かけはし重要記事

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コラム架橋                     かけはし2002.9.2号より

二〇〇×年夏、ある熱帯夜


 サービス残業が終わった駅からの帰路。缶ビールを買おうと酒屋の自販機に立ち寄った。挿入口にカードを入れると遠くから灯が二つ、ユラユラと近づいてきた。いやな予感がした。警らの警官だった。会った目を逸らしたのがいけなかった。
 「あー、すいません。何してるんですか」。「見りゃわかるでしょう。ビールを買ってるんですよ」。できるだけ対応しないほうがいい。
 「そうですか。じゃ、とりあえず、そのカード見せてください」。住基カードの常時携帯と警察官への提示が法律で義務づけられたのは三年前だ。ビールを鞄に押し込んで、出てきたカードを渋々渡した。警官はそれをひったくると、私から見えないように約三メートルほど離れて、腰のベルトに付けた無線機のアンテナのようなリーダーで、カードのバーコード部分をなぞった。「ピッ」という音とともに、装置の液晶にバックライトが付き、瞬時に文字が表れてはスクロールした。ブルーの画面を、二人の警官が交互に覗き込んでいる。
 (KS―極左―関係ですね)(うむ)(昨日は日比谷に行ってますね)(国際反戦集会があったらしいな)住基カードは、プリペイドの乗車券でもある。移動した区間がすべて記録されている。
 (どうします、しょっぴきますか)若い警官が、年配の警官の顔色を伺った。(そうだな。どうせ暇だし、PBで情収でもやるか)。二人の会話が聞こえてくる。最悪の展開になってしまった。
 「じゃあ、住連まで来てもらえますか」。年配の警官が結論を下した。交番(PB)は今、「住民連絡所」と呼称を変えている。地域の住民のあらゆる相談と密告を処理する、警察の末端の住民監視機関である。予算が大幅に増え、近代的なビルに様変わりした。そこへの同行を拒否すると、これまた罰金と懲役が課せられる。
 住連に着くと、私のカードは、机の上のパソコンのドライブに差し込まれた。画面には「住民情報一覧」の見出しの下、住所氏名生年月日はもちろん、親族、勤務先、趣味嗜好、思想宗教支持政党、選挙投票記録、交通手段の移動記録、病歴通院記録、貯金残高、消費記録などが延々とスクロールされた。(血圧が高めですね)(○○病院に通院中か、まあ短時間なら大丈夫だろう)。
 警官は、画面を見ながら「職質」を開始した。ところが、個人情報のほとんどがカードに記録されているため、改めて聞くことなど何もないのだ。それでも「警職法改悪」で職質は拒否できない。「○派の○君は元気かい」。「さあ知らないね」。
 そんな「世間話」に、二時間近くつきあわされた。二〇〇×年夏、ある熱帯夜の出来事だ。(S)

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