B滑走路供用
強行に抗して
十月二十五日、成田バスツアーの会は、「三里塚 東峰・横堀・木の根 芋掘り&一坪共有地ツアーを行った。
会は、三里塚農民との連帯運動の一環として毎年十一月の東峰のワンパック収穫祭に参加してきたが、今回は十月二十二日の成田空港B滑走路供用強行という事態に対して現地調査を中心に取り組んだ。
午前九時に東京駅南口付近からバス出発。
車中で会を代表して中里英章さんはあいさつした。
「この間、バスツアーとともに『いま成田空港で何が起きているのか』プロジェクトを立ち上げ、『声明│成田空港B滑走路の延伸の中止を求めます』賛同運動を取り組んできた。多くの著名人が賛同してくれた。さらに十月十三日に国交省に申し入れを行い、前原国交相宛に声明を渡すように強く要請した。航空局首都圏空港課成田国際空港整備推進調整室の官僚が対応したが、『御理解願います』の繰り返しだった。東峰住民の頭上四十メートルにジャンボ機を飛ばし、轟音によって追い出そうとしている。人道上大問題だ。みんなの力でやめさせていこう」。
裁判闘争支援
を呼びかける
移動中、一坪共有者、毎回参加している人、初めて三里塚現地に行く人、9・20三里塚映画&トーク企画を通して参加した人など自己紹介をしながら交流を深める。
成田プロジェクトの高橋千代司さんは、「空港会社は、前原国交相の羽田国際化発言であわてふためいているが、10・22B滑走路供用強行とともに一坪共有地(木の根、横堀、東峰)強奪のために提訴した。さらに労活評団結小屋破壊のために工作物撤去、土地明け渡し訴訟を起こした。今日のツアーで一坪共有地の調査や東峰地区の轟音状況を体験し、空港会社の暴挙を批判していこう。裁判闘争を支援してほしい」と呼びかけた。
午前十時頃、B滑走路北端に到着。国道51号線をまたいだ巨大な鉄橋のような誘導灯施設が見える。空港会社は、B滑走路を二〇一〇年三月に供用すると言っていたが、アジア国際空港競争への圧倒的な遅れ、羽田国際化による格上げと成田空港の地位低下に追い込まれることが必至だっため、突貫工事によって供用を10・22に前倒しした。まさに人権・環境破壊に満ちた巨大空港建設を押し進めてきたことを象徴する物体がこの誘導灯だ。
ジャンボジェ
ット機の轟音
次に東峰地区の石井紀子さんが耕作する芋畑に移動。すでに田んぼくらぶの仲間たちが収穫作業の準備に入っていた。石井さんからのあいさつ、芋掘り作業のレクチャーを受けてから芋を掘り起こす。次々と大中小のベニアヅマを収穫。近所に配るんだということで十キロ近くも収穫する仲間もいた。
東峰地区に到着したとたんジャンボジェット機の大轟音に遭遇。わいわいガヤガヤのツアー御一行は、その瞬間、会話がストップ、身体は「凍結」してしまった。中型ジェット機の轟音をはるかに上回るすさまじい状態に驚きと怒りが沸きあがる。
東峰地区のガイドをしてくれた平野靖識さん(らっきょう工場)は、「空港会社は、ジャンボジェット機の離発着は、来年からなどといっていたが、すでにジャンボジェット機が飛んできて轟音を撒き散らしている。説明はまったくなしだ」と厳しく批判。
東峰墓地に眠る大木よねさんなどの墓参り後、東峰の樋ケ守男さんから東峰・共有地について説明が行われ、「空港会社は、ここで生活している仲間がいるにもかかわらず共有地強奪のため裁判を提訴した。隣人に対する生活の破壊だ。許せない」と抗議する。
加瀬勉さんの
お話を聞く
木の根ペンションで昼食後、加瀬勉さん(三里塚芝山連合空港反対同盟大地共有委員会(U))の「お話」が始まった。加瀬さんは、三里塚闘争の初期から強制代執行阻止や砦戦での大合戦などをスクリーンに映像を映し出すように熱く語り続けた。
また、「三里塚芋ツアーと共有地視察行動について」と題して「空港反対同盟の結成と農民意識」、「マンモス共有地運動」、「三里塚の一坪共有地運動」についての説明文書を配布し、「我々の一坪共有地を守る堅い意思と物質としての土地が固く結びついてこそ空港建設は阻止することができる。現実に阻止している」と強調した。
続いて横堀地区の山崎宏さん(労活評団結小屋)から空港会社の共有地、一坪共有地強奪裁判、団結小屋破壊裁判について報告し、今後の裁判闘争の方向性を提示した。
加瀬さんの土地の上にそびえ立つ横堀大鉄塔、力強く生き抜く案山子亭に移動。鉄塔から空港全景、横堀の共有地を視認する。あらためて空港完成を阻む重要拠点であることを確認した。案山子亭で加瀬さんのおみやげである取り立ての柿、落花生などを食べながら歓談した。
帰りの車中では、「三里塚に来てよかった。元気をもらえた」「現地調査によって共有地を守る闘いの具体的イメージが出てきた」などの感想を出し合い、今後も継続して交流していくことを誓い合った。 (Y)
5・3憲法集会実行委が院内集会
9条を守り、憲法改悪を許さない
憲法審査会を始動させるな
十月二十六日、臨時国会が始まり、鳩山首相が初の所信表明演説を行った。政権交代後の初の国会にあたり、2010年5・3憲法集会実行員会は午後三時半から衆院第二議員会館で「9条を守り、憲法改悪を許さない 憲法審査会を始動させるな」院内集会を開催した。
最初の発言は日本共産党の志位和夫委員長。志位さんは、「改憲が困難な時代に入った。今こそ憲法を外交政策に生かすことが大事だ」と強調し、その焦点が沖縄であると訴えた。
「鳩山首相は所信表明演説で普天間問題にふれず、ゲーツ米国防長官の脅しにもふれていない。沖縄の基地問題は九条問題と一体だ。沖縄県民の意思はすでに明白であり、県内移設を絶対に認めないことをはっきりさせよう。一九九六年以来の世論調査で基地受け入れ容認が多数になったことは一度もない。沖縄県民の意思に基づき断固たる対米交渉を」と語った。
社民党の重野安正幹事長は「憲法を蹂躙した政治の在り方と決別した。三党間の政権合意では、憲法については特に一項を設けて三原則の順守をうたった。政権交代を実感させるような取り組みにつとめる」と述べた。
続いて民主党の新人・皆吉稲生衆院議員(比例・九州)が発言。皆吉さんは「民主党新人議員百四十三人のうちでは九条については堅持すべしという意見がかなり多い」と紹介した。共産党の赤嶺政賢衆院議員は「普天間基地は一九四五年に米軍が上陸し、住民が難を逃れて去った直後に建設が始まった。住民が戻った時にはかつての家や畑はすべて基地に変わっていた。こうした憲法の平和的生存権に反する不条理を正そう」と強調した。共産党からは穀田恵二国対委員長、笠井亮衆院議員も発言した。
アフガニスタン
情勢を報告
続いて日本国際ボランティアセンター(JVC)の長谷部貴俊さんがアフガニスタン情勢について報告した。長谷部さんは「アフガニスタンの民衆の意識の中では、民間人被害の急速な増加のために米国とカルザイ政権に対する不信が大きく広がっている。今年二月に英国のBBCなどが行った調査では、米国の行動を『悪い』と見る人が七〇%に達した」と述べた。
「アフガニスタンの人口の三八%は十分な食料が得られない(09年10月の国連発表)。今日本がなすべきことは、アフガニスタン国内での平和的アプローチを中心とした日本への信頼の高さを活かす活動だ」「そのためには『対テロ』戦争への協力の見直しが必要であり、目的を失った給油活動を中止すべきだ。また軍事と一線を画した人道・復興支援が必要であり、自衛隊派遣だけではなく、PRT(地方復興チーム)の文民派遣も含めて反対だ」。
このように述べた長谷部さんは「武力で平和をつくれない」という原則をあらためて確認した。
憲法審査会始
動に警戒が必要
長谷部さんの報告の後、後から駆けつけた国会議員の発言が続いた。社民党の福島みずほ党首(少子化担当相)が「在日米軍基地を見直し、テロ特措法を延長しないことは政権の原則だ。憲法審査会を始動させないために闘う」と発言した。
犬塚直史民主党参院議員は「米国民主党の議員、韓国の国会議員を含めた核廃絶議連の会議で、米国の議員から『日本はよく六十年以上にわたって憲法を守ってくれた。世界的意義を持っている』と感謝された」ことを紹介し、「待ったなしに決断を迫られていることの中から九条を生かそう」と訴えた。しかしその発言はアフガニスタンについて「危険だから民生支援が入らない」「民生支援が入らないから危険だ」というジレンマのなかで、たんなる民生支援ではなく「九条の理念に基づく民生支援が必要」という微妙なものであった。
服部良一社民党衆院議員はアフガニスタンを訪れたことを紹介するとともに、「憲法審査会の始動問題は必ず出てくるだろう。警戒が必要だ」と注意を喚起した。
最後に、実行委員会を構成する団体から憲法会議、憲法を愛する女性ネット、女性の憲法年連絡会、平和を実現するキリスト者ネット、憲法を生かす会がアピールした。 (K)
沖縄在住の一被爆者から
広島市民、長崎市民の皆様への手紙
沖縄在住の一被爆者からの手紙が本紙に寄せられた。関係者の同意を得て掲
載する。オリンピックの広島・長崎招致をも厳しく批判している。(編集部)
――決して被爆者の代表ではありません。沖縄本島北部やんばるに住み、山川草木、かみさまたちとともに被爆の痛みを癒している、広島で被爆した、名前も捨て、年も忘れた一老人
一九四五年八月六日、広島市民のすべての人、八月九日、長崎市民のすべての人が被爆者にされてしまいました。
あれから六十四年。
広島市民、長崎市民であることが被爆者とは限らなくなりました。むしろ高齢化し、その数は少なくなり、やがていなくなる日がやってきます。その残された被爆者、いや、すべての被爆者は、あまりにも突然の人類史上極悪、非人道的な武器、原爆によって言葉さえでてこない断末魔のなかにとじ込められ、さいなまれながら、必死に生きてきたのです。心の傷だけではありません。残留放射能のため、いつ我が身かとおびやかされ続けているのです。被爆者の痛みは十人十色、一言で被爆者と言われるものではありません。本心はアメリカがにくくてしかたがなかったのです。あれさえなかったらとさいなまれるのです。
口に出して「アメリカのバカヤロー」といえれば、少しは気分も楽になったかもしれません。しかし、占領下ではそれすらできませんでした。意気地無しといわれたら、甘んじて受けるしかありません。
被爆者は核廃絶の前に心と体を癒してほしいのです。それが被爆者のいつわらざる本心です。
そのうえでの核廃絶運動です。
ヒロシマのこころは十人十色の被爆者の痛みが、すべての原点であり、出発点だということを忘れないでください。
被爆者ひとりひとりに幾重もまつわりついていている重い悲しい糸をときほぐそうともしないで、核廃絶運動だけが一人歩きしていると感じているのはボクだけでしょうか。
オリンピック招致の発想は、まさにその現れとしかいいようがありません。
またアメリカの長(大統領)を招きたいのなら、まず懺悔です。核の恐怖を世界にばらまき、被爆者をつくりだしたのですから。
それとともに、被爆者の医療と生活の保障、見舞金、さらにABCC時代の資料の開示を求めてください。
私たちは決して不寛容ではありません。むしろ、被爆者ゆえに、絶望のなかから生きる意味と希望をみいだしているのです、十人十色の創造があるのです。
ですから、心から平和と核廃絶をもっとも希求しているのです。
「広島市民、長崎市民の皆さまに申し上げます」
今度、原爆を開発し使用したアメリカの長が、ダイナマイトや無煙火薬を発明し、大富豪になったノーベルから平和賞をもらったそうです。それはそれで金持ちや権力をもった族が、大衆の目をくらます常套手段なので、驚くにあたいしません。消防士が放火して、率先して消火活動をした人がいましたが、それと同じです。
しかしです。その張本人を懺悔も補償も求めず、ただ招きたいという、広島、長崎市民の署名活動は、被爆者を蹂躙するものです。被爆者をこれ以上傷つけないでください。広島、長崎市民の善意の署名活動だけに被爆者は行場がないのです。
私たちは老い先短い高齢者です。
「広島市長・長崎市長に申し上げます」
ナショナリズムをいやがおうでもあおるとしかいいようがないオリンピックを共同開催しようという、被爆者を愚弄する企画を臆面もなく発表されたことについて、市長としての品格とともに資質を疑わざるをえません。アウシュヴィッツでやるでしょうか。ナチがベルリン大会を民族の祭典にして以後、オリンピックはスポーツ精神の名のもとに民族国家の誇示に利用され、今日では経済の餌食になりさがっています。
ナチは昔の話と思っている人もいるかもしれませんが、今回二〇一六年の招致合戦をみれば、ますます民族、国家の欲はふくらみ、その先には戦いがみえかくれしています。
競争は人格を磨き、自信を育てると一般に考えられています。しかし、ほとんどの、ごく一部の人を除いて劣等感を抱かせ、自信を失わせているのです。もっと危ないのは、自分の価値、あるいは、自分たちの国や地域、学校などを勝ち負け、数字でしか判断できなくなってしまっていることです。目に見えない精神が創造をつちかってくれるのです。戦争はなぜなくならないのでしょうか。
戦って勝ち取る核廃絶は、かならずまた新しい対立を生みだすことは明らかです。もっと強力な武器が開発されることもあるかもしれません。
無言の被爆者の苦しみ、すべての戦争犠牲者の苦しみに思いをはせ、共感、共有できる精神の創造こそが、やがてすべての武器の意味を失わせ、人間が戦争から解放できる出発点です。その意味で核廃絶は、平和精神創造運動なのです。
これからの時代は、民族、国家をこえて地球規模で地球家族として生きようという志を持ち、戦いでない方法を解決の道に創造していかなければ、人類の尊厳はありません。
行間、音間、余白にかくされた意味があるように、無言の被爆者の声に耳をかたむけてください。ありがとうございました。
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