| パレスチナ―連帯運動を緊急に強化しよう かけはし2009.3.16号 |
昨年十二月二十七日に始まったイスラエルのガザ侵攻は、千三百人以上の死者、五千人以上の負傷者を出し、長期にわたって不法に封鎖されたガザを廃墟と化した。これは一方的なイスラエルの戦争犯罪である。二月下旬に開催された第四インターナショナル国際委員会は中東地域の同志も参加してこの問題に関する討論を行い、満場一致でここに掲載する決議をあげた。戦争を終わらせるためには占領を終わらせること、難民の帰還の権利、ユダヤ人入植地の撤去、パレスチナ民衆への平等な権利保障が不可欠である。決議はそのためにイスラエルへの「ボイコット・投資撤収・制裁」運動を国際的に展開するよう呼びかけている。(編集部)
猛烈な爆撃の
バランスシート
イスラエル軍によって実行されたガザへの最近の攻撃は、パレスチナの抵抗運動を破壊するシオニストの継続的政策の中に組み込まれている。三週間にわたる猛烈な爆撃のバランスシート(1300人以上の死者と5000人以上の負傷者)は、破滅的兵器を使用し、数多くの戦争犯罪をおかしたイスラエル軍の暴力性を示すものである。
かなり以前から計画されてきたこの攻撃は、ハマスによる「ロケット発射を阻止」したり、「停戦を尊重するよう強制」しようとするものではなかった。ハマスのロケット発射による死者は、この十年で二十人以下であるのに対し、二〇〇八年六月にイスラエルとハマスの間で調印された停戦合意をイスラエルが尊重することは決してなかった。イスラエルはガザへの封鎖を続け、さる十一月にはハマスの戦士を殺害したのである。こうした条件の中で、パレスチナ人たちは武装勢力をも含めて、自らを防衛し、占領に抵抗する権利を持っている。
攻撃の目的と
帝国主義諸国
イスラエルの目的とは、またもやパレスチナの住民と抵抗運動に対して、イスラエルがこのゲームの唯一の主人であることを見せつけることにある。すなわち、唯一可能な「和平」とは、シオニスト国家が定めた条件で押し付けられるものであり、そのことはパレスチナの民族的権利の否定を意味している。そしてこの論理に反対しようとする者は誰でもイスラエル軍による無制限の弾圧に従わされることになるのだ。
最近の出来事はそれを確認するものである。シオニスト国家は、パレスチナの人びとが民族的権利を放棄し、パレスチナの孤立した地域や国外の難民キャンプに住むことを受け入れないかぎり、パレスチナ人を寛容に扱うことはないだろう。イスラエルは、パレスチナの代表がシオニスト国家の目的と利益に矛盾しない「和平」条件に降服する用意を示した時にのみ交渉を望むのである。
帝国主義諸国、まず第一に欧州連合は、公然とかつ無条件にイスラエルを支持した。ブッシュからオバマへの二つの政権の移行期にある米国は、イスラエル軍に攻撃をやめさせるどのような圧力もかけなかった。分裂しており、そのほとんどが帝国主義に従属的であるアラブ連盟諸国家は、エジプトが再びイスラエルと帝国主義諸国のパートナーとしての役割を果たす中で、共通の立場を採択することができなかった。
しかし、イスラエルを非難しパレスチナ民衆を支援する多くの行動が行われた。全世界で、デモには数万人あるいは数十万人が集まった。ベネズエラやボリビアなど一部の諸国は、イスラエル大使を国外追放した。どこでも、国連総会の場においても、イスラエルに対する制裁とボイコットの訴えが前面に押し出された。
緊急行動と
五つの要求
第四インターナショナルは、パレスチナ民衆と、その権利のための闘争への無条件の支持を再確認する。その権利とは、外部からの妨害を受けない自決権であり、難民の帰還と、それを求める人への補償の権利であり、一九四八年に難民となったパレスチナ人への平等の権利である。さらにわれわれは、アラブ諸国民の解放、帝国主義に奉仕したレイシスト的・植民地主義的構想を代表するシオニスト国家の解体の必要性、パレスチナのすべての民衆(パレスチナ人とイスラエルのユダヤ人)が完全に平等の権利を持って共に生きることができる政治的解決への支持を再確認する。
こうした目的を達成するために、われわれはパレスチナ民族運動内の人びともすべて合意する五つの中心的かつ統一的な要求に集中して、パレスチナ民衆との連帯運動を緊急に強化しなければならない。五つの要求とは、東エルサレムをふくむ一九六七年占領地からのイスラエル軍の無条件・即時の完全撤退、一九六七年以後に建設されたすべての入植地の解体、分離壁の破壊、イスラエルに拘束されている一万一千人の政治囚の釈放、ガザ封鎖の即時・無条件解除である。
またわれわれは、とりわけ一九四八年以来難民となったパレスチナ人の要求に重大な関心を払うべきである。彼らは完全に平等な権利と土地と水への自由なアクセスを求めている。最近のイスラエルの選挙、そしてリーバーマン(極右「わが家イスラエル」の党首)が得た高得票、一九四八年以来のパレスチナ人追放への公然たる擁護、こうしたことはこの難民たちにとって大きな危険であり、連帯運動は彼らに応える義務を持っている。またわれわれは、占領、戦争、そしてシオニスト政策全般に反対しているイスラエルの人びとを支持する。
最後に、二〇〇三年に百七十以上のNGO、アソシエーション、パレスチナ人政党によって始められたボイコット・投資撤収・制裁(BDS)キャンペーンを高めていくことがわれわれにとって不可欠であるように思われる。BDSの要求は、政府や大資本家グループの共謀を非難する目的を持った連帯運動を発展させる機会を提供している。BDSキャンペーンの最近の、そして将来の成功は、シオニスト国家を弱める役割を果たし、パレスチナの人びとと反帝国主義陣営を強化する諸条件を作りだす。この闘争の中で同時に、すべてのレイシスト的、反ユダヤ主義的、イスラム嫌悪・排斥の傾向と闘うことが必要である。(2009年2月23日)
投書
神奈川Aさん裁判に
東京高裁で勝利しよう
結城 守保(元小田急労研)
去る〇八年十二月十六日、神奈川Aさん裁判、横浜地裁で判決が出た。「逮捕不要」賠償命令を勝ち取る。三代川裁判長は「捜査の主な目的はJRCLの情報収集にあった」と言い、家宅捜査など一連の警察官の行為は、違憲・違法であると言っている。百%の勝利と言っていいでしょう。
だが県は、これを不服として一週間後の十二月二十四日、控訴した。東京高裁はこれを受け入れた。来る四月二十日、不毛な第一回裁判が始まる。Aさん事件は、「冤罪」だ。負ける事は、絶対にありません。ここで私は、第一に、Aさん裁判勝利の意味は何か。第二に、Aさん裁判の歴史的意義について、書いてみたい。
第一、Aさん裁判とは何だったのか。「〇六年十月二十四日、免状等不実記載罪(運転免許証に記載されている住所(実家)と現住所が違っていたで神奈川県公安三課に逮捕され、十日間の勾留と人権侵害の取り調べを受けた。
この弾圧は、グローバル派兵大国家化とセットである治安弾圧体制の強化の一環であり、『微罪弾圧』対象を広げていくことを目的にしていた」(勝利する会ニュースより)。
本件の問題点は、神奈川公安三課の行動です。著名な法学者、故渡辺洋三氏は「日本国憲法の精神」(P50)で、「近代憲法は公務員の活動をしばる」と言っている。「近代憲法が出てくる歴史から言っても、国家権力の作用をルールによって抑えることに意味があります。
つまり憲法というものは、国民にたいする命令ではなくて、公務員にたいする命令なのです」という。
横浜地裁の三代川裁判長は公判の中で、「免状不実記載が逮捕しなければいけない理由と判断したのはどうしてですか」と公安に問うた。公安は、答えられない。彼ら総崩れだった。Aさんを一年間も尾行してきて、不当逮捕した。許せない。
第二に、立川反戦ビラ配布事件と葛飾ビラ配布弾圧事件について整理しておきたい。
立川事件とは、「二〇〇四年一月から二月にかけて、反戦ビラ配布の目的で立川自衛隊官舎内に立ち入った三名が、住所侵入罪の容疑で逮捕・起訴された事件。一審では無罪判決。検察が控訴し、控訴審では即日上告したが、最高裁(〇八年四月十一日)で棄却され、東京高裁の有罪判決が確定した」(インターネットより)。
一審で明らかなように、私たちが自衛隊官舎に反戦ビラで立ち入ることは、正当な権利である。これを有罪判決した最高裁、私は誤判だと思う。
次です。葛飾事件とは、「二〇〇四年十二月二十三日、オートロックでないマンションのポストに、荒川さんがビラを届けていたところ、ある住民が「共産党のビラを配っている」と110番通報。亀有警察の刑事課長や公安警察官が急行し逮捕。翌夕、家宅捜索。二十三日間も勾留され、起訴した。
〇六年八月、東京地裁で無罪判決。その後東京高裁は、〇七年十二月、一審判決くつがえし有罪判決を出した」(インターネットより)。
去る二月十日の、しんぶん赤旗は、「葛飾ビラ弾圧、最高裁に上告補充書」と報道しています。本件のビラは、葛飾区議団だより、東京都議団ニュースなど生活と直結している。@地方自治の観点から荒川氏のビラ配布は正当である。A昨年の国連の自由権規約委員会の勧告からも無罪が当然であるなど五つの論点から、最高裁が言論・表現の自由を守ること、を求めている。
私たちAさん裁判。そして立川や葛飾、みな公安との闘いです。東京高裁を包囲する闘い。頑張りましょう。 (2月19日)
コラム
梅林公園で
退職が目前の或る日、仲間たちが退職祝いをしてくれることになった。立ち飲み屋で一日の労働の疲れを癒すための、なけなしの金を集める。スーパーで、ちょっと豊かな気分になる惣菜などを買う。行き先は大阪城の梅林だ。泊り明けで朝も早いのに、かなりの人出である。梅林の中央にある売店で`おでんaを仕入れる。この時期、湯気の立つ食物は貴重なのだ。
退職祝いは二回やるのだという。二回目は、桜の花の下、女たちの主催で。しかも手料理だそうだ。これまでの山菜取りの経験からすれば、年季の入ったなかなかの腕前ではある。私もまた、貰い物ではあるが、とっておきの酒を持参することにした。
私の新しい「門出」は、年金生活者としてである。聞こえは良いが、とても「年金」と呼べる代物ではない。それを補完する新しい職には、もはや手は届かない。
そして、行く手には「アメリカの崩壊」という新しい時代が始まりつつある。ソ連を中心とする労働者国家体制の崩壊以降、世界の一極支配を誇ってきた「アメリカの時代」もまた過去のものとなりつつある。この、始まりつつある新しい時代を、我々は、どのようなものとして構想することが出来るのだろうか。
グローバリズムが崩壊して、世界は「ブロック化」に向うのだろうか。それは、グローカリズム(グローバリズムとローカリズムの結合)というような単純な概念でとらえることができるのだろうか。それとも、資本主義はソ連、中国をも飲み込み、際限なくグローバル化し、覇者なき無政府化に向うのだろうか。…
「資本主義」と「社会主義」の間に、「長期にわたる過渡期」が登場しつつある。それを現実化させた要因は、一つではなく、複合的なものだ。大衆運動的には「もうひとつの世界」と総称されている。グローバリズムは、この過渡期の大衆運動を、一つの流れに結びつけた。
かつて、ロシア革命後の「戦争と革命」の時代には、この「過渡期」は短期的なものとして考えられていた。過渡期を社会主義に結びつけていくための様々な「過渡期論」が提起され論争された。`過渡期経済論a`過渡期社会論a
`労働者国家論a`過渡期綱領a…等々。
今日の新しい時代の諸条件の下で、これらの「過渡期論」が再検討され、深められていく必要があるのではないだろうか。
今、われわれ自身を含めて、左翼の政治勢力の中で再び三度、離合集散の季節を迎えている。何故、今、の問いに答えることは難しい。「仲良しクラブ」ならば安心はできる。だがそんなもので、今日の情勢に対応できるりわけがないし、生きのびることも出来ないだろう。この離合集散の「情況」を政治的に再編してみてはどうだろうか。或る日突然、もう一つの「新しい左翼」が誕生しても、ただそれだけのことにすぎないのではないか。 (灘)
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