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経済危機の中で「闘い」のあり方が問われる       かけはし2009.4.13号

「反貧困フェスタ2009」が成功

当事者とつながる道すじを求めて


 三月二十八日、「反貧困フェスタ2009」が東京・千代田区の神田一橋中学校で開催され、約千七百人が集まった。主催は「反貧困ネットワーク」。入口には検診車が横付けされ、医師や鍼灸師、歯科医師らが待機。無料の健康相談と検査を実施していた。(担当・隅田川医療相談会)

炊き出しを待つ
長い行列ができた

 校庭にはさまざまなブース、テントが立ち並び、開会前から炊き出しを待つ長い行列ができていた。二箇所にシートが敷かれ、「分かち合いシート」では、ギャンブル、薬物、性風俗、生きづらさの問題について、語り合いが持たれた。
 校庭ステージでは「月桃の花」歌舞団によるエイサーが披露された。その後のライブコンサートと並行して、校舎内教室では分科会も始まる。「女性のハケンを考える」(女性と貧困ネットワーク)、「安心して生活できる住まいとは?」(住まいの貧困に取り組むネットワーク)、「日本社会の『壁』を崩す」(週刊金曜日)、「働くこと〈労働〉を学ぶ」(全国進路指導研究会)の四つのテーマで開かれた。どれも満員で、扉から教室をのぞく参加者も目立った。廊下には参加団体の販売コーナーが並び、書籍やパンフレットが積まれていた。

当事者からの
切実な訴え

 メイン企画の「いま、`はたらくaが危ない」と題したシンポジウムが、十二時から体育館で行なわれた。まず年末年始の「年越し派遣村」を記録した映像が上映された。
 第一部の司会を湯浅誠さんと雨宮処凛さんが務めた。湯浅さんがあいさつ。「二〇〇〇年代、派遣労働が急速に増えていくなかで、初めての大不況。昨年秋からの『派遣切り』によって、それがいかに危うく綱渡り的な働き方かがはっきりした。派遣村は、今までずっとしょうがないしょうがないで切り詰められてきた、深刻な雇用と生活の不安定さ、安全ネットのなさを検証した。今日の集まりはそんな社会を、生活を見直していくきっかけにしたい」。

生活保護など
知らなかった

 会場の配置は、メディアの撮影によって不利益を被る参加者に配慮した。同時に、難聴者らのために手話通訳や発言を文字化した大画面も置かれた。
 最初に発言した男性は故郷から出てきて十年間、建設現場を転々とした。昨年末、飯場を追い出され、ネットカフェなどにいた。所持金も底をついた頃、派遣村を知った。
 「自分は派遣社員ではないので断られるかと思った。事情を説明すると登録させてもらった。弁護士は住宅支援や生活保護(生保)の説明をしてくれたが、さっぱりわからなかった。スタッフや湯浅さんに助けてもらい、生保を受けた。今アパートを借りている。当面は生活できるが今後どうするか。仕事を探す上で住所があるのとないのでは全然違う」と打ち明けた。

死に場所求めて
派遣村に出会う

 二人目の男性は大手ゼネコンで働き、人並み以上の生活をしてきたという。だが社内の派閥争いに敗れ、辞めた。何もかも失ったとき、他人も社会も信じられなくなった。
 「自殺しようと死に場所を求めさまよっているとき、派遣村を知った。それまで私は派遣社員のことを『自分のせいだ』と見下していた。でもみんなと話しているうちに、どう頑張っても派遣でしか働けない現実を知った。私は派遣村に命を救われた。アパートも借りられ、今新しい仕事を探している」。
 湯浅さんによれば、彼の身体はすでにボロボロで、頚部にはリンパ腫ができていた。だがこの四月、手術する予定だ。
 「この場を借りて湯浅代表はじめ、派遣村のスタッフのみなさまにお礼を言いたい。こういう場でしか言えません。また、この運動を全国に伝えてくれたマスコミの方にもお礼が言いたい。本当にありがとうございました」。参加者は拍手を送り、男性を激励した。蔑んでいた人々が自分の命を救い、かたくなな価値観を逆転させた。瞼が熱くなる。

ベテラン非常勤
職員への冷遇

 区立図書館で非常勤職員として働くSさんは、図書館に非常勤を導入する最初の年に採用された。就職氷河期だった。「大学を出て、資格を生かして働けるだけでうれしかった」と振り返る。非常勤は一年契約の有期雇用。自分の働きが、次年度の契約更新につながると信じていた。
 「私たちは後に続く後輩たちのために、がむしゃらに働いた。早く仕事を覚えたいと頑張ってきた。必死だった」。だが現実は、彼女の期待を裏切り続けた。正規職員とは歴然とした仕事への意欲の違い、そして待遇の格差があった。常勤職員は、昇給も雇用も保証されているせいか熱意が感じられず、作業も緩慢だったという。働き始めて九年間。非常勤は増え続け、自分たちが先に熟練になり、異動してきた常勤職員に指示することも少なくなかった。
 区は二年前に制度を変えた。六年以上勤めた非常勤は主任試験が受けられるようになった。Sさんは見事合格。昇給や待遇改善をかなえたが、それを上回る責任や過密労働に追われることになった。
 「忙しいのに給料が上がらない。重い本を運ぶ肉体労働もある。利用者のクレームも私たちが前面で受け止めている。こういう状況でみんなが疲れている。未来も見えない。結婚も考えられない。意欲があればもっといい公共サービスが提供できるはずです。みなさん応援をよろしくお願いします」。涙で声を詰まらせながら、Sさんは懸命に訴えた。

正社員は「肩
たたき」と闘う

 IBMに正社員として勤務していた男性は、スーツ姿で登場。第一線の営業活動を支えていたある日、上司に呼ばれた。「君はこの先どうするのか」という話だった。暗に転職を勧められた。「なぜなのか、なぜ私なのか」――何度も何度も執拗に面談が行なわれ、退職を強要された。やがて不眠症になった。
 「職場では徹底した能力主義体制が敷かれている。成果主義的賃金では上司が採点する際、部下みんなが同等に頑張っていても、一定割合で必ず誰かを低評価にしなければならない」。「上司に逆らうということは自分の評価に直結し、収入に大きく影響する。これは恐ろしいことだ。会社側の人権侵害と法廷で闘っていく。ご支援よろしくお願いします」。
 発言者の切実で悲痛な告発。理不尽な仕打ちをする経営側と、何の対策も取ろうとしない行政への怒りがあった。その勇気に、参加者は連帯の拍手で応えた。

ナショナルセン
ターからの発言

 第二部の司会は東海林(とうかいりん)智さん(毎日新聞社会部)。貧困問題では現場に密着して取材を続けている。パネリストは席順に発言。まずナショナルセンターの代表から。
 龍井葉二さん(連合・非正規雇用センター)は、「昨年末から、職を失うと同時に住居も失うといった相談が増えてきた。組合がある職場で、何をやってるんだ、との叱りも受けた」と前置きし、「まず当事者がきちんと声をあげることだ」と強調。「もう一度職場で交渉できること、それを活性化する。そこをきちんとやっていく」と話した。
 全労連・非正規雇用労働者全国センターの井筒百子さんはこのかん、パート労働者の待遇改善に取り組んできた。「派遣問題では、徳島の企業の派遣労働者が正社員化を求めて立ち上がった」。そして、「郵政産業の労働者が民営化後、均等待遇を求め初めてストを打った。うれしかった。あきらめずに頑張れば変えていくことができる」と意気込みを見せた。
 全労協・全国一般全国協の遠藤一郎さんは、第一部の当事者報告に触れ、「派遣法の抜本的改正に全力で取り組む。安定的雇用、均等待遇、直接雇用を確立する。有期雇用への入口規制をする」と決意表明。

「違い」を受け
とめる必要性

 こうした「大労組」に対して、厳しい批判や注文も相次いだ。
 「働く女性の全国センター」の伊藤みどりさんは、「私たちは、人間関係を豊かにして、ゆっくりと生きることをめざしている。働いてきた当事者が前面に出る。『違いを超える』のではなく、『違いを受けとめて』団結する。違いを見えるようにする。ナショナルセンターにはそういう運動を期待したい」と提言。
 「シングルマザーは、労働のいろんな矛盾を一手に背負いこまされている」と訴えるのは、赤石千衣子さん(しんぐるまざあずふぉーらむ)。
 生活を支えるために、女性たちが当然のように非正規で働かされている現実を代弁し、「非正規の組織化とか、ユニオンに入って立ち上がれとか言っているが、私にはどうしても彼女たちが組合に入って闘うイメージが持てない」と論難。「労働を考えるとき、『家族的責任』を考えないといけない。女性は行き場がない。一番排除されるシングルマザーの働き方をいかに底支えするかに、関心を持ってほしい」と詰め寄った。

大手労組は何を
したのかの問い

 「山谷で三十年間活動してきた。同僚が、同世代が路上でバタバタと死んでいくのを見てきた」と切り出すのは、「企業組合・あうん」の中村光男さん。「派遣村にきた人は、野宿者とまったく変わらない。山谷の路上にいる仲間とまさに同じ運命を背負った労働者なのだ」と語り、派遣村の成功を「あれは当事者の力だ。実行委の力ではない」と釘をさした。
 「労働組合は、彼らの生存を支えることができたのか。できなかった。だから派遣村のような厳しい現実が起きたんじゃないか」。「労働運動と社会運動が結びつかなければならない。組合員のための労組ではない。働く者の労働運動を作っていかねばならない」と語気を強め、「『垣根を超える』とはどういうことか。それぞれ固有の問題を抱えているんだ。それを出し合い、その違いを本当に認め合って、どこでつながっていくか。生きるために、働くために。きれいごとではない。具体的な道筋をつけなければならない」と力強く締めくくった。会場は大きな共感の拍手に包まれた。

ジャーナリズム
の危機のなかで

 フェスタはいよいよ閉幕。校庭で「貧困ジャーナリズム賞」授与式が行なわれた。貧困の実態を伝えることに貢献したメディアに贈られた。
 「特別賞」に、朝日新聞・朝日歌壇の公田耕一さんが選ばれた。反貧困ネットワークの宇都宮健児代表が、賞状と記念品を贈呈した。受賞者の一人で文藝春秋の担当者は、「『諸君!』が廃刊になるなど、雑誌ジャーナリズムの危機が叫ばれている。ジャーナリズム活動が貧困にならないよう、今後も頑張りたい」とコメントした。   (S)


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