| 靖国合祀イヤです訴訟第11回口頭弁論 かけはし2008.9.22号 |
労働と社会・文化のあり方を
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【大阪】九月四日、「靖国合祀イヤです訴訟」第十一回口頭弁論が行われた。今回の弁論では、三人の原告(西山俊彦さん、釈氏政昭さん、松岡勲さん)と原告以外で唯一採用された高橋哲哉さん(東大教授)の証人尋問があった。これで原告九人すべてが証言したことになる。次回十一月二十五日の口頭弁論で結審となる。
被告と裁判所の
論理崩すために
裁判の後、報告会がもたれた。
裁判を担当した加島弁護士がこの裁判の特徴を説明した。
被告側は勝つための積極的な主張(例えば被告側の証人をどんどん申請するとか)を何もしていない。被告である国と靖国神社はこのままで勝てると思っているようだ。裁判所も事なかれ主義だ。だから原告は相手と闘い、同時に裁判所とも闘っている。
合祀取り消しを求めた東京でのグングン(在韓軍人軍属被害補償)裁判は原告敗訴だったが、裁判長は見え見えだった。戦後、合祀に必要な氏名・生年月日・本籍・階級・戦没の理由などすべての情報は厚生省から靖国に提供されている。国と靖国神社が共同して合祀していることははっきりしているのに、この国の関与を単なる行政サービスだから問題ないとした。
しかし、それから少したって、合祀資料集が国会図書館で見つかった。一九四五〜五二年にかけて日本政府は占領軍の目を盗んで合祀事務をやらせていたことがわかった。西山さんのお父さんは、一九四三年に結核で死亡した。戦争には行っていない。当時結核は戦争が原因とは考えられていなかった。しかし、援護法が適用されたため、合祀された。その後も目立たないように合祀事務は続けられた。
国と靖国神社は、信教の自由により原告も神社もお互いに相手の立場を認めるという寛容の精神が必要だという。そのような論理によって自らを守っている。原告の心の痛みという感情は理解できるが、法的に保護するほどの対象ではない、裁判所はそのように思っているだろう。
この論理は山口県自衛隊合祀訴訟の最高裁判決の論理だ。遺族はそれぞれ自分の私的な慰霊を行っているし、神社は神社で合祀している。これは互いに両立できる、これが国と靖国神社、そしておそらく裁判所の考えであろう。
加島弁護士は、この両者は両立しないということを説得し、裁判所が納得する論理をつくらなければいけない、と力説した。次回口頭弁論で結審となる。
高橋講演に活
発な質疑応答
この後、「『靖国問題』のこれから」と題して、高橋哲哉さんが講演した(要旨別掲)。
この後質疑応答があった。(社会の契約は両者が合意しないと成立しないのに、なぜ靖国だけは合祀を勝手にできるのか)まさにそれが問題だ。戦前は国家による国家のための合祀だった。靖国神社は明治天皇の思し召しによって建てられた、その精神に基づき祭祀をする。このことを神社側はくり返してきた。戦前と何ら変わらない。戦後民主主義にあわないのだ。
(死刑廃止した国の廃止の理由)廃止論が高くなって廃止したというより、政治のリーダーシップで廃止している。EUはナチによる犯罪を経験した。戦後人権尊重の流れができて廃止した。アフリカやラテンアメリカでは、政治犯の死刑が頻発したので、その過去を否定するということで廃止した。EUに加盟するには死刑制度を廃止しなければならない。東欧諸国はそれで廃止した。
(麻生試案のように非宗教法人にしたとしても、非宗教化はできないと思う)言われるとおりだ。麻生さんはそこまで考えてはいないだろう。
(敗戦前、靖国は宗教ではないと言われていた。今の靖国と矛盾はしないか)言われるように敗戦前は靖国は国民道徳などといわれていた。でも戦後は宗教法人になったので、生き延びるために自己防衛として宗教を使っている。靖国神社は、教義・祭祀・たたずまいその他の形式を変えないという条件でしか国家護持を認めないと主張してきた。だから、非宗教化を認めることはないだろう。
(T・T)
高橋哲哉さんの講演から
靖国信仰からの自由をめざして
靖国問題の本質は、いかに靖国信仰から自由になるかと言うこと。靖国の運動はこの領域に入ってきた。これを問い直すことを地道に続けていくことが大切だ。
戦後の靖国問題には、国家護持法案の時、中曽根参拝の時、小泉参拝の時、の三つの波がある。小泉参拝がくり返されたことがあまりにも破壊的だったので、小泉さんよりもはるかに靖国派である安倍さんが参拝できなくなった。今後首相の参拝は難しくなったと言われている。
麻生太郎の非
宗教法人化論
自民党総裁選の候補の中で唯一、靖国試案をだし、問題を理論的に述べているのは麻生太郎氏だ。靖国問題はどうにもならない状況に陥った、本来の姿に戻すしかない、と麻生氏は言う。
つまり、靖国神社が無宗教の特殊法人になり、それを国が管理する施設にする。国は戦死者に最高の栄誉を与える。これは近代国家の普遍的な原則であり、国と国民との約束だ。全国の護国神社も同じように扱う。靖国神社は、国立追悼施設靖国社として、神はなくす。まつるものは現在の靖国神社の神だが、誰をまつるかは国会で決める。そうすれば、天皇にも参拝してもらえるし、中国韓国などの首脳の参拝も可能となる。
この麻生試案は、靖国神社国家護持法案の時の論理の焼き直しだ。自分の宗教に外部から介入するなと言ってきた靖国神社としては、ジレンマに陥るだろう。麻生氏は小泉氏より警戒すべき存在だ。小沢氏も天皇参拝の条件整備を考えているようだ。
貧困と戦争待望
赤木智弘の提起
皆さんは靖国問題にとり組むことは戦争に反対する闘いだと位置づけて闘っていると思う。最近、日本社会の急速な変容により、格差が拡大した。ロストジェネレーションと呼ばれる二十五〜三十五歳の世代の若者の新しい貧困問題。これがある回路で靖国と結びつく可能性ある。このことについて話したい。
赤木智弘さん。二〇〇七年の「論座」に載った「丸山真男をひっぱたたきたい! 三十一歳フリーター、希望は戦争」という文の執筆者。赤木さんは護憲・平和運動に絶望し、怒りを表明している。自分のような不安定な生活者、人間の尊厳すら摩滅させられた人間は、今の平和を守ることに何の意味も感じない。それは、安定した日常を送っている人々が、彼らの平和を守れと言っているだけだ。自分はむしろ戦争になった方がいい。そうすれば希望のないものにも上にあがるチャンスがある。そのように赤木さんは述べている。
秋葉原の事件の犯人の青年とも共通点がある。一方は通り魔事件、他方は戦争。いずれも破壊的だ。最近曹洞宗の集まりで話をしたとき、相談員をしているある住職が言っていた、最近「戦争、戦争」という若者が多いと。別の会合でも同じことを聞いた。赤木さんや秋葉原の犯人の気持ちはよくわかるという若者が多い。この社会をめちゃくちゃにしたらチャンスがあるという若者に「チャンスがあるといっても、戦争に行けばあなたが先に死にますよ!」というと、「その方がいい。靖国にまつられれば、自分の尊厳が回復できる」という答えが返ってくる。靖国の思想のベースには、国家に承認されたいという欲求がある。これは無視できない。貧困による戦争待望論は今始めてのことではない。自衛軍ができたらすすんで入っていく若者が出てくるのではないか。そして、ナショナリズムや右翼への回路がつくられていく。このことにも私たちは立ち向かっていかねばならない。
国家による合祀
国家による殺人
三つ目の問題は死刑の問題。いま、日本で死刑が増えている。これは今の社会意識の反映だ。世論調査によると、死刑賛成が八〇%を超えた。凶悪犯は死刑が当然と考える人が増えた。これは戦争容認と無関係ではない。
今世界の趨勢は死刑制度廃止の方向にある。韓国や台湾でも死刑制度廃止の法案が国会の上程されている。世界の九十カ国が死刑制度を廃止している。制度が残っているのは五十カ国に満たない。どうして平和憲法の日本で死刑賛成が八〇%を超えるのか。このことを、靖国とつなげて考えられないか。死刑はやむを得ないという考えには、遺族の応報感情を考えると極刑を望むようになっていくようだ。
鳩山法相を「死神」と朝日新聞がいったが、死刑廃止の根拠も示さないでこのような言い方をするのは間違いだ。著名な哲学者でも死刑廃止を主張した人はいない。カントも賛成だった。死刑廃止を万人に説得する論理を考え出すのは難しいが、靖国との類似性はある。遺族の感情を大切にすると言うこと。国家による合祀と国家による殺人。靖国と闘っている人たちは死刑をどう考えるべきか。これも課題である。(講演要旨・文責編集部)
資料
厚生労働省9・9通達(多店舗展開店舗の管理監督者に関する通達)に関する緊急声明
東京管理職ユニオン執行委員会
9・9厚労省通達に対して、マスコミは規制が強まるとして評価する報道をした。しかし、管理職ユニオンが指摘するように多くの問題を含んでいる。資料として掲載する。(編集部)
本日厚生労働省は、「多店舗展開する小売業、飲食店業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について―具体的な判断要素を整理した通達を発出―」と題する通達を各地の労働局に対して行ったことを発表した。
マクドナルドをはじめとした「名ばかり管理職」問題が社会問題化している中、多店舗展開の店舗等の管理監督者に関する指針は求められていたものであり、厚生労働省が本件に関して通達を出すのは極めて当然であると言えよう。
しかしながら、本日公表された通達は、昭和22年以来の解釈を踏襲したものであり、且つ、最終的には、他の要素を含め総合的に判断するとしながらも、その内容は、多店舗展開の店舗等の店長等に関し、実質的にエグゼンプションの適用に向けた道を開くものであると言わざるを得ないのである。
本日通達とともに公表された「多店舗展開する小売業、飲食店業等の店舗における管理監督者の具体的な判断要素について」と題する別添文書は、とりわけ問題である。
同文書は、『店長等の管理監督者性の判断に当っての特徴的な要素を具体的に整理』したとして、以下のような整理を行っている。
T 職務内容、責任と権限に関する管理監督者性を否定する重要な要素について
@アルバイト・パート等の採用について責任と権限がない。(通達本文には、人選のみを行う場合を含むとしている)
Aアルバイト・パート等の解雇について職務内容に含まれず、実質的に関与せず。
B部下の人事考課について職務内容に含まれず、実質的に関与せず。
C勤務割表の作成、所定時間外労働の命令について責任と権限がない。
U 賃金等の待遇に関する管理監督者性を否定する重要な要素について
@時間単価換算した場合にアルバイト・パート等の賃金額にに満たない。
A時間単価換算した場合に最低賃金に満たない。
管理監督者性を判断する要素としてはまったく不適当な例示であり、使用者をして、上記内容をクリアーすれば管理監督者として扱うことを容認していると言わざるを得ないのであり、これまでの判例、通達を踏みにじる暴挙である。
かかる暴挙は、名ばかり管理職の更なる横行と、長時間労働を助長させるものである。
厚生労働省は、今回の別添文書を含む通達を即時撤回し、これまでの判例、行政解釈に則った指針・通達を作成することを強く要求する。 08年9月9日
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