かけはし重要記事

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エルサレムから見たパレスチナ情勢          かけはし2002.8.5号より

イスラエル内パレスチナ人によって
反シオニズムの第2戦線が開かれた

T・H=パルナス(「ビトゥィーン・ザ・ラインズ」 編集人)に聞く


 以下に掲載するのは、エルサレムで発行されている「ビトウィーン・ザ・ラインズ(境界線の間)」の共同編集人であるティクヴァ・ホニグ―パルナスとのインタビューである。質問は、ドイツ語版「インプレコール」誌と「アヴァンティ」紙(ドイツの革命的社会主義者同盟〔RSB〕月刊機関紙)のダニエル・ベルガー。


――パレスチナ人に対する現在の軍事的攻撃の目的はどこにあるのでしょうか。

 イスラエル軍によるパレスチナ人民への現在の残虐な軍事的攻勢は、イスラエルに典型的なジョージ・オーウェル的二重言語によって「防衛の壁作戦」と名づけられていますが、それはインティファーダ闘争に体現されたパレスチナの民族運動を解体し、「パレスチナの地におけるパレスチナ人民の存在を清算する」(ハイダー・アブデル・シャフィのヨッシ・アルガジへのインタビュー。「ハーレツ」紙、4月2日)ことをねらった長期の過程における新段階の始まりを指し示しています。
 ユダヤ・シオニスト国家のこの戦略的目標は、当然にもこの地域での資本主義的グローバリゼーションの構想にとって障害となっている中東(第三世界全体においても)のいかなる独立した民族主義的体制や政治運動をも一掃するという点で、アメリカ帝国主義の利益と一致しています。
 イスラエルの資本家階級を代表する労働党が主導する政権によって推進され、執行されたオスロ協定は、こうしたアメリカ―イスラエルの目標を実行しようとする企てでした。しかし二週間前に始まった軍事作戦は、オスロ・プロセスの以前の段階の終わりを示すものです。
 オスロ合意の「バンツースタン計画」(訳注:南アフリカのアパルトヘイト体制の下での相互に分断された黒人居住区にならったパレスチナ人自治区)がその上に築かれていた想定の中心は、アラファトが指導するパレスチナ自治政府が、このプランに対するあらゆる批判を抑圧する機能を果たし、かくしてパレスチナ民族運動を消滅させ、以前アズミ・ビシャラが規定したように「パレスチナ問題のクルド化」をもたらすことでした。
 この想定が間違っていたことが明らかになりました。インティファーダは、まさにパレスチナ人がオスロ協定で彼らに割り当てられていた役割を演じることを拒否し、キャンプ・デービッドとタバでのクリントンとバラクによる屈辱的なプロセスを受け入れることを拒否したために噴出したのです。
 それは、オスロ以後の七年間、眠っているようにみえた民族的民衆勢力の目覚めを示しています。この間、六七年の全占領地は入植地によって覆われ、道路によって分割されました。それは、バンツースタン国家に至る細分化のための中心的な要素だったのです。
 しかし、ファタハをふくむすべてのパレスチナ政治組織によって主導され、ほとんどすべての住民が支持したインティファーダは、オスロの枠組みからの突破と、イスラエルの占領の継続を覆い隠す以外のなにものでもない「和平交渉」へのオルタナティブとなる課題を作りだす努力を示すものだったのです。
 この地で成長し、占領に対して闘ってきた民衆的指導部を持つ全人民は、いまや抵抗の道に復帰しており、それは同時にチュニス(訳注:PLOの在外拠点)のブルジョアジー、官僚的指導部、ならびに彼らの支配下で登場した権威主義的体制への批判的立場をふくむものになっています。
 シャロン政権が現在の攻撃を通じて破壊することを決意しているのは、この解放のための闘いなのです。「テロリストのインフラを解体する」という公言された目標は、パレスチナ自治政府の閣僚府とその機構、道路、病院、学校、水道・電力網といった日常生活を送るための最低限のインフラ的手段の計画的・体系的な破壊や、一般市民の住居の解体とは何の関係もないことです。
 実際、イスラエルは、市民的・民族的全体としてのパレスチナ人への戦争を宣言するとともに、いま現在攻撃を受けている民族運動を象徴するものになっているアラファトを、オスロ合意の枠組みの産物である自治政府もろとも亡きものにすることを決定しています。
 シャロンは、即時作戦を中止し、「防衛の壁」作戦以前にイスラエル軍が駐留していた地域にまで後退せよというブッシュ米大統領の要求に従うことを拒否しました。米国務長官コリン・パウエルの停戦使節団が失敗することは運命づけられており、彼は「テロのインフラが解体される」までシャロンにその作戦を完遂させるように見えます。これは、アメリカがイスラエルの政策のために設定した範囲の中で、イスラエルは両国の共同の戦略目標を実施する時期と方法を選ぶ上で、相対的なフリーハンドを持っていることを示しています。
 ポスト・オスロ合意の時期において、イスラエルは直接的な植民地支配の一バージョンに戻っています。しかし今回、イスラエルはずるがしこくも、「ただエリアAの治安責任を引き継ごうとするだけ」(エリアAとは自治政府が治安に責任を持つ区域。西岸の八二%を占めるエリアBとCは、すでにイスラエルの治安コントロールの下にある)としており、明らかにイスラエルが強制している閉塞的状況の中で、パレスチナ人に日常生活に必須のことがらの面倒を見ることを委ねているのです(古参政治コメンテーターであるアキバ・エルダーの言。「ハーレツ」紙4月11日)。
 シャロンが強調しているように、この状況は責任ある別のパレスチナ人指導部が見いだされるまで続くでしょう。そうした「別のパレスチナ人指導部」とは、パレスチナ民族運動が消滅した後になってからしか現れないのは明らかなのですが。
 シャロン政権が極右の宗教政党(パレスチナ人の「移送」を説いているファナティックなエフィ・エタム准将が現在指導している)や、ダビッド・レビに道を開いたことは、右翼極端派のアビグドル・リバーマンの来るべき再入閣とともに、労働党がいてもいなくても政府の多数派が再征服計画の実行を確実にすることをねらったものなのです。
――イスラエル政府は、すべてのパレスチナ人活動家や戦士を捕まえたり、殺すことに成功するのでしょうか。

 私たちは、あたかもイスラエルが自分の思うままになる氏名リストに基づいて軍が特定できる、いわゆる「テロリスト」を捕まえようとしているだけであるかのように考えて、イスラエルの思うつぼにはまったり、一般住民やインフラへの残忍な攻撃に機会を与えたりしないよう注意しなければなりません。
 イスラエル自身が「テロ施設」だと後から強調しているのは、きわめて不明瞭な概念によっているのです。その対象には、マルアン・バルゴウチ(ファタハの活動家。このインタビューの後で逮捕された)や、現在アラファトが包囲された地区の中に潜んでいるアーメド・サーダト(パレスチナ解放人民戦線〔PFLP〕書記長)といった政治指導者であるとともに軍事指揮官でもある人びともふくまれています。
 そしてイスラエルのメディアは、殺されたパレスチナ人の数を発表する時(そうしばしばではありませんが)、彼らが「武装していた」ということを注意深く強調します。まるで、自分たちのキャンプや居住地区を防衛する住民がいたことが、彼らを「テロリスト」として表現するのを正当化するものであるかのようにです。
 もちろん、「厳しい」お尋ね者になっている人びとを拘束することは、今回の軍事攻勢の主要な目的の一つです。事実、イスラエル当局によれば、侵攻の最初の二週間で死んだ数百人、逮捕された四千人(うち千人は今日までに釈放された)の中には、三百人の手配中の活動家がふくまれています。しかし、こうした活動家の捕縛や、武器が生産されていた幾つかの「実験室」の破壊によって、軍事的作戦や自爆攻撃をふくむ抵抗を止めることはできません。それは、イスラエルの軍事作戦が続いている期間中になされたハイファ近郊やエルサレムでの自爆作戦や、入植者や兵士への軍事攻撃によってすでに立証されています。
 軍の上級指揮官は「テロ」施設の再建が四カ月で可能と見積もっています。イスラエルのコメンテーターが強調しているように、きわめて短期間のうちに軍隊がパレスチナの都市やエリアA全域に再侵攻することは確実であり(こうした文章が書かれた時に、軍はまだ撤退していません)、今よりもさらに厳しい軍事的攻撃を行うでしょう。さらにそれは、シャロンが北部地域にも火を放つ「大攻撃」を行う機会となり、そうした口実でイスラエルはパレスチナ「問題」にきっぱりとかたをつけようとするでしょう。

――私は、イスラエル政府の長期的目標は、パレスチナ住民の多数が「国を離れる」ように圧力をかけることにあるのではないか、と思います。これが政府がやろうとしていることではないのでしょうか。こうしたやり方で、「移送の政治」をそれと明記せずに実行に移そうとしているのではないでしょうか。

 パレスチナ人を屈服させ、国を離れるようにさせるために、彼らの生活を耐えがたいものにすることをねらったイスラエルの政策は、リクードと労働党のいずれの政府によっても採用されてきたものです。しかし、事前に計画された「大攻撃」という「大波乱の情勢」に乗じてパレスチナ人を大量に追放するというシャロンの計画は、決して明らかにされてはいません。約二年前までは、「移送」のあからさまな主張は、周辺的なメシア的サークルのみが抱く「非文明的」な考え方と見なされていました。いまやそうではなくなっています。
 シャロン―ペレスの統一政権は、「移送」派の政党(モレデト)を含んだものであり、その指導者はパレスチナ解放人民戦線(PFLP)の軍事部門のメンバーによって暗殺されました。さらに最近、政府と「治安」閣僚会議に先に話したエフィ・エタムが入閣しましたが、彼はパレスチナ人の移送を主張しています。しかしそのことは、労働党にとって極右政権を離脱するに十分な理由とは見なされていないのです。
 さらに、パレスチナ人移送問題は、イスラエルのメディアや、さまざまな学界、研究センターの間では、当然の討論テーマになっています。こうしたプランには、民族的アイデンティティーや一九六七年占領地域における兄弟たちの解放闘争との連帯を急速に強めてきたイスラエル内のパレスチナ人市民の追放もふくまれています。
 パレスチナ人少数派とユダヤ人・シオニスト国家との関係についての彼らの政治的要求は、全面的に変化してきました。民族民主同盟運動(タジャム)に示唆を受けて、彼らはもはや平等な市民権の要求で十分とはせずに、パレスチナ人の民族的少数派としての集団的権利をも要求しています。
 この要求は、ほとんどすべてのイスラエルのユダヤ人住民がシオニズムのエッセンスとして認識し、かつ「左翼」と呼ばれる人びとが心からの忠誠とアイデンティティーを抱いている「ユダヤ人国家」としてのイスラエルという定義に対する真の挑戦となっています。さらに、「ユダヤ人国家」の定義についての広く行き渡っている解釈は、ユダヤ人が数的に多数であるという見解です。それはイスラエルの「ユダヤ的アイデンティティー」の持続を必要条件として求めるものであり、その侵害はユダヤ人全体を危険におとしいれるものです。
 この解釈は、シオニスト「左翼」をふくむ信奉者が保持することを運命づけられたものです。このシオニスト「左翼」は、パレスチナ人の出国を促すことをねらった別の抑圧政策を通じて、パレスチナ人が多数になるという「人口統計的危険」に対して闘う政策を支持するために、二国家による解決策を真に信じているのです。彼らが支持するパレスチナ人の出国奨励策は「不可避的」な民族浄化をふくむものです(イスラエルの「平和活動家」であるアモス・オズ〔小説家〕とベニー・モリス〔歴史家〕による最近の論文が、その証拠です)。
――真のオルタナティブに向けた長期的政策にとって同盟者となりうる人びとは誰でしょうか。

 現在のところ、イスラエルのユダヤ人住民の中にアメリカ―イスラエルの植民地主義的構想に対する闘争をリードできる政治勢力は存在しません。すべてのユダヤ人政党は、現実にはアシュケナージ(注1)の資本家階級とアシュケナージ・ブルジョアジーの利害を代表しており、彼らのヘゲモニーはいまだ重大な挑戦にさらされてはいません。右翼と「左翼」の新自由主義イデオロギーに違いがないだけではなく、オスロ政策を主導してきた労働党こそが、まさしくその政治的「本家」としての役割を果たしているのです。
 イスラエルのヘゲモニー的イデオロギーを構成するユダヤ人国家という概念を中心としたシオニストイデオロギーは、現在のシオニストの植民地主義的構想の背後で、労働者階級をふくむユダヤ人住民を統一させる有効な道具であることが明らかになっています。
 イスラエルの労働者階級は、民族的・エスニック的境界線に沿って分裂しています。イスラエル国内のパレスチナ人市民とともにプロレタリアートの下層の多数を構成しているミズラヒム・ユダヤ人(注2)には、彼らの経済的・社会的・文化的抑圧を表現するいかなる独立した組織も欠落しています。彼らはかつては労働党に吸収されていましたが、現在ではシャス党の外見上「ミズラヒ」である虚偽の指導部の助けによって、政治的右翼にとってかえられました。全体としての労働者階級は、ユダヤ人もパレスチナ・アラブ人も、彼らの労働者としての最低限の基本的権利のために闘う労働組合さえ持ってはいません。
 ユダヤ人資本と協力して伝統的にシオニズムの必要に奉仕してきたかつての強力なヒスタドルート(労組全国組織)は、おもに組織された労働者階級のアシュケナージ・エリートが構成する「大委員会」の利害にもっぱら奉仕しています。
 イスラエルの中で誤って「左翼」と命名されたものは、ユダヤ人住民の中で、「一九六七年の境界への撤退」と「パレスチナ国家」の創設といった「譲歩」をふくむ「パレスチナ―イスラエル紛争」の政治的解決を支持する人びとを指しており、入植者の運命やイスラエルのパレスチナ人に対する間接的支配の範囲に関してはさまざまに異なった意見があります。彼らのほとんどは心からオスロ合意を受け入れていますが、それが提起した解決策の「バンツースタン」的性格については無視しています。
 オスロ合意のエッセンスについての真の意味での内省は、平和陣営内のより「ラディカル」な少数派からさえもなされていません。この少数派は、オスロ合意の失敗は、その明記された条項と、オスロ合意がその上に打ち立てられた「相互理解」を、イスラエルが侵害した結果だという確信に固執しています。
 「占領の終結」とパレスチナ国家の創設(こうしたスローガンには異なった意味がある)をめざして闘ってきた、主にシオニストのアシュケナージ中産階級から構成される平和陣営は、一般的に言って、なんらかの包括的な反帝国主義的展望の枠組みで情勢を組み立てたり、表現を行っているわけではありません。
 また、イスラエルが地域におけるアメリカのお得意先であり、イスラエルの占領政策に対する主要な支持者がアメリカであるということを理解し、それに挑戦しているわけでもありません。こうした「左翼」たちは、資本主義的グローバリゼーションやイスラエル経済の新自由主義政策に反対してもいないのです。
 長期にわたって、シオニストに反対する社会主義者の分析は、イスラエル平和陣営内の支配的スローガン、自認している価値観、自己イメージに集中してきました。それは彼らの政治的立場を説明する主要な基礎としてであり、彼らの主な政治的同盟者についての結論はそこからのみ導き出されてきたのです。
 こうしてわれわれは、ヘゲモニーを持つアシュケナージ・ブルジョア階級内部の彼らのメンバーと、「ユダヤ人国家」とそれが統治する歴史的なパレスチナの全体に対するバンツースタン体制を通して、彼らがこのヘゲモニーを維持することの利害との内的関係に関するマルクス主義的仮説を、われわれの分析に組み入れることをあまりにしばしば忘れてきたのです。
 彼らの階級的起源は、そのシオニストイデオロギーとともに、パレスチナ人民の民族的権利を実現するための条件であるこの地における民主主義的闘争を指導することを、不可能にさせているのです。さらに、われわれが彼らの意識と表明された動機に注目することをやめれば、われわれが見いだした彼らの政治的ふるまいについての唯一の説明――彼らのヨーロッパ起源と階級的帰属が、彼らをこれまでに提起されたバンツースタン的解決のさまざまなバージョンという恩恵の供与者にさせている――は、彼らがパレスチナ人の間で求める同盟者を決定する重要な要因になっています。
 こうして、イスラエル平和陣営のよりラディカルな部分でさえ、現在の軍事攻勢(それはパレスチナ指導部の間の力関係を転換することになるだろう)に至るまで、パレスチナ自治政府(PA)の官僚的指導部と関わりを持っていました。その指導部のほとんどは、アラファトがチュニスから戻ったものの、難民キャンプや村落の民衆的地盤、抵抗闘争のバックボーンだった学生や労働者から切り離されていた時、彼によってその地位につけられた者たちです。
 イスラエル平和陣営は、パレスチナ民族運動の再生した精神を代表する地域指導部の登場を無視しようとしてきました。このパレスチナ人地域指導部は、自治政府の下で生み出された腐敗した独裁的体制を社会的・政治的に変革する種子を体現してきたのです。
――イスラエル内のパレスチナ人市民はどのような役割を果たしていますか。オルタナティブに向けた闘いに関して、彼らはなんらかの重要性がありますか。

 イスラエルのパレスチナ人市民は、民族的意味でも階級的意味でも抑圧されており、「新しい中東」の資本主義的グローバリゼーションの時代の「平和の配当金」の分け前にあずかってはいません。彼らはイスラエルの政治の場において、ユダヤ人シオニスト国家に重大な挑戦を行う唯一の真の民主主義的勢力として登場しています。彼らは、国会議員のアズミ・ビシャラが指導する民族民主同盟運動に鼓舞されて、「市民権の平等」という伝統的な要求から、「民族的少数派としての集団的権利」という要求に向けてますます前進しています。
 この要求は、十三人のパレスチナ人が殺された二〇〇〇年十月の戦闘的なデモの後に行われたホットな公開討論の中で前首相エフド・バラクが強調したように、ユダヤ人国家の基礎そのものを否定するものです。
 「われわれは、ユダヤ人国家として、民主的ユダヤ人・シオニスト国家を害することのないアラブ人の個人的権利の平等に同意することができる。しかしユダヤ人国家は、過激派が言うような『市民すべての国家』という長期的ビジョンを持った、その内部に別の民族的集団的アイデンティティーを規定する願望を受け入れることができない」。
 一九四八年のパレスチナ人の民族的アイデンティティーの強化と、一九六七年占領地内の兄弟姉妹たちとの彼らの連帯の発展は、シオニスト運動の体現であるユダヤ人国家への脅威になるまで拡大するかもしれません。パレスチナ問題は、何十年もの間、一九六七年占領地の観点でのみ定義され(イスラエル「左翼」の多数派をもふくめて)、それは「二つの国家」論によって解決されると言われてきました。イスラエルのパレスチナ人市民のアトム化と周辺化ということが、間違って当然のこととされていました。しかし、彼らが前回の総選挙をボイコットしたことや、第二次インティファーダ爆発以後の十八カ月間の経過で、その誤りは立証されています。
 さらに、一九四七年の国連のパレスチナ分割決議そのもので全パレスチナ民族運動の破壊が容易に実現されたという仮説の強調が、間違いであることも明らかになりました。こうしてイスラエル国家の建設以後五十年以上たって、われわれは帝国主義とシオニズムについての古くからの関心が舞い戻ってきているのを見ています。イスラエル内と一九六七年占領地域における、統一したパレスチナ人の統制しがたい決起が、アラブ諸国ならびに全中東地域の抑圧された大衆を動かすだろうということです。
 イスラエル内のパレスチナ人に関する仮説がデタラメであるということへの自覚が拡大していることが、「時限爆弾」と規定されているイスラエル内のパレスチナ人指導部と市民に対して最近、イスラエルの政権が戦争をしかけている理由なのです。歴史的なパレスチナの全域で、イスラエル内のパレスチナ人によってアパルトヘイト体制のシオニスト的実施に対決する「第二戦線」が開かれたことは疑いありません。
 それは、一九六七年占領地での闘争と同様に重要であることが明らかになるでしょう。したがって私は、ユダヤ人住民の中の反シオニスト国際主義者と社会主義者は、イスラエルのパレスチナ人市民の真に民族主義的な潮流の成長を支持すべきだと結論づけたのです。
 たしかに、彼らのメンバーは階級的政治に関わってはいないし、パレスチナの将来に関する社会主義的綱領に関わっているわけでもありません。しかし彼らの民族主義は、真の国際主義者が一定の民族運動が進歩的かどうかを決定する上で採択する基準、すなわち帝国主義への挑戦という基準に従って評価されるべきです(それはイスラエルとパレスチナでは、シオニスト構想に対する闘いと同義です)。アジャズ・アーメドが彼の著書『現在の系譜』で次のように強調しているように。
 「私は長いこと民族主義には懐疑的だった。というのは、多くの民族主義者は、概してファシストというわけではないにしても排外主義的だという印象を私に与えたからだ。しかし、すべての民族主義者への十把一からげの軽視は、帝国主義の問題を避けて通ることになりがちだ。私は、帝国主義者に対して闘っている彼らは、たんに民族主義の先頭に立つ者ではありえない、と考える」。
 イスラエルのパレスチナ人が主導している、国家のユダヤ的シオニスト的性格に対する日常的闘争は、一九六七年占領地域のパレスチナ人の解放闘争とならんで、同時にこの地域におけるアメリカ帝国主義との闘いでもあります。したがって、彼らの闘争に参加し、イスラエル内のユダヤ人のラディカル派のサークルの課題を決定する上での彼らの指導的役割を承認することは、帝国主義と対決する最も進歩的・民主主義的役割といえるのです。

注1 ヨーロッパ起源のユダヤ人。
注2 中東起源のユダヤ人。
(「インターナショナルビューポイント」02年5月号)


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