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ホンジュラス                      かけはし2009.7.13号

軍事クーデターを糾弾する!

ALBA(米州のためのボリバール・オルタナティブ)の声明
6月29日、マナグア


解説
米大統領も「クーデター」と規定

 六月二十八日早朝、ホンジュラスで軍がセラヤ大統領を誘拐し、国外へ追放し、ミチェレッティを暫定大統領に担ぎ出した。
 セラヤ大統領は〇五年十一月の大統領選挙、自由党の候補として立候補し、当選した。当選後は貧困層や労働者のための政策を導入し、社会運動団体とも協力し、また、ベネズエラやボリビアなどの左派政権とも連携を強めてきた。セラヤ大統領はエクアドル、ボリビア、ベネズエラでの一連の民主主義的な参加型の新憲法制定のプロセスをモデルに、新憲法制定を提案してきた。六月二十八日には新憲法制定の賛否を問う、拘束力を持たない国民投票が予定されていた。
 一方、国会の多数を占める保守派や、最高裁判所、軍は国民投票実施に強く抵抗し、軍が国民投票への協力を拒否したためセラヤ大統領は軍参謀長を解任した。解任された参謀長が今回のクーデターの首謀者である。
 ホンジュラスの軍部は、一九八〇年代にレーガン政権の下で中米革命の圧殺のために展開された「低強度戦争」の中で、米国によるテコ入れを受けてきた。
 クーデター発生直後からALBAやOASなどの地域機構が機敏に対応し、国際世論を動かして、クーデター政権を孤立させてきた。米国のオバマ大統領と国務省も、当初のあいまいな態度を修正して、今回の事件を「クーデター」として規定し、セラヤ大統領の政府のみが合法的政府であるという立場を表明した。ホンジュラスへの援助停止等も検討している。
 ホンジュラス国内では、戒厳令と完全な報道統制の下で、労働組合のゼネストが始まっており、軍の中でも大隊規模で命令拒否の動きが伝えられている。
 軍事クーデターを糾弾し、セラヤ大統領の即時復帰と民主主義の回復を要求するホンジュラス人民の闘いを支援しよう。
 本文は農民団体、ビア・カンペシナ(ホンジュラス)からのアピールとALBAの声明である(ATTACのメーリングリストより転載)。(本紙編集部)


多くの都市で
抵抗と抗議行動

 6月28日、日曜日の早朝、ホンジュラスの人々がマヌエル・セラヤ・ロサレル大統領によって提案された非拘束的な国民投票(参加型民主主義を強化することを目的としていた)を通じて民主的権利を行使しようと準備していた時に、軍参謀長の命令を受けたと称する覆面姿の兵士の一団がセラヤ大統領の自宅に押し入り、彼を誘拐し、数時間にわたって監禁した後、彼を暴力的に国外へ追放した。

 ホンジュラスの人々はただちに、フランシスコ・モラサン[19世紀前半に形成された中米連邦のリーダー]の伝統の尊厳ある後継者として、全国の多くの都市の街頭や村でクーデターに抗議した。朝の早い時間に、多くの投票場は投票権を行使するために来た何千人もの人々を受け付けた。人々は、大統領が誘拐されたことを知ったとき、街頭に繰り出してクーデターに抗議し、ライフルや戦車に素手で立ち向う勇気の模範を示した。

 アメリカ大陸の政府と人民は声を合わせてクーデターを非難し、ホンジュラスの大統領は1人だけであり、政府は1つだけ、すなわちマヌエル・セラヤ・ロサレル大統領の政府だけであることをはっきりと宣言している。われわれは、クーデター直後から世界の他の地域の政府からクーデターを非難する声明が届いていることを歓迎する。

簒奪者の政府
を承認しない

 事態の緊急性に対応するため、ALBA加盟各国政府はただちに臨時の大統領評議会を開催した。ホンジュラスにおけるクーデターを敗北させるため、モラサンの伝統を受け継ぐ勇気ある人々を支援するため、そしてマヌエル・セラヤ・ロサレル大統領を無条件で、法律に基づくその職権に復帰させるための強力な行動に合意するためである。

 このクーデターが起こった背景の分析に踏まえて、また、国際法や多国間協定、およびわれわれの国とホンジュラス政府との協定に対する侵害の重大性を考慮して、さらに、自己を国際社会において承認させようとする独裁政権を絶対的に否認するという観点から、ALBA加盟国はマヌエル・セラヤ・ロサレル大統領の合法的政権が再確立されるまで、われわれの大使を召還し、テグシガルパには最小限の外交代表を残すことを決定した。
 われわれはまた、セラヤ大統領によって任命された外交官のみを、われわれの国におけるホンジュラスの外交代表として認める。いかなる状況の下でも、われわれは簒奪者によって任命されたいかなる者をも承認しない。

 アメリカ大陸におけるさまざまな地域統合機構の正式加盟国として、われわれはUNASUR、SICA、CARICOM、リオ・グループ、国連およびOASの友邦国に対して、ホンジュラス人民を蹂躙する行動を行った者たちを私たちと同様の方法で遇することを呼びかける。

 われわれはまた、抵抗の行動を続けているホンジュラスの勇敢な人々を支援するために、継続的な警戒態勢に入ることを宣言する。われわれはホンジュラス憲法第2条および第3条を想起する。

 「第2条 主権は人民にあり、代議制によって行使される国家のすべての権限は人民に由来する。人民の主権はまた、国民投票や住民投票を通じて直接的な形式で行使されることもできる。人民の主権を代替したり、法律で定められた権限を簒奪することは国家に対する裏切りの犯罪とみなされる」。

 「第3条 いかなる者も、権限を簒奪した政府、または軍事力によってもしくは憲法および法律の規定に違反するまたはそれを否定する手段もしくは手続きによって政府機関または公職に就いた者に服従する義務はない。そのような機関によって承認された行為は無効である。人民は憲法に基づく秩序を擁護するために反乱をおこす権利を有する」。
 われわれはまた、支配の試みに直面している人民の抵抗および反乱の行動を支持している国際法の原理を想起する。われわれはホンジュラスの教員、労働者、女性、若者、農民、先住民、誠実な事業家、知識人、その他の社会構成員に対して、われわれが力を合わせて、フランシスコ・モラサンを継承する勇敢な人々に自らの支配を押し付けようとするクーデータ首謀者たちに勝利することを保証する。

憲法に基づく秩
序の即時回復を

 クーデターを指揮しようとしている者たちは、自分たちの支配を押し付け、国際社会における公正を嘲笑することは不可能であることを知るべきである。彼らは遅かれ早かれ敗北する。ホンジュラス軍の将官および兵士たち、われわれはあなたたちに行動を正し、ホンジュラスの人々、および軍最高司令官たるホセ・マヌエル・セラヤ・ロサレル大統領に服従することを呼びかける。
 ALBA加盟諸国は、アメリカ大陸諸国の政府、および国際法の遵守を保証する種々の機構と協議しながら、現在行われているこれほど重大な違法行為や犯罪が処罰を免れることがないように、措置を検討しつつある。
 クーデターの首謀者たちに開かれている唯一の道は、現在の計画を中止し、ホセ・マヌエル・セラヤ・ロサレル大統領をただちに、安全に、無条件に、憲法に基づく彼の権限に戻すことである。

 ホンジュラスはALBAの正式加盟国であリ、その他の地域統合機構や多国間機関の構成国でもあり、それらの加盟国であるためには人民の主権および憲法の尊重が求められている。クーデターによってこれらの基本的条件が侵害されているにもかかわらず、ALBA加盟諸国政府は、セラヤ大統領の下で締結されたすべての国際的協力のプログラムを継続することを決定した。

 われわれはまた、すべての多国間機関および地域統合機構において、ホンジュラスにおける憲法に基づく秩序の即時回復に寄与するために、懲罰的制裁を実施することを提案する。これはホセ・マルティ[19世紀後半の独立運動のリーダー]がわれわれに教えた行動原則、つまり「一人一人が自分の義務を果たすなら、誰も私たちを打ち負かすことはできない」を実践することでもある。

 ALBA加盟諸国は、アメリカ大陸のすべての政府と共に、ホンジュラス人民の法秩序を再確立しマヌエル・セラヤ・ロサレル大統領の地位を回復するための闘いを支援するために、このほかの共同の行動について検討することを宣言する。

 アメリカ大陸の人民の歴史的闘争から200年を経て、自由人だったホセ・セサール・サンディーノ、フランシスコ・モラサンの永遠の模範に従い、解放者シモン・ボリバールの言葉に忠実に、われわれはホンジュラス人民や世界の人民と共に勝利を確信している。なぜなら「世界のすべての、自由のために闘った人々は、最後には暴君を一掃してきたからである」。

6月29日、マナグア
ALBA大統領評議会





ビア・カンペシナ(ホンジュラス)からのアピール
2009年6月29日、テグシガルパ


 軍と強力な反人民的グループによって行われたクーデターに直面して、私たちは次のことを伝えたい。

1 人民抵抗戦線が形成され、市民的・平和的な闘争が憲法に基づく秩序の回復と、ホンジュラスの法律に基づく大統領であるマヌエル・セラヤ・ロサレルの帰国の実現に着手している。

2 クーデターの首謀者たちが強奪した政権を放棄することを求める国際的な連帯が、米国、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジアで広がっている。

3 情報はクーデター派によって統制されており、クーデター派はサンタバーバラ、テグシガルパ、ラセイバ、エルプログレソをはじめ各地で広範な人々が人民の権利を擁護するためにデモを行っている事実を否定し、隠そうとしている。

4 彼らはチャンネル8とチャンネル36を閉鎖し、CNNのスペイン語放送やテレスールを受信できないようにしている。

5 国営放送は、クーデター派に有利な情報だけを報道している。



読書案内
イラン・パペ/ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉編訳/柘植書房新社/2800円+税
『イラン・パペ、パレスチナを語る』 
「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ



日本での連続
講演を集約

 本書は昨年、イスラエルの建国が引き起こした「ナクバ」(イスラエルによるパレスチナ人の追放がもたらしたパレスチナ人にとっての「大災厄」)の年に刊行された。本書のもとになったイスラエル生まれのユダヤ人歴史家であるイラン・パペの来日と講演は、さらにその一年前の二〇〇七年三月のことだ。私はこの本を刊行直後に読み、大きな感銘を受けた。
 刊行から一年以上たってからこの本を紹介するのは、昨年末のイスラエル軍によるガザ侵攻と住民虐殺の中で、イスラエル・パレスチナ問題に大きな関心がかきたてられたこと、そして、イスラエル・パレスチナの「暴力の応酬」とかというあまりにも現象的で没歴史的なメディアの言説が横行し、オスロ合意に基づく中東和平プロセスの破綻という現実にもかかわらず、「イスラエル国家」のありかたを問わない「二国家方式」による解決といった図式から一歩も出ない「国際社会」のあり方にあらためて強い危機感を持ったためである。
 イラン・パペは一九五四年にイスラエルで生まれ、その地で育ったユダヤ人の歴史家として、イスラエルの「ユダヤ人国家」としての「建国神話」に根本的な異を唱える稀有の存在である。彼は「ユダヤ人国家」と「パレスチナ人国家」というエスニック的に区分された二つの国家の樹立がいかなる意味でも中東問題の真の解決にはつながらないことを主張している。
 イラン・パペを招聘したのは東京大学21世紀COE「共生のための国際哲学交流センター(UTCP)」だが、二〇〇七年三月八日から十日まで三日間連続で、それぞれ異なったテーマと異なった参加者を対象に三カ所で行われた講演と質疑応答は、いずれもとても興味深いものであり、この三つの講演をまとめて一冊にした本書を読むことによってイラン・パペの基本的な考え方を総合的に理解する手掛かりを得ることになるだろう。
 本書は「第1章 パレスチナの『民族浄化』」、「第2章 イスラエルの歴史認識」、「第3章 『橋渡しのナラティヴ』」の三章建てで三日間の講演を収録している。

「民族浄化」と
いう計画的犯罪

 イラン・パペはイスラエル―パレスチナ問題の起源が一九六七年の第三次中東戦争による占領にあるのではなく、一九四八年のイスラエル建国そのもの、つまりパレスチナ人にとっての「ナクバ」にあったことを繰り返し強調している。
 彼は述べる。「戦争(第一次中東戦争)によってパレスチナ人が難民になったのではありません。イスラエルがパレスチナ人に対する民族浄化を企図したことによって彼らは難民になったのであり、戦争はパレスチナ人の難民の原因なのではなく、そうした結果を生み出すための手段だったのです」。
 この「民族浄化」は周到な計画と国際的同意を取りつけながら実行されたものだった。民族浄化は一九四八年のイスラエル建国=「ナクバ」の時点に限られたものではない。それは西岸やガザの占領地において現に遂行されている。しかもオスロ合意と呼ばれる和平プロセスの下において。著者はこの和平プロセスが「イスラエルが政策としての民族浄化、占領、入植、略奪を続けることを可能にした」と述べる。「二国家解決」こそ、この民族浄化のプログラムを裏打ちしているのだ、とイラン・パペは強調する。
 イスラエルの問題とは、シオニストイデオロギーによる「建国」そのものに内在している。「イスラエルの問題は、占領や何らかの政策にあるのではありません。問題は、イスラエルが人種差別的なイデオロギーに、そして二一世紀にはとても受け入れがたい、とりわけ民主的で文明的な世界の一員であろうとする国には受け入れがたいイデオロギーに依拠しているということです」。

ポスト・ナショナ
ルな「一国家」案

 それでは「二国家方式」=つまり、パレスチナの圧倒的な部分を「ユダヤ人」のために排他的に確保し、パレスチナ人に対しては相互に分断された、バラバラの狭小な土地をイスラエルの監視下で与えるだけのアパルトヘイト的「解決策」に代わる方策はどのようなものであるべきか。
 イラン・パペは「オスロ合意が失敗に終わった理由の一つは、パレスチナ人の二つのグループ――一方は難民、もう一方はイスラエルにおけるパレスチナ人――を完全に無視したことにあります。パレスチナ人難民の問題、そしてイスラエルにおけるパレスチナ人マイノリティの問題を解決すること抜きに、包括的なパレスチナ問題の解決などありえないでしょう」と語る。
 この「包括的解決」に至る道として、著者が模索の末にたどりついた一つの結論は「橋渡しのナラティヴ」という相互理解の方法を通じた「一国家」案である。
 「パレスチナという小さな土地を二つの国民国家に分けるという考えでは、現状にある不正義をすべからく永続させてしまうだろうという認識がありました。二国家案は実際なにも解決しないのです。そうではなく、一国家案に、しかもたんなる一国家ではなく、ナショナリズムに基づかない、ポスト・ナショナルな一国家を支持する立場へと私たちは変わったのです」。
 それではそこに向かう「橋渡しのナラティヴ」とは。「ナラティヴ」とは一般的には「語り」である。国民国家はその歴史を正当化し、「国民」を創出するために「物語」としての歴史を必要とする。「新しい歴史教科書をつくる会」のイデオローグたちが主張していたのはそうした「物語」としての「歴史教科書」であった。
 イラン・パペが主張しているのはそのような「国家的ナラティヴ」を覆すことであり、パレスチナで何が起きたのかについて見解の一致を通して、共生を求める流れを浮上させるための「橋渡し」が意識的に追求されなければならない。
 このように見ていくと、イスラエルのオルタナティブ情報センターの創設者ミシェル・ワルシャウスキーの「民族共生国家」の主張と同一の軌跡を描いていることが理解できるだろう(M・ワルシャウスキー『イスラエル=パレスチナ 民族共生国家への挑戦』(柘植書房新社刊)。実際、イラン・パペはオルタナティブ情報センターのメンバーではないもののその出版物「ニュース・フロム・ウイズイン」にしばしば寄稿している。

全世界でイスラエ
ル政府に圧力を

 こうしたイラン・パペの主張がイスラエル国内では圧倒的に孤立していることはある意味で当然だろう。一九九〇年代、「建国」当初の公文書の公開を通じて、シオニズムによって正当化された「建国神話」を相対化しようとする「ニュー・ヒストリアン」という一群の歴史家たちが登場した(例えば、立山良司『揺れるユダヤ人国家』文春新書参照)。それは「ポスト・シオニズム」と言われたイデオロギー・文化状況の一部と見なされた。イラン・パペは「ニュー・ヒストリアン」の一人として登場した。
 しかし「ポスト・シオニズム」状況は急速に影をひそめ、「ニュー・ヒストリアン」もイラン・パペを除くほとんどが、再びシオニスト・イデオロギーへと回帰した。イラン・パペ自身、現在はイスラエルのハイファ大学からイギリスのエクゼター大学に場を移して精力的な研究・執筆活動を続けている。この本の中で、彼は日本や世界の人びとに「ボイコット・投資引き上げ、制裁」(BDS)などの運動を通じてイスラエル政府に圧力をかけるよう訴えている。パレスチナ民衆への持続的連帯のために、ぜひ本書の熟読をお勧めする。     (国富建治)


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