半期(7〜9月)だけで人道支援の活動家を狙った攻撃が合計で42回もあった。この過程で活動家8人が命を失い、6人が負傷した。死亡者はすべて現地人の活動家だった。「外国人活動家らは『危険地域』に出入りするケースがほとんどないから」だ。今年になって9月末までに人道支援の活動家を狙った攻撃は114回行われ、全部で18人の命が失われた。

活動家と国連職員23人が死亡

 「撤収ではない。しばし退避するだけだ」。11月5日、国連アフガン支援派遣団(UNAMA)が短い声明を出した。全体で1100人余の職員のうち半数を超える600人余をアフガンの外に「再配置」するというのだ。
 10月28日未明、カブール中心街の国連宿舎がタリバンの攻撃を受け、国連職員5人を含む9人が亡くなったのに伴った対応措置だ。〈ガーディアン〉は現地の国連関係者の発言を引用し、「似たような事件が、あと1回でも起きれば全面撤収せざるをえない」と伝えた。国連が撤収すれば、人道支援の諸団体も荷物をまとめるというのがこれまでの一般的な例だ。その阿鼻叫喚の地にわれわれは吸い込まれている。(「ハンギョレ21」第785号、09年11月16日付、チョン・インファン記者)

【訂正】前号(11月23日号)4面右写真説明「エネルギーの全面転換を」を「エネルギー政策の全面転換を」に、同左下パンフレット広告「再生可能なエネルギーの」を「再生可能なエネルギーへの」に、6面パキスタン記事5段中見出しと記事の「マドラス」を、「マドラサ」に訂正します。


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