| 「人権親和的教科書」の執筆基準 かけはし2009.11.2号 |
|
現場教師らモニター団の指摘排除や差別の偏向性を貫く |
「青少年は分別なくのさばる」
高等学校〈国語1(下)〉の教科書に、ある専門家のコラムが載っている。
「青少年が話す態度において何よりも大きな特徴の1つは、不作法で、辺り構わないということだ……こうして、ぞんざいな言葉をいつも当たり前のように使い、悪口を平気で言い散らす……大人が呼べば『何で』とふくれっつらをし、話をすれば『そうではありません』と事由を語る……なつかない小馬のように分別のない振る舞いをするのが最近の若者たちの常套だ」。
「青少年の言語生活」を「専門的」に説明している肝心な部分だ。
高校生を対象とするある社会科教科書にはこのようなカットがある。
ある男性、頭をかきながら「来年、月給が5%上がるから生活が少しはましになるはずだ」。
エプロン姿の女性、ぐちをこぼす顔つきで「何を言ってるんですか。物価は8%も上がると言うのに」。
「失業と物価の不安」という小単元だ。
中学校2年の道徳の本には、このような内容もある。
「職業生活においての怠慢は単純に悪い習慣というばかりではなく、罪を犯しているという考えによって一生懸命、仕事に臨まなければならないだろう」。
公正とは言えない叙述方式
知識の集約と考えている教科書が「人権侵害」から自由ではありえない。時には教え、また助長する。中・高生50人と現場の教師34人が取り上げた部分だ。国家人権委員会(人権委)がモニター団を構成して4カ月ほど探索した。これを土台として10月7日、人権委で「人権親和的教科書の執筆基準模索のためのワークショップ」が行われた。提言に先立って糾弾、糾弾以前に反省だ。指摘した個所の一部は、自身の常識を代弁してきていたものだからだ。
「常識の枠を破って思考を広げていくという面で相当の(効果が)ありました」。モニター団に参加したある男性教師はそう語りつつ、「一方では著名人士がすべての知識を集約し(批判が)タブー視されていたものを破っていくという快感もあった」と語る。
モニター団は大まかに5つの「常識」をあげて教科書のカット、内容、叙述方式を分析した。b男女・人種などに対する反差別的観点b障がい者・外国人ら少数者に対する偏見b社会的葛藤に対する偏向性b青少年の立場から見た青少年に対する不平等の視線b国際社会の基準に比べた限界などが、それだ。
けれども、そのような図式を超えてモニター団が指摘した教科書のおびただしい諸欠陥は、既に今日的にもふさわしくない固定観念、少数者排除や差別、社会の葛藤を主流の論理によって判断する偏向性によって貫かれる。社会全般では既に批判的で反省すべきものと認識されている観点などだ。
現行教科書は、特に性の役割についての長きにわたる固定観念から1ミリも抜け出せずにいる。初等学校(小学校)1年生が学ぶ〈正しい生活〉のカットでは女性たちだけがエプロン姿で明るく笑いながら食事を準備する。〈共に楽しむ15夜〉が単元の見出しだ。英語の教科書でさえ男女の職業を1970年代のモノサシで境界づけをし、キッチンで料理し食事を準備している人物は、すべて女性だ。
人種(国家)差別もまた同様だ。高校生用のある社会科教科書(K出版社)には「温室ガスの発生を阻むために貿易の制裁も辞せず…でなければなりません。開発途上諸国(開途国)も環境基準を守らなければなりません」と語る「良い」米国・ヨーロッパ連合と「われわれは森林以外にないので負債をなくそうとすれば開発するしかありません」と語る「利己的な」ブラジルが対立する。けれどもこれは事実とも異なる。発題者イ・ソニョン教師は「米国が温室ガスを多量に出し、それに対していかなる責任もとっていないという発表もある」のであり「結局、後進国は無知で非人間的だという先入観を持たせる」と指摘する。
これは主流の偏見とも相通じる。小学校5年生対象の道徳教科書には、このようなカットがある。
「障がい者福祉館設立絶対反対!」
ハチマキを締めた住民たちがプラカードを持っている。右側には車イスに乗った老人が相対している。
「障がい者総合福祉館の建設計画が伝えられると、近所の住民らが家の価格が下落するとして市当局や市議会などに建設場所の変更を要求するとともに、集団で反対しました。市当局は結局、初めに建てようとしていた場所から3キロほど離れた所に障がい者総合福祉館を建てるそうです」。
本は説明をしてから問う。
「障がい者総合福祉館が建てられれば町内の人々にとってどんな点が良くないのでしょうか?」
これを分析したシン・ホンチョル教師は「答えは公益のために私益をがまんしなければならない方へと導くだろうが、当初の質問からして公正とは言えず、地域の葛藤を解決することのできる健康な視角が持ちがたい」と憂慮する。いわゆる「ニムビー現象」(注)を扱いながら、なぜ核施設やゴミ処理場ではなく障がい者福祉館を事例としてあげるのか、ということだ。
主流的偏見は用語として表れたり、強化される。「地域感情の発言が極に達すると総選参与連帯が9日、各党に押しかけ……地域感情の刺激をしないとの署名をむりやりもらう準暴力行為も繰り広げた」(高1〈社会〉、T出版社)、「鉄道庁は交渉をひき出すためにはてしない対話をし、建設敷地として策定された土地の一部を東大門区内の学校や公園などの公共施設を建てることに提供するなどの努力を傾けた。このように多くの補償費用をつぎこむことによって、やっと反対運動は鎮まっていった」(中3〈社会〉K教科書)。みんなが不公正な記述だと指摘する。観点はもちろん、選択した単語だけでも既に先入観は芽生える。
無意識的にイメージを注入
それぞれの欠陥は大概は知識ではなくイメージばかりを注入させることで先ず危険性が現れる。特にカットの中で発見させる誤りが少ないないのも同じ理由だ。
しかし、これさえも氷山の一角にすぎない。テーマ別の発表後、自由討論で、ある大学講師は「障がいと関連した内容では依然として(カットなどが)事実と違ったり、あいまいさが多いのに見過ごされている」と強い調子で語った。教科書の中でb障がい者は大部分が車いすに乗った肢体障がい者として画一化されたりbそれを非障がい者が押している姿などによって固定観念を植えつけb視覚障がい者を非障がい者が前方からつかんで引いている姿などによって誤った情報を伝えているのだ。
けれども教科書が完璧だからと言って、教育が完全であるとは言えない。ホ・ジョンニョル・ソウル教育大学教授(社会教育)は「教大や師範大で(未来の教師のための)人権や法とかかわる講座が用意されていないことが本質的問題の中の一つ」だと指摘する。現在10個の教育大で法学専攻の教授が在職中の所は3大学にとどまる。自身と他人の権利を共に守ることのできる最小の装置としての法は人権と切り離して考えることはできない。執筆陣、カット画家も同様の教育を受けるべきだ、と専門家らが主張している理由だ。
人権学習が小学校6年生の2学期になってやっと始まる点も問題だ。米国では幼稚園から教えている所(ウィスコンシン州)もある。フランスで中学校2年生を対象に教えている〈公民教育〉の単元の見出しは以下の通りだ。「平等を勝ちとること、法の前での平等、差別と闘う、日常生活での連帯、国際的連帯……」。中学校3年生になれば以下のような単元またはテーマを学ぶ。「ダウンロードの自由と知的財産権、通行の自由とストライキを行う権利、無罪の推定と訴訟についての権利、取り調べを受ける未成年者の権利、ヨーロッパ市民の価値・権利・義務、人権の守護、ヨーロッパの少数民族の保護……」。問題提起者ノ・ウィファン教師は「(わが)現行教科書には国際社会が提示している『人権』の単元が存在している」のであり「(社会科のさまざまな単元の中に)散在しているだけ」だと指摘する。
改善案出したがうやむや
人権委は今回の実態分析報告書を専門的に監修した後、教育科学技術部(省)に伝達する予定だ。「協議」ができなければ「勧告」へと水位を高める方針だ。だが人権委は国内で初めて現行教科書の反人権的要素を分析した2002年を覚えている。教育科学技術部(当時は教育部)に「改善」の必要性を盛り込んだ公告文も伝達された。ワークショップには教科書編集担当課長が政府責任者としても参加した。けれども実務者が代わって注目を受けなくなると、いつの間にか葬られて反映はされなかった。「人権侵害」の嫌疑を受けている教科書が今回、汚名を晴らすかは分からない。(「ハンギョレ21」第781号、09年10月19日付、イム・インテク記者)
注 ニムビー現象
(NIMBY not in my back yard)公益のためには必要だが自身が属する地域には有益でないことに反対する利己的な行動。
コラム
雇用の確保と貧困の解消のために
十月二十日、厚生労働省は日本の「相対的貧困率」を初めて公表した。それによると、二〇〇六年時点で一五・七%となり、なんと七人の一人が貧困(所得が114万円未満)にあたる。メキシコ、トルコ、米国につぐ高い貧困率になった。日本は世界の中でも「豊かな」国であるのに、こうした高い貧困率であることは金持ちと貧乏人の格差が拡大し、貧乏人はますます「貧困」におとしめられていることがはっきりした。
昨年末の派遣切りによる大量解雇以来、雇用状況は一向に改善されることなく、非正規労働者のみならず、正規労働者の「解雇」へと発展した。今年の年末、また職を失った労働者が「食・住」を求めて、路頭に迷うことが予想される。
十月二十三日、政府は十万人の雇用創出を見込む「緊急雇用対策」を発表した。今まで、バラバラに行われていた失業対策をワンストップサービスと呼ばれる総合相談体制の確立、住宅の確保、緊急人材育成支援事業の拡充や雇用創出のために介護、農林業、環境、観光分野で重点的に受け皿作りを進めるプログラムなどである。この対策は「反貧困運動」が要求しているものを多く取り入れたものとなっている。
だがこれで問題が解決しないのは誰が見ても明らかだ。日本の労働人口は七千万人で失業者が三百六十一万人、雇用調整助成金で雇用を維持している人が二百万人以上。自動車や電機など輸出に頼る日本の産業のあり方、グローバル化した大企業による「安い労働力を強制する」あり方、そして環境破壊と南北の格差の拡大などを根本的に転換させなければならない。
今すぐできる解決方法は、過労死が後を絶たない職場の長時間労働を止めさせ、時短による雇用の創出だ。大企業は莫大な内部留保金を持っていながら、労働者を解雇するだけではなく、雇用調整助成金を政府から出させて、レイオフをしている。解雇後の労働者の生活についても一切責任を取ろうとしていない。
こうした企業のあくどさに批判が噴出すると、経団連の御手洗会長は今年の年頭にあたり、各企業が一億円を支出して失業者のために基金を作る構想を明らかにしたが現実化はしていない。
企業や大金持ちに責任をとらせる方法は法人税や所得税をたっぷりと出させることだ。自公政権は金持ち優遇税制を推進して、格差を拡大し貧困を作り出した。反貧困ネットワークの政策要求の中で、「所得税の累進性を高め、最高税率を一九九八年時点の五〇%とする。法人税率を一九九〇年以前の四〇%に戻す」と提言している。
さらに、株の国際的な取り引きに課税するトービン税の導入とハゲタカファンドなどの金融取引に対する大幅な規制と課税が必要だ。大企業や資産家が「はいそうですか」と応じることありえない。強力な大衆運動が要求されている。
もう一つ重要なのは「貧困」を生み出す非正規労働者を大量に作り出してきた労働者派遣法の抜本改正を実現することだ。そして男性・女性、正規・非正規などの均等待遇の実現、期間の定めのない安定した雇用の実現のための闘いだ。(滝)
|