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戦争あかん!基地いらん!09関西のつどい学習会     かけはし2009.9.21号

テロとの戦いは終わるのか?

アフガン情勢を伊勢崎賢治さんが報告

  【大阪】九月三日、「戦争あかん!基地いらん!09関西のつどい(10月12日)」実行委員会主催の学習会がエルおおさかで開かれ、伊勢崎賢治さん(東チモール、シェラレオネ、アフガニスタンで紛争処理を指揮、東京外大教授)が講演した。
 開会のあいさつをした中北龍太郎さん(「しない・させない戦争協力関西ネットワーク」共同代表)は、「アフガニスタンについてはオバマから日本に具体的な要請がなされるだろうが、日本はどうするのか。ソマリア沖には日本の国益を守るという目的では初めての自衛隊派兵が行われ、海賊対処法では任務遂行のためには武器の使用が可能となった。これに続いて派兵恒久法が準備されている。このような流れの中では、伊勢崎さんが言われるように『日本人には憲法9条はもったいない』ということになりかねない。二十一世紀の平和をつくっていく我々の方向をしっかりもち、10・12集会を成功させ、海外派兵の流れに歯止めをかけたい」、と述べた。

米国の自衛戦
争のトリック

伊勢崎さんの講演は、アフガニスタンの部族の分布図を示しながら行われた。アフガニスタンには九の部族(民族)が存在しており、互いが天下取りをめざし内戦状態が続いていた。一番大きいのがパシュトゥン人(人口の4割以上)。
 この部族からタリバンが生まれた。これら部族とは別に、ビン・ラディンを精神的支柱とするアルカイダ(国際ネットワーク)がいて、彼らはイスラムを脅かすものと闘う。タリバンとアルカイダが結託した。二〇〇一年9・11はアルカイダの犯行であり(米国の自作自演との見方もあるが)、タリバンではない。ブッシュはこの事件を第二のパールハーバーと見なし、戦争の口実に利用した。
 つまり、宣戦布告は国に対して行うもので、アルカイダはネットワークだから、これを相手に戦争はできない。そこで米国は、国連から個別的自衛権(または集団的自衛権)を再確認するという決議を引き出し、それを根拠に、アルカイダを客人として囲っているタリバン政権のアフガニスタンを相手に自衛戦争を始めた。これは、国連が動くまでの間の自衛権として自然発生的な権利として認められている。
 米国は今でもアフガンで自衛戦争をやっている。米国はアフガニスタンを空爆した。アフガニスタンではこのようなやり方は、腰抜けの戦い方とみなされる。敵(便宜上このような言い方をするが)は民衆の中にいるから、民衆の居住区を空爆する。地上軍を投入し殺害され、それがネットで公開されると米国に厭戦気分が起きることを米国がもっとも気にしたためだ。

武装解除と
丸腰の監視団

 タリバン政権は二カ月で崩壊。誰が倒したのか?米軍ではなく北部同盟だ。米軍はタリバン政権と対立しいじめられていた他の軍閥に目をつけた。北部同盟は九つの軍閥の結合体だった。これで、戦争は一応終結し、復興が始まった。この段階で日本も関わっていった。ところが、共通の敵がいなくなった北部同盟はふたたび対立抗争するようになった。そして、九つの王国ができ、麻薬収入で武装を強化していった。世界のケシの九割はアフガニスタン一国でつくられている。米国の戦略は、アフガニスタンに二度と米国を攻撃させないように安定した親米政権をつくることであるが、北部同盟はこのことの障害になっていた。
 一から国をつくるときは、まず法の支配を確立する。そのためには国軍と警察をつくらねばならない。秩序があって初めて法が意味をもつ。そのために軍閥を武装解除する。この任務を米国の同盟国の日本が引き受けた。アフガニスタンの子どもは十五歳になると兄や父から自動小銃の扱いを習い、家族を守るという習慣がある。このような国柄での武装解除はほとんど不可能といわれていた。ところが、それができた。武装解除というのは、軍閥の武装(戦車・迫撃砲などによる)を解除し、国軍の管理下に置くこと。ODA予算百億円を使い、二年間で完了した(武装解除されずらっと並ぶ戦車の映像は圧巻だった)。
 いま、対テロ戦争の最前線で闘っている国軍の武器はすべて、日本の血税でまかなったものだ。武装解除により、初めて二〇〇四年第一回目の選挙が実施された。武装解除には日本の自衛隊が大きな役割を果たした。しかし、このことはイラクのサマワへの自衛隊派遣のニュースの陰で見えなかった。日本のマスコミは取り上げなかった。
 武装解除のとき必要なのは監視団だ。これは將官たちで構成されるレフリーのようなもの。互いに武装解除などしたくない軍閥たちが約束を破ったときはレフリーとして笛を吹かねばならない。丸腰で、命がけの仕事だ。本来は国連の業務だが、これを日本がやった。武装解除というのは、平和の価値を説いて回るのではなく、取引だ。解除したらその代わりにものをあげるということで、説得する。これを米国がやったら信用しないが、日本だから信用した。

武装解除後の
タリバン復帰

 北部同盟の老兵たちはよく訓練されていて、迫撃砲や戦車を自分の身体の一部のように動かす。ところが彼らは武装解除された。武装解除が早く進みすぎ、国軍や警察の育成が間に合わないその間隙をついて、タリバンが帰ってきた。米軍に多くの家族を殺されたパシュトゥン人の住民たちはタリバンに寝返った。現在アフガニスタンの八割をタリバンが実効支配している。米軍はもうお手上げ状態だ。特に農村部ではそうだ。このようになったことの責任は僕にある。カルザイ大統領は次第に米国にたてつくようになった。アフガニスタン人がたくさん殺されたら、パシュトゥン人出身の大統領としてはもたない。米軍は戦えば戦うほど敵を大きくしてしまう。現在アフガニスタンでは二つの部隊がいる。
 ひとつは、NATO条約五条に基づく「不朽の自由作戦(OEF)」をやっているNATO軍だ。もう一つは、国連憲章第七章に基づく国際治安支援部隊(ISAF)で、ISAFはPKOに近く、人間の安全保障が目的だ。この二つは性質が全然違う。OEFはNATO軍の戦争だ。日本は同盟関係もなく本来全然関係のないNATO軍の指揮下のNATOの自衛戦争に参加している。国連の部隊には二つあって、国連が認めて指揮を執るものと、認めるが指揮は執らないもの。ISAFはNATO軍の指揮下にある。民主党の小沢さんは、自衛隊はOEFではなくISAFに派遣すべきだと言っているが、私は、現憲法下ではどちらにも派遣はできないと思う。

撤退を望む
米オバマ政権

 いま、対テロ戦争は重大な局面を迎えている。パキスタンとの国境に北部戦線(ヘクマティアルなどの軍閥が相手)、中部戦線(タリバン・海外義勇兵相手)、南部戦線(現政府系不法武装集団:ネオタリバン相手)という三つの戦線で戦っているが、米国は疲れている。
 現在のオバマの戦略はブッシュ政権末期の戦略を継承しているだけだ。イラクの成功をアフガンへ(以前はこの逆だった)がスローガンだ。イラクの成功とは、スンニ派に金をばらまいて、武装勢力を国軍に入れることに成功したことをいう。イラクで一時的に小康状態がつくられ、余裕の出てきた兵力の一万七千人をアフガニスタンに投入した。そのオバマの目的は、選挙をきちんと成功させ、それを米軍撤退の契機にするというもの。イラクの成功は、大変危うい。不法武装集団を国軍に入れることで、国内政治にどのような影響がでるか。
 二〇〇三年頃には対テロ戦争に希望があり、アフガニスタンの軍事・政治・経済面でも自立した国家になれる希望があった。当時、国軍は七万人ぐらいが適正だと考えられていた。今は十三万五千人が必要だと米国は言っている。これはアフガニスタンの経済発展を見送るということ。そうしないと米軍は撤退できない。もうアフガニスタンの経済発展を見届ける余裕はない。かつて、北部同盟は六万人でタリバンを倒した。今の米軍の軍事力はその何倍かだが、倒せない。それは内部に敵がいるためだ。

和解を仲介す
る日本の立場

 カルザイは米国に気を遣いながらタリバンと和解の交渉をしてきた。オバマもイスラムとの和解を表明している。パシュトゥン人であるカルザイは、彼らの票がなければ大統領にはなれない。パシュトゥン人にはタリバンに同情する人が多い。二〇〇五年にカルザイは和解法(一般兵だけではなく、首謀者も含めすべての戦争犯罪人について罪を問わない恩赦法)を成立させた。このことは国際社会を震撼させた。国際人権NGOまでがこの成立に反対した。
 オバマ政権は、アフガニスタンから米軍を撤退させたいと思っている。和解の相手は複雑だ。アフガニスタンはタリバンが実効支配している。アルカイダとタリバンの関係はどうなっているのか。パキスタンにはネオタリバンがいる。彼らはタリバンと共闘しているのか。誰にもわからない。タリバンが紛争当事者と見なしているのは、カルザイ政権ではなく米国だ。和解の条件は? タリバンの勢力を認めれば彼らは政府の主要ポストを要求するかもしれない。米軍の完全撤退を要求するだろう。政教一致のタリバンとヨーロッパの価値観は違う。和解すればタリバンの公開処刑や女性抑圧を認めることになるのか。いろいろな問題がある。公開処刑や女性抑圧についてはサウジアラビアはタリバン以上だ。でもわれわれはサウジについては問題にしない。われわれもダブルスタンダードなのだ。和解は痛み分けだ。やはり、われわれも価値観について譲る必要がある。
 メッカ巡礼のとき、サウジの閣僚とタリバンが会食している現場をヨーロッパのメディアに映されサウジが和解交渉の仲介をしていることをすっぱ抜かれた。湾岸戦争でイラク軍がクエートに侵攻したときサウジアラビアは米軍基地を聖地サウジの中に置くことを認めた。オサマ・ビン・ラディンはそれで切れてしまい、サウジ王室を批判し、王室と親密なビン・ラディン家と縁を切った。サウジには腐敗した王室に反発しビン・ラディンを支持する人がたくさんいる。王室に反発する市民は王室からひどく弾圧され、公開処刑されることもある。一触即発状態なのだ。
 アフガニスタン人は、ソ連侵攻でロシア人が大嫌い。そのロシアを日本は日露戦争で破った。日本は広島、長崎で米国にひどい目に遭いながら、めざましい成長を遂げ、いまアフガン支援の一等国になっている。アフガンには日本製品があふれている。アフガン人は日本を尊敬している。「美しき誤解」だ。昨年行ってみてこの誤解はまだあることがわかった。仲介するのに日本は適役だ。和解の仲介をする日本にもっとも期待しているのは、サウジだ。
 実は十一月日本で和解交渉の会議が開かれる。内容は今は言えない。(講演終わり)
この後、質疑応答。質問一、タリバンではダメなのか。(アルカイダは責任ある交渉の相手となりうるかどうかわからない。タリバンは世直し運動のひとつ。テロリストではない。女性抑圧には反対だが、自治はタリバンの方がよかったという人もいる。恐怖政治はあったが、統制は効いていた。しかし、今のままほっておいていいとは思わない)、質問二、外から介入するのはどうかと思うが。(対テロ作戦の半分以上はパキスタン内だ。ここにはネオタリバンもいる。核がある。米国の戦争は絶対間違いだったが、人がどんどん死んでいくのを止められるなら、価値観を譲歩してでも和解させたいと、実務者としては考えている)。
 最後に、まとめのあいさつを増田京子さん(「しない!させない!戦争協力関西ネットワーク」共同代表)が行い、「戦争は起こしたら終息するのがいかに難しいかを痛感した。戦争は起こさないようにしなければならない」と述べた。 (T・T)


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