| 対案も財源もある!政治的意志と行動こそが求められている--- |
食糧・金融・気候変動の危機
二〇〇八年は、一九八〇年代以降の世界経済を規定してきた新自由主義の破綻が劇的な形で明らかになった年として、歴史に記録されるだろう。
〇七年二月に国連「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)第一作業部会によって発表された第四次報告書は、地球温暖化が人間の活動の結果であると結論付け、温室効果ガス排出の大幅な削減にただちに取り組まない場合の地球環境の危機について詳細な予測を示した。気候変動の影響はすでに、海面上昇、自然災害、干ばつを通じて、とりわけ「南」の諸国の人々の生存に大きな脅威をもたらしてきた。大量生産・大量消費・大量廃棄を特徴とする経済・社会モデルが持続不可能であることが明らかとなり、「持続可能な発展」に向けたさまざまな提言、運動、闘いが多くの人々の間で共有されてきた。
〇八年には、国際的な食糧価格の上昇によって、多くの国で食糧暴動が起こった。小麦価格が一年間に一三〇%上昇し、コメの価格は〇八年の最初の三カ月間に二倍になった。一方でカーギルやモンサントなどのアグリビジネス(農業関連企業)は空前の利益を上げている。〇八年七月の北海道・洞爺湖におけるG8サミットに反対する行動に参加したビア・カンペシナ(「農民の道」)等のグループは、貿易自由化と不公正な交易条件によってもたらされたこのような災禍に対して、「食料主権」を取り戻そうと訴えた。
そして〇八年九月以降世界を震撼させている米国発世界金融恐慌は、新自由主義の時代の終焉を一挙に現実化した。「小さな政府」や「高リスク・高収益」というお題目はあっさり投げ捨てられ、「気前のいい政府」、「リスクは社会に、収益は企業に」が新しい国際基準となった。
インドのエコロジー活動家のヴァンダナ・シヴァ(敬称略、以下同様)は、次のように述べている。
「三つの危機(食糧、金融、気候)は相互に結びついており、したがってその解決策も相互に関連する」。
「化学肥料・農薬や遺伝子組み換え作物に依存する農業は、外部から高コストの種子や肥料等を購入するために融資と信用を必要とする。信用は債務につながり、債務は農民の自殺につながる。公式の統計によると一九九七年以降インドで十六万人以上の農民が自殺している。一九九七年は種子の取引が『自由化』され、独占的な種子販売業者が登場した年である」。
「化学肥料・農薬と信用に依存する農業は、巨大企業に支配される農業である。遺伝子組み換え種子を販売する五つの巨大企業が世界の種子と肥料・農薬を支配している。穀物を供給する五つの巨大企業が、食糧供給を支配している。企業が農業を支配すると種子や食糧が商品になる。商品は企業の利益を最大化する。利益が農業の主要な目的となり、地球環境や、生物種や、人間のことは考えなくなる。……」。
「世界銀行によると、食糧価格上昇の七五%は食糧のバイオ燃料への転用によるものであり、残りの二五%はヘッジファンドや投資銀行の投機によるものである。金融崩壊をもたらしたのと同じグループである。これは需要と供給の関係の問題ではなく、グローバル・カジノの問題である」。
「金融危機、食糧危機、気候危機には共通の根がある。債務を基礎とする経済である。自然への債務、農民の債務、市民の債務。それはフィクションによって支配される経済である。つまり、企業が法律上の人格(法人)であるというフィクション、デリバティブや先物や担保証券というフィクション、モンサントなどの企業が種子を発明したというフィクション(知的財産権)である」(「食糧、金融と気候――三重の危機、三重の機会」Zネットのウェブ、11月22日付)。
資本家たちは「百年に一度の危機」に慄いている。資本家にとっての「百年に一度の危機」は、われわれにとっては、そのような「債務を基礎とする経済」、「フィクションによって支配される経済」からの根本的な転換を実現するための百年に一度のチャンスであるはずである。危機は始まったばかりであり、少なくとも当面の数年間は、いかなる安定もありえないだろう。
九〇年代後半から世界的に拡大し、発展してきた新自由主義的グローバリゼーションに反対する運動(あるいは「オルタグローバリゼーション運動」)は、大きな飛躍のチャンスを前にしている。本稿では、気候変動問題に即して、われわれの運動の課題を提起する。
過去最高の温室効果ガス排出量
環境省は十一月十二日、〇七年度の温室効果ガス排出量の速報値が過去最悪だったと発表した。メタン、代替フロンを含む温室効果ガスの排出量は、CO2に換算すると十三億七千百万トンとなり、対前年比で二・七%の増加であり、京都議定書に基づく削減目標の基準となる一九九〇年との比較では八・七%超過となっている。
二〇〇八年から二〇一二年の平均で基準年より六%低い水準に抑制するという目標の実現は絶望的な状況となっている。
京都議定書の削減目標そのものについて、その効果や、基準の合理性について多くの問題が指摘されているし、温暖化の直接の犠牲に直面している「南」の諸国からは目標が不十分であるという強い批判が繰り返されている。しかし、この目標は最小限の義務であり、二〇一三年以降に向けて京都議定書をさらに前進させるための前提である。
日本政府は一貫して目標達成のための強制力を伴う政策の実施を拒否し、業界の自主的目標(経団連自主行動計画)に委ねるという立場に固執している。
キャップ&トレード方式の国内排出量取引の導入を要求している気候ネットワークの浅岡美恵代表は、次のように指摘している。
「経団連自主行動計画を中核とする日本の温暖化政策を事実上規定してきたのは、経団連と基本的にこれと軌を一にする経済産業省の主張である。これまで京都議定書第一約束期間(二〇一二年まで)を超える議論を封じてきたが、G8を機に、中期目標についてはセクター別積み上げ方式による関係業界と国全体の中期削減目標の最小化、その達成方法としてもキャップ&トレード型排出量取引導入ではなくセクター別アプローチ、さらに国際的に排出量取引制度の導入が不可避となれば、自主行動計画の生命線である原単位効率目標を含む自主目標設定方式による『取引』スタイルへの衣替えへと変わってきている」(「『日本版』排出量取引の正体」、『世界』08年11月号)。
つまり、政府が試験的に導入しようとしている排出量取引は、事業所ごとに排出量の上限(キャップ)を設定し、その目標を達成できない場合に「排出権」を購入しなければならないという制度ではなく、自主的目標が基準となる。しかも、目標設定においては、原単位効率、つまり一単位の産出に伴う排出量を削減するという方式であり、目標が実現できたとしても産出量そのものが増えれば、排出量の総量は増えることになる。
「経団連の主張の中心的業界は、排出量で日本の約三〇%を占める電力と、一四%を占める鉄鋼業界である。[彼らが主張するように]これらの業界のCO2原単位が世界の最高水準にあるかどうかについては議論がある。いずれも自主行動計画の目標達成が困難で、第一約束期間についてはその達成のために海外からクレジットを購入して達成するとしている。
……このような経団連の主張に共通して欠けているのは、第一に、温暖化の悪影響の深刻さを踏まえ、気温の上昇を二℃程度に抑制しようとする大目標であり、そのためには共通だが差異ある責任の基本原則にもとづき、二〇一三年以降も日本も大幅削減が不可避であるという認識である」(同)。
日本政府および経団連の政策のもう一つの問題は、削減目標の中で、火力発電から原子力発電への転換が大きな割合を占めていることである。これは気候変動への関心の高まりを原発推進のテコにしようとする動きであり、特に警戒する必要がある。〇七年度の温室効果ガス排出量増加の主な原因は、原発の稼働率の低下であると言われている。しかし、そもそも原発の稼働率アップを削減目標達成の計画に組み込んでいること自体が許されるべきでない。
日本政府および経団連のこうした無責任な政策の結果、日本は京都議定書の目標不達成を埋め合わせるために、外国から大量の「排出権」を購入せざるを得なくなっている。日本政府は〇八年から二〇一二年までの五年間に排出権を約一億トン購入することを想定している。現在の取引価格で約二千億円である。すでに排出権取引に投機マネーが大量に流入しており、実際の購入価格はこの数倍になるかも知れない。
日本政府や経団連の自主行動計画やセクター別アプローチによる目標達成が現実的でないことはすでに明らかになっている。主要排出源となっている産業・企業への強力な規制と、それを補完する国内排出量取引の導入に向けて、重要な転換が必要とされている。それは、化石燃料の大量消費に過度に依存してきた経済・社会のあり方の根本的な転換を伴うものである。
排出量取引そのものについて、運動の内部においてもさまざまな異論があり、さまざまな問題点も明らかになっているが、それについては本稿では触れない。筆者の立場については、本紙08年1月1日号および同5月19日号掲載の拙稿を参照していただきたい。また、十二月一日から十二日までポーランドのポズナンでCOP14(第14回気候変動枠組み条約締約国会議)が開催されているが、本稿執筆の時期と重なっているため、別の機会に言及する。
自動車産業の危機と「緑の雇用」
〇八年に発生したもう一つの重要な危機は米国自動車産業の危機である。米国の自動車産業は、大量生産・大量消費によって特徴づけられる二十世紀の資本主義の主要な牽引力であった。それはまた、石油を大量に消費し、環境を破壊する最大の要因の一つでもある。
かつて、米国資本主義を象徴したビッグ・スリー(GM、フォード、クライスラー)がいずれも公的資金の投入なしには年内にも破綻するという危機に見舞われている。ビッグ・スリーが倒産すると、部品メーカーを含めて約五百万人の雇用が失われると言われている。
ビッグ・スリーの危機は、デトロイトや米国中西部の多くの町に深刻な影響をもたらしている。〇四年以降だけで二十万人が雇用を失ったが、今後、たとえ公的資金投入によって経営が一時的に立ち直ったとしても数万人規模の人員削減が予定されている。デトロイトではすでに四万戸の住宅がローンの支払いができないために差し押さえられている。
ビッグ・スリーの経営者たちは、なりふり構わず、公的資金投入のためのロビー活動を展開している。オバマ次期大統領と民主党は、大統領選挙後に早々と自動車産業救済を打ち出した。
「レイバーノーツ」誌のマーク・ブレンナー、ジェーン・スローターは「デトロイト・ニュース」紙(ウェブ版)12月4日付で次のように述べている。
「必要なことは、会社のジェット機を売り払うことを条件として公的資金を注入するというような中途半端な措置ではなく、この国が必要としていることを全面的に検討することである。
われわれの最初のステップは交通システムの徹底的な見直しを通じて、地球温暖化および石油への依存と闘うことである。連邦政府の政策はガソリンが一ガロン五セントで手に入った一九五〇年代以来変わっていない。
一九四一年に、『民主主義の兵站基地』と呼ばれたデトロイトは、わずか数週間の間に、自動車の生産から戦車の生産に切り替えることができた。われわれは、州間高速道路網に代わる今世紀のシステムを作ることができるし、大量輸送・高速鉄道を建設することができるだろう。石油を使わない自動車の開発も同様に緊急の課題である。米国の技術者が、宇宙空間からあなたの免許証を読み取ることができるような人工衛星を開発する能力があるのなら、ガソリン・エンジンに代わるシステムを開発することもできるだろう」。
CAW(カナダ自動車労組)の元会長補佐のサム・ギンディンも、自動車産業の過剰な生産能力が問題なのであり、環境や地域に役立つ新しい雇用機会の創出が必要であると指摘している(『労働情報』誌08年12月15日号を参照)。
このように、クルマ社会からの転換が具体的かつ差し迫った課題に上り始めている。これはCO2排出量の大幅削減のための重要な可能性をもたらしている。
気候変動と金融危機の中で、国際労働組合総連合(ITUC)とILOが「緑の雇用」とディーセント・ジョブ(公正な雇用)を提唱していることにも注目すべきである。ITUCはまた、ヘッジファンドや金融投機への規制を要求し、国際通貨税の導入をはじめとする一連の政策を提起している。
自動車産業の危機はビッグ・スリーだけでなく、米国を重要な販売拠点とする日本やヨーロッパのメーカーにまで及んでいる。日本においては、そのことが即座に下請けや派遣労働者の切り捨てという問題を生み出しており、そのような解雇を許さない闘いが必要である。しかし、同時に、トヨタをはじめとする自動車産業の危機は、工業製品の輸出に依存した経済のあり方、つまりコスト切り下げ競争や、工業製品の市場開放の代償としての農産物市場開放・国内農業の切り捨てからの転換のチャンスでもある。
環境ニューディールと社会主義
〇七年から〇八年の一連の危機の中で新自由主義の破綻が明確になり、「もう一つの世界」が可能であるばかりでなく、現実的な課題となっている。〇八年七月のG8反対行動のために来日したスーザン・ジョージが東京や札幌の集会で発言したように、「G8には正統性はない。私たちには対案があり、アイデアがあり、ネットワークがある」。
一九九〇年代後半以降に、新自由主義グローバリゼーションに反対する運動の中で、さまざまな対案が提起され、検討・共有されてきた。参加型の民主主義的でダイナミックな運動のプロセスについても、さまざまな経験が蓄積されてきた。
提起されている多くの対案は、新自由主義モデルを批判・拒絶し、公正で、持続可能な、すべての人々の基本的権利と尊厳が優先される社会をめざすことを共通の土台としていると言えるだろう。その上で、そのような理念を体現する社会のモデル、イメージについては、改良資本主義からいろんな種類の社会主義まで、さまざまなことが語られている。重要なことは、そのような多様性こそが運動の力となっているということである。
ATTACフランスのリーダーとして知られるスーザン・ジョージは、一九三〇年代の米国のニューディール政策をモデルに、エコロジカル・ケインズ主義を提唱している。彼女はTNI(トランスナショナル・インスティテュート)や「カジノ・クラッシュ」のウェブ等に次々と鋭い分析や大胆な提言を発表している。『ニューサイエンティスト』誌10月15日号に掲載された「私たちは大きく考えるべきだ」と題する論文で彼女は次のように述べている。
「環境メルトダウン(融解)と闘うためには[ニューディール政策と]同じような努力が求められる。それは思ったほど難しいことではないだろう。……
しかし、そのための資金はどこにあるのか? 実際には世界は資金にあふれている。米国の巨大金融企業のメリルリンチによると、世界の一千万人の人たちが投資可能な四十兆ドルの資金を保有している。銀行には、公的資金投入と引き換えに、融資の一定割合を環境保護に役立つ製品や製造工程のために低利で融資することを義務付けるべきだ。その埋め合わせのために、温室効果ガスを大量に排出する企業に対して一〇%の金利を課せばよい。……
環境の危機はグローバル金融システムをコントロール下に置くための理想的なチャンスを提供している。国際通貨取引やその他の市場操作に課税するためには、政治的意志といくつかのソフトウェアがあれば足りる。貧困国の債務帳消しは実行されなければならないし、それは森林の再生、土壌の保全等のためのグローバルな努力への寄与と結び付けられる必要がある。タックスヘイブンを廃止すれば各国政府に総額で少なくとも年間二千五百億ドル以上の税収が入る」。
ヴァンダナ・シヴァは先に引用した論文の結論として「生物多様性とエコロジーを基礎とする農業こそ、工業化された農業よりも栄養価が高い作物を生産し、単位面積当たりの収穫量も多い。それは温室効果ガス排出量を減らし、気候変動を緩和でき、また気候変動への適応を助けることができる。それは農民を債務と自殺の連鎖から解放する」と述べている。
新自由主義的政策の導入とその破綻が他の地域より先行したラテンアメリカにおいては、新自由主義からの離脱の試みがすでに一九九〇年代末から、政府レベルで始まっている。それは米国の影響力から脱して、ラテンアメリカの地域的な経済協力と自立を進める流れとして定着しつつあり、現在では、UNASUR(南米諸国連合)、メルコスール(南米南部共同市場)、ALBA(アメリカ諸国のためのボリバール・オルタナティブ)、「南の銀行」等の形で現実化しつつある。
とはいえ、ラテンアメリカ各国は数世紀にわたる従属的経済、圧倒的多数の人々の貧困、米国やその支援を受けた勢力(多くの場合、軍とつながっている)による敵対の中で、解放のための矛盾に満ちたプロセスの中にあり、過剰な思い入れや性急な失望は自重すべきだろう。
その中で、チャベス大統領のベネズエラとともに、社会主義を掲げているボリビアのエボ・モラレス大統領の立場は、エコロジー社会主義を指向している点で注目される。また、エクアドルのラファエル・コレア政権の下で、新憲法に「社会・連帯経済」をはじめさまざまなユニークな規定が導入されている。
ボリビアとエクアドルの挑戦
ボリビアのエボ・モラレス大統領は〇八年四月に国連社会経済理事会の先住民問題常設フォーラムで、「地球を救う十の掟」と題する演説を行った。『派兵チェック』第一八七号(08年5月15日号)に掲載されている太田昌国の「生態系債務の主張と『洞爺湖サミット』議長国」と題するレポートによると、この演説は次のような内容になっている(現代企画室のウェブより転載)。
1 資本主義モデルを廃絶する。南や世界中が対外債務を支払い続けるのではなく、北はエコロジカル・デット(生態系への債務)を支払わなくてはならない。
2 戦争をなくさなければならない。戦争に使われる多額のドル資金は、虐待と過剰搾取によって傷ついてきた地球の回復のために投資されるべきである。
3 帝国主義と植民地主義を排し、国と国の間における従属ではなく共生の関係を発展させる。対話と社会的共生の文化をもつわれわれにとって、二国間・多国間関係は重要だが、それは一国が他国を従属させるものであってはならない。
4 水は人権であり、すべての生き物の権利である。水の私物化政策は許されない。
5 エネルギーの浪費をやめ、自然と親和的なクリーン・エネルギーの開発を行う。アグロ燃料を推進してはならない。人間のための食糧生産ではなく贅沢な車を走らせるために土地を確保するような、一部政府と経済開発モデルなど論外だ。
6 母なる大地に敬意を。母なる大地を尊ぶ先住民族の歴史的な知恵に学べ。
7 水、電気、教育、保健医療、通信、集団輸送などの基本的サービスは人権であり、民営化されるべきではない。
8 地産地消を原則に、必要な分だけを消費し、過剰消費に終止符を打つ。
9 文化的・経済的多様性を守る。われわれは多様であり、それがあるべき姿である。すべての人が含まれる多元的国家をめざすべきである。
10 他者を犠牲にすることなく、すべての人びとが良い人生をおくることができることを願う。母なる大地との調和のうえに、共同体的社会主義を打ち立てるべきだ。
一方、エクアドルのラファエル・コレア政権は、「中道左派」路線を指向しており、ベネズエラのチャベス政権とは一線を画しているが(特に、コレア政権がチャベス政権からの軍事協力提案を拒絶したことは示唆的である)、市民参加や生態系の保全においては、よりラディカルな政策を採用している。たとえば、ヤスニ国立公園地区(熱帯雨林)の地下に埋蔵されている石油の採掘を放棄する代償に、富裕国は年間三億五千万ドルをエクアドルに提供するべきであると提案した。また、債務の問題については市民参加の監査委員会が精力的な活動を展開している。
エクアドルではまた、先住民のコファンの人々が、シェブロン(旧テキサコ社)の石油採掘によるアマゾン森林の汚染と生活破壊(「アマゾンのチェルノブイリ」と呼ばれている)に対して百二十億ドルの補償を求めて訴訟を起こしており、政府もこの訴訟を支援している。
〇八年九月二十八日の国民投票で承認されたエクアドルの新憲法には、次のような特徴的な条項がある(以下、神奈川大学・新木秀和さん作成の資料より抜粋)。
「国内の軍事基地を外国の軍隊ないし安全保障勢力に譲渡することを禁止する」(第五条)。
「透明性・社会コントロール権」(第二〇四―二一〇条)、社会団体や市民から選挙で選ばれる市民参画・社会コントロール審議会。
「私的所有は社会的・環境的機能を果たさなくてはならない」(第三二一―三二三条)。
「中央政府はエネルギー資源の排他的管轄権を有する」、「国家は天然資源の利用による利益に関し、それを開発する企業が得る利益の半分あるいはそれ以上を得る」、「すべての形態のエネルギー、通信、再生不可能なエネルギー、パイプライン、炭化水素精製、生物多様性、および遺伝遺産、電波スペクトル、水を戦略的部門と見なす。国家は戦略的部門の運営、規則制定、管理、および運用権を有する」(第二六一、三一三―三一八、四〇八条)。
「社会・連帯経済体制」、「自然との調和の中で社会、国家および市場との間に活発でバランスのとれた関係を築く。より良き生活を可能とするため、物質および非物質の生産ならびに再生産を保障する」、「経済体制は公共、私営、共同、混合および連帯経済組織の形態により構成される」(第二八三・二八四条)。
「国家のすべてのレベルにおける公的債務の契約は計画および予算のガイドラインにより判断され、法律に従い、債務・財務委員会の承認の下で実施される」、「公的債務が国家主権、権利、より良い生活および自然保護に悪影響を与えないよう監視する」(第二八九―二九一条)。
気候変動問題の根本的な解決
〇九年のコペンハーゲンにおけるCOP15、二〇一〇年の名古屋における第十回生物多様性条約締約国会議は、国連のイニシアチブによる地球温暖化問題、環境・生態系の問題への国際的取り組みの重要な焦点となっている。
米国がオバマ政権の下で気候変動枠組条約に復帰することが予想され、中国においても環境問題の深刻化の中で、開発政策の見直しが進められている。
しかし、現在の交渉が温室効果ガス排出量の削減目標をめぐる駆け引きに終始し、根本問題の解決とはかけ離れた内容であることに、とくに「南」の諸国の政府や運動団体から批判が高まっている。
ボリビアのモラレス大統領は、次のように指摘している。
「米国とEUは、銀行・金融機関が自ら引き起こした金融危機から彼らを救済するために四兆一千億ドルを投じる一方で、気候変動に関連して投じる予算はその三百十三分の一の、わずか百三十億ドルである。
気候変動に関連して投じられる資金の配分も不公正である。排出を削減するために多くの資金が投じられ、気候変動の影響を軽減するためには少ししか資金が投じられない。最も多く環境を汚染してきた国に資金が割り当てられ、最もよく環境を保護してきた国には割り当てられない。CDM(クリーン開発メカニズム)プロジェクトの約八〇%が四つの新興国に集中している」(「資本主義から地球を守れ」08年11月28日、オーストラリアで発行されている左翼誌『リンク』誌より)。
モラレス大統領は、「先進国」が贅沢と浪費を特徴とする消費パターンを変えること、二〇一二年までに温室効果ガス排出量を五%以上削減するという目標を厳格に守ること、二〇二〇年までに四〇%、二〇五〇年までに九〇%削減することを約束することを要求している。また、「先進国」は環境に対する債務の返済の一環として、発展途上国の気候変動への適応と影響の軽減を支援するための総合的な金融メカニズムを国連の下に設立するべきであると主張している。このメカニズムは、「先進国」のGDPの一%以上の拠出金と、石油・ガソリン税、金融取引税、海上輸送税・航空税等を原資とする。モラレスはまた、環境技術は公共の財産とされるべきで、私的な独占あるいは知的財産権の下に置かれるべきでないと主張している。
アクション・エイド、ジュビリー・サウスをはじめとするNGO・社会運動団体は〇八年十一月にワシントンDCで開催された気候変動に関する国際フォーラムで、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下に「グローバル気候基金」を設立することを提案する共同声明を発表した。この提案は、G77諸国と中国によって提案されている気候変動問題に取り組むための新たな資金調達システムの構想を支持し、その原則や運営方法についてより厳格な条件を提案している。
第一に、この基金は、気候変動の影響の緩和や適応、森林伐採による排出量増加の抑制等のために十分な金額を持続的かつ強制的(自動的)に調達できなければならない。英国政府特別顧問のニコラス・スターンによる報告書(「スターン・レビュー」)によると、大気中の二酸化炭素濃度を五百PPMレベルに抑制するためには毎年、世界のGDP約二%(1兆2千億ドル)の費用がかかる。さらに、「適応」(温暖化の影響の軽減)のための費用が数千億ドルと推定される。このコストが、「共通かつ差異のある責任」の原則に基づいて、各国の歴史的および現在の地球温暖化への寄与、負担能力等を基に配分されなければならない。
第二に、この基金の運営は、民主主義的かつ透明でなければならず、貧困国や気候変動の影響が最も大きい国の立場が十分に反映されなければならない。市民社会や社会運動や先住民の代表が正式に参加できなければならない。
第三に、この基金は、気候変動の影響を受ける人々の参加が十分に保障されるように、各国が独立的かつ民主主義的なプロセスを通じて決定した国内行動計画に対して資金および技術面での支援を提供をしなければならない。また、「発展途上国」における環境技術の開発や人材育成への援助が必要である。さらに、この基金は政府機関を通じて配分されるだけでなく、地域社会にも直接に配分されるべきである。この基金は、人々の食料およびエネルギーに対する主権とジェンダー間の公正を強化するものでなければならず、危機の根本問題に対処するものでなければならない。
本稿で引用したすべての提言は、気候変動問題が「先進国」と「発展途上国」の関係、そして「先進国」の大量生産と大量消費(および「発展途上国における過度の輸出依存という歪んだ経済成長のパターン)の根本的な転換なしには解決しないことを強調している。そして、〇七年から〇八年にかけての世界金融危機の中で、そのような転換が非常に具体的・現実的な問題として提起されるようになっている。
これまで、新自由主義反対の運動からの対案に対しては、「競争を阻害する」、「財源がない」という反論が強力に立ちふさがっていた。しかし、ルールなき競争の行き着く先は世界最大の金融機関、世界最大の自動車メーカーの経営破綻だった。巨大化しすぎて倒産もできないほどに「競争力」を強化してきたのである。そして、金融機関や自動車産業の救済のための財源を問題にする論調はどこからも聞かれなかった。財源はある、必要なのは政治的意志と行動である。(小林秀史)
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