かけはし重要記事

frame01b.html

もどる

室井 健二著 コム・未来出版部 500円       かけはし2002.9.2号より

『省みて前へ-プログラム協議の発展のために』

20世紀の共産主義運動の総括とトロツキズムとの「出合い」

 小さなパンフレットが届いた。『省みて前へ―プログラム協議の発展のために』と題したこのパンフは、共産主義協議会(コム・未来)に参加している室井健二さんの経験を振り返り、二十世紀共産主義運動と日本における左翼運動の総括と今後の革命運動を展望したものである。
 著者の経歴は、「一九六〇年代の初めに日本共産党に入党し、六八年に同党を除名され、その後日本共産党(左派)の結成(六九年十一月)に参加し、七五年同党を除名された。日共(左派)の分裂に際しては、日共(左派)関東ビューローに所属し、その後、日共(左派)関東ビューローと日共(マルクス・レーニン主義)との統合、さらに日本労働者党との統合に参加」し、現在は共産主義協議会(コム・未来)を中心に活動をしている。
 著者は、日本共産党の活動家として、従属論・議会主義として有名な六一年綱領への批判を強め、六〇年代半ばからの中ソ論争と中ソ対立の激化により、ソ連共産党批判、中国共産党支持の姿勢を強めていった。そして「一九六六年からはじまった中国・プロレタリア文化大革命に対しては、官僚支配体制の打破、パリ・コミューン的なプロレタリア民主主義の実現を目指すものとの期待感を」抱くなかで、日本共産党と中国共産党の関係断絶により、党中央から査問を受け、分派活動を理由に日本共産党から除名された。

 共産党から除名された後は、日本共産党(左派)の結成とその「関東ビューロー」での活動、独善的な山口県委員会グループとの内部闘争を経て、同党を除名される。著者はここでも自らの失敗を隠すことなく、まじめに総括している。また自らも被害者となった日中友好協会(正当)内における内ゲバをはじめ日本左翼の内ゲバを厳しく指弾し、「これら非プロレタリア的思想と行動を批判し克服しないかぎり、わが国の共産主義運動の再生も、労働者民衆の支持獲得もできないだろう」と指摘する。

 日共(左派)を追われた著者たち「関東ビューロー」は、中国派の不統一の主な原因が日共(左派)にあったことを自己批判し、各政治組織との連帯と統一を模索。最終的に日共(左派)関東ビューローと日共(マルクス・レーニン主義)との統合、さらに日本労働者党との統合が実現する。この経過を通じ統一問題について、全党員の積極性に依拠すること、意見の相違は公開して異なる見解も尊重する、セクト的な指導権争いを捨てるなどいくつかの感想を述べている。
 この中国派の組織問題のくだりを読んでやや引っかかったのは、組織の分裂や統一について、党内、あるいは各政治組織がもたらした影響は理解できたが、日本の階級闘争とどのような関係があったのかがいまいち分からないということである。組織統一に際して、日本の(あるいは世界的な)階級闘争から押しつけられた圧力はなかったのか。日本の階級闘争の高揚(または衰退)と中国派諸党派の関係が明確に描かれていれば、さらに奥の深いものとなったのではないか。
 マルクス主義組織の(再)統一は、階級闘争、大衆闘争などに依拠しなければならないし、各組織の党員が実際の闘争に積極的にコミットしていなければ意味がないだろう(そうでない組織は統一しようが分裂しようが、階級闘争の発展とは無縁である)。わたしはマルクス主義的組織の(再)統一とはそういうものだと考える。

 著者は、トロツキズムとの関係についてもページを割いている。日本共産党除名後、マルクス主義的プロレタリア政党を探したが、「トロツキーの思想と活動については当時私は何も知らず著作も読んでいなかった。新左翼の小ブル急進主義を通してトロツキズムを同類のものとみなしていた。この点は私の半生でもっとも悔いたことである。」こうしてトロツキズムとの合流は実現しなかったが、約二十年を経て世界的な階級闘争の力関係の激変が、著者とトロツキズムを引き合わせる。
 一九八九年の天安門事件と九一年のソ連邦崩壊がその契機となり「日本の共産主義運動のさまざまの誤り、中国プロ文革と中国革命の挫折、ソ連邦の崩壊、これらの根本的原因はどこにあるのか。先ずロシア革命とコミンテルンの歴史的問題から再検討しなければ、二十世紀共産主義運動の問題は解決できないと思うようになった」。
 「ちょうどこの頃、トロツキーの著作『ソヴィエト・ロシアの新経済政策と世界革命の展望―コミンテルン第四回大会報告』(『社会主義と市場経済』大村書店)を書店で目にした。……この著作を一読して本当に驚いた。そこには、私があれこれと模索し考えあぐねていたものと同種の問題が取り上げられ、かなり明快な内容を持ってマルクス主義的観点が提示されていた。それは中国の過渡期問題を解明する上でも共通する内容を含んでいた。私はしばし呆然とした。……私はそれまでトロツキーの著作を読んでいなかった。痛恨の思いだった」。こうして著者は二十世紀の共産主義運動の総括を、新たな方向から始めることになる。
 また著者は、当時の自らの考えを対象化しつつ中ソ論争やプロレタリア文化大革命に対する総括作業にも取り組もうとしている。これは「中国派」とよばれる人々にとっては、きわめて大きな問題だろう。この問題については、われわれは一定の批判的な立場をもっているが、異なるスタンスからの総括に期待したい。

 著者は「いま思うこと」のなかで、「革命的危機は度々訪れるわけではないが、二十一世紀にはまた革命の時代が訪れると思う。すでにその兆候も現れつつある。しかし、残念ながら、わが国の革命主体の側の立ち遅れはかなりのものだ。二十世紀社会主義の挫折という大きな変化があったのだから、マルクス主義の再生には少し時間がかかる。」と今後の日本社会主義革命の未来について触れる。
 ソ連東欧の過渡期体制が崩壊し、反革命が勝利した。かろうじて残っている中国やベトナムは官僚的支配機構のみが過渡期体制の「遺産」として残っている。帝国アメリカの圧力のもと、キューバにおけるオルタナティブな改革は出口が見えない。
 ソ連東欧の崩壊以降、階級闘争は後退戦を強いられてきた。だが、その一方でブルジョアジーの側も決定的な攻勢に打って出ることはできなかった。そしていまブルジョアジーは、その支配的正統性を揺るがす世界的な反グローバリゼーションの抗議に直面している。潮の流れが変わりつつある。われわれは世界的な反グローバリゼーションの大海原の中で、革命派の再結集を模索していかなければならない。われわれの乗る船は、小さなゴムボートや丸太舟かもしれない。あるいは泥舟という人もいるだろう。水は冷たいだろう。それでもわれわれはここにしか日本左翼の再生はないと考える。日本左翼の「長征」はつづく。(8月26日 早野 一)

 パンフ(五〇〇円)の購入は郵便振替〇〇一九〇\一\二七九四一(名義:コム・未来) にパンフ代と明記。


もどる

Back