かけはし重要記事

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蜂起派の反論に応える――              かけはし2002.8.5号より

「自爆テロ」とパレスチナ連帯

真の解放に寄与する思想を考えるために


「であるが、しかし」

 「戦争にも反テロにも反対」というスローガンに対する批判(『かけはし』6月17日号)に対して、共産主義者同盟(蜂起社。以下蜂起派と略)から反論が寄せられた(『赤星』7月号槙渡論文)。
 ごく簡潔な反論で、かれらの主張の繰り返しにとどまっている内容であるが、反論の柱としては「イスラエルの占領に抵抗するにも命をかけて闘うことを強いられる状況で悲惨で絶望的な手段である『自爆攻撃』に訴えざるを得ないほどの抑圧と暴力にさらされ続けているパレスチナの人々の苦しみと怒りを理解せず、単に『テロリズム』というらく印を押したり、イスラム原理主義のなせる業と見なして非難することが、どれだけ事態の本質を歪めているか、パレスチナの人々の正当な権利と生そのものを奪い続けているイスラエルの暴力に与することを意味するのか、自問自答すべきだ。『観念的な思い入れ』を排し『内実のある連帯』を追求しようとするのであれば、なによりもパレスチナ民衆の心の奥底にある怒りを理解するところから始まるのではないか」という部分に要約されているだろう。
 前回『かけはし』では、「自爆テロ(攻撃)」に関して具体的な評価は下さず、それを激化させたのはイスラエルの侵略・虐殺攻撃であり「暴力の連鎖を断て」という図式を拒否してイスラエルを徹底に弾劾するべきである、がしかしパレスチナの活動・抵抗には様々な形態があり、「自爆テロ」をことさら起点にして「パレスチナ」連帯を考えることへの疑義を述べるにとどめている。その意味では蜂起派の反論は反論になっていないが、この稿では「自爆テロ」についてやや突っ込んだ考察を試みたいと思う。
 各種の集会で、この間パレスチナを訪問した活動家やNGOの報告を聞くと、そのほとんどがイスラエルの暴虐ぶりに怒りを示し、またパレスチナの「自爆テロ」に関して少なくとも「理解」を示している。まったく当然の反応であり、私たちもイスラエルの暴虐と「自爆テロ」を同列におくのは完全に誤りだと考える。そして、イスラエルによる破壊と虐殺行為こそが「自爆テロ」を生み出しているのであり、イスラエルを包囲し弾劾する世論を世界的に作り出していくことが、今日の急務であるとも考える。
 それを大前提にしつつも、私たちは「であるが、しかし」にこだわりたい。なぜなら、前稿の繰り返しになるが、「(革命的)暴力」の問題には私たちの作り出すべき未来、社会主義革命運動の再建の本質的な命題が潜んでいると考えるからである。

自爆テロの開始と背景

 PLOは爆弾を用いた闘争は幾度も行ってきたが、現在の形態のような攻撃者の死と市民の殺傷を前提とした「自爆テロ」が開始されたのは一九九四年である。イスラエルとPLOの相互承認と「パレスチナ暫定自治」に道を拓いた「オスロ合意」の翌年である。あくまでイスラエルの非承認と破壊を掲げたイスラム原理主義集団・ハマスとイスラム聖戦によって「自爆テロ」は開始された。
 それは「オスロ合意」によって「自治地域の治安維持」を要求するイスラエルに屈服したPLO指導部が、ハマスとイスラム聖戦に対し厳しい弾圧を開始する時期とも重なっている。九四年十一月にはパレスチナ警察がハマス支持のデモに発砲し十五人を殺害した「ガザの黒い金曜日」と呼ばれる事態も起きている。
 この時期の「自爆テロ」は、イスラム原理主義による「イスラエル承認反対・和平ムード粉砕」の意志表示であるとともに、イスラエルを承認し屈服を重ね、自治区内ですら拡大される入植地になんら有効な手段も打てず、反対派に対して強権的手法を持って弾圧を加えるPLO指導部に対する抗議の意味も含まれていた。このイスラム原理主義集団の方針と「自爆テロ」という突出した戦術は、PLOの屈服に不満を抱く層、とりわけ難民や入植地建設などをめぐって「オスロ合意」後もイスラエルと対峙する人々をひきつけた。
 ソ連崩壊による国際的力関係の変化のなかで、長引くインティファーダで疲弊したイスラエルと、湾岸戦争でイラク・フセインを支持したことで孤立したPLO相互の妥協によって「オスロ合意」は締結された。アメリカの強い支持を背景にしたイスラエルに、PLOは「合意」後もずるずると妥協と譲歩を強いられることになった。
 もともとイスラエルにとって「オスロ合意」とは、エルサレム主権問題や入植地に関して「交渉と合意による解決」という問題をないがしろにすることを前提とした「先送り」に過ぎなかった(ラビンは協定調印の直前に「エルサレムはイスラエルの主権の下にずっと一つであり、永遠にユダヤ人の首都である」と述べている)。その真の狙いはPLO承認と引き換えに「自治」という名目でインティファーダをパレスチナ人自身の手で終わらせることにあった。
 「オスロ合意」そのものが、シオニズムの領土的野望を(縮小したものではあっても)完全に放棄したものではなかった。そして九六年に誕生したネタニヤフ右派政権は「安全を伴った平和」をスローガンに掲げ、パレスチナ独立国家反対、入植地の維持、イスラエルの首都としてのエルサレムの不分割、ゴラン高原の主権維持といった政策を打ち出し、「オスロ合意」で示したイスラエルのわずかな譲歩すら撤回、あるいは次々と空文化していった。
 「和平」以前となんら変わらない家屋破壊と土地強奪、パレスチナ自治区内に次々と建設される入植地、生活基盤を常に根底から脅かすイスラエル治安部隊による検問態勢と封鎖、「インフラ整備」と「ユダヤ人の安全確保」の名目でなし崩し的に強行されるエルサレムの「ユダヤ化」に対して、パレスチナ民衆は九六年九月のエルサレムにおける観光トンネル建設に抗議する大暴動に示されるように「和平」そのものへの怒りを高めていった。
 このようなイスラエルの政策に対しなんら有効な手段も講ずることも出来ず、交渉につき合わされても有利な条件をまったく引き出せないPLOに対して、「イスラエルの破壊」を掲げるイスラム原理主義集団は多くのパレスチナ民衆の目には「原則的」に映ったし、その不満の受け皿となった。

「反ユダヤ主義」の思想

 九四年に「自爆テロ」が開始された当時の実行者の遺書が残されている。「猿、豚の子孫、イスラムの敵との平和はありえない。即ちユダヤとの和解はない……我々は、イスラエルというガンの撲滅指令を受けて、立ち上がった」(滝川義人 『ユダヤ解読のキーワード』新潮選書から引用)。ここにはイスラム原理主義集団の掲げる「イスラエルの破壊」とは、「猿、豚の子孫」であるユダヤ人の抹殺と同義であることが示されている。
 さらにハマス憲章には「(ユダヤ人は―引用者)フリーメーソン、ロータリークラブ、ライオンズといった秘密機関、スパイ組織をつくり、それを使って干渉し、スパイ活動をおこない」(28条)「彼等の陰謀は、シオン長老の議定書に明記され、彼等の行動は、それが本物であることを証明している」(32条)(以上前掲書から引用)とある。
 「シオン長老の議定書」とは、一八九七年の第一回世界シオニスト会議の議事録という名目で流布された文書で「ユダヤ人による世界征服」計画を明らかにした秘密文書とされている。この文書は流布された当時から信憑性に疑問が呈されていたが、今日ではユダヤ人弾圧のために帝政ロシア秘密警察が捏造したものであることが明らかになっている代物だ。ヒトラーはこれを「ユダヤ人禍」論の論拠としたし、今日でも世界の極右・反ユダヤ主義者の論拠となっている。
 もともとユダヤ人に親和的だったイスラム教世界に、イスラム原理主義はコーランの極端なドグマ化とともに、反西欧・キリスト教世界を掲げながら「反ユダヤ」の思考方法だけは西欧キリスト教社会から拝借して持ち込んだことが、ハマス憲章から見てとることが出来る。イスラム原理主義集団は反シオニズムではなく、反ユダヤ主義なのだ。
 「自爆テロ」とは、このような反ユダヤ主義の「ユダヤ人抹殺」の思想に基づいているからこそ、市民をあらかじめ標的にすることが出来るのである。そして、この間の「自爆テロ」の様相は二〇〇〇年アル・アクサのインティファーダ以降のイスラエルの虐殺戦争の暴虐ぶりによって一挙に激化したものであるが、「ユダヤ人とイスラエルに住む者はすべて抹殺して構わない」という本質はいささかも変わっていない。変わったのは、イスラエルへの憎悪のさらなる深まりだけである。それ自体は当然のことであるが。
 現在、「自爆テロ」という戦術をPLO主流派であるファタハの軍事部門も採用している(「マルクス主義」を掲げるPFLPやDFLPは攻撃者の死を前提とすることはあっても標的は軍施設、政府要人、入植者などに限定しているようだ)。
 ファタハは、PLO結成時にあった「ユダヤ人を海へ追い落とせ」というスローガンを「人種主義的・排外主義的」として排し、「オスロ合意」を締結するまで「多民族・多宗教共存のパレスチナ共和国建設による解放」をPLOが掲げるイニシアチブをとった。そのファタハの軍事部門による「自爆テロ」戦術の採用は、「和平」への絶望とイスラエルへの憎しみがいかにパレスチナ民衆を深く覆っているかの表れだ。そして、それはアラブ民族主義の反ユダヤ主義化が深まっている表れでもあるだろう。
 歴史的にも、そして現在でも「自爆テロ」の基盤を作り出してきたのは、イスラエル自身である。しかし、イラン革命時におけるイスラム主義者による左派に対する弾圧、タリバンの反動的封建主義支配などを目撃してきたわれわれが、「パレスチナ民衆の心の奥底にある怒りを理解するところから始めるべき」と言ってイスラム原理主義とその絶望的戦術に対して判断停止することで、パレスチナ解放のための有効な連帯運動が作ることが出来るとは考えられないのである。
 それは蜂起派も批判している中核・革マルの「反帝一元主義」となんら変わらない。そして、たとえパレスチナ民衆のイスラエルの侵略と大量殺人に対する正当な怒りが根底にあったとしても、反ユダヤ主義の「ユダヤ人抹殺」思想に基づいてシオニスト国家・イスラエルを打倒することは出来ないし、パレスチナを解放することも出来ないのだ。

真の解放に寄与するとは

 「オスロ合意」で示されたシオニスト国家・イスラエルと「独立パレスチナ国家」建設による共存の模索は完全に破綻した。その存在そのものが「入植地国家」であり、その領土的拡大を国是とするシオニスト国家と「独立パレスチナ国家」の「共存」そのものが、幻想であったと言わなければならない。そしてまた、六百万のイスラエル人を爆弾で抹殺することが不可能なように、反ユダヤ主義のイスラム原理主義者もなんらの未来もさし示すことは出来ない。
 パレスチナの内部でも「自爆テロ」を批判する意見は広がっていると伝えられている。学者、人権活動家、ジャーナリストなど知識人によって「自爆はパレスチナ解放に寄与しない」とする緊急アピールも、六月二十日にパレスチナ紙に意見広告という形で掲載された(『かけはし』7月1日号参照)。
 現在の情勢で「帝国主義本国」に生きる私たちが高みから「自爆テロをやめろ」と言うことは出来ないし、難民問題を正しく解決したパレスチナ解放がどのような方向に向かって実現されるのか、あまりに未確定であるのはたしかだ。しかし、子どもから老人まで犠牲にし、「ユダヤ人」ですらない者までを殺害する(七月十七日には外国人労働者三人が巻き添えで殺害されている。またイスラエルには当然多くのアラブ人も生活している)「自爆テロ」を批判するベクトルをまるで持たない「パレスチナ連帯」が真の解放に寄与するとは思えないのである。
 反ユダヤ主義による差別と迫害を口実にして「世界のユダヤ人の安全」を大義名分に建国し、軍事力を増強し、アラブ侵略を行うシオニスト・イスラエルとの闘争は、世界の反ユダヤ主義との闘争と不可分の関係にある。それはアラブ圏においても同様なのである。また日本の左翼の反ユダヤ主義に対する問題意識の希薄さを克服しなければならない。
 そしてイスラエルにおいて新たに広がっている徴兵拒否・軍務拒否の闘い、占領と侵略に反対する平和運動、イスラエル内部でシオニズム打倒を掲げる左派の困難な闘いともつながっていくことが求められている。それはイスラエルの侵略と残虐行為を弾劾する世論を国際的に作り上げることと一体の課題なのだ。
 蜂起派は「パレスチナ連帯を新たな国際主義の砦に!」と言う。しかし、「戦争にも反テロにも反対」という「反帝一元主義」の政治主張によって「自爆テロ」になんらの疑義も呈さない「国際連帯」が、パレスチナ解放という目的に必要な世界性と国際主義を獲得することは出来ない。

目的のために手段を問う

 さて、最後に蜂起派の「戦争にも反テロにも反対」という政治主張の検討に立ち戻ろう。ブッシュやシャロンの言う「反テロ」とは戦争と一体のものであり、その意味ではこのスローガンは同義反復である。そして、その真意は「テロにも戦争にも反対」を掲げる運動へのセクト主義的反発であり、運動内部に向けた内向きのスローガンであると指摘しなければならない。「9・11」を全面的に批判した蜂起派が、このような態度を打ち出すことはまったく残念なことである。
 そして、ソ連・東欧圏が崩壊し、アメリカ一極支配が極限まで推し進められている現在、「戦争にも反テロにも反対」というような「反帝一元主義」は世界社会主義革命に向けた新たな主体形成にとって、なんらの有効性もない。それは、日本の左翼に根強く残っている「テロを批判するものは左派でない」あるいは、赤軍派などによって破産が証明されたはずの「より激しい戦術を採用したものが左派であり正しい」という単純化された思考の表現でもある。
 目的のためには、手段は問われなければならない! 私たちは、暴力のない世界の実現による人間解放を目指しているのではないか。蜂起派には、テロリズムを否定する反帝国主義・反グローバリズムの大道に立ち返ることを強く望む。 (二見 陽)


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