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柏崎刈羽原発7号機運転再開に抗議する         かけはし2009.5.25号

脱原発社会の実現こそ未来への保障

「国策破綻」の危機意識にかられ
疑問無視して強行した政府・東電


安全無視の見切り発車

 東京電力は五月九日、新潟県の柏崎刈羽原発七号炉の制御棒の引き抜き起動試験を強行した。試験は徐々に原子炉出力を上げ配管の漏れや膨張具合の点検、続いてタービンを起動させ段階ごとに点検・試験を行い定格出力の百三十五万キロワットまで上昇させる計画だ。国の定期検査合格証が交付されて商業運転に移行する。この起動試験は四十〜五十日かかり、早ければ六月中にも商業運転に移行する可能性があると報じられている。
 柏崎刈羽原発は出力八百二十一万キロワットで東京電力の総発電量の約二割を担う世界最大級の原発。七号機は運転開始から十二年目のABWRと略される改良沸騰水型炉。地震による被害が最も少なかったと見なし、先行的に耐震補強工事に着手した。この補強工事では一基当たりの補強費用は約百五十億円と見積もられ、全七機分では一千億円を超える。東京電力は七号機の次に被害が少ないと見なす六号機の年内の運転再開を目指していると報じられているが、一〜五号機再開のめどはたっていない。
 柏崎刈羽原発反対地元三団体は七日、「起動試験開始(運転再開)に同意するとした新潟県知事への抗議声明」(別掲)で、@西山丘陵と柏崎平野境界部で新たに実証された新しい断層の存在A再循環ポンプモーターケーシングの耐震性裕度が小さく、耐震強化用地震動では許容基準値を超えることというABWR固有の危険性Bマグニチュード七・五クラスの地震が想定される佐渡海盆東縁断層を`否定aし、耐震安全性が確保されないとして、運転再開に対して警告を発している。また、原子力資料情報室も八日、「一〜六号機のそれぞれの損傷の全容は未だ調査点検中にある。もっとも損傷が小さかったと見なされる七号機を単独にとりだし、ほぼ調査点検がすみ、対策が立ったとして、再開へ進むことは大変危険である」とする声明(別掲)を発表している。
 柏崎刈羽では、原発一号機原子炉の設置許可を不服とし、地質・地盤の危険性をはじめ国の安全審査の違法性を問うた地元住民による裁判闘争が一九七九年から続けられてきたが、最高裁はこの四月二十四日、東京電力の再開と歩調を合わせるように上告棄却の決定を行った。
 一九九五年の阪神淡路大震災以降、変動地形学をはじめ活断層研究での新たな知見が注目され、原子力安全委員会の新指針の手引きでも取り上げられた。変動地形学の研究グループにより島根原発周辺や敦賀原発の敷地内などで電力会社の活断層見落としが次々と明らかになり、また六ケ所再処理工場や大間原発周辺での未知の活断層の存在が次々と指摘された。浜岡原発で耐震補強工事中の一・二号機の廃炉が決まるなど、原子力施設の耐震性に対する住民の疑問が推進側にとって脅威となっていた。

地元に集中した再開への圧力

 中越沖地震による被災で柏崎刈羽原発の全号機が停止したことをうけ、保安院は「中越沖地震における原子力施設に関する調査・対策委員会」を設けた。委員には、刈羽村長や柏崎副市長や新潟県危機管理監が加わるものの、ほぼ経産省おかかえの御用学者らだ。すでにこの時期、保安院には原子力安全委員会の求めにより、耐震指針の見直しに関連して、各原子力施設の耐震性を再チェックする委員会も設けられ、並行して審議が進められていた。
 一方新潟県では、二〇〇二年のトラブル隠しを契機に発足した「原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」があり、中越地震後にこの委員会のもとに二つの小委員会を設置し、委員を補充した。新潟県の委員会には、石橋克彦神戸大教授などの原子力に批判的な委員も加わり、新潟県は`両論併記aした委員会の報告ニュースを四回発行してきた。また、原子力資料情報室の山口幸夫さんらがこれまで反原発裁判で証人になった科学者・技術者を中心に「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」をつくり、第三者として技術委員会や県民集会などで再開の危険性を訴えてきていた。
 二月十三日、保安院は七号機再開に向けた東電の「健全性評価・耐震安全性評価」を妥当とし、十八日には原子力安全委員会がこれを追認した。翌十九日、東電は新潟県と柏崎市、刈羽村に安全協定にもとづく起動試験開始の申し入れを行う。同十九日から二十八日にかけ、保安院、東電、安全委員会が立て続けに地元説明会を開催するなど、一気に地元に対する圧力が高まった。一方、新潟県の技術委員会では、それまでの`両論併記aから、`座長私案aをもとに運転再開を是とする報告書とりまとめへと強引に進んでいった。
 四月十日に行われた三者会談では、柏崎市長と刈羽村長は起動試験を容認したが、泉田知事は「県議会への説明が必要、最後は自分が判断」するとして態度を保留。翌十一日に地震後九回目となる火災が原発で発生し、二十一日に開催を予定していた県議会全員協議会は五月七日に繰り延べされ、ここで泉田知事が起動試験を認め、九日の試験開始となった。八日付の『朝日新聞』は、「四月二十日、首相官邸。……知事に、河村建夫官房長官が早期運転再開を求めた」「原発に反対なら電気を使うなという意見も県に寄せられた」と報じ、「はっきり言って、脅し。怖かった」と知事の感想を掲載している。

ポスト原発の街づくりを

 新潟県は二〇〇七年十二月、「中越沖地震復興ビジョン策定専門家会議」がとりまとめた「復興へ向けた諸課題」を公表した。「原子力発電所の安全性が確認された後、運転が完全に再開されるケース」と「最終的に、原子力発電所が廃炉となる場合」の両論が併記され、地域への影響と課題、復興にあたり取り組むべき方向が記されている。また、「他県事例にみる基幹産業・中核企業の閉鎖・縮小が地域経済に及ぼす影響」として北海道夕張市と岩手県釜石市の事例が取り上げられ、脱原発派に対するばかりではなく「廃炉もありうる」と発言した泉田知事への圧力となった。
 四月二十五日に原発とめよう!東京ネットワークが主催したチェルノブイリ原発事故二十三周年集会で原発反対地元三団体で柏崎市議会議員の矢部忠夫さんは「柏崎刈羽原発運転再開NO!〜原発に頼らない地域づくりをめざして〜」と題した講演でこの復興ビジョンの問題を取り上げた。矢部さんは実際に夕張と釜石を視察し、もともと地場産業が盛んな柏崎との違いを実感したという。「住民の恐れは地震による被害より原発による被害」「いずれは廃炉になることは推進側にとっても同じ」として、「三十年後の柏崎を考える」と題したシンポジウムの開催を五月十六日に計画している。

地球温暖化と原発推進論

 三月六日未明にフランス・シェルブールを出港し、約一・七トンのプルトニウムを含むMOX燃料を積んだ輸送船が九州電力玄海、四国電力伊方、中部電力浜岡の各原発に向かって航行中だ。今月中旬から下旬にかけ各原発に順次搬入されるものと推測され、プルトニウム利用がいよいよ`本格化aしようとしている。しかし、東電のプルサーマル計画は二〇〇一年の刈羽村住民投票でいったん頓挫、強行をはかったが翌年のトラブル隠し発覚により再び頓挫するなどで進んでおらず、電力業界のリーダー格である東電が国策の足を引っ張っている格好だ。また、中規模の地震で世界最大級の原発がすべて停止したままでは原発輸出にも暗雲がかかることになり、国家の威信をかけた再開だ。
 『しんぶん赤旗』は四月三十日、「日本の原子力発電所や核燃料製造施設などから、中規模火力発電所一カ所分並みの年間約八十二万トンの温室効果ガス(CO2とフロン)が出ていることが、経済産業省と環境省の『温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度』(2006、07年度)の集計データから分かりました」とする記事を掲載した。脱原発派もこれまで、ウランの採掘や精錬・濃縮、燃料の輸送や建設時に多くのCO2を放出すると主張してきたが、新たな根拠が加わった。
 ほとんどの商業紙は柏崎刈羽原発の長期停止による燃料費の増額による東電の経営危機を喧伝している。五月八日の『朝日』記事では、今年度「四千億円多くかかる見込みで、一基稼動すれば、年間六百億円の増益となる」と報じる。公共広告機構による電気事業連合会の「原子力はクリーンなエネルギー」という表現は事実に反するという昨年末の裁定以降、ウラン燃料の安さを強調する記事が目立つようになった。
 柏崎刈羽原発からの電気は新潟県ではまったく消費されていないにもかかわらず、国家の中枢から草の根に至るまで、地元住民に運転再開のさまざまな圧力がかかる。二〇〇三年、東京電力の全号機がトラブル隠しを発端に停止したことをきっかけに脱原発の全国集会が東京で開催された。そのときのスローガンの一つに「原発がなくても東京での電気は大丈夫」というものがあり、原発現地からの参加者の多くが違和感を覚えたという。東京に象徴される大都市では、エネルギーも食料も、周辺から集まるもの、周辺から売り込みにくるものと思い込んでいる住民が多い。しかし、見方を変えれば、大都市の住民はエネルギーも食料も周辺から奪っているということだろう。
 今年十月三日、東京・明治公園で「10・3 NO NUKES FESTA 2009〜放射能を出さないエネルギーへ〜」と題し、エネルギー政策の転換を求める全国集会が計画されている。この日までには総選挙があり、永田町の政治地図が変わっている可能性がある。また、十二月には二〇一三年以降の地球温暖化対策(ポスト京都)を決める国連気候変動枠組み条約締約国会議・COP15がコペンハーゲンで開催され、日本のエネルギー政策も大きく議論されている時期である。
 中越沖地震では、原発からの`微量aな放射能漏れにより、新潟県産品等は甚大な風評被害が出た。放射能を出すエネルギーはまず真っ先に立地の地元に被害を及ぼす。柏崎刈羽原発七号機の起動試験は直ちに中止しろ! 奪わないエネルギーへの転換を求め、10・3は明治公園に集まろう。(斉藤浩二)


柏崎刈羽原発7号機の起動試験開始(運転再開)
に同意するとした新潟県知事への抗議声明
2009年5月7日


柏崎刈羽原発反対地元3団体

 本日開催された新潟県議会全員協議会で泉田県知事は「柏崎刈羽原発7号機の運転再開について、一定の条件を付し、運転再開に同意する」とし、国に対し「安全対策を改善すること」の条件を付して同意する旨の発表をした。
 この間、知事は国(原子力安全・保安院、原子力安全委員会)が東京電力の耐震健全性、耐震安全性評価結果について妥当との判断(決定)を出した後も「県民の安全、安心を第一に考える」として新潟県が設置した「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」(技術委員会)での議論の継続を促し、技術委員会座長からの検討結果の報告を受けた後も「運転再開に向けた前提条件としての安全性はおおむね確認されたと受け止めた」としながらもなお「論点が多岐にわたるので整理が必要」との認識を示し、技術委員会の下に設置した「設備健全性、耐震安全性に関する小委員会」(設備健全性小委員会)での議論が今も継続されている。本日の同意発表は、知事が多岐にわたるとした論点をどう整理したのかの説明もない全く不十分なものである。
 我々は国の妥当性決定後も7号機起動試験開始に対する問題点、疑問点を県に対して主張してきた。
 特に@西山丘陵と柏崎平野境界部で新たに実証された「後期更新世(12〜13万年前)以降の地殻構造運動による新しい断層の存在、A再循環ポンプモーターケーシングの耐震性裕度がわずかであるばかりか、耐震強化用地震動(1000ガル)では許容基準値を超えること、B佐渡海盆東縁断層を否定する根拠の不確実さと、この評価いかんでは基準地震動(Ss)の設定値を左右することであり耐震安全性が確保されないことについて主張してきた。これらの点については4月21日に県知事に対し伝えた。
 また県民に対する説明責任についても、県知事は「県民の中にはまだ説明が足りないという声がある」と発言されていながら、本日の全員協議会で「県民から選ばれた県議会議員に説明すればこと足りる」として今後、県民説明会を開かないとする考え方は首尾一貫していなく県民を愚弄するものである。
 いずれにせよこれら重大な問題について真相解明せずに同意することは、7号機の起動試験が開始されることになり極めて危険である。市民、県民の安全確保を図る責任を放棄したものと断ぜざるを得ない。改めてこれら問題の早期真相解明を求め、7号機運転再開の同意の撤回を求めるものである。

声明

柏崎刈羽7号機の再開に抗議する
2009年5月8日
原子力資料情報室 共同代表 山口幸夫


 新潟県知事は、昨日の県議会全員協議会において所信を表明し、柏崎刈羽原発7号機の運転再開を認めることに同意した。これを受けて、今日にも、東京電力は起動試験から本格運転への作業を始めると伝えられている。まことに遺憾である。
 柏崎刈羽原発の1〜7号機は、2007年7月、設計基準地震動を遥かに超える地震動に直撃された。原発史上はじめての出来事であった。地震から1年10ヵ月後の現在、1〜6号機のそれぞれの損傷の全容は未だ調査点検中にある。もっとも損傷が小さかったと見なされる7号機を単独にとりだし、ほぼ調査点検がすみ、対策が立ったとして、再開へ進むことは大変危険である。
 地元と新潟県民の不安が払拭されない理由は、県の「技術小委員会」での議論が未だ途中にあって、疑問点が解消されていないからである。柏崎刈羽原発から電力を供給されている首都圏の私たちとしても、その思いを共有するところである。
 新潟県には「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」のもとに、「地震、地質・地盤に関する小委員会」と「設備健全性、耐震安全性に関する小委員会」がある。県民の安心・安全を目指して、この二つの小委員会が、政府の諸審議会の議論に比べて、よりつっこんだ議論をしてきたことを私たちは高く評価する。
 しかるにこの3月、「技術委員会」はみずからの議論を徹底させぬまま、「小委員会」で進行中の議論を、あわててむりやりに纏めてしまった。以下の疑問が置き去りにされてしまった。すなわち、

b佐渡海盆東縁断層の存在
b原子炉・タービン建屋の不規則変動
b2〜4%より小さい範囲の塑性歪みの存在
b目視点検の不十分性
b敷地に近接した新たな断層の存在
b再循環ポンプのモーターケーシングの強度の不安

などである。

 これでは、地元の人たちや広範な県民の安心を得ることは出来ない。1955年の核兵器に関する「ラッセル・アインシュタイン声明」の中に、「もっとも多く知る人がもっとも悲観的である」とある。安心・安全を得るために、「小委員会」の議論や県と政府の説明会で多く知るようになった県民が多い。この人たちの不安を取りのぞくために、

(1)早急に「地震、地質・地盤に関する小委員会」を再開し、論点をつめること
(2)見解が対立している学者・研究者を招き公開討論会を開くことを強く要望する。そして、画期的な新潟方式を実りあるものにするためにも。

最高裁上告棄却決定 抗議声明
2009年4月24日
原発設置許可訴訟原告一同
柏崎原発反対地元3団体

 2009年4月23日、最高裁第1小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は、住民側の上告を棄却する決定をした。
 裁判は、1977年9月の1号機原子炉の設置許可を不服として、周辺住民が79年7月に提訴したもので、国の安全審査の違法性を訴えたが、94年3月の1審・新潟地裁判決と2005年11月の2審・東京高裁判決は、「安全審査の手続きに誤りは認められず、設置を許可した国の判断に不合理な点はない」と請求を棄却した。
 裁判の最大の争点は、「柏崎刈羽は活発な地殻構造運動の続く油田地域で大きな地震に耐えられない原発立地不適な場所」かどうかであった。
 東京高裁判決の2年後の2007年7月、原告指摘どおり、新潟県中越沖地震が発生し、設置許可で想定した最強地震の地震動300ガル(S1)、限界地震の地震動450ガル(S2)を大きく超える1699ガルに遭遇、大きな被害を受けた。
 設置許可を妥当とした判決の誤りの何よりの証拠が中越沖地震の発生である。
 中越沖地震後を最高裁は地震に関して原告見解を求めてきた。原告は、数次の上告理由書を提出して対応してきたところである。
 決定書は昨日郵送されたと聞くが手元に届いていないので詳細は不明であるが、法律的手続きを理由に、中越沖地震は全く考慮されていない不当判決であると聞く。中越沖地震は、地震列島日本の原子力問題に対する、自然の警告である。その中越沖地震を無視した最高裁決定は、被災地域住民や県民・国民の信頼は得られない。最高裁は、国の失政の庇護装置と言わざるを得ない。
 原発裁判は、密室で秘密裏に進められた原子力行政に対抗し「公判法廷を公開討論の場に」を目的に進めようとの目的で進めてきた。裁判は1979年の米・スリーマイルアイランド原発事故を契機に提訴された。1986チェルノブイリ事故や、1989福島第二3号事故、1995もんじゅ事故、1999JCO事故、2004美浜3号事故、2002年電力各社の不正隠蔽等々の原発や原発関連施設の事故、地震問題では1995の兵庫県南部地震・阪神淡路大震災や2004年新潟県中越地震やスマトラ沖大地震、金属材料や設備の老朽化問題を公判廷で主張し、その目的は達成されたと考える。
 柏崎刈羽原発は新潟県中越沖地震のあと7基が停止中であり、訴訟対象の1号炉の点検は困難を極めている。
 最高裁の上告棄却決定で原発の安全が確保されるものではない。そうした状況を無視して7号機の運転再開についての地元自治体の判断がヤマ場をむかえているこの時期に、突如上告棄却の決定をしたことは運転再開を後押ししようとした意図は明らかである。さらに、この棄却の決定は、国民の原子力行政に対する不信の念を一層強める結果になることを関係者は認識すべきである。
 中越沖地震と柏崎刈羽原発の被災は、科学技術で自然を制御できるとする原子力関係者と現代社会に対する、自然からの強い警告であることを改めて認識しなければならない。
 原告は、柏崎刈羽原発の反対運動を、この自然からの警告として、脱原発社会実現のための教訓として生かし、最高裁の上告棄却の決定の誤りを証明するため今後さら運動を展開していくことを決意するものである。


プルサーマルやめろ!
浜岡原発現地で抗議集会
1・2号機廃炉は当然
6号機などトンデモナイ

4号機でのプル
サーマル実施

 五月十日、浜岡原発がある静岡県御前崎市の県原子力広報研修センターで、「1・2号機廃炉は当然、6号機などトンデモナイ」はまおか集会が開催され、地元・静岡県だけではなく東京、柏崎、さらに山口県上関原発反対運動を長期にわたってねばり強く展開している仲間など、全国から百九十人が参加した。主催は浜岡原発を考える静岡ネットワークなどで構成する同集会実行委。
 東海大地震の想定域のど真ん中にある浜岡原発は、地質学者が指摘するように地震が起これば大惨事が確実である。昨年中部電力は老朽化した浜岡1・2号炉の廃炉を発表したが新たに6号機の建設を発表した。さらに中部電力は二〇一〇年夏からは浜岡4号機でプルサーマル(核兵器の材料であるプルトニウムをウランに混ぜたMOX燃料を普通の原発で燃やすこと)計画を実施することを明らかにしている。三月六日には玄海、伊方、浜岡でのプルサーマルで使用するMOX燃料を積んだ武装輸送船がフランスを出港し、五月十八日には御前崎港に入港した。集会は、こうした緊張した状況の中で開催された。

東海地震想定域
のどまんなかで

 最初に主催者を代表して元静岡県議の白鳥良香さんがあいさつした後、「原発に頼らない地域の再生」というテーマで福島大学副学長の清水修二さんが講演した。清水さんは原発の立地で福島県浜通り(太平洋沿岸地帯)はどう変わったかと問いかけ、「電力会社依存・財政支出依存型」の地域産業構造の歪み、農業の形骸化が進む一方で、人口の流出は止まっていないと指摘した。それは原発が地域的産業連関を持たない「孤絶的事業所」であり、電源立地効果は一過性のものにすぎないことによる。清水さんは今や「廃炉や撤退を想定した地域づくりの長期的ビジョンが必要」であり、「地域内資源の活用と地域内経済循環の形成」、「豊かさの問いなおし」「未来から現在を見る視点が必要」と訴えた。
 次に各地からの報告。最初に「浜岡原発を考える静岡ネットワーク」は次のように語った。
 「フランスからMOX燃料が玄海、伊方、浜岡に向かっている。1・2号機の廃炉は決まったが、中部電力は解体作業による廃棄物処分をどのようにするかはこれから考えると言っている。九七%は一般産業廃棄物だが残りの三%は放射性廃棄物で、それをどうするかは決まっていないという」。
 「今、浜岡の5号機は停止中だが、それと同じ6号機の建設が発表された。そして4号機では来年にもプルサーマルが予定されている。東海地震の想定は最低でもマグニチュード8だが、二〇〇七年九月には約千年に一度の周期でマグニチュード9の超大型地震(M8の32倍、M6・8の中越地震の約2000倍)が発生していることが学術調査で確認されている。しかし中部電力の計算は安政東海地震のM8・4が最大でM8・5以上は起こり得ないという想定だ。こうした立地条件の浜岡でプルサーマルを行うなどとんでもない」。

柏崎・能登・上関
からも現地報告

 中越沖地震で運転停止になった柏崎刈羽原発の7号機の試運転が一年十カ月ぶりに開始された。柏崎からはこうした暴挙に抗議して「劇団ハイロ」の七人が寸劇を披露、さらに刈羽村の伊藤さんが現地の桜の花の異常について報告。以前には千本のうち三十本程度の異常だったが、二〇〇八年四月には一挙に二百十本から二百七十本に異常が増えた、という。ちなみに今年の調査では原発が停止していたため例年と同様に少なかったという。
 浜岡原発差し止め訴訟については、この日の午前中に行われた海成段丘の調査報告を含めて海渡祐一弁護士が報告。海渡さんは「中越沖地震の教訓は浜岡原発においてこそ十二分に生かす必要がある」という産業技術総合研究所の杉山勇一氏の発言を紹介した。能登原発差し止め訴訟原告団の田中さんは、一審原告勝利判決を破棄して、原告の請求を棄却する逆転判決を行った三月十八日の名古屋高裁金沢支部の判決を鋭く批判。「地震列島日本にむりやり原発を作らせるための判決だ」と語った。
 原発いらん山口ネットワークからは、上関原発に反対する祝島住民の闘いへの支援が呼びかけられた。また「ふくろうの会」(福島老朽原発を考える会)やたんぽぽ舎の仲間からもアピールが行われた。  (K)


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