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鳩山政権・政策検証シリーズ(5) 農業政策      かけはし2009.11.30号

先行き不明の戸別所得補償制度

FTA推進路線と表裏一体

政権公約の中
心ではあるが

 民主党は総選挙で「子ども手当」「高速道路の無料化」と並ぶ政権公約の中心的政策として「戸別所得補償」を打ち出した。マニフェストの農業項目の具体策の四点のすべてが戸別所得補償制度についての言及である。そしてその財政規模を「一・四兆円程度」と算出している。
 『民主党が約束する99の政策で日本はどう変るか?』(ダイヤモンド社)には「農業者戸別所得補償制度とは、コメ、麦、大豆、畜産物などの主要産品を生産する農家に対して、販売価格が生産コストを下回るとき、その差額を政府が補償する制度のこと。民主党は農家への直接的な経済支援によって収益率の低い農業経営を安定させる……セーフティネットの意味合いが強い」と書かれている。
 民主党の「戸別所得補償制度」の公約は今回が始めてではなく、〇七年の参議院議員選挙の際にすでに打ち出され、これによって旧来自民党の政治基盤であった農村票を取り込み地方の一人区で大勝し、参議院の第一党になった。その意味でこの民主党の公約は、自公政権から離反し始めた農村部に切り込む決定的に有効な武器となった。「コメがたとえ一俵五千円となってしまったとしても、中国からどんなに安い野菜や果物が入ってきても、すべての販売農家の所得は補償され農業が続けられます。……市場価格五千円プラス補償額一万円で合計収入は一万五千円になる」という宣伝チラシを〇七年の参議院選の時に民主党は農村部に大量に配布している。
 だが〇七年十月、参議院に民主党が戸別所得補償法案を提出した際、提出責任者の平野達男議員は「コメの赤字全額補てんは難しい」「コメに関する……平均的な農家の生産費と販売価格の差額の五割とか六割といった一定割合について補てんする、一種の固定払いになるのではないか」と発言し、その前提になるのは「需給調整」という言葉を使い「生産調整継続」が必要であると明言し、当初の主張を修正している。
 しかしその後、民主党は生産調整=減反」など具体的な点に一切踏み込むことなく総選挙以前は「コメ以外」の農産物をモデルに「十二年度実施」といい、七月のマニフェストの公表段階では「十一年度実施」とぶち上げた。そして突然「来年の参議院選」を意識してか、十月十三日に農水省政務三役の名で「コメを対象として十年度から全国一律で実施する」旨を発表した。半年もたたないうちに実質二年間も前倒し、最も対象者が多い「コメ」から始めると宣言したのである。

小規模農業に
とっては朗報

 民主党政権が押し進めようとする戸別所得補償制度は、「主食用米の計画数量を達成した農家や生産団体に交付金」という点では自公政権の生産調整政策と似ているが、決定的に違っているのは「経営規模」で区別しないという点である。その意味で日本の農業を支えてきた小規模農家が農業を継続できるシステムをめざすという点はきわめて重要な政策である。だが一見公正と思える「全国一律実施」は、生産コストも全国平均でなされ、転作条件の違い等々がどのように評価されるかも明らかになっていない。
 当初農水省は来年度の戸別所得補償制度の予算を「小規模なモデル事業」としていたために一千億〜二千億円とみていた。しかし「コメ・全国一律」となると七千億〜八千億円の予算が必要となる(「事業仕分け」の段階でコメ農家180万戸、5千618億円が必要とし農水省が予算要求)。この財源を確保するため前半の「事業仕分け」では対象にされた農水関係九十七事業のうち半数以上が廃止・縮小の方向が打ち出されている。このため「コメ以外」のとりわけ、畜産や畑作が大きなウエイトを占める北海道などの農家からは批判が噴出し始めている。
 十月末に公表された朝日新聞と東北大の合同調査によると「戸別所得補償制度に期待する。やや期待する」が五八%を占めているのに、「制度についてよく分からない」が九〇%に達している。農家の「期待と不安」、これが見事に現れている。
 この農家の「不安」に依拠する形で「選挙用のバラマキ」という批判が各方面からいろいろと飛び出し始めている。前農水相であった自民党の石破茂は約四十年にわたり七兆円も注ぎ込んで解決できなかった生産調整=減反政策を総括することなく、「生産調整を強化しないと……第二種兼業農家の人たちは何の痛痒も感じないけれど、大規模に農業をやっている人たちがいちばん打撃を受ける」と繰り返し、大規模経営を追求する農業法人「アグリ山崎」の山崎正志も「制度論の前に政策の軸足の問題だ。自民党と同じく票を目当てに……カネをばらまく手法では日本農業は再生しない。……同じ基準で支援するのはおかしい」と発言している。農業ジャーナリストの浅川芳裕も「第二種兼業農家を疑似農家」と規定し、「農業で食べているわけでもない疑似農家に一兆円の税金の大半を配分する」のは問題であると叫んでいる。
 この背景にあるのは、全国一律で実施されていくといずれ「政府の示す生産目標に従う農家と自己責任で自由にコメを作付けして利益追求する農家」に分かれ、事実上「減反選択制」へ移行する。その時「減反」していない農家に戸別所得補償制度は適用されないし、大規模経営であろうとかつてのように税制上の優遇も交付金もない。これを「バラマキ」の根拠を置いて発言していることは明白である。

農家と農協との
関係をどうする

 だがこの大規模農業経営者たちとそれを推進してきた自民党や農協関係者の発言は二つの点で矛盾を持っている。第一は、彼らは自公政権のもとで「大規模」ということによって多くの点で税制的に優遇されたということであり、第二は「小規模・零細農家」が強制された減反・生産調整の結果のうえに成立した「米価の安定」を基礎にして収入・利益を増やしてきたという事実である。
 加えてこれらの発言は戦後日本の農業が歩いてきた歴史を完全に無視している。「農地解放」を起点とする戦後の農業は、「自作農」を中心とする小規模農業経営に支えられてきた。それが高度経済成長などの産業構造の変化によって兼業農家を拡大させたことは明らかである。しかし兼業農家を第一種から第二種へ拡大させ、農業従事者の高齢化を招き、大量の離農者を招いた主要な要因は八〇年代に全面的に始まる農産物の自由化である。「安価な輸入農産物に押されて、競争力のない国内農産物の価格は低落」がこの構造をつくりあげたのである。そしてこれに拍車をかけたのが「生産調整=減反」政策や「宅地並み課税」などであった。この過程を通して政府―農水族―地方までに及ぶ農水官僚機構―農協という自公政権を支える巨大な「集票マシン」が完成したのである。
 戸別所得補償制度が一時的な選挙対策用の「バラマキ」に終わらず、自公農政の「大規模農家の育成―小規模農家の縮小・解体」路線を転換させていくものにするためには、第一に「直接農家に届ける」体制と組織をどうするのかである。農水省のいう百八十万戸分の生産量│生産コスト│販売量│販売高を計算する実務だけで大変である。赤松農水相は十月一日の記者会見で「今までは途中の機関や、そういうところ(補助金や交付金)を出していたけれども……」と発言しているが、これは明らかに「農協はずし」である。しかし自治体も含めて「制度」を支える体制と組織がない以上、営農の中心であった「農家と農協」の関係をどう考えていくのかを明確にしていくことが重要である。問われているのは民主党による第二農協建設ではない。
 第二は「直接支払いによる農業保護政策」をどのように位置づけていくかという点である。民主党は「バラマキ批判」に対して次のような見解を持っていると『民主党が約束する99の政策』は、「すでにEU諸国やアメリカで広く実施されている。フランスでは農家収入の八割、アメリカでは三割が政府からの補助金だという。どちらも自給率が一二〇%を超える農業大国だ。……生産者への手厚い支援を行うことは欧米では常識なのである」と書いている。『民主党が約束する99の政策』。
 だが「小規模農家の農業の継続」という積極性はもちろん認めるにしろ、多くの専門家が指摘するようにEUの補償制度は「ベースが黒字経営=自力で最低限の利益を生み出す力のある農家に対しての底支え」であり、農家数を減らさないための一貫した制度として維持されてきたのである。根幹にあるのは「再生産が可能な収入」、つまり農家が後継者を育成できるという点に力点が置かれている。さらにフランスやスイスの酪農家の場合でその制度をみると補償金の配給は、景観、頭数、土地の広さ、環境等々の項目に詳細に分類されている。「赤字を埋める」からさらに一歩前に踏み出す制度こそ求められている。

FTA締結へ
の批判の広がり

 先に述べたように日本の農業を衰退させた最大の要因は「農産物の自由化」である。農業問題と密接不可分なこの重要課題が七月二十七日に公表されたマニフェストの「緊密で対等な日米関係を築く」という外交項目の中に「米国との間で自由貿易協定(FTA)を締結し、貿易、投資の自由化を進める」と書かれている。しかしこれが発表されると社民党や共産党などの政党や農民連、そして民主党内からも批判が吹き出し、八月七日には「締結」を「FTA交渉を促進し」に修正され、菅直人副代表は「コメはFTAの対象から除外する」「その際、食の安全・安定供給、食料自給率の向上、国内農業・農村振興などを損なうことは行わない」と明言した。
 だがマニフェストの文言を修正しても民主党の基本戦略・政策が変わるわけではない。民主党の「本心」をうかがわせる二つの発言がある。かつて菅直人は「FTAを押し進めて貿易立国を維持していく上で避けて通れない大改革だ」と述べ、小沢幹事長も「米国と…韓国や中国とも…金融も何もかも全部自由化する。…日本の農水産品の総生産額は十二兆円…それを全部補償してもタカが知れている」と発言している。ここにあるのは自公政権が押し進めてきた新自由主義な政策を継続しようとする政治的立場であり、「生産費が市場の価格を下回っても、農家の所得不足分を補助すれば『貿易自由化』を押し進めても農家から不満は出ない」という戸別所得補償制度に込められたもう一つの要素であることがうかがれる。それは日本農業の「破産」を引き延ばすための対症療法を意識した発言ともいえる。
 専門家の多くが「『FTAの推進』と『自給率の向上(10年後に50%)』という政策は齟齬を来す公算が大きい」「対日貿易の二割弱を占める農産品・食料品のうち特にコメ・ウシなど高関税品目が対象から除外されると…(米国にとって)うまみはない」し、普天間問題もあり、これ以上米国との関係で対立点をつくりたくない。これが「日米FTA推進」をこっそり後景に退ぞれた根拠だと説明している。これを裏付けるように十一月十三日のオバマ鳩山の首脳会議では一切取り上げられなかった。
 また資本や財界が民主党の「FTA推進」の路線を支持するのは旧来同様に自動車・電気製品の輸出を拡大できるというだけではなく、関税が引き下げられる結果としてコメ、麦、大豆、トウモロコシなどを大量に輸入される。この「新商品」は一挙に数兆円にふくれ上がる。金融資本を頂点に表側がトヨタやパナソニックなどの大生産企業が輸出側の軸であるとすれば、もう一方の輸入側は三井、三菱、伊藤忠などの巨大な商社とそれにつながるスーパーなどの第三次産業の企業・資本に他ならない。民主党の戸別所得補償とFTAは裏表の関係であり、闘う労働者農民の力と圧力が弱くなれば後者のFTAが表面に現出するのである。

新自由主義と
どう闘うのか


 今や新自由主義的なグローバル化は貧困と格差を増大させ、地球上のすべての食料を投機の対象としている。この典型がバイオ燃料ブームの過熱化であり、その背後で進行しているのが飢餓的な状況の広がりである。一方では日本、中国、韓国などの東アジア諸国や中東などで食料輸入が増大し、他方では食料値段の高騰と絶対的不足によって飢餓人口がアフリカを中心に十億人を超している。一九九六年の食料サミット時には八億人と推定されていたのであるから約十年の間に飢餓に直面している人々が二億人以上も増えている。国連食糧農業機関は「(リーマン・ショックに始まる経済的危機)の2008年時に比べて食料値段は下落しているが、……貧しい国において食料危機を終らせることはなかった。さらに多くの人が飢餓と貧困に陥る可能性がある」と発表している。
 新自由主義の破綻は「金さえあればいくらでも食料が買えるという(傲慢な)時代」をつくり、終わらせただけではなく、食料をますます投機の対象であることを拡大し、世界中の食料を一握りの多国籍企業が握る構造をつくり出し始めている。そして「来たるべき世界食料危機の時代」に向けて多国籍企業はアフリカ、アジア、中南米の農地を大量に取得し、並行して水資源の取得も全般化させている。しかもこのことは「外国」の話ではなく、先に述べた日本の商社や企業・資本もこの一翼を形成している。キリンとサントリーの合併もこれに向けた準備であり対応策である。
 二〇〇八年〜九年に日本で表面化した「牛肉のBSE問題」「冷凍ギョウザ事件」、さらに農薬残留米、カビ毒汚染米問題」「ブタ・鳥ウイルス問題」は、たんなる食料偽装事件ではなく、新自由主義的グローバル化が押し進めた農産物自由化政策の副産物に他ならない。また、岡田外相や直島経産相は国会答弁の中で「日米FTAの推進」にとどまらず、オーストラリアとのFTAの早期締結をぶち上げている。このまま進行すれば戸別所得補償制度は自公政権時と全く変わらない農産物の貿易自由化推進のための補完物になってしまうことは明白である。
 民主党の農水委員会は以前から「農業には食料供給としての機能だけではなく、生態学の維持・水質の浄化、景観保護などの環境保全、地域社会の保全、食料安全保障の確保など多くの機能が含まれている」と主張するが、それは新自由主義との妥協なき闘いによってしか実現されない。戸別所得補償政治が新自由主義的政策推進の一部となるか、日本農業再生の出発点たりえるかは今後の闘いが決定するのである。(松原雄二)


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