| 韓国はいま クォン・ヨングク弁護士の逮捕・捜査体験記 かけはし2009.7.27号 |
私は「民主社会のための弁護士の会」(民弁)労働委員会委員長として6月26日、双竜自動車平沢工場の正門前で開催が予定されていた「双竜自動車整理解雇の事態の正しい解決のための労働法律専門家共同記者会見」に臨むために、バリケードが設置された平沢工場前を訪れた。工場周辺に見えるのは制服を着用し楯を持って待機している警察と戦警(戦闘機動隊)隊員らだけだった。
「ミランダの原則」とは
予定していた時間が余り、会見参加者たちを待っていたところ、工場から出てきて歩道に移動していた数人の双竜自動車支部の組合員らが、いかなる逮捕理由も告げられないまま戦警隊員らに取り囲まれ抑留された。私は弁護士として警察の現場指揮官と思われる者に組合員らを逮捕する理由が何なのかを告知してやることを求めたが、彼は「手配者なのか逮捕令状が出されている者なのかを確認するためのもの」だと答えるばかりで、逮捕の理由を説明することはできなかった。
検事または司法警察官が被疑者を逮捕する場合には逮捕に先立って被疑事実の要旨と逮捕の理由、弁護人を選任できるということを告知し、弁明する機会を与えなければならない(刑事訴訟法第200条の5)。これを「ミランダの原則」と言う。ところで警察の指揮者は、ひとしきり時間が経過してからやっと上部との無電交信後、抑留された組合員らに「不退去罪の現行犯として逮捕します。弁護士を選任する権利があります」と告知した後、組合員らを連行し始めた。
私は警察の告知内容(弁護士を選任できること)に従い、警察の護送車両の前に立って、弁護士として連行者たちへの接見を要請した。ところが警察は弁護士の資格で弁護人接見を要請している私を「公務執行妨害罪の現行犯人」として逮捕し、またひとしきり手間取った後、先に連行された7人の組合員らが乗っている警察の護送バスに押し込んだ。
私や仲間たちは警察の指揮者や警察官に逮捕について激しく抗議したが物理的にいかんともしがたかった。イ・ミョンバク政権が出発して以降、日常的に勝手気ままになされている警察の恣意的な法の執行、その実際の状況を見せつける一断面だ。弁護士の正当な接見要請さえ公務執行妨害罪の現行犯として逮捕してしまう警察の蛮行(ママ)、その蛮勇(ママ)に敬意(?)を表する。だが不法逮捕・監禁に対する刑事責任は決して消滅しはしない。
警察官はバスの中で私に「警察からミランダの原則を告知された」という事実について署名することを要求された。私は逮捕された時、犯罪事実についてのみ告知された記憶があるだけなので確認書に署名することを拒否した。警察が要求する確認書にやたらに署名してはならない。後に警察の逮捕を適法なものに化けさせるという主要な証拠になることがあるからだ。
私は警察の護送車両に上がった後、直ちに民弁のソン・サンギュ弁護士に電話し、逮捕・連行の事実を知らせた。そして共に連行された組合員らには弁護士が接見に来るときまでは陳述を拒否することを話してやった。弁護士の助力を得る前に口を開くのは、あまりにも危険だからだ。
すべての国民は自らに不利な陳述を強要されないのであり(刑法第12条第12項)、検事または司法警察官は被疑者を尋問する前に必ず、陳述を拒否できることを告げてやらなければならないがゆえに(刑事訴訟法第244条の3)、陳述を拒否するのは被疑者の憲法上の権利だ。そういうわけで弁護人の助力を受けるときまで陳述しないことをハッキリと語らなければならない。
映像録画室での取り調べ
われわれは水原西部警察署知能犯罪1課の事務室に護送された。しばし後、ソ・ボソル弁護士が接見に来てくれ、他の組合員らには他の弁護士らが接見をしてくれた。捜査官の取り調べを受ける以前に弁護人の助言を聞くことは絶対的に必要だ。捜査をどう受けるのかを知ってから臨むのでなければならない。そうでなければ被疑者は防御することが事実上、不可能にもなりかねない。
しばらくあってから、事件発生の管轄署である平沢警察署が送ってきた犯罪事実と被害者の陳述を根拠として私と組合員らに対する取り調べが始まった。私を担当した捜査官は水原西部警察署知能犯罪1課の警査(巡査部長)だったが、まず人的事項について質問し、私は身分証を示し、人的事項を確認させた。彼は取り調べ(被疑者尋問)に先立ち私に「一切の陳述をしなかったり、個々の質問に対して陳述しないことができるし、陳述をしなかったとしても不利益を受けるものではなく、弁護人の取り調べの参加など弁護人の助力を受けることができること」を告知してくれた。
検事または司法警察官は被疑者への尋問に先立ち陳述拒否権や弁護人の助力権について告知した後、その権利を行使するかどうかを質問し、これに対する被疑者の答弁を調書に記載しなければならないからだ(刑事訴訟法第244条の3第2項)。万一、捜査官が陳述拒否権や弁護人の助力権について告知せずに取り調べを行った場合には、調書にその事実を必ず記載しなければならない。裁判をする時、陳述の任意性(強要による陳述なのか、そうでないのか)を争うことのできる有力な証拠となるからだ。
ところで捜査官は、だしぬけに映像録画室で取り調べを行おう、と言った。取り調べの過程での手続き的是非を遮断しようとするもののようだった。私は接見の権利を侵害された被疑者として、犯罪者扱いを受けるのが極めて不愉快で、映像録画を拒否した。あわてた捜査官は捜査課長に報告した後、映像録画なしに取り調べることにした。
ちなみに被疑者尋問の際、映像録画は必ず行われなければならない義務事項ではない。映像録画を実施するかどうかついて被疑者が同意権を持てないとしても、映像録画をする場合には予めその事実を告げなければならないし、取り調べ開始から終了までの全過程を録画しなければならない(部分的に録画すれば法的効力がない)。そして完了したら被疑者または弁護人の前で速やかに封印し、被疑者に署名させなければならない。被疑者または弁護人が要求すれば必ず映像の録画物を視聴させなければならないし、その内容について異議を述べれば、その趣旨を記載した書面を録画物に添付しなければならない。被疑者でない参考人の場合は録画を拒否することができる。
国選弁護人制度の導入
いずれにせよ映像録画なしに取り調べは始まった。ソ・ボヨル弁護士が取り調べに立ち会うことにし、取り調べを受けているその場で弁護人選任書を作成して提出し、私の隣りの席に座った。つぶさに辛酸をなめ尽くした弁護士としての私でさえも、弁護人がすぐそばにいるので不安感は消え、極めて心強かった。
一般人であればなおさらのこと、どうだろうか。重要な事件や警察との利害関係がかかった事件の取り調べにおいては弁護人の立ち会いがいっそう切実なようだ。捜査過程で弁護人の参加によってだけでも警察による強迫や誘導性の質問をけん制でき、被疑者の嫌疑に対する実質的な防御を準備できるようにするという点で、ぜひとも必要なことだ。被疑者として取り調べを受けている段階から国選弁護人をおく制度がぜひとも導入されなければならない理由でもある。
私は財産や家族関係、病歴など事件と関係のない部分についてはすべて黙秘権を行使し、事件関連の質問にのみ正確に陳述しようと努力した。3時間にわたった取り調べが終わった。そして私は被疑者の尋問調査をもらすことなく読んだ。捜査官に鉛筆を求め、私の陳述と異なったり、洩れた部分について1つ1つ修正し、追加した。
被疑者尋問調書は裁判において有力な証拠として使用され得るがゆえに、必ず欠かすことなく精読し、必要な場合には本人が直接修正するか、取り調べ官に修正や補完を要求しなければならない。万一、捜査官が修正や補完の要求を拒否すれば、被疑者は被疑者尋問調書に捺印するのを拒否しなければならない。後に取り調べの信ぴょう性を争うことができるからだ。
夜10時30分、他の組合員らに対する取り調べも終わり留置場に入監した。所持品やベルトを預け、金属探知器で身体を捜索する手続きを経た。20余年前、慶州刑務所で素っ裸で身体捜索を受けた恥辱がよみがえった。万一、今も警察官が人権侵害的な身体捜索を試みるならば当然にも抗議しなければならない。通常、容認できる範囲を逸脱した身体捜索を強制しようとするならば、押収捜索令状をもらって来い、と要求できる。
身体捜索を終えた後、「綜矯1室」と記載された房に入った。間違いなく囚人となった気持ちだ。既に先に入っていた他の一般被疑者の3人は暗い表情で眠りに入っていた。房内のトイレの仕切りは昔よりは随分高くなっているが、うす暗い照明、冷たい床は20年前とさして違わないようだ。警察官に歯ブラシを要求し簡単に洗顔と歯みがきをした後、薄っぺらなふとんをのべて横になった。警察の不法逮捕に抗議する気持ちで飯を食べなかったものだから、極めて腹ペコだった。かろうじて眠りにつきはしたものの、世の中はさかのぼって、1980年代、街頭であわただしく警察に追われる夢を見た。
恣意的逮捕・監禁との闘い
翌朝7時に起き、あぐらを組んで1日中、田舎暮らしの医者パク・キョンチョルが書いた『美しい同行』を読んだ。本を読む余裕(?)を持つだなんて……。午後3時ごろソ・ボヨル弁護士が接見に来て逮捕適否審査を請求してみる考えだとして、請求書を準備してきた。私も同意した。逮捕適否審査というのは、逮捕された被疑者に対して検事が拘束令状を請求する前に裁判所に逮捕の適法性や逮捕継続の必要性の是非についての審査を要請し、釈放を求める制度だ。
午後4時ごろ、事件の管轄である平沢地裁で逮捕適否審査請求が受け付けられ、夜9時ごろ私は私服刑事2人にひっぱられて窓格子付きのボンゴ車に乗って平沢地裁に向かった。夜10時、地裁で審理が始まった。ソ・ボヨル、イ・ジェホ、カン・ムンデ弁護士が参加してくれた。若い判事の尋問に、私は逮捕された経緯について詳細に陳述した。弁護人の弁論を最後にして30分ほどの間の審問手続きは終了し、決定が出るまで建物内で待てということだった。
結局、日付が変わった28日未明0時20分ごろ「被疑者の釈放を命じる」との内容の逮捕適否審査の決定文が伝達され、私は警察からやっと釈放された。拘束から解き放たれるということは、やはりうれしいことだ。だが釈放の喜びを後にして、急いで逮捕の経緯をまとめる。不法逮捕に加担した警察官らに対する法的責任を問うためにだ。警察の恣意的な逮捕や監禁を阻むための最小限の措置だろう。(「ハンギョレ21」第769号、09年7月20日付、クォン・ヨングク/弁護士)
コラム
道州制導入は何のため?
いよいよ総選挙の日程が決まった。衆院選での大きな争点に「道州制」を導入すべきかどうかが話題に上っている。東国原宮崎県知事が「地方分権」を自民党にせまり、自民党総裁を望むとした騒動や橋下大阪府知事らが地方自治体首長による「自治体連合」を作って、道州制の導入を各政党にせまっている。いかにも「道州制」が地方分権化にとって良いかのように主張され、マスコミもそのように報道している。
そもそも「道州制」を強力に押し進めようとしているのは日本経団連だ。経団連は七月六日、「各党政権公約に盛り込むべき優先事項」として、道州制の導入に向けた「道州制推進基本法」(仮称)を提案している。それによると、道州制の定義:現在の都道府県を廃止、これに代わる広域自治体として全国を十程度に区分する「道州」を新たに設置、地方公共団体を道州と基礎自治体という二層制に再編。道州制の導入時期:二〇一五年を目途、としている。
道州制は国が外交と軍事、全国規模の開発を担当し、地方が社会保障、教育、治水を担うとするものだ。
そのねらいは何か。第一に、警察と自衛隊を除く三百六十万人の地方・国家公務員の大幅削減と地方議員の削減だ。つまり、大規模なリストラによる財政のスリム化だ。国鉄分割・民営化の手法をここでも使うとしている。
第二に、中央政府が担うべき社会保障などを地方に押しつけ、切り捨てるものだ。
小泉政権によって無理やりに行われた「平成の大合併」でも問題になったことが道州制にも当てはまる。道州間の格差が拡大する。道州議会や庁所所在地に一極集中する。合併で行政権を失った地域が無視され疲弊する。
二〇〇八年十一月二十六日、こうした動きに対して、全国町村長大会が開かれ、「巨大な道州は自治体と住民の距離をますます離すことになる。道州制には断固反対する」と決議した。全国自治体の県知事レベルでは反対を明確にしているのは滋賀県知事ら四人、積極推進派は二十人ほど。
七月十六日、神奈川県松沢知事ら十三人の知事が自民、民主党など各党へ道州制導入にむけた法案をマニュフェストに書き込むように申し入れた。民主党の直嶋政調会長は「マニフェストに書き込むのは難しいが、国の権限を地方に渡していくのは賛成」と答えた。
民主党は政府の予算を批判し、ムダをはぶくと言いながら、国家公務員の給与切り下げなど合理化によって、一・一兆円を削減するとしている。道州制導入はさらに大規模に自治体の「公共性」を失わせ、指定管理者制度や独立行政法人化やPFIなど民間へ売り渡し、非正規雇用を増やすことになり、五十万人にものぼる何十年働いても時給千円以下のワーキングプアをさらに拡大するものだ。道州制導入を許してはならない。 (滝)
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