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寄稿 移行期間から新たな段階に入った南ア        かけはし2009.2.16号

ANC(アフリカ民族会議)の分裂

福島康真(南ア在住)



 昨年十二月、南ア白人政権によるアパルトヘイト(人種隔離)政策への反対闘争わ主導し、アパルトヘイト撤廃後は与党として権力を手中にしてきたANC(アフリカ民族会議)が分裂した。この背景にはANC政権の腐敗と新自由主義政策による社会の分裂があることは確かだが、分裂したCOPE(人民会議)もまた新興中間層に基礎を置き共産党の民族民主革命路線から決別しようとしている。南ア在住の福島康真さんに、この分裂の背景を書いていただいた。(編集部)

 昨年十二月十五日、ANC(アフリカ民族会議)を離脱した 人々によってCOPE(人民議会)が結成された。南ア内陸部 のブルームフォンテインで開かれた結成大会で、反アパルトヘイト 闘争の中でANCの武装組織「民族の槍」を率いたモシュオア・ 「テラー」・レコタ元ANC全国議長が全国委員会議長 に、COSATU(南ア労働組合会議)元書記長で、ジョハネス バーグのあるハウテン州元知事のムバジマ・シロワが副議長に選出 された。
 一九一二年に結成され、南アフリカ国内外で反アパルトヘイト闘 争の中心で闘い、一九九四年に行われた全人種参加総選挙で国会議 席の六割を獲得して政権の座についたANCは事実上、分裂し た。この分裂は、現在の南アフリカに多く見られる不正、汚職、非 民主主義な傾向との関係だけでなく、南アフリカ共産党のとる民族 民主革命路線、ANC政府が積極的に採ってきた新自由主義的経 済政策との関係を含めて見ておく必要があるだろう。

COPE結成
に至る過程

 COPE結成に至る動きは、二〇〇七年七月に行われた南ア共 産党十二回党大会から始まっていた。一九九六年にANC政府が 採用した新自由主義的なGEAR(発展・雇用・再分配)政策の 結果、拡大した格差の中で、貧困を強いられた人々に対して、南ア 共産党は「われわれには我慢できないという権利がある」と呼びか け、半年後に行われるANC党大会に積極的に介入することを明 らかにした。
 ANC党大会で行われる党首選挙に向けて、大統領のタボ・ム ベキ党首に対抗するグループは、汚職事件とレイプ事件に関与した ために副大統領を解任されたジェイコブ・ズマを候補にたてた。こ のグループは、南ア共産党の影響を強く受けたANC青年同盟や、ANC 女性同盟、COSATU(南ア労働組合会議)と、その周辺に集 まったムベキ政権に不満を持つ人々から形成された不定形なものだった。
 十二月に行われたANC党大会で、会場の雰囲気をANC 青年同盟が支配する中で行われ、ムベキを破ってズマが党首に選ば れた。これによって、国家の大統領と、政権与党の党首が対立する 構造が作られた。ちなみに、この党大会で議長を務めたの が、COPEの初代党首に選出されたレコタだった。
 この大会を通して、ANCは南ア共産党のイニシアチブの下に 再編された。選出された全国委員会も、ほとんどズマ派によって占められることになった。
 二〇〇八年九月、ANC党首ズマの武器汚職事件の裁判の開始 をめぐった駆け引きが続いてきたが、ムベキ大統領が国家検察局に 圧力をかけてズマを有罪にしようとしているとして、ANC幹部 会はムベキに対して大統領を辞任することを要求。翌九月二十一日 にムベキは自ら所属するANCから追い出されるように大統領辞 任を表明し、ANC副党首のモトランテが大統領に選出された。 憲法の規定により、国会議員でないズマは大統領に選出される資格 がなかったためである。
 この一連の事態にANC内部で不満が高まり、ズマや南ア共産 党に批判的な人々によって新しい政党の結成の動きが始まった。十
月に入ってすぐ、レコタを中心に新党のための動きが公然のものと なり、十二月十六日、COPEが正式に結成された。
 COPEの結成を受ける形で、ANCは直ちに「ANC はこれからも民衆すべての希望の指針」と題した文書を発表し、そ の中で、ANCは民族民主革命を実現するための先頭に立ち続け ると宣言した。

三者政治同盟
の分解が始まる

 COPEの結成は、ANC・COSATU・南ア共産党によ る三者政治同盟の分解が始まったことを示している。一九八〇年代 の反アパルトヘイト闘争の時代に形成された三者政治同盟は、社会 運動としての性格を持っていたが、一九九四年の総選挙でANC の名の下に作られた三者政治同盟の選挙リストが圧勝して政権の座 について以降、政権を担当しつつ、同時にその性格を社会運動組織 から議会政党へとその性格を変えようとしてきた。
 この三者政治同盟は、南ア共産党の掲げる民族民主革命を実現す ることを目的として形成された社会運動であったが、一九九四年以 降の移行期間の中で、様々な矛盾と混乱が明らかになった。
 一九九六年に導入された新自由主義的経済政策の下で、貧困層は ますます周辺に追いやられた一方で、アフリカ人の間からブラッ
ク・ダイヤモンドと呼ばれる中間層が登場して、貧困の象徴だった 旧黒人居住区の中に大規模ショッピングモールが次々と建設される など、消費が加速度的に拡大してきた。
 このように人々を取り巻く状況が変わっていく中で、解放運動の 性格を内包する三者政治同盟の存在そのものが、とりわけ経済界や アカデミックの中で議論されるようになってきた。ANCはい つ、三者政治同盟を止めるのかと。
 COPEの結成は、このような流れの中で起きたのであり、そ れは十五年にわたる移行期間から次の段階に南アの社会が入ったこ とを意味している。

政治的性格
と階級的基盤

 COPEはCongress of the People(人民議会)の省略 形だが、この名称は、南アの歴史にとっては重要である。一九五五 年、ジョハネスバーグ近郊のクリップタウンに集まった人々によっ てアパルトヘイト後の南アに関する基本文書として「自由憲章」が 採択されたが、その会議が「人民議会」である。自由憲章は、基幹 産業の国有化などを含めた簡潔な宣言文で、一九九六年に採択され た現在の南ア憲法の基礎的文書とも言われている。
 そういうわけで、ANCは新しい党がCOPEを名乗ること に強く抵抗したが、裁判所はCOPEという名称の使用を認める 判断を下している。
 結成大会で採択された政策文書によると、COPEは民主主義 を強調した上で、新自由主義経済政策の下で低金利、通貨安、輸出 主導による経済刺激策をとり、「斬新な方法」で貧困削減と雇用の 創出を行うとしており、現在ANC政府がとっている政策から大 きく変わるものではないことが分かる。
 このように見てくると、COPEはかつての民族主義的な社会 運動の歴史を基礎としつつも、 南ア共産党の民族民主革命路 線から決別し、不正、汚職に対して批判的で、民主主義を求める、 新興中間層を中心としたプチブルジョアジーに基盤を置いていると 言えよう。

拡大する矛盾
と左派の動向

 ANCの分裂に際して、COSATU内の左派組合や社会運動 団体は、 南ア共産党の民族民主革命路線に対する批判を含め て介入することができなかった。反グローバリゼーション運動に基 礎を起きつつ、ANC政権の経済政策を批判しながら三者政治同 盟に左から関わってきた社会運動は、このANCの右分裂に対応 することができなかった。

 二〇〇九年に入ってから、西ケープ州COSATUリーダーを中 心とした労働組合左派グループによる新たな動きが始まった。社会 運動と一緒に貧困撲滅キャンペーンを行ってきたこのグループの動 きがどう発展していくのかは、まだ不透明な段階にある。
 アパルトヘイトが廃絶して十五年。ますます拡大する矛盾と格差 は、アパルトヘイト時代のそれよりも厳しくなっているとさえ言わ れている。世界の注目を浴びて生まれた「新しい民主的な南アフリ カ」は、これからどこへ向かうのか。今年行われる予定の総選挙は、大きな節目になるだろう。





『ニューズウイーク』が特集
反資本主義政党が大人気、共産主義に揺れるフランス

 「Newsweek」(ニューズウイーク)日本版2月11日号は「資本主義VS社会主義」という特集で、「トロツキスト政党が大人気 共産主義に揺れるフランス」と表紙に見出し。
 本文では4ページにわたり「郵便局員が率いる『共産主義』革命」という、LCR、反資本主義新党とブザンスノー同志にスポットライトを当てた記事が掲載されブザンスノーを「サルコジ大統領の『最強の対立候補』」だとしています。
 また英労働党下院議員で元欧州担当相のデニス・マクシェーンが書いた「左のうねりが怒れる街を覆う」と題した記事では、「フランスの社会主義政党(社会党?)は5年にわたる主導権争いで有権者に相手にされなくなったが、そんな空白を埋めたのが『反資本主義新党』だ。若い郵便配達員オリビエ・ブザンスノが、ばらばらの政治勢力を旧共産党のような勢力にまとめ上げ、次の選挙では最大20%の票を獲得する可能性がある」としています。
 二月六日から八日、フランスでは反資本主義新党の結成大会が開催されました。次号以後でその模様を掲載します。   (K)



コラム

「世界のソニー」まで


 先日ラジオで老歴史学者が嘆いていた。「百年に一回といえばなんでも許されるのか。今時の経営者はモラルがない。あの世界のソニーまでもが」。矢沢永吉のテレビコマーシャルと同じ言葉を使ってまで彼がかみ付いたのは、昨年十二月ソニーの中鉢良治社長が一万六千人のリストラを発表した記者会見での「株主の期待は……雇用を優先して損失を出すことではない」という発言である。彼は続ける。「生産部門より財務部が権限を持ち、……金融工学とやらでワケのわからぬ合成証券に手を出し破産した。戦後日本の繁栄は株主より従業員を大切にした日本型資本主義が支えた。それをアメリカと同じ暴走資本主義の国にしようと……小泉・竹中コンビの所業です」。
 彼が指摘するように「日本を代表する大企業」の経営者の驚天動地な言動が続いている。二年前に朝日新聞がキャノンの「偽装請負」を指摘したことにより、宇都宮と大分の工場が労働局から是正勧告を受けた。怒った御手洗は経団連会長であることも忘れて盗人たけだけしく「偽装というがおかしいのは法律の方だ。法律を変えるべき」と居直り、他方では朝日新聞への商品広告を一年半にもわたって中止し、当時経団連の副会長を出していた松下電器もそれに追随した。昨年秋には前経団連会長であるトヨタの奥田硯が年金問題で新聞やテレビが厚労省批判を繰り返したことに対して「マスコミに対し、なんか報復でもしてやろうかな。たとえばスポンサーにならないとか」と広告料を持ち出して自由な言論を封殺しようとするあからさまなどう喝を行った。
 こうしてみると「モラルを欠いた発言者」に共通しているのは「規制緩和」に乗った「勝ち組」であり、財界総理と呼ばれる経済界の中枢に位置する者たちの傲慢不遜の現れだ。老学者の気持ちはわかるが、戦後日本の中心に位置した経営者に「人間らしいモラル」があったと思えない。何度となく繰り返された炭鉱での爆発や落盤事故、被災者が拡大し続けても工場排水のたれ流しを認めなかったチッソ水俣など例をあげれば切りがない。
 戦後直後には米占領軍があり、その後は産別―総評に体現された一定「強固」な労働組合運動が存在し、かつ労働基準法を含む労働三法が経営者を規制していた結果、彼らもまた安易な言動ができなかったに過ぎない。六〇年代後半企業との一体をめざすIMF・JCが台頭し、総評が解体され、国労を中心とする公労協などの戦闘的な労働組合運動が後退する。この機を利用して労働三法が改悪された。これが労働者を人間としてみない「傲慢」な経営者の登場を許した。
 昨日書店でオリックス宮内義彦の「経営論 改訂版」を手にした。彼は早くから「かんぽの宿」をねらっていたことがわかる。彼もまた「モラル」なき「規制緩和」の政商といえる。
 彼らを統制できるのは労働者の闘いだけである。      (武)

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