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「さくらハウス事件」から考える            かけはし2008.12.15号

野宿者を食い物にする宿泊
施設の問題点があかるみに




「寮長殺人」事件
の経過とその後

 十一月二十八日、セシオン杉並において「さくらハウス事件」から貧困と生活保護を考える11・28集会が約三十人の参加で行われた行われた。主催は「さくらハウス事件」から貧困と生活保護を考える会(準備会)。
 夜廻り三鷹の仲間の司会で始まった集会ではまず、山谷労働者福祉会館の平野さんから、事件とその後の経過についての報告が行われた。
 国立市福祉事務所で生活保護を申請したOさんは練馬区の「さくら関町南ハウス」に入所して生活していたが、今年の一月一日、寮長より飲酒をとがめられ、退寮を迫られた。Oさんは福祉事務所の開く四日まで待ってくれと頼んだが聞き入れられず、追い出された。
 その後、かつて住んでいた町などをあてどもなく歩いたりしたあともう一度さくら関町南ハウスに舞い戻り、途中で買った包丁で寮長を刺し殺してしまった。
 山谷では越年闘争のさなかであったが、警察署への面会を行い、弁護士を探し、Oさんを支え、この事件を通してこのような「非営利」をうたいながら野宿者を食い物にする宿泊所の問題を考えて行こうと「さくらハウス事件」から貧困と生活保護を考える会(準備会)が立ち上げられた。
 公判前整理手続きが進められる中、当初は「寮長は死んでいて、Oさんは自分が殺したことを認めている。何を争うことがあるのか?」といった姿勢であった裁判長だが、弁護団の奮闘もあり、宿泊施設の問題について「もやい」の活動をにない、貧困問題の著書も多い湯浅誠さんの証人としての出廷を勝ち取った。
 平野さんは、上野でこのような施設の勧誘を受け、断ったにもかかわらず半ば無理矢理車に乗せられ、千葉まで連れて行かれて翌日福祉事務所に連れて行かれ、生保を申請させられたが断られた仲間が、寮に帰って怒られ千円持たされて上野に帰って来たことなどを紹介し、なんとかこのような施設の問題を訴える場にしていかなければならないと語った。

退寮すれば生活
保護も打ち切り

 続いて弁護士の戸館さんの発言。Oさんが逮捕されて約一週間後から弁護団に加わり、もうすぐ一年間が経とうとしている。陪審員制度導入の先取りで裁判の簡略化のために裁判が始まる前に公判前整理手続きというものが行われ、そのためまだ裁判が始まっていない。(公判は十二月一日、と三日に予定されており、来年早々にも判決が出る予定である)
 戸館さんは当初は運動体の主張する、このような施設によって「起こるべくして起きた」という考え方、単純に施設が悪いと決めつけてしまうことには抵抗があったが、弁護活動を続けて行くうちに、様々な問題が見えて来たという。
 生活保護法上では居宅での保護が原則だが野宿者の場合はほぼ例外なく施設に送られる。ほとんどの施設が相部屋でプライバシーにも問題がある。寮長の権限が強く、食事の時間などは寮長の一存で決まってしまい、それに合わせないと食べられない。ある施設では寮長が高齢で早寝早起きであったため、朝食が午前五時、夕食が午後三時といった例もあった。
 施設利用契約書を書かされ、飲酒などがあると契約書を立てに退寮を迫られたりする。施設を居所として生保を取得している以上、退寮すると生保打ち切りとなるが、寮長にそんな権限が与えられているのは法的に考えておかしい。
 Oさんと同室だった人は腎臓病で人工透析を受けていたがある日倒れてしまった。Oさんが救急車を呼んで一命を取り留めたが、そのことで寮長に「近所迷惑になる」ととがめられ、それが寮長との関係悪化の原因にもなった。
 山谷で施設に入った仲間に話を聞いたところ別のさくらハウスでも救急車を呼ぼうとして「近所迷惑」であるからと止められたという話しを何人もがしており、さくらハウス全体で救急車を呼ばないということが方針化されていた可能性もある。
 戸館さんはこのような施設にそもそも犯罪を誘発する可能性があったのではないか、裁判の中でこの問題を訴えていきたいと述べ、さらにOさんについて、当初は「殺したくて殺した」と怒りを前面に出す感じだったが、一年間話して行く中で「寮長にも家族があり、殺してしまったのは間違いだった」と話すようになっているという。
 元日に寮を追い出すという寮長のやり方は確かにひどいが、寮長個人の問題ではなく、このような立場に追い込んだ二種施設(社会福祉法第二種施設)の問題であり、そういったことを考える中でOさんにも本当の意味での反省をしてほしいと発言を結んだ。殺された寮長も元々は入所者だったのだ。

アンケートに見る
管理者への不満

 続いて山谷労働者福祉会館の中島さんより、都内各地の路上で約百人の人々から採った宿泊所についてのアンケートの報告が行われた。
 アンケートに答えてくれた仲間のほとんどが施設に対して不満を持っており、その中でも一番多かったのが寮長など管理者に対してのものだった。その他には生保の住居費以外にも生活費からも天引きされておりその額が多すぎるということや、食事、寝具、個室ではないことなどに対してほとんどの仲間が不満を持っていた。
 寝具などについては新しい入所者が生保を取得した時点で保護費から出ているはずで、おしっこ臭かったとか、血が付いていた、などというのは論外である。
 このように宿泊所が非営利の福祉施設をうたっていながら完全に野宿者をダシに生活保護費のピンハネを行うためのものでしかないこと、そして福祉事務所がこのような施設に丸投げしていることの問題性が改めて明らかにされた。

年末年始の闘い
がきわめて重要

 質疑の中でもこの二種施設の問題について議論が集中し、活発な発言が行われた。
 第一種施設は更生施設などで行政の規制が及んでいるが、第二種施設は一人当たり三・三平方メートルを確保するという以外は規制がほとんどない。NPO法の成立以後爆発的に増え、九九年頃から施設をはじめた老舗で首都圏の最大手のSSS(スリーエス)などは今や年商六十億円ともいわれている。
 十月二十七日の台東区での生活保護集団申請で台東福祉が仲間を送り込んだ「春風寮」「銀泉閣」などの緊急宿泊施設も社会福祉法第二種施設である。
 本紙でも既報の台東での生保集団申請の問題だが、五日の闘い以降動きとしてはその後十一月七日、施設に入ることを拒否して闘っている五人のうち、自力で山谷のドヤに入り、そこを居所として待機していた二人に対して生活保護開始決定が出たが、路上で待機していた一名に「却下」という不当な決定が出た。
 却下理由は「申請者が野宿していて居所が特定出来ず調査出来ないため」。前月までと同じように仮払いでドヤに入ってそこで待機することができれば何の問題もないのである。
 説明を求める仲間たち約十名は約三十名の職員によって暴力的に排除された。
 十日にはもう一人の路上待機の仲間にも「却下」の決定が出た。なんとかドヤに入るお金があった仲間は生活保護を受けることができ、お金のない仲間は生活保護を受けられないのでは何のための制度なのかわからないではないか。
 生活保護法では施設を強制してはいけないということがうたわれているにもかかわらず、野宿状態でドヤに泊まるお金もない人は施設に入らなければ生保を受けられないというのは、全く不当である。
 約一年に渡って築き上げられてきた「居住権」のための闘いをこんなことで止めるわけにはいかない。しかし、闘いの前進のためには多くの仲間の支援が必要である。年末年始の越年期の闘いを通して新たな闘いの陣形を形作って行くべく準備が進められている。
 十一月後半より、隅田川、上野の協同炊事でも参加者が激増している。隅田川協同炊事では三百人前後で人数が推移していたが四百人を超え、十二月に入って四百五十人となった。
 上野ではこの間、人が寝ていなかったところに比較的若い人たちが寝袋で集団で寝ているという報告もある。これらが直ちに解雇された派遣労働者であるとは言えないが、この間の大量の「派遣切り」によって年末から年始にかけて、多くの人々が新たに野宿へと追い込まれるのは必至であり、越年越冬の闘いではそのような仲間と一人でも多く結びつく取り組みをしていかなくてはならない。
 そのような仲間は宿泊施設や、野宿者を食い物にするもう一つの施設「飼い殺し飯場」にとって格好のターゲットであり(両方を兼ねているところもある)、年末年始の闘いはきわめて重要となる。解雇され行き場を失った人々が貧困ビジネスの闇に吸い込まれる前の一瞬になんとか間に合って救い出し、共にスクラムを組まなくてはならない。
 各地で闘われる越年越冬の闘いに注目と支援、そして参加を。    (板)



宮下公園の「ナイキ化」に反対

公園はみんなのものだ!
サウンドデモで抗議の訴え

 十二月五日、宮下公園のナイキ公園化に反対するデモが行われ、約百二十人が参加した。主催はみんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会、九月、十月に続いて三回目である。
 公園の命名権をナイキ社が買い取り、スケートボード場やロッククライミングの施設、ナイキカフェなどを作り、有料のスポーツパークとして生まれ変わらせるというものだが、一度も区議会にはかられたことも、区民に説明されたこともない。さらに命名権の譲渡は公募されたわけではなく、はじめからナイキありきの計画だ。
 区議会にはからないのは工事などの費用をナイキ社が負担し、区の財政を使わないからだという。
 桑原区長と、取り巻きの一部区議を中心に水面下で計画が進められて来たが、地元タウン紙が五月にスクープ報道して以降、反対の声が上がり、守る会が結成され、粘り強い闘いが行われて来た。
 十一月十三日には宮下公園に暮らす野宿者に対して警察官が写真撮影と指紋採取を強行した。ナイキ化計画に向けた排除の動きとも考えられ、渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合(のじれん)、対都行動を闘う全都野宿労働者行動実行委員会(全都実)の連名の抗議声明の発表された。
 この間の闘い、そして反対や疑問の声の広がりの中で、渋谷区と、ナイキ社は確実に追いつめられている。十月二十五日には日経新聞に「区民への説明責任を果たすべき」とする記事も載った。
 当日はあいにくの雨模様だったがデモ出発時には天候も回復し、太鼓や鍋釜などのを叩きながらにぎやかに渋谷の町を練り歩いた。
 十二月十九日(金)十八時から渋谷勤労福祉会館で拡大報告集会が行われる。(板)


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