| 戦争あかん!基地いらん!09関西のつどい かけはし2009.10.26号 |
【大阪】「10・12戦争あかん!基地いらん!09関西のつどい」が大阪城野外音楽堂で開かれ、千二百人が参加した。
韓青同大阪本部によるサムルノリの演奏でオープニングとなり、中北龍太郎さんが実行委員会を代表して開会のあいさつをした。
「オバマ大統領は、核のない世界の実現を表明してノーベル平和賞を受賞することになったが、核による先制攻撃戦略をいまだ変えていない。イラクからの米軍撤退を決断したものの、その兵力をアフガンに移転するという方針であり、他国への軍事介入とそのためのネットワークづくりには変化はみられない。また、日本の民主党は沖縄県民の負担を軽減する観点から米軍基地のあり方を見直し、その方針で米軍再編に臨むと約束したにもかかわらず、辺野古基地建設について一度は容認するような発言をし、その後の態度は揺れている。辺野古基地建設は沖縄県民の願いと全く逆のもので、グアムの基地強化と連動している。両国の新政権はこれまでの軍事政策を続けるのか見直すのかの岐路に立っている。われわれは、今生じている軍事政策の揺らぎをチャンスととらえ、本物のチェンジを求めて闘わねばならない」と訴えた。
民主党衆議院議員辻恵さんが連帯のあいさつをした。「政権交代は日本を立て直すプログラムの第一歩にすぎない。次の世代のあり方を組み立て直すためにさらにしっかりとした政治勢力をつくっていくことが求められている。民主党政権は今、官僚政治を打破するため全力で努力しているが、次のステップとして問われてくるその一つが対外政策であり日米同盟に対する対策だ。沖縄の基地を全面返還させる。そのために、一九七二年の密約について明らかにし、心ある人と連帯しながらがんばっていきたい。当面は、法務委員会の理事という立場でがんばっていく」、と決意表明を述べた。
高里鈴代さんが
沖縄現地報告
沖縄からの報告は、高里鈴代さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会共同代表)が行った。
「一昨日は沖縄にとっては10・10空襲の記念日だった。一九四四年十月十日、那覇市の八〇%が壊滅する被害にあった。米軍上陸から三カ月戦闘が続き、戦争が終わってから、今日まで六十四年間米軍は居座っている。その内の二十七年間は完全な米軍支配下であり、沖縄は一九七二年五月十五日、日本に復帰した。復帰はするが、米軍は基地を自由使用できるという協定が結ばれていたことが明らかになった。それまでは日本全体の米軍基地の五三%が沖縄にあったが、復帰によってむしろ米軍基地は七五%に増えた」。
「一昨日は、辺野古基地建設に対する名護市の住民投票で建設に対してノーを突きつけてから八年と二千日目になる。二千日というのは、ボーリング調査に対して座り込み阻止闘争を始めてからの日数だ。当時の名護市長は住民投票の結果を受け入れると表明したが、その後の自民党政権の介入に屈して、建設賛成に転換した。住民は辺野古のボーリング調査を阻止し、二〇〇五年九月防衛施設庁は海に打ち込んでいた単管を抜き、元の海に戻った。ところがその翌月、日米は軍事再編のロードマップに合意し、基地建設はそれまでの沖合案から辺野古沿岸案に変えて新たに建設をするという計画が発表された。二〇〇六年五月最終合意された再編のロードマップには細かく決められている」。
「その中のひとつに辺野古沿岸に新たに基地を建設すること、沖縄の海兵隊八千人とその家族九千人をグアムに移転することが入っている。当時の額賀長官は、米軍再編は抑止力の維持と同時に沖縄の負担軽減のためだ、沖縄の悲願に応えるものだといった。そこだけみるとそのように見える。ところがそれは、移転の費用七千億円は日本が負担する、普天間の代替基地(辺野古基地)建設は二〇一四年までに完成するという二つの条件とセットになっている」。
「二〇〇九年二月ヒラリーが来日し移転協定が調印された。これには沖縄の県議会は反対決議をし普天間基地の即刻閉鎖を要求した。学者・文化人も反対声明をヒラリーに送った。しかし国会で承認された。野党であった民主党は反対した。グアム移転の八千人にもまやかしがある。在沖米海兵隊は実は一万二千五百人いる。だから八千人移転しても四千五百人は残る。しかもその八千人もどこか別のところにいる海兵隊が合流した数になる可能性もあり、七千億円の金も実際には移転費用だけかどうかもわからない。つくづく細かい点をチェックする能力にかけている政権だった。新政権には言うべきことは言う政権になってほしい。(以上報告)
米軍再編を動
かすのは今だ
続いて、チャモロ・ネーションを代表して、ビクトリア・レオン・グレロさんがグアムからの報告をした(別掲)。最後のURCシンガー・宮里ひろしさんのライブで気分転換。そして服部良一社民党衆議院議員が国政報告をした。
「米軍再編を動かすのは今だ。連立のための政策合意のとき、米軍再編、地位協定、辺野古基地建設について、社民党も確かにがんばったが、そのことは党の立場というより沖縄の声そのものだ。十一月十二日のオバマ来日までに政権が腹をくくるようになんとしてもがんばりたい。普天間基地返還が言われてからすでに十三年が過ぎた。それは県内移設にこだわってきたからだ。十一月八日には沖縄県民大会が予定されている。十月二十二、二十三日には沖縄からの国会要請行動が行われる。今日の集会は重要な時期の出発点だ。そのことをみんなで共有してほしい」。
「もう一つは、アフガン問題だ。十月四日四人でアフガンに行ってきた。アフガンは戦争状態の中で大変な事態になっている。日本が軍隊を出さずに支援してくれていることにアフガンの人びとは感謝していることを実感した。分娩室が足りない、文房具が足りない、民生支援はいくらあっても足りない状態だ。給油に八百億円も使うなら、食糧や農業支援にまわすべきだ。ノーベル賞というなら、米軍のアフガン撤退を、辺野古基地建設の中止を」。
富永猛さん(大阪平和人権センター事務局長)が連帯のあいさつをし、「自公民政権下での自衛隊派遣、年金・医療の崩壊、地方の疲弊、雇用破壊が政権交代を生んだ。このことを鳩山政権は忘れてはいけない。われわれもこれからは、大衆的な世論形成、政策を実現する運動に転換すべきだ。核の下での安住ではなく核のない世界を目指そう。自治体の平和力を強化し、大阪府下の自治体が平和市長会議にたくさん参加するよう働きかけていきたい」と述べた。
最後に、十月十八日京都円山公園で予定されている「反戦・反貧困・反差別共同行動in京都」への参加の呼びかけがあり、実行委員会事務局長の垣沼さんからまとめが行われ、集会終了後京橋までデモ行進を行った。 (T・T)
ビクトリア・レオン・グレロさんの報告から
チャモロの人々の土地と
生命を奪う米軍にNOを
戦争被害補償
を拒否した米国
チャモロ・ネーションは先住民であるチャモロの人々の民族としての存在を宣言するために一九九一年設立された。グアムは第二次世界大戦の戦場となり、多くのチャモロ人が死んだ。一九四一年十二月八日、米軍はグアムを無防備の状態にして撤退し、二日間で日本軍が占領した。日本軍の上陸について住民には何の情報も与えなかった。日本軍はチャモロ人を残忍にレイプし殺した。このときチャモロ人が受けた受難について米国は責任を認めていない。グアムでは米国議会に議決権のない下院議員しか選出できない。彼らは戦争被害についての補償を要求し続けてきたが、先週、米国議会は補償に道を開く法律の制定を拒否した。米国は、チャモロの土地と人々を自分たちの好きなように利用している。
大戦後、グアムにおける米軍基地の存在は、チャモロの文化・チャモロ人が自らの政府を確立する自決の権利・土地の所有権に破滅的な影響を及ぼした。現在、米軍基地はグアムの三〇%を占領している。住民たちの基本的人権はこの基地によって脅かされている。米軍基地の存在は、核廃棄物や発ガン性廃棄物により汚染され、チャモロ人の中にガンによる死亡が増えている。米軍基地に依存させられているため、他の経済的な選択肢がほとんど残されていない。そのため、チャモロの息子や娘は生まれ育った土地を離れることを余儀なくされている。
グアムではまともな収入が得られないから、チャモロの若者の一部は米軍に志願する。「テロとの戦い」での戦死者の数は、人口比ではチャモロ以外の人を上まっている。戦死してもらえるのは米国国旗と戦没者墓地の一区画だけだ。この島の米軍の存在が拡大すれば、土地から出て行った人たちが帰ってくることも、土地を取り戻すこともできなくなる。
文化と言語を
守るための闘い
海兵隊のグアムのために日本が負担するという六十億ドルが何に使われるか。二〇一四年までに沖縄から海兵隊とその家族一万七千人が移転してくる。さらに、米海軍はその関連施設、兵站能力、上陸施設の拡張を開始している。それは、海軍基地への核兵器搭載空母や戦闘用資材輸送船、潜水艦、水上戦闘艦、高速輸送船の寄港を支援するためだ。空軍は、アンダーソン空軍基地での全地球規模の情報収集、監視、偵察のハブとしての機能を強化するため、戦闘機、爆撃機、空中給油機、無人偵察機などあらゆる種類の航空機を配備することを計画している。陸軍はグアムに弾道ミサイル防御タスクフォースを配備する計画だ。
グアムでは、今後五年間に一万九千人の兵士と二万人の家族二万人の外国人契約労働者がやってくることになる。グアムの人口は現在十七万三千人だが、今後五年間に五万九千人つまり、三四%の人口増になる。そうするとチャモロ人は少数者になってしまう。そうでなくても現在、米国式の教育を強制されており、私たちの文化と言語を守るために闘っている。
グアムの軍事化の目的のひとつは、「沖縄の負担軽減」だ。それなら、グアムにも同じ敬意が払われてしかるべきだ。正式な計画が決定も承認もされていないのに、軍はすでに軍事基地に関連する建設工事の契約発注を開始している。環境への影響調査についても何も知らされていない。チャモロの人々の意見はほとんど聴取されず、計画から完全にシャットアウトされている。軍の拡張は私たちの苦しい経済を助けると言われてきたが、何の具体的な根拠もない。
グアムは軍事力強化のための施設設備に関わる巨大な負担を期待されている。グアムの政府は、外国人労働者が流入すれば、緊急医療サービスや医療施設、水光熱、交通網、住宅の拡充が必要になると報告している。この島は、軍の増強に伴うニーズの拡大に対応するには不十分である。下水道システムの処理能力は限界に達している。グアムの知事は、インフラ整備には六十一億ドルが必要であると証言している。このお金は、国防予算にも日本の負担にも含まれていない。
海兵隊が沖縄から追い出されるのは、その存在がよい影響をもたらさなかったからだ。では、グアムならよいということがありうるのか。私は、日本政府がグアム移転を支持することに反対してくれるよう皆さんに訴える。グアムと日本と、沖縄と全世界に公正さを実現するためにこれからも闘っていきたい」。
(報告要旨・文責編集部)
〈天皇即位20年奉祝〉に異議あり
共同行動がフォーラム開催
政府式典・国民式典やめろ
「天皇在位二十年奉祝」式典を一カ月後にひかえた十月十二日、〈天皇即位20年奉祝〉に異議あり! え〜かげんにせーよ共同行動は、東京・文京区民センターで「え〜かげんにせーよ天皇在位20年フォーラム」を行った。フォーラムには百三十人が集まった。
全体会では、一橋大学教員の鵜飼哲さんが、学生時代に闘った昭和天皇在位五十年反対運動を紹介しながら、政権交代と社会運動のあり方について語った。社会党ミッテラン政権が政権についてから二十八年後の今日、右派サルコジ政権が支配している今日のフランスを見ても、政権交代後の政治・社会状況に運動の側がどのような緊張感をもって臨むのかが問われる。
鵜飼さんは、「韓国併合百年、朝鮮戦争六十年、日米安保改定五十年」にあたる二〇一〇年に、天皇の韓国訪問がイ・ミョンバク政権から打診されているという報道にふれながら「天皇が韓国に訪問して過去の植民地支配や強制連行に対して『謝罪』するということも考えられる」と指摘し、明仁天皇制と相性がよいと思われる民主党政権に対する、独立した社会運動の課題を提起した。
6つの分科会
で多面的討議
質疑討論の後に(1)「戦後の『国体』としての日米安保を問う」、(2)「天皇制の戦争責任と戦後責任」、(3)「天皇のお仕事――『祈り』・『儀礼』・『皇室外交』」。(4)「ミチコの二十年〜天皇制の危機?」、(5)「生きることは迷惑か!?――排除・排斥・排外を撃つ」、(6)「日の丸・君が代・元号強制の二十年」の六つの分科会に分かれて、活発な討論が繰り広げられた。
討論の後の全体会で、各分科会の討論の様子が報告され、十一月十二日の「政府式典」「国民式典」に反対して行動することが呼びかけられた。
十一月十二日に向けて、各都道府県議会、市議会などで「天皇在位二十年」を祝う「賀詞」が決議されたり、EXILEが奉祝歌を披露する「皇居前広場」での「国民式典」が宣伝されるなど支配者たちはムードの盛り上げに躍起となっている。また式典当日がオバマ米大統領の初訪日と重なるため、警察は最大級の厳戒・弾圧態勢で臨むとしている。
こうした「奉祝」「歓迎」とセットになった弾圧をはねのけ、「天皇即位二十年なんか祝わない」の行動を、当日に向けて作りあげよう。 (K)
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