かけはし重要記事

frame01b.html

もどる

代替基地設置協の「基本計画案」決定を糾弾する    かけはし2002.8.12号より

沖縄・辺野古の海に米海兵隊の巨大な新基地を作らせるな

グローバル戦争出撃拠点化許すな

 七月二十九日に首相官邸で行われた、米軍普天間飛行場の移設に伴う代替施設協議会の第九回会合で、新たな米海兵隊ヘリ基地の建設位置を名護市東海岸の辺野古沖のリーフ上とし、埋め立て方式の「軍民共用空港」とすることなどが基本合意された。滑走路の長さは二千メートル(施設の全長二千五百メートル)、面積は約百八十四ヘクタール、工期は九・五年、建設予算は三千三百億円、年間維持費八千万円とされている。政府は、今後三年間環境アセスメントを実施した上で、基地建設をスタートさせる方針である。沖縄県、名護市が「基地受け入れ」の条件としていた「十五年期限」問題は、日米両政府によって完全に無視されている。
 すでに米軍基地の七五%が集中している沖縄に、新たな米軍基地を押しつけ、犠牲を強要しようとする「基本計画」合意をわれわれは怒りをもって糾弾する。名護市では、さる七月二十三日にパイナップル畑で農作業中の男性に、約二メートルの至近距離で米軍キャンプ・シュワブ演習場「レンジ10」から発射されたM2重機銃弾が着弾するという事件が発生した。一歩間違えれば、生命が奪われる事故だったのだ。名護市議会は七月二十五日に全会一致で「実弾射撃訓練の中止と基地の整理・縮小」を求める意見書、抗議決議を可決した。
 米軍による事故や犯罪は今年になっても続出しており、基地の存在と住民の安全が両立しえないものであることはますます明らかになっている。辺野古沖への巨大な恒久的米海兵隊基地の建設は、こうした基地被害をさらに激化させ、貴重なサンゴの海、ジュゴンの泳ぐ海を破壊するものとならざるをえないのである。
 一九九五年九月の米兵による少女への性暴力事件をきっかけにした沖縄における反基地闘争の高揚は、日米両政府に在沖米軍基地問題への対処を余儀なくさせた。こうして同年十一月に、SACO(沖縄米軍基地に関する特別行動委員会)が発足した。日米両政府は、基地の整理・縮小という要求を逆手にとって、老朽化した普天間基地に代わる最新鋭の海兵隊基地を建設し、新しいアジア・太平洋安保の下での米軍基地の再編・強化をすすめることをもくろんだのである。
 一九九六年四月の橋本・モンデール会談で普天間基地の全面返還の代償に、県内にその「代替施設」を建設することが合意された。九六年十二月にはSACO最終報告が承認され、普天間飛行場の代替施設を「沖縄本島東海岸」に海上基地として建設する方針が打ち出された。九七年四月には名護市の比嘉鉄也市長(当時)が「キャンプ・シュワブ海域の事前調査」受け入れを表明、名護市では地元建設業などが北部振興策とからめた基地受け入れの動きを強め、これに対して名護の市民、とりわけ建設予定地とされた東海岸の「命を守る会」や「二見以北十区の会」などの住民組織が「基地建設反対、ジュゴンの海をこわすな」と反対運動を出発させた。
 一九九七年十二月に行われた住民投票では、防衛施設庁などの総力を挙げた切り崩し工作にもかかわらず反対票が条件付き賛成票を上回り、名護市民は明確に基地建設に反対の意思を表明したのである。その直後、比嘉市長は住民の意思を踏みにじり「基地受け入れ」と同時に辞任を表明。翌九八年二月の市長選では、その直前の大田知事の「基地受け入れ拒否」表明の中で、基地受け入れ派に推された岸本建男現市長が僅差で当選した。この時、岸本市長は基地建設については「知事の判断に従う」と述べた。
 九八年十一月の県知事選は、名護新基地問題が重要な争点の一つとなったが、「十五年使用期限付きでの北部軍民共用空港」案を掲げた保守派の稲嶺恵一現知事が大田三選を阻んで当選し、新基地受け入れに向けた動きが加速した。稲嶺知事は九九年十一月に「普天間代替施設」の移設先を「米軍キャンプ・シュワブ水域内の名護市辺野古沿岸域」と発表し、同年末には岸本名護市長も「苦渋の選択」として受け入れを表明した。九七年十二月の住民投票で示された反対の意思は反故にされた。
 こうして二〇〇〇年には、政府と沖縄県・関連自治体による「代替施設協議会」がスタートし、G8サミットの名護市開催と合わせて政府や、振興策の利権にからんだ地元財界などの圧力がエスカレートして反対運動は困難な局面を迎える。「ヘリ基地反対協」などが進めようとしていた市長リコール運動も、沖縄マスコミもふくむ「サミット歓迎」の重圧によって中途挫折を余儀なくされた。そして今回の、「基本計画」決定がなされたのである。
 しかし辺野古への新基地建設「合意」は、稲嶺沖縄県政、岸本名護市政に新たな矛盾を作りだしていくだろう。何よりも珊瑚礁の海を埋め立てて建設される巨大な恒久的基地(米軍の資料では使用年数四十年、耐用年数二百年である)は、「十五年期限」という稲嶺や岸本の「受け入れ条件」の欺瞞性をあらためてあらわにするものであり、日米両政府は「十五年期限」問題を一顧だにしていない。すべては米軍の「必要性」によって規定されているのである。「基地使用協定」の問題もすべては今後に委ねられている。さらに「埋め立て方式」による基地建設は、絶滅危惧動物であるジュゴンの危機に象徴される環境破壊、基地汚染を最悪のものにすることは必至である。
 アメリカにとって名護市辺野古への新基地建設は、最新鋭の設備を伴った東アジア・太平洋への侵略・介入前線基地の確保を意味しており、ブッシュのグローバル戦争戦略の下で、その重要性はますます大きくなっている。そして、辺野古への海兵隊新基地建設に対する闘いは、沖縄の人びとの生命と暮らしを守る闘いであるとともに、沖縄を最前線の出撃拠点とした「戦争ができる国家体制」構築に対する「本土」とアジアのすべての人びとの闘いなのである。われわれは、沖縄の反基地闘争の困難な状況を、共同の闘いによって克服していく作業に全力を上げなければならない。
 徹底的に日米両政府の主導で進められた今回の「基本計画」決定に対して、すでに保守派をふくめて「地元の要望とは違う」という不満が噴出している。沖縄現地の闘いとしっかりと結び、有事法制反対・グローバル戦争反対に向けた今秋の行動の中で、名護への新基地建設阻止・沖縄米軍基地撤去の訴えを広げていこう。     (平井純一) 

もどる

Back