| 「リーマン・ショック」が意味するもの かけはし2008.9.29号 |
「一世紀に一度の危機」
二〇〇八年九月十五日は、歴史的な日として後世に記憶されるかもしれない。グリーンスパン米連邦制度準備会(FRB)前議長が「一世紀に一度の危機」という衝撃が全世界を襲ったのである。
この日、米国第四位の証券大手として百五十年以上の歴史を持つリーマン・ブラザースが、連邦破産法11条の適用を申請してついに破綻した。負債総額六千百三十億ドル(63兆7千5百億円)と米国史上最大の倒産である。一方、リーマン・ブラザースと同様に経営危機が表面化していた同じく米国第三位の証券大手のメリルリンチは、政府の肝入りにより大手銀行のバンク・オブ・アメリカに総額五百億ドルで買収された。リーマン・ブラザースの破綻は、保険大手のAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)の危機に直結した。
今年三月の証券大手ベア・スターンズの危機に対しては、FRBの特別融資という形で事実上公的資金の投入により、大手銀行JPモルガン・チェースがベア・スターンズを買収するという救済措置が取られた。九月七日には、政府系住宅金融会社であるファニーメイとフレディマックの優先株式計二十億ドルを公的資金で買い取って、政府管理下で再建することが決定された。しかしリーマン・ブラザースに対してはポールソン米財務長官は、公的資金による救済を拒否して破綻に委ねた。
だがリーマン破綻の翌九月十六日、FRBはAIGに八百五十億ドル(約9兆円)のつなぎ融資を決定し、その見返りに米政府はAIGの株式の八〇%の権利を取得できるようにし、同社は事実上、政府管理下に入った。AIGは破綻させるには、その影響力が大きすぎ、世界金融恐慌を到来させるという危機感が米政府に、きわめて一貫性を欠く対応を取らざるをえなくさせたのである。
AIGは日本でもアリコ・ジャパン、アメリカンホーム保険などの生命保険、損害保険事業を展開するなど世界で百三十カ国に進出している。それだけではない。AIGは企業向け融資や証券化商品が焦げついた際の損失を肩代わりするCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)と称するデリバティブ(金融派生商品)市場を主導する立場にあった。AIGは、住宅ローンの証券化商品の元利払いを保障するCDSを全世界の金融機関に販売していた。CDSの取引総額は全世界で六十〜八十兆ドル(6千兆〜8千兆円)とも言われ、AIGの破綻によって市場での取引が滞れば、まさに大恐慌到来は必至とされた。それゆえに米金融当局はAIGを破綻させるわけにはいかなかったのである。
完全に吹き飛んだ楽観論
「血塗られた日曜日」と評されるこの米金融危機は、全世界の株式市場を席巻し、九月十五日にはニューヨークの証券市場では五百四ドル安、休み明けの十六日の東京市場でも六百円を超える下げを記録した。各国の金融当局は連日、十五日にFRBが七百億ドル(7兆3千億円)、欧州中央銀行(ECB)が三百億ユーロ(4兆5千億円)、日銀が十六日に一兆五千億円を金融市場に緊急資金投入するなど、連日の対応に追われた。
九月十八日には、日米欧の主要六中央銀行が協調して総額千八百億ドル(19兆円)のドル資金を自国市場に投入するという緊急対策を発表した。日銀はFRBと総額六百億ドル(6兆3千億円)の通貨スワップ協定を結び、外国銀行をふくむ金融機関に直接ドルを貸し出すことになる。短期金融市場での金利が急上昇し、民間のドル資金調達が困難になっている中で、各国中銀が民間銀行の肩代わりをしてドルを貸し出すという行為は異例のことであり、日銀にとっても自国通貨ではないドルを市場に供給するのは初めてのことである。しかしこれらの施策はいずれも当面の応急処置にとどまるものでしかない。
他方、ブッシュ政権は金融危機脱出の方策として、住宅ローンや商業用不動産融資などの債権や住宅ローン担保証券など最大七千億ドル(約70兆円以上)の不良資産を金融機関から買い取ることにした。この巨額の支出によって過去最高水準の財政赤字がさらに悪化し、ドル安をさらに加速させることも予測される。
こうした中で、「リーマン・AIGショック」は、決定的に米金融危機の深刻さと、金融恐慌、資本主義の世界的不況局面の深刻さを告げ知らせている。
昨年八月のサブプライムローン危機の露呈以後の金融危機は、一向に底が見えない奈落へと資本主義経済そのものを追いやった。ベア・スターンズ救済以後の今年五月にはポールソン米財務長官は「金融市場の混乱は終わりに近づいた」と述べていた。「サブプライム危機は深刻な事態にはいたらず、米国経済も今年後半からゆるやかに回復する」との楽観論がふりまかれていた。しかしそうした楽観論がまったく事実に基づかないものであることが明らかになった。米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、九月十七日、世界の金融機関が昨年夏以後に背負った損失処理の必要額が五十兆円規模に達しているとの推計を示した(日経新聞、9月20日)。
昨年夏以後のサブプライム危機浮上以後、オイルマネーで欧米の金融機関を救済してきた中東や新興発展諸国の「政府系ファンド」も、リーマン・ブラザースの経営破綻の救済には乗り出さなかった。韓国政府系ファンドの韓国産業銀行も、リーマンのニューヨーク本社に出向いて買収を検討したが、韓国政府の中枢が「リスクが高すぎる」として取りやめにさせたと報じられている。一時は三菱UFJファイナンシャルグループや三井住友銀行など日本の金融資本にもリーマン買収提案があったが、それは見送られることになった(毎日新聞、9月17日)。産油国の政府系ファンドの関心は中国やアジア諸国の銀行や企業への出資や買収、途上国の農地買収などに移ったとされている(毎日、同記事)。
サブプライムローン危機は、米国の金融システムそのものの崩壊的事態、ドルの国際的信認の瓦解、株式市場の大崩落、景気の長期後退から発して、欧州、日本、そして中国をはじめとするアジア諸国の同時的で大幅な景気後退・経済危機へと連動せざるをえない。米国市場への輸出、投資を動力としたアジア諸国の経済発展にブレーキがかかり、それがまた本格的な景気後退局面に入った日本経済へのマイナス効果にいっそう拍車をかける、という事態が作りだされている。支配階級にとっての不安は、それでもなおかつ危機の深さと広がりがどこまでか、ということが誰にも分からないことである。
ビジネスモデルの崩壊
米国のサブプライムローン危機に発する世界的な金融危機と恐慌の現実化は、何よりも一九九〇年代以後の新自由主義的グローバル化を牽引してきた、「カジノ資本主義」の病巣をあらわにするものだった。
二十年以上前の一九八六年、変貌する国際金融市場を舞台とした投機を軸に動いている資本主義経済の新たな現実を「カジノ資本主義」と喝破したスーザン・ストレンジは、すでに次のように述べていた。
「近年の急速な変化が広大な無知の領域を開いてしまったことの重大な問題は、市場において何が進行しているのか、そして政府の金融機関に対するコントロールの操縦桿は実際に作動するのかどうか、である。/金融システム内で進行していることを知るために何が必要かは、システムをコントロールする方法にかかっている。コントロールを維持する効果的な方法の一つは、金融機関が独自のイニシアティブで信用を創造する自由を厳しく制限することである」。
「銀行システムの不安定も、時間が経つにつれて、正常化するのが一層難しくなる。毎月、新しい信用手段が考え出されるだけでなく、『証券化』された新しい資産も作られている。証券化は銀行が住宅所有者や企業に対して行った貸付を投機的市場へ回す新しい方法を見つけることを意味する。ある業務のオペレーターはある一つの規制の垣根の中に入れ、別の業務のオペレーターは別の垣根の中に分けて入れておく市場の境界線はだんだんに薄くなり、破壊されている。コンピュータ化された情報システムが金融センターの間の時間と距離をなくし、各国金融市場をもはや相互に孤立して存在できないようにしているのである。そして金融機関の間にあったかつての区別もだんだんにあいまいになり、規制システムは有効性を失いつつある。それに対して何ごともなされず、信認を覆さないように問題を意図的にマットの下へ掃きのけて隠す状態が長引けば長引くほど改革はますます難しくなるであろう」(『カジノ資本主義』岩波現代文庫)。
それ以後、一九九四年のメキシコ、一九九七年のアジア、二〇〇一年のアルゼンチンと金融投機にもとづく通貨危機が相次いで爆発した。新自由主義的グローバリゼーションの下での金融危機は、その規模を拡大しつつ、ついにその中枢である米国の金融破綻に帰結した。
サブプライム危機の深淵に絶望的な不安がつのる中で、今年六月、欧州最大の英金融機関HSBCのスティーブン・グリーン会長は「欧米投資銀行のビジネスモデルは行き詰まった」と語った、という。この話を紹介した商業新聞も次のように今回の危機を解説している。
「最先端の金融技術を駆使してテコをきかせ、市場から調達した資金の数十倍もの資金を運用してきた投資銀行。その代表格がリーマンなど欧米金融機関で、米低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)関連の証券化商品に資金をつぎ込み、相次いで巨額の損失を抱えた。ビジネスモデルが崩壊すれば、資本調達が難しくなり、経営が立ち往生するのは明らかだ。欧米の金融界を席巻した投資銀行だが、『現代の錬金術』が行き詰まると、もろさを露呈する。リーマン破綻はその典型と言える」(毎日、9月17日「金融崩壊」)。
そう。「病巣」の指摘はエコノミストなら誰にでもできるだろう。ある意味では処方箋すらできている。しかし、新自由主義的グローバリゼーションの枠組みを前提とする限り、「手術」はできないのである。
国際的な金融投機規制を
詐欺と錬金術で巨富を創出する「カジノ資本主義」が一世を風靡した時代は終わった。逮捕・起訴されたホリエモンや「村上ファンド」の背後には、それをはるかに上回る金融資本の詐欺師どもが暗躍していた。この期に及んで、小泉の新自由主義的「構造改革」の継続を主張する論者は、依然として「格差」が拡大したのは「小泉改革」のせいではなく、「成長」が不足していたからだとして、「成長」のためには投資・金融・労働の規制緩和が必要だという主張にしがみついている。彼らは、規制緩和をし、「貯蓄から投資へ」人びとを誘導することで、持続的な成長が実現すれば、その効果として「貧困」問題は自動的に解決する、という幻想にしがみつかざるをえないのだ。
新自由主義的資本主義の成長への「幻想」は、資本の労働者・市民に対する攻撃の激化を覆い隠すための意識的なデマゴギーである。米国の金融危機の深まりは、ドル安、米国の消費市場の後退と対米輸出の低迷、EUや中国の景気後退、食糧・資源への投機、インフレ、失業などの複合的・連鎖的な要因を結び付け、世界資本主義経済の同時的な危機へと帰結せざるをえない。
資本主義経済のグローバルな危機は、賃金・雇用と労働条件の切り下げ、福祉支出の削減、増税、貧困の爆発的増大に拍車をかける。そして資本の生き延びるための競争の激化の中で労働者・農漁民・小企業者にすべての犠牲の押しつけをいっそう耐えがたいものにさせていく。それは、必然的に労働者の抵抗を押さえ込むための民主主義の破壊や、「テロとの闘い」を口実にした、排外主義と政治・社会の軍事化への衝動を駆り立てることになるだろう。それは必然的に資本の攻撃の激化に対する闘いの復権を国際的な規模でわれわれに突きつけている。
われわれは国際的な金融取引の規制、通貨取引税の創設のための要求を今こそ掲げるべきだ。そして世界的な過剰資本が国境を越えた金融的投機へと向かうことを規制するための闘いは、同時に「全銀行資本の一元的無償国有化と労働者管理」のスローガンの今日的な復権を提起することになる。
「カジノ資本主義」の克服の論理は、決してそれに代わるより「民主的」で「コントロール可能」な資本主義のあり方に闘争目標を限定するのではなく、資本主義システムに代わるオルタナティブでより公正な社会経済システムのための闘い=新しい社会主義のための闘いをグローバルなレベルで提示することになるのである。
そのためには労働者・市民の新自由主義に対する抵抗と攻勢の圧倒的な広がりが必要であることは言うまでもない。そのためにはまた当面の防衛的な闘いの中から確実な橋頭堡を築き上げていくことが重要になる。
大企業からの増税、富裕層への累進課税の強化で貧しい人びとへの生活保障を。「金融危機」「不況」を口実にした解雇、賃金切り下げ、労働条件の改悪、労働者・市民への増税、年金・医療制度の改悪に反対しよう。派遣法の抜本的な改正を。最低賃金の引き上げと労働時間の大幅削減を。
10・19「反貧困“世直しイッキ”大集会」(明治公園)への大結集を!
総選挙で、新自由主義「構造改革」路線にNO!を。
反資本主義左翼のための意識的挑戦を!(9月21日 河村恵)
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