| 鳩山内閣成立を前にして―― かけはし2009.9.14号 |
次のリーダーはどこに?
八月三十日の総選挙で民主党に政権の座を奪われた自民党は、あまりの大敗ゆえに、辞意を表明した麻生に代わる総裁候補も決まらないという惨状を呈している。有力な次期総裁候補と目されていた舛添要一厚労相は、総裁選に立候補しないことになった。派閥の長だった町村、伊吹は小選挙区で敗退し、山崎は落選し、津島は引退してしまった。昨年九月の総裁選候補のうち、与謝野、小池は小選挙区で民主党に敗れた。
今や総裁即首相ではなくなった自民党には、党内をまとめ捲土重来を期すリーダーシップを作ることすら困難になっている。戦後最悪の金融・経済危機を通じて小泉―竹中の新自由主義的「構造改革」路線の否定に踏み込んだ自民党には、小泉路線への後戻りは不可能である。何よりもグローバルな新自由主義路線の破綻は、そうした前提を奪ってしまったのである。総選挙で「保守政党」であることを強調し、日教組叩きの極右ナショナリズム、排外主義キャンペーンに走った自民党は、アイデンティティー喪失状況を「日の丸右翼」化することによって取りつくろおうとする衝動に駆り立てられるかもしれない。しかしそれは「自爆」の道である。
九月十六日からの特別国会で、自民党は首相候補を擁立できず「白紙投票」するしかないとも報じられている。それは党としての瓦解の表明にほかならない。
自民党と連立与党を組み、太田代表、北側幹事長、冬柴元幹事長などを落選させた公明党は、党執行部の辞任を通じて、自民党との「野党ブロック」を解消し、民主党との関係改善を求める動きを見せている。小選挙区で全敗した公明党は、その路線を転換する口実を手に入れたということもできるだろう。東順治・副代表が総選挙後のTV討論で語った「民主党の政策にはわが党が言ってきたことと似た内容も含まれている」という趣旨の発言は、それを示唆するものである。
小沢幹事長体制と連立協議
鳩山・民主党は、小沢一郎を次期幹事長として党運営のトップに据えた。百人以上の「小沢チルドレン」を擁し、党内で不動の地位を盤石なものにした小沢は、「日本会議」系極右から旧社会党出身者までの幅を持つまさに「寄り合い世帯」の民主党を「政権党」として確立し、来年の参院選で勝利して参院での単独過半数を獲得し、自民党の政権復帰の可能性を当面閉ざそうとしている。「政権獲得」を唯一の結集軸とした民主党ではあるが、衆院での圧倒的支配を達成した同党にとって、分裂する力学が働く余地はきわめて少ない。せっかく獲得した政権を容易に手放すわけにはいかないという共同意思が働くからである。
社民党、国民新党の政権参加については、この文章を書いている段階ではまだ確定していない。しかし、民主党との選挙協力によってようやく現状を維持した社民党、綿貫党代表、亀井久興幹事長を落選させ議席を減らした国民新党が、民主党に対して切ることのできるカードはおのずから限られたものであろう。
共産党はそれ自体としては正しい「民主党批判」を前面に押し出した東京都議選での後退後、民主党には「是々非々」の立場で臨む「建設的野党」の姿勢に転換して総選挙を闘った。共産党もまた政権交代の気運の中で民主党へと向かう波に呑まれて得票率を前回総選挙よりも減らしたが、比例区得票数を僅かに増やして現有議席を維持した。これを「善戦健闘」と総括することも可能だろう。しかし問われていることは、民主党政権の誕生の背後にあるグローバル資本主義の危機、米国の「対テロ」戦争の破綻、米国の一極覇権的秩序の瓦解に対してどのような「もう一つの世界」をめざすのかという課題に迫る政策的体系であり、そのための大衆的抵抗・批判の運動の掘り起こしである。「反資本主義」は将来の選択ではなく、現在的な政策的選択肢の中に含まれ、追求されなければならない分岐点である。
足場を確立して闘おう
鳩山民主党政権は、二〇〇九年度補正予算案の凍結・組み替え、後期高齢者医療制度の廃止、年金記録問題、農家への戸別所得補償制度、ダム建設中止、高速道路の原則無料化などの公約の実施をめぐって、「官」からの抵抗による「妥協」に直面せざるをえない。辺野古基地建設をはじめとする「米軍再編」や日米地位協定の見直し、インド洋での給油活動の継続、非核三原則の法制化などの政策をめぐっては、すでにその「対米自立」的色彩に危惧する米国からの強力な圧力がかけられている。
労働者派遣法の抜本改正、「母子家庭」への生活保護加算打ち切り撤回の政策をめぐって、社民、共産などの野党各党、労働組合、「反貧困」ネットなどからは、民主党政権への要求が強く提示されている。われわれは大衆的な運動としてこうした要求の実現を民主党政権に迫るために全力をつくさなければならない。
鳩山政権は、少なくとも当面、憲法九条の明文改憲を焦点化できないだろう。しかし「日米同盟」の枠組みを重視する民主党政権は、積み重ねられてきた「派兵国家」体制の枠組みを転換する道に一歩踏み込むことはできない。年末に提示されることになる新たな防衛大綱は重大な結節点である。何よりも鳩山は明確な「新憲法制定」論者であり、天皇を「元首」とする改憲主張を堅持している。彼は超党派の「新憲法制定議員同盟」の顧問である。
そうした意味合いにおいて衆院で絶対的安定多数を確保した民主党政権の下で、改憲反対・平和の運動は正念場を迎えることになる。
十月三日の「ノー・ニュークス・フェスタ」を成功させ、脱原発の運動への大きなはずみをつくりだそう。民主党は二〇二〇年までに温室効果ガスを一九九〇年比で二五%削減することを掲げた。資本や民間大労組の側からの義務的削減反対の圧力に抗する運動を作り出そう。
最後に、自民党総選挙キャンペーンの中で示されたように、野党になった自民党の側からの民主党批判が、いっそう極右的色合いを強め、それと連動した排外主義に満ちた天皇主義右翼の暴力的敵対のいっそうのエスカレートも予測される。労働者・市民はこうした動きを注視し、大衆運動の力によって彼らに反撃しよう。 (9月7日、純)
2日間にわたる山谷夏祭り
炊き出し禁止・排除の流れに
抗し団結の力を強化しよう!
今年も山谷夏祭りが行われた。この十年ほどはずっと一日だったが今年は八月二十二日と二十三日の二日間。
この数年間、主催を実行委員会方式にして労働者が自ら作り上げる夏祭りへとして来たことが形になり、外部の団体や個人が様々な形でかかわってくれるような広がりが作り出されて来たことで二日間の夏祭りが実現した。
二十二日(土)昼の設営から二十三日夜の撤収まで山谷、浅草、隅田川、上野、江東区竪川などで野宿する仲間や、生活保護をとった仲間、そして支援者が一緒に祭りを作り上げた。東京都の三千円アパート事業で野宿から脱した仲間たちで作る「アパート寄り合い」の仲間たちは今年初めて屋台で参加した。
バンドの参加も今年は六組、おなじみのサックス奏者のマサさんもニューヨークのハーレムより駆けつけてくれた。
盆踊りでは今年初めて「河内音頭」にも挑戦した。
お金のない仲間でも誰でも楽しく参加出来るようにと様々な工夫がなされた。
二日間限定の地域通貨「わっしょい」は今年も発行された。アルミ缶十個で「五十わっしょい」と交換され、屋台で五十円として使える。焼きそばや、フランクフルトもみんな五十円だ。アルミ缶の買い取りも恒例となった。昨年の北京オリンピック前までは一キロ百七十円ぐらいまでに高騰したが、その後暴落し、一キロ四十円ぐらいにまでなったがその後持ち直して現在七十五円、野宿の仲間の生活を直撃している。夏祭りでは一キロ百円で買い取り好評だった。
越年に続いて「セーファースペース」の取り組みも行われた。差別や抑圧を感じたときに立ち寄れる相談ブースを作って対応したが、未だ取り組みとしては課題が残るというのが多くの参加者の感想だった。
年末年始、そして三月の派遣切り状況の中で毎週日曜日の共同炊事に集まる人の数は激増している。そんな中で首都圏各地ではテントの追い出しや、炊き出しを禁止する動きが広がっている。
江東区竪川親水公園では護岸工事を口実としたテントの追い出しが、渋谷の宮下公園では多くの人々の反対や、疑問の声の中でナイキジャパンと渋谷区の間で公園のネーミングライツが正式に契約された。ここでも三十人ほどの仲間が叩き出される。
上野公園でもテントや荷物を置いている仲間に対して排除の動きがある。さらに池袋や、蔵前など都内各地での炊き出しを禁止しようとする動きがあり、実際にいくつかのところで中止に追い込まれている。これらの動きを見るときに、在特会などの差別・排外主義的な動きとも軌を一にしているようにも感じる。
このような中で、野宿の仲間の闘いは夏祭りで培った団結と連帯を力にこれらの攻撃を跳ね返していく。(板)
コラム
夜間中学運動でも動きが
民主党が総選挙で大勝し、政権につくことになった。野党である時、さまざまな要求を自公政権につきつけていた。夜間中学の充実もそのひとつだ。長年夜間中学の増設・充実を求める運動団体の要請により、三月十三日、小宮山洋子さん(衆院議員、ネクストキャビネット文科相)が文部科学委員会で「@未修学者の調査A全都道府県に最低一校の設置BもっとPR、広報が必要」と質問した。
これに対して塩谷文科相は全国に夜間中学は三十五校あるが「大阪には十一校、そして東京には八校ということで、もっと広く全国的にということは今後検討していく必要があると思っております。それは、教育の機会均等という観点でも今後検討してまいりたい」、「今後、いろいろニーズも含め、また、地域的な教育のいわゆる充実等々、自主的な夜間中学のお話もございましたが、そういったところをしっかりと支援すべく我々としては、特に地方公共団体と連携をとって、今後検討してまいりたい」と答えた。
そして、民主党は夜間中学や外国人学校の環境整備も入った「学校教育環境整備法案」を参議院に提出し、可決されたが国会の解散で廃案になった。しかし、この法案が再度提出され、可決されるかどうかは今後の夜間中学運動の行方を大きく左右するだろう。
昨年、大阪府の橋下知事が財政危機を理由に、夜間中学生への就学援助(府と市町村で折半)の打ち切りを表明した。これが実施されると、通学できないと夜間中学生たちが反対署名・集会を行い、撤回を求めた。大阪府は通学定期だけは負担するが、学用品や給食費は市町村が負担するようにとしている。
二〇〇六年八月、日本弁護士連合会は夜間中学の充実・増設を求める「学齢期に修学することのできなかった人々の教育を受ける権利の保障に関する意見書」を内閣総理大臣・文部科学大臣・厚生労働大臣などに提出した。
それを受けて、札幌市で「北海道に夜間中学をつくる会」が発足して、一九九〇年から行われている札幌遠友塾を公立夜間中学のセンター校とし、昨年から次々と作られた旭川、函館、釧路の自主夜間中学を一つながりのものとして位置づける運動が進んでいる。北九州市の城南中学校「夜間学級」(自主夜中)は市から年間百万円の補助金を受け、既存の中学校を使用し、週五日間運営されている。市は公立化を認めているわけではないが、「検討する」としている。千葉市では教育の五カ年計画で、夜間中学の設置を前提に調査活動に入っている。
東京弁護士会人権擁護委員会が、江東区に夜間中学の設置を求めている江東自主夜中や墨田区立文花中夜間学級、世田谷区立三宿夜間学級などに実態調査を行い、東京都に八校ある公立夜間中学だけで、未修学者の教育権を保障できているのかどうか、調査結果を明らかにしようとしている。
教育の問題は学齢期の学校教育だけでなく、基礎教育から排除された人々への教育権の保障も重要な課題だ。ぜひ公立夜間中学の増設を実現させたい。 (滝)
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