| 映画紹介 「シリアの花嫁」 かけはし2009.4.13号 |
検問所・境界線がいかに無意味か
困難を乗り越えていく女性の強さ |
監督は反戦の
イスラエル人
監督はイスラエル人、エラン・リクリス。この映画は二〇〇四年モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞した。分断を超えて未来への希望に向かって歩んで行こうとする女性の生き方を描いた映画である。花嫁がひとりで境界線を越えてシリア側に歩いていく姿がそれを象徴している。同監督の「レモンの木」(08年)は、ヨルダン川西岸の境界近に所有しているレモン果樹園が治安上の理由でイスラエル当局に破壊されそうになったパレスチナ人女性の抵抗を描いている。
イスラエルではガザ侵攻を支持する民衆が圧倒的多数派で、三月の総選挙では右派が大幅に議席を増やした。しかし一方で、日本では報道されないが、ガザ侵攻に抗議する大規模な集会も開かれていたのである。エラン・リクリスはそのような反戦の立場の文化人のひとりなのであろう。
ゴラン高原を
一方的に「併合」
この映画は、イスラエル占領下のゴラン高原で生活する若い娘モナが人気俳優で親戚のタレルと結婚する一日の物語である。
一九八一年イスラエルはゴラン高原を一方的に併合した。ここの人びとはイスラエル国籍を持つことはできるが、アラブ民族としてのアイデンティティを捨てることはできない。そのため彼らは「無国籍者」なのだ。
イスラエル側からシリア側に境界を越えると、シリア国籍が確定するからもう二度と戻れない。映画に出てくるアラブの村はイスラム教ドゥルーズ派の人々の居住地域であり、突然できた「国境線」がこの地域を分断しているのである。
結婚式の日テレビは、シリアの新大統領の演説の様子を映していて、ゴラン高原のこの地でも大統領支持のデモが行われようとしている。
モナの父ハメッドは親シリア派で、政治活動で投獄されていたが、政治活動をしないことを条件に最近出獄したばかりだ。長兄のハテムはロシア人女性と結婚してロシアに渡ったため勘当の身(ドゥルーズ派の人たちは伝統的に親戚同士で結婚をする場合が多いといわれる)。次兄マルワンはイタリアで商売をしている。その海外にいる兄たちも結婚式に出席するために帰ってくる。
長女のアマルは、父ハメッドを結婚式に出席させるために、デモに出ないでくれと頼むが、聞き入れてもらえない。父はとうとうデモに参加し、それを警察は目撃する。
最年長の長女アマルは、自立した新しい生き方を求めていたが、保守的な夫アミンの理解が得られず、不満足な日々を送っている。アマルの娘にはハイファ大学への入学許可が届いたが、夫アミンが許可しないので落ちつけない。
このような家族の人間模様を背景として、ドラマは進行していく。アマルは、自分ができなかった分だけ妹のモナには幸せになってほしいのだ。また娘の大学進学についても、「自分が何とかするから心配するな、お前は未来をつかまなければいけないのだ」、と言う。
境界線が分断
する家族の絆
モナの結婚相手タレルは、シリア側の男性だ。結婚するためには、イスラエルが占領している地域を出てシリア側に行かなければならない。その「出国」の手続きとして、パスポートにイスラエルの出国印を押してもらい、そのパスポートをシリア側の検問所に持って行ってサインをしてもらえば、手続きは完了する。
両検問所の間には数十メートル(?)の非武装中立地帯があって、国連監視団が常駐している。国際赤十字委員会の職員が、手続きのため両検問所の間をパスポートを持って行ったり来たりするのである。
この職員はかつて次男マルワンの恋人の設定になっている。映画の最後の場面が、この手続きの場面である。アラブとイスラエルの問題、モナの家族が抱えている親子の問題、夫婦の人間関係などさまざまな問題がこの場面に凝縮されていて、感動的でもありまた喜劇的でもあった。検問所・境界線がいかに無意味な存在であるかが浮き彫りにされる。映画はこのクライマックスに向かって収斂されていく。
新婦側は、家の庭で盛大な祝いの宴を開いた後、親族だけが数台の乗用車に分乗して境界に到着するが、新郎はまだ来ていない。親シリア派のデモに参加した父ハメッドが境界線に行くことは警察が禁止していたし、姉が警察に許可をもらいに行ったことも父には気にくわなかったが、結局姉アマルが強引に車に乗せて連れて行ったのだった。ロシアから帰国したハテムが結婚式に参加することは父が許さなかったが、結局ハテムも姉アマルが境界線までいっしょに連れて行ったのだった。
一方シリア側の新郎の親族たちをのせたバスでは境界に向かって走っていく。バスは民族音楽に合わせたタンバリンの音をまき散らしながら境界へと急ぐのだが、途中でタイヤがパンクしたため到着が遅れる。新婦は、初めて合う新郎を待ちながら、検問通過の手続きが終わるのを不安な気持ちで待っている。後をつけてきた警察は父を逮捕しようとするが、弁護士をしている長兄ハテムの言葉で逮捕を見逃してくれた。
希望に向け
歩み出す花嫁
簡単に済むはずの手続きは思わない展開を見せる。イスラエル側で出国印を押されたパスポートを受け取ったシリア側の兵士は、「ゴラン高原はシリアの領土だ。ゴラン高原の中を異動するだけだから、イスラエルの印は不要だ」という理由で、手続きを拒否するのだった。
国際赤十字の職員は引き返して、シリア側の言い分をイスラエル側に伝え善処を頼むが、イスラエルの職員はやり方が変わったので、今のやり方でいいのだという。国際赤十字の職員は再びその旨をシリア側に伝えるが、シリア側の考えは変わらない。困り果てた末、現場では判断できないので、イスラエルの側は当局の責任者に電話してみるが、仕事が終わっているので通じない。シリア側は大統領官邸に電話するがここも同じだった。
花嫁がもう長時間待っていることを考慮し何とかしてくれとイスラエル側の職員に頼み、ようやく出国印を修正液で消してもらった。これで解決したとみんな喜ぶが、今度は勤務時間が来て交替した別のシリア側の兵士が、前任者から何も引き継いでいないとゴム印を修正液で消した事を認めなかった。
万事窮した時、ゲートの前で椅子に座って待ちくたびれていた花嫁の前に国連監視団の車がやってきた。おそらくその時ゲートが開いたのだろう。みんなが気がついたときは花嫁が一人で非武装中立地帯をシリア側に向かって歩いていたのである。新婦側のみんなは呆然として花嫁を見ているが、やがてその場から姉のアマルだけが離れていく。
アマルの顔をカメラが追跡し、喜びが次第ににじみ出てくる表情の変化をアップで映す。おそらく、その喜びは妹の未来への祝福と同時に、新しい自分の再出発への晴れやかな決意を意味しているように思えた。父と長兄も最後は気持ちが通じ合い抱擁し合うのだった。
映画はまた、家族の絆や困難を乗り越えていく女性のたくましさをも描いているように思う。社会的な面子、世間体、立場にこだわる父。その父の考えに疑問をもっていても逆らわない息子たち。彼らと姉や母の振るまいを対照的に描いている。
シリア側とイスラエル側の人びとが非武装中立地帯を挟んで、フェンス越しにハンドマイクで語りあるシーンも印象的だった。映画の中にはイスラエルを批判する会話はなかったように思う。一見父親以外は非政治的であるように描かれているが、イスラエルによる軍事占領という理不尽さの中の庶民の一日の生活を淡々と描くことによって、むしろ力強いメッセージを伝えている。 (津山時生)
投書
横浜事件―免訴では司法が責任を取ったことにはならない
結城 守保(元小田急労研)
三月三十日、戦時下最大の言論弾圧事件の、第四次再審裁判の判決が横浜地裁でありました。「再び免訴」だった。
有罪判決から六十四年、道のりは大変長かった。
四次請求の小野康人さんの次男、小野新一さん「裁判所から無罪という言葉を聞きたかった」(3・30朝日新聞夕刊より)。また、長女の斉藤信子さんも「がっかりした。治安維持法という戦時の憲法下で何が起こっても、後世では人間としての判断を下せないことに根本的な疑問を感じた」(同紙)と言う。
私は、横浜事件の獄死者四人を殺したのは誰だ、と言いたい。
最高裁判断
踏襲しただけ
判決の骨子は、@被告を免訴とするA治安維持法の廃止で大赦されており、有罪、無罪の実体判決はできないB名誉回復は刑事補償請求の中で一定程度は図ることができる、などである。
横浜事件について、私は三点書いてみたい。第一は、再審が始まったのは一九八六年である。一次、二次、三次までの経過がどうだったかである。ちょっと長いが、三次までの新聞記事を引用したい。「横浜事件当時の審理は、わずか一日で「誤判」を下し、ほぼすべての訴訟記録焼失させた。再審では、元被告の名誉回復と同時に、今の司法が、過去の過ちとどう向き合うのかが問われた。
一、二次の請求は、門前払いされた。三次請求でようやく再審が認められ、地裁は拷問による自白の強要を指摘して無罪を示唆したが、東京高裁は「そのような説示をすること自体が問題」と批判。最高裁判決も司法の責任には言及しなかった。
ある元裁判官は一連の経過を、職業裁判官が誤審を認めることに臆病になり、国民の感覚から乖離した」と語る(判決公判後の横浜事件解説3・30読売新聞夕刊より)。司法は、あいも変わらずである。臆病な裁判長、天皇制法治主義(著名な法学者、故渡辺洋三氏の言葉)に、こり固まっているのが分かる。
第二は、今回の判決で司法は責任果たしたのかという問題である。「再審を求める動きは一九八六年に始まり、三度目の請求でようやくその願いが実現した。しかし、二〇〇八年に最高裁で元被告の罪は問わないという免訴が確定。有罪のぬれぎぬを着せられた元被告を救済するのが再審と信じてきた原告側を落胆させた。
……今回判決は、先に免訴とした最高裁の判断を踏襲するにとどまった。司法の責任に及び腰の判決、残念でならない(3・31神奈川新聞社説)と言う。
私は去る三月六日、「検察側が免訴を主張する背景には、この間、最高裁が二度も本件を棄却していることにある。免訴では司法が責任取ったことにならない。最高裁が横浜事件を無罪と宣言せよ。真の法治主義の確立を訴えたい」(週刊金曜日)という主張の投書をした。
第三は、横浜事件は「泊まり合宿」という市民に国家権力が襲いかかったという事実である。獄死者四人、殺人者は国家公務員と判決に書くのが正当だ。神奈川県警は「そんな判決、関係ない」というかもしれない。横浜事件は、違憲・違法なのである。
来る四月二十日、私たちの裁判。神奈川Aさん裁判の第一回東京高裁で始まる。本件は、〇八年十二月十六日の横浜地裁「逮捕不要」で、Aさんの人権は守られた。この百%勝利を、「そんなの関係ない」と言い、神奈川県警は控訴した。絶対に許せない。
無罪を勝ち取る
まで頑張ろう!
さて横浜事件、第四次再審裁判が私たちにつきつけるものは何か。考えてみたい。
治安維持法の拡大解釈、特高の雑誌編集者など市民へ拷問、たった一日の裁判(有罪・釈放)など、すべてがデタラメだった。私たちは正義を求める。闘いに終わりはない。横浜事件、無罪勝ち取るまで頑張ろう。
(4月2日)
投書
県の「控訴状」を読んで
SM
@住所を偽り運転免許証を更新したとして、免状不実記載容疑で、Aさんが神奈川県警に逮捕・勾留された(2006年10月24日)。県警は、Aさんが日本革命的共産主義者同盟(JRCL)の活動家であるとして、Aさん宅の他・関連施設を家宅捜索した。Aさんらは、「逮捕や捜索差し押さえは違法」として、国と神奈川県に計二百七十五万円の損害賠償を求める訴訟を起こした(2006年12月25日)。判決で、横浜地裁は「逮捕の必要性がなかった」と請求を一部認め、県に五十五万円の支払いを命じた(2008年12月16日)。県は、横浜地裁の判決を不服として、東京高裁に控訴した(2008年12月24日)。
A県は「控訴状」の中で「共産主義の本質は、暴力至上主義(暴力革命至上主義)だ」と言うようなことを述べている。反論したい。エンゲルスは、共和制の国ぐに又は非常に大きな自由のある国ぐにでは、社会主義への平和的発展を想像しうることを認めている(レーニン、『国家と革命』)。新時代社は、内ゲバやテロには常に反対して来た。JRCLの高島義一(右島一朗)さんは、「革命は、暴力でやるものではない」と述べている。「ある程度民主的な社会」(「議会制民主主義が成立し、言論や結社の自由、表現の自由がそれなりに保障されているような社会」)における武装闘争を否定している(『かけはし』2003年8月11日号)。
共産主義の本質は、暴力至上主義(暴力革命至上主義)でも何でもない。民主的トロツキズム(民主的共産主義)の本質は、暴力至上主義(暴力革命至上主義)でも何でもない。県の見解は、間違っている。私は、そう考える。
BJRCLは、現在・武装闘争も実力闘争も行っていない。新時代社は、二十年以上・武装闘争も実力闘争も行っていない。合法的闘争のみを行っている。これは、JRCLについて知っている人で悪意のない人なら、みんな知っていることだ。管制塔戦士たちは、刑を終え、罰金も払い終えている。管制塔占拠闘争のことで、県に文句を言われる筋合いはない。私を含む多くの人びとが、管制塔戦士たちを誇りに思っている。「非暴力直接行動こそを基本とし、本質としていた三里塚の実力闘争を急進化させたのは、国家権力が農民に加えた凄まじいばかりの暴力に他ならなかった」(白川真澄さん)のだ。「潜在的危険性がある」「過去の実力闘争を否定していない」と言う理由で、人を逮捕したりすることは、ナンセンスだ。そんなことが許される社会は、「民主主義の社会」ではない。「ファシズムの社会」だ。日本は、「ファシズムの社会」だったのか。
県は、「Aさんの免状不実記載は、武装闘争(実力闘争?)路線の一環として行われた組織的・計画的犯罪だ」などと言うようなことを述べていた。「潜伏して何かを成し遂げようとしていた」などと言うようなことを述べている。だが、県は何の証拠も提出出来なかった。すべては、県の創作したフィクションだった。要するに県(県警)は、デッチアゲを行ったのだ。デッチアゲは、犯罪だ。権力犯罪だ。絶対に、許せない。私は、そう考える。
C横浜地裁の判決を、私は評価する。だが、裁判所の罪を認めなかったことは、問題だ。私は、そう考える。県は、悪あがきをやめて、控訴を取り下げるべきだ。
D合法的・非暴力的に活動しているだけでも警察に弾圧される。この現実から、私たちが学ぶべきことは何か。日本の社会を変革するためには、合法的・非暴力的な闘いだけでは効果がないということか。その点は、私には未だ良く分からない。
b4月20日(月)東京高裁 第1回微罪逮捕国賠裁判/午後1時30分開廷(午後1時10分、820号法廷前集合)/東京高裁820号法廷/地下鉄霞ヶ関駅下車
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