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左派の想像力はどこに行ったのか?(上)         かけはし2008.9.29号

「08年キャンドル抗争と左派の想像力」討論会から


 08年8月、キャンドルは百日を超えて燃え続けている。光化門の巨大なキャンドルは見るべくもないがKBSの前で、また各地域ごとに三々五々、小さなキャンドルは続けられている。インターネットは「国民ポータル」など自己発展を重ねている。このようなキャンドルの中で「近くに行こう、共にやろう、キャンドルと労働者階級を結合させよう」と呼びかけ、今も行動している労働、社会、政治組織がキャンドルが百日になった8月14日に集まり、「2008年キャンドル抗争と左派の想像力」というテーマで討論会を行った。テーマで明らかなように、これらの組織のキャンドルに対する考えや左派としての組織の展望をうかがい知ることができるので、その主張と討論をここに掲載する。敬称は省略する。
「想像力」に
「階級」を!

 まず、パク・ソンイン(「労働者の力」中央執行委員)は68革命のスローガンだった「想像力に権力を」を連想させる「想像力に階級を」を題目とした。ここに主張しようとする核心が込められていると思う。パク・ソンインはキャンドルに対する左派の課題を次のように語っている。

 「時には当惑し、時には驚きをもってキャンドルと遭遇していた左派は『08年のキャンドル抗争』から何を学ぶのか? もちろん08年キャンドルの全体像をいま評価・裁断するのはまだ可能ではないし、またその必要もない。むしろ今、左派に必要なのは『08年キャンドル抗争』から左派的『想像力』をつかみ出すことだ。そして可能であれば、その左派的『想像力』を『階級』という主体と結合させぬくことだ。この過程が新自由主義の地球化・世界化時代に、左派の根本的な自己省察と座標設定の契機となり動力となることができるならば、左派は本物のもう1つのキャンドルとして、『第2、第3のキャンドル』として21世紀の韓国社会において自らの姿を現すことができるだろう」。(討論会資料から、以下は特に言及しない場合、いずれも資料集からの抜すい)

 さらにキャンドルの特徴を3つの小見出しによって明らかにする。

 第1、「広場」は開かれた。
 第2、「食卓」上の新自由主義の地球化・世界化、政治の拡張と新たな政治主体の登場。
 第3、大韓民国は民主共和国だ?

 これらの主張を順を追って探ってみよう

「広場」は開かれた

 パク・ソンインは「広場」を以下のように定義する。

 「5月、キャンドルが開いた『広場』は『バリケードのない解放区』だった。そこではイ・ミョンバク政権も、制度政治圏も、朝中東(朝鮮日報、中央日報、東亜日報)の言論力も、あるいはいわゆる運動圏でさえもヘゲモニーを喪失した。1つのキャンドルがまた別のキャンドルを呼びさまし、インターネットと広場を一瞬にして行き交い、オンラインとオフラインで同時に『疎通』と『討論』と『直接行動』の広場が形成された。インターネットと街頭の広場でイ・ミョンバクや警察はからかいの対象となり、制度権の政党は名乗りを上げることさえ難しかった。デジタル生中継とインターネット上のアゴラでの討論は保守マス・メディアを無力化させた。

 『広場』はそれ自体が『直接民主主義』の産室であり、学びの場だった。インターネットを通じて、あるいは街頭でキャンドルたちは『直接参加』し、情報の疎通と討論を通じて『直接決意』し、『直接行動』した。キャンドルたちは政府の暴力に対する恐れなしに自由に発言し、多様さの中でも時にははつらつ・明朗、そして柔軟に、時には簡明かつ断固とし、粘り強く発言し行動した。広場ではいかなる権威も認められることはなく、また誰の参加も拒まなかった。
 87年以降、数十年にわたった民主主義のパワーは議会民主主義あるいは形式的民主主義の枠組みの中で使い果たされたわけではなかった。それは日常の中で保存されていただけではなく、新たな主体たちによってオンラインとオフラインの広場での直接民主主義という方式によって躍動的に自らの姿を現し続けた。
 08年キャンドルの『広場』は抵抗と祝祭とが一体となった。政治と文化が融合した新たな政治の場だった。抵抗と祝祭は互いを排除したり弱体化させるものではなく、抵抗によって形成された空間がそのまま祝祭の場所となったのであり、祝祭は直ちに抵抗の栄養分となった。政治は文化によって豊かなものとなり、遊びと文化は政治へと高揚した。悲壮さと楽しさが互いにないまじり、怒りと風刺が互いに一体となってからみあった。こうして「以前はデモ隊とそれを見守る市民たちの間の境界が明瞭だったけれども、キャンドル集会では、互いに入りまじって全く違和感がなかった」。

 そして『広場』は空間と主体と、そのやり方が新しかったばかりではなく要求と対象を拡張し、その目標を「イ・ミョンバクOUT」へと集約していった、と指摘する。また『広場』の可能性と意義について続けていく。

 「『広場』は21世紀の韓国社会においてオンラインとオフラインの緊密で迅速な連絡を通じて、抵抗と祝祭の融合を通じて『制度の政治』、『空間の政治』を飛び越える『機動戦の政治』、『時間の政治』の可能性を、そうして対象をリードし拡張しつつ政治的社会的ヘゲモニーを構築していくことのできる新たな可能性を現実化させた。
 それは単に『苦痛の訴え』や『悲壮さ』だけによっては開かれることのない、一層攻勢的で発刺・柔軟で、多様で楽しく疎通し直接行動できる時にのみ開かれる、そのような広場だ。イ・ミョンバク政権の時代錯誤的な弾圧によって広場は再び萎縮しはしたものの、イ・ミョンバク政権はこの百余日間の広場の経験や記憶まですべてを消すことはできないだろう。今や21世紀の韓国社会には誰もが避けていくことのできない、いや誰もが経て行かなければならない『広場の政治』の以降が開かれた」。
「食卓」上の新自由主義の地球化・世界化、政治の拡張と新たな政治主体の登場

 パク・ソンインは「牛肉」という日常の食材が中心的課題として浮かび上がり「政治化」された、と指摘するとともに、それは日常生活の問題、すなわち健康や生命の問題が脅かされたからだというのだ。
 ところで日常の問題はずっと続いてきていたのに、なぜイ・ミョンバク政権になって爆発したのかの原因については、大統領が当選した後、イ・ミョンバクが示した姿勢と政策に対する大衆的な怒りと絶望だ、と語った。また「食材の政治化」は10代の女子学生たちと女性の全面的な登場という「政治主体の拡張」とかみ合っている、と指摘した。彼らは国家権力の権威に臆することなく、権力の暴力による恐怖の経験のない自由ではつらつとした、堂々たる10代であることによって可能だったのだと指摘する。
 今や「食材の政治化」は新自由主義の地球化・世界化が遂にわが日常の「食卓」上に上ってきたことを意味すると言う。
 そして「食卓」闘争の展望を以下のように提起する。

 「今日の反新自由主義の地球化・世界化闘争の萌芽は日常の領域、消費の領域、健康と生命の領域において、その姿をわずかに現した。それも全く新たな主体たちによって、そして全く新しい方法によって。だが、まだその萌芽は『検疫主権』と『主権在民』という『おくるみ』に包まれており、労働者や労働運動はキャンドルに当惑したり、不慣れだったり、物足りなさを感じたりするばかりだった。新自由主義の地球化・世界化は、人間の暮らしを生産の領域だけではなく、生活や消費の領域、ひいては生命それ自体も破壊しているが、労働者にとっては生産の領域と消費生活の領域は依然として分離させており、またそれぞれは資本の論理と法則に包摂されている。
 したがって資本にとっては統一された2つの領域が労働者・民衆にとっては衝突したり、または別個の問題となる。組合主義的認識や対応、消費者主義的認識と対応だけでこの2つの領域を結合させることはできない。『反資本主義』の政治的展望だけが、この2つを1つに結合させることができる可能性を与える。
 左派は労働者は新自由主義の地球化・世界化が食卓上の政治となる現実、権威や暴力に臆することなく広場で解放感に向き合いながら登場している新たなキャンドルの主体たちとどう対面し、疎通するのか?
 『広場』を活用するだけなのか。新たな主体に物足りなさだけを語るのか?」。

大韓民国は民
主共和国だ?

 パク・ソンインは08年に2つの大韓民国が、2つの民主主義が、2つの民主共和国が衝突したという。イ・ミョンバクの民主主義は「選挙を通じて選出された大統領を何で変えることができるのか」と抗弁したし、キャンドルの民主主義は「じゃあ、国民を変えるのか」と真っ向からぶつかった、と指摘する。それで、これを最もよく表現したのが、「大韓民国は民主共和国だ。すべての権力は国民に由来する」という〈憲法第1条〉が最も流行せざるをえなかったというのだ。
 これは「大韓民国は株式会社ではなく民主共和国」であることを、「国民は従業員ではなく主権を有する政治的主体」であることを、したがって「大統領を変えることはできるが、民主共和国は変えることができない」という自覚と決意の表明なのだ、と指摘する。

 また08年のキャンドルは、その進展の中で自らの限界を「集団の知性」の力によって解決していくことのできる潜在力と可能性を示した。例えばミョンバク山城(大統領官邸に向かう隊列を阻止するために警察車両などで築いた阻止線を指す)前での暴力・非暴力論争や、アゴラでの疎通や討論を挙げた。
 さらに労働者階級がキャンドルの主体として登場するための前提を以下のように明らかにした。

 「非正規職の労働者たち、移住労働者たち、障がい者たち、女性労働者たち、女性農民たちが一体の階級的主体として、この広場に立てなかった。それで08年キャンドルの広場において彼らの声は小さく感じられ、依然として疎外されていると感じられる。だが広場は、どこの誰をも排除しはしない。この広場を支配している民主主義の原理は、直接参加し、直接疎通し、直接発言し、直接実践し、そしてその中で連帯を確認することだ。自身の苦痛、自身の展望を直接行動を通じて『公的』なものへと政治化することだ。大韓民国を民主共和国へと再構築しようとする試みの中で、階級はキャンドルを階級の政治へと積極的、攻勢的そして躍動的に再構成していかなければならない。
 『大韓民国は民主共和国だ。すべての権力は国民に由来する』という〈憲法第1条〉は一方では国家主義という枠を超え、全地球的水準で解釈され実践される必要があり、他方ではより階級的に、より急進的に解釈され、実践される必要がある。さればこそ、キャンドルはなお持続されなければならない」。

「集団の知性」と
しての「組織」

 パク・ソンインはキャンドルが作り出した情勢は迫り来る世界資本主義の危機が制度政治全般の危機と結合するとき、体制を脅かす局面へと発展し得ると指摘した。
 だが現実を変化させることのできる「具体的展望」、そしてその展望を現実化させて進んで行くことのできるヘゲモニーブロックが存在しなければ、大衆の「経済的恐怖」が「強力な権力についての要求」へと進み、ファシズムが登場しかねないことを警戒した。幸いにも08年キャンドルはイ・ミョンバク政権に対する幻想を早くからほとんど持たないことによって、大衆自身が急進化し、新たな歴史的ヘゲモニーブロックを構築していく可能性を高めてくれた、と評価した。
 
 彼は歴史的なヘゲモニーブロックの形成が左派の任務だと指摘し、08年キャンドルから学ぶことを注文する。キャンドル情勢が与えた左派政治の可能性を土台としてキャンドルを急進化させ、大衆と疎通しつつ連帯していかなければならないと語った。このことを遂行するのは「集団の知性」としての「組織」であり、左派革新の結果が「階級政党」であるだろう、と語った。

 「広場の政治において政治的展望について発言し討論することのできる『政治的展望』と『政治活動家』が必要であり、オンラインとオフラインを出入りしつつ毎瞬間、理論と実践の緊張を創出しながら集団の知性を形成していくことのできる双方向の公論の場を用意しなければならない。生産の領域だけではなく、生活と消費の領域まで含めて課題を生産し主導していくことのできる左派的専門性を備えなければならない。左派の文化と象徴とイメージを08年キャンドルが示した水準に引き上げなければならない。広場に出てきた10代や大学生、女性など新たな急進的主体たちと疎通し連帯することのできる方案を模索しなければならない。この一切の試みを反資本の社会化と直接民主主義の労働者・民衆による統制を結合させていくことのできる方向へと進展させなければならない。
この中で左派は政治的活力を新しく復元し、能力があり準備された政治的主体として踏み出さなければならない。08年キャンドルを絶対化るす必要はないが、左派政治運動の革新の契機としていこう。その革新の結果が『階級政党』であるだろう」。   (つづく)
(「労働者の力」第148号、08年8月29日付、パク・チョンホ/宣伝局長)


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