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                          かけはし2008.9.22号

「大国の威信」満開の北京五輪

軍・警察の治安弾圧による自由の封殺
グローバル化と「中華民族主義」の祭典


「革命」投げ捨てる政治ショー

 一九八九年中国政府と共産党は「改革開放」の旗を掲げて五輪開催に立候補した。しかし、天安門事件に対する国際的な批判は強く、五輪招致に失敗した。天安門事件は革命中国の息の根を止めただけでなく、「社会主義」のアイデンティティを崩壊させることになった。それ以来中国政府にとって五輪の開催は「先進国」の仲間入りをすることであると同時に、「文化大革命」と「天安門事件」に表現された「国家と人民」の分裂を克服したことを内外にアピールする場として必要不可欠なものになっていった。
 二〇〇一年、中国政府は世界に人権問題の改善を公約し、北京五輪が決定した。すでに十三億人の人口を抱える中国は「世界の工場」という不動の位置を得、次の時代の潜在的に最大の市場として期待された。G8を中心とするオリンピック・マフィアが北京五輪の開催を承認した理由もここにあった。だが同時に十年以上にわたって一〇%近い経済成長を続けてきた自信は、中国政府と共産党をして五輪を通じて「先進国への仲間入り」から「世界の大国として認めさせる方向」に「夢」を変換させた。
 胡錦濤は機会あるごとに「五輪を機に中華民族の偉大な復興を実現する」と繰り返し、政治・経済・社会政策も五輪と上海万博の開催を射程にいれて押し進めた。中国政府の公式の発表では五輪の施設整備費だけでも四兆八千五百億円が投入され、運営費、選手強化費も含めると実質経費は六兆から七兆円に達すると言われ、北京五輪症候群(シンドローム)と呼ばれる現象を引き起こしてきた。
 八月八日、史上例を見ない千四百四発ものロケット弾を打ち上げ消雨対策を敢行した。その成果か降雨はなく、メインスタジアムである「鳥の巣」での開会式では、「中華文明」の歴史絵巻をほうふつとさせる華美なプログラムが次から次へと展開された。後日明らかになった民族衣装をまとった少年・少女たちが全員漢民族であったり、花火の一部がCG、有名になった「口パク」問題も「力の誇示」を優先する政府と共産党の政治姿勢の反映に他ならない。八月二十四日の閉会式でも再びそれが繰り返された。こうして「世界の大国」は五輪の舞台で「完全に」実現された。
 「口パク」問題だけが焦点にされたが、この時流れた革命歌「祖国を歌う」は公然と歌詞が変更され、「偉大な指導者毛沢東」や「社会主義」の言葉は削除され、「革命の歌声」は「勝利の歌声」に変えられたのである。一党独裁のもとで改革開放を旗印に世界第四位の経済大国に成長した中国は、五輪という場で公然と「革命」を投げ捨てるショーを行ったのである。
 そして八月二十五日、人民日報は閉会式で手を振る胡錦濤の大きな写真を二枚も一面に掲載し、「五輪を通じて中国は多くの国と未曾有の親密な関係となり、新しい時代に突入した」と「共産党のための共産党の五輪」を絶賛した。IOCのロゲ会長も「大会運営には非常に満足している。世界が中国を学び、中国も世界を知る。双方前向きな結果をもたらした」と中国開催の意義を強調した。

メダル獲得国拡大の意味

 「北京五輪閉幕」というタイトルで書かれた各新聞・メディアの論説は多くの点で共通している。「競技会場とその周辺に限れば、心配されたテロや大きな混乱はなかった」(朝日、社説)。「厳重な警備に守られて……混乱なく無事に閉幕したことを喜びたい。……強国によるメダル競争とは別に、メダルを獲得した国・地域の広がりに注目した」(毎日、社説)。
 ヨーロッパなどのメディアも含めた主張を要約すると、第一はテロがなくてよかった。第二は参加国数とメダルをとった国・地域が広がった。第三は残念なことに過剰な警備がまかり通っている。第四は国際社会から中国脅威論が消える「調和社会」の実現を、の順番である。ここに貫かれているのは、北京五輪が見事に「新自由主義的グローバル化と『対テロ戦争』の時代」を体現しているという事実である。
 五輪期間中、競技場周辺にはレーダーや地対空ミサイルが設置され、荷物検査が徹底的になされた。その上、市内には四万人の軍、十万人を超す警察、百四十万人の治安担当ボランティアが動員された。もはや五輪は平和の祭典とは名ばかりで軍や警察に守られないと開けないのである。二〇〇二年のソルトレーク冬季五輪以降、G8サミット並みの警備は常態化している。
 また二百四の国と地域から選手団が参加し、一個以上のメダルを持ち帰った国が八十七の国と地域にのぼったことはオリンピック百年の歴史以上に新自由主義的グローバル化が今や世界を席巻していると見る方が妥当である。アテネ五輪が七十四カ国であったことと比較すればその増大は驚異的でさえある。新しい参加国の多くは、資源供給などで新たに中国と結びつき、参加国の拡大をはかりたい中国政府が積極的に援助することによって実現したものである。参加国の増大の背景にあるのは「援助」でありグローバル化である。
 クーベルタンが五輪は「記録より記憶」であると主張し、IOCが金・銀・銅のメダルを採用して以来、五輪における国威発揚と金メダルの数は表裏一体である。今回中国は五十一個の金メダルを獲得し、二位のアメリカを大きく引き離した。戦後の五輪でアメリカは各大会で群を抜いて金メダルを獲得してきた。それが敗れたのである。スポーツ専門誌は「国別のメダル争いは国家を挙げた資金投入の争いである」と指摘している。
 資料によるとアメリカの選手強化費は一年間に換算して百六十五億円、金メダル十四個で六位のオーストラリアは百三十二億円、次回五輪開催国のイギリスは三十五億円から三倍の百十八億円に三年前から増大させ金メダル十九個で九位から四位になり、前回九個の韓国は十三個に増やし強化費も倍の六十五億円に増大させている。日本は二十七億円。福田富昭選手強化本部長が帰国の総括会見で「五輪は国と国との争い。競技力向上は国策で強化しなければならない」と述べたのは記憶に新しい。
 中国政府は選手強化費として三百億円を超える「カネ」を注ぎ込んだ。それは新自由主義のバブルが中国にもたらした一部ではあるが、五輪開催を通して「大中華民族の復興」にかける共産党の思いそのものといえる。
 他方、一強と言われたアメリカ帝国主義が「新テロ戦争」で行き詰まり、サブプライム問題で経済危機に陥り、新自由主義グローバル化の盟主の席を滑り落ちそうになっている現実の反映こそ北京五輪と金メダル数なのである。チベット問題が公然化した三月、多くの国は開会式の出席を「考えざるを得ない」と発言したが、中国政府がチベット亡命政府と一定妥協的ポーズを取ると開会式には結局のところ八十八カ国もの首脳が参加している。ここに中国が今日新自由主義的グローバル化の中で築いた位置が明確に表現されている。

金もうけのためのビジネス

 北京五輪はいままでのどの五輪よりも深く商業主義とビジネス化に足を踏み入れた。北京五輪組織委員会が単独で集めたスポンサー料の総額は、IOCのそれを五輪史上初めて超えたと言われる。陸上男子百十メートル障害競争で先回のアテネで金メダルを取った劉チは今回の棄権でブーイングされたが、彼の年収は十六億円であることが明らかになっている。歴代の金メダリストは「英雄」として扱われるだけでなくメディアの広告塔として億の年収を得ている。ここではすべてが商品化され「カネ」に換算される。 
 また聖火リレー最終のランナーで元金メダリストが社長の中国最大のスポーツ用品メーカーの「李寧」は北朝鮮やダルフール(スーダン)にユニホームなどを供給し、さらに八千億円〜一兆円と言われる中国スポーツ用品市場を独占しようとし、水泳の水着問題で席巻したレーザーレーサーは、新たに工場を建設しても需要に追いつかないと報じられている。一千億円でテレビ中継を独占したNBCはアメリカ東海岸のゴールデンタイムに水泳、陸上、体操、バスケット、ビーチバレーの五競技を集中させ、投資額の倍近いスポンサー料を手にして、次回開催のロンドンとの交渉に入ったと報じられている。
 また中国体育協会はパラリンピック開会後、「鳥の巣」や水泳競技場である「水立方」のネーミングライツ(施設の命名権)販売のための管理「企業」を準備し始めていると流れている。国家が施設を建設し、官僚がそれを利用し企業を設立し利益を得る。改革開放の中で押し進められた方式が「五輪」後に向かってすでに動き出している。
 前回に比較して数が少ないと言われていたドーピングが、五輪が終わった後二週間を経て全面化している。それはハンマー投げ五位の室伏広治の銅メダル獲得だけではなく、重量挙げ、バスケット、陸上など多種目に及んでいる。競技開始前の検査では見つからず、競技が終わった後の検査で一斉に発見されるというのは、薬自体が研究開発の結果「即効性」が実現されてきた結果である。ドーピング薬品の開発は、国ではなく民間企業の開発に移り、さらに各企業が「途上国」の選手との間で契約を結んでテストするといううわさまで暴露され始めている。五輪が一方で「国家」や「政治」との結びつきを強め、他方では商業主義・ビジネス化を強化する構造は、北京五輪においてピークに達したといっても過言ではない。
 日本共産党は中国に対する配慮・遠慮からか一切チベット問題などの民族問題に対して言及してこなかっただけではなく、人権や民主化問題に全く触れようとしない。その上に「欧米などと異なった国づくりを進める地で五輪が成功したことは、五輪運動にとって財産になりました」と言い出す始末。さらに八月二十六日の「赤旗」の「主張」では「スポーツ精神に前進を見た」という見出しで「アテネで史上最多の三十七個のメダルを獲得した日本は二十五個と減らし、全体の順位も六番目から十一番目に後退しました。……どう向きあい、どう立て直していくか、日本スポーツ界に問われています」と結んでいる。
 共産党もまた「金メダルと国威発揚」のオリンピックに賛同しているのである。この論理にしたがえば日本共産党は「二〇一六年の東京五輪」には反対しているが、それは石原都政や築地市場移転問題という「東京」開催に対する反対であり、五輪が持っている国威発揚とナショナリズム、そして今日の商業主義という本質に対しては保留ないし、賛成する限り、政府と資本が押し進める攻撃には決して政治的に対決しえないことは明白である。

さしせまる危機と民衆連帯

 北京五輪の開催は、中国政府の改善の公約とは正反対に、人権問題が一層悪化していることが明らかとなった。三月のチベット人の決起は世界中を震撼させ、聖火リレーに対する抗議の嵐が地球上に広がった。政府と共産党はチベットやウイグルの少数民族に対して自治権を一切認めないどころか、土地を取り上げ貧困を強制している実態が明るみになった。五輪が始まるとチベットでは僧侶を寺院内に閉じ込めたり砂漠の中に隔離し、ウイグルでは人々が市外に出られないように監視し一切の自由を剥奪する暴挙に出た。七月の雲南省でのバス連続爆破事件や八月のカシュガルの武装警察襲撃事件は大々的に報道されたが、逆に政府による弾圧や虐殺は一切報道されていない。
 五輪の開催にあたり当局はデモ会場として三つの公園を指定したが、申請七十七件に対して一件も許可が出されず、弁護士や人権活動家を「国家政権転覆煽動罪」で逮捕・起訴するという弾圧を繰り返した。さらにはIOCからの抗議にもかかわらず、約束した「報道」の自由は最後まで守られなかった。五輪開催期間にかい間見せた中国のこれらの反人権、反民主主義的な対応は、それが三十年間にわたって押し進められた改革開放の重要な軸をなしてきたことの証でもある。
 北京五輪の開催は膨大な公共投資によって中国の経済成長の一因をなしたが、ますます貧富の格差を広げる要因となり、反民主主義的体質を強化したのである。そして増大する労働者人民や少数民族の不満を抑えるために官僚機構は一層肥大化し、腐敗を拡大させ続けてきたのである。
 五輪には湯水のごとくカネが注ぎ込んでも、今なお四川大地震の被災者八十万人はテント生活を強制され、仕事を失い援助によって日々をつなぐ生活を余儀なくされている。五輪の直前、農民工と呼ばれる出稼ぎ農民が百万人以上も北京から退去させられた。農村は貧しく失業率においても都市部を上回る。
 さらにアメリカのサブプライムローンに端を発した経済危機は今日中国経済を直撃し始めている。上海株式市場では株価が昨年の半分に下落し、多くの都市で不動産の価格が下がり続けている。そして労働者人民にとって最も重要なことは消費者物価指数が今年の二月から三カ月連続で八%台の上昇が続き、その中でも食料品の値上がりがとくに激しくなっているということである。報道によると規模も地域もバラバラであるが毎日どこかで工場ストライキが断行されているという。
 このストライキを抑えるため、中国政府は上海で昨年四月に最低賃金を一二%も引き上げたにもかかわらず再び八百四十元から九百六十元への引き上げを企業に勧告した。深 では最低賃金が一千元の大台にのり、広東省では〇八年から少なくても三年間は最低賃金を毎年一割以上引き上げるという勧告が出されている。
 だがこの勧告に対して企業は早々に首切り合理化を断行したり、外資企業は撤退を宣言し、ベトナムやラオスへの移転を開始している。低賃金をテコにした「世界の工場」は産業構造を転換する以前に危機の中に投げ込まれている。多くの経済学者は一挙的な経済失速はないと言っているが、始まった景気後退はますます労働者の生活を困窮に追い込むことは明白である。ストライキ権が認められていない中国では、ストライキさえ非合法で分断され弾圧される。
 われわれ北京五輪に反対した者の責務は、今まで以上に少数民族の闘いや労働者の闘いを支援する国際的ネットワークをつくり上げていくことである。中国政府と共産党は高らかに五輪の「成功」を叫んでいるが、それは彼らが新たなナショナリズムとして唱える「大中華民族」構想とは程遠いことは明白である。「改革開放」三十年の経済成長は「大国中国」の五輪は実現させたが、なんら次の「展望」は保証してはいない。今始まっているのは新自由主義グローバル化の危機であり、その危機が中国を覆い始めているのである。五輪を通じてかいま見せた少数民族への抑圧、貧富の拡大という事実は次の局面に「大中華民族」構想を万力のように締め上げていくであろう。今こそアジアでの民衆の連帯が求められている。    (松原雄二)


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